水中花ネイル
リリーはアリに、お金はいくらかかってもいいから、エドの行方を探して欲しいと、伝えていたものの、一向に行方はつかめずにいた。
エドが秘密裏に組織された、アンバー王国の特務部隊に所属しているところで情報は途切れる。そこからは消息不明。それも部隊ごと。
「どれだけ調べてもそれから先のことだけはぷっつりと情報が途切れてしまって、どうしてもわからないのです」
アリは残念でならない気持ちを伏せて、なるべく冷静にと表情を努めていることが、長い付き合いのリリーにはよくわかった。リリーだって、感情の波に心が支配されそうになっている。
「でもあの手紙はきっと……」
「間違いないと思います」
アリの言葉にリリーは息を吐き、話題を変える。
「今日、聖女様がいらっしゃる予定なの」
「先日もいらっしゃいませんでした?」
珍しく、アリは大きく目を見開いた。
「ええ。いつ、また召集がかかるかわからないから来られるうちに来たいと仰って。私も断る理由はないですし」
「そうですか。このご時世ですし、来ていただけるだけでありがたいですからね」
アリの言葉に頷く。
多少、お客が戻ったとは言っても、開戦前に比べると、それでも半分ほどにしかならない。
特に何事もなく経営出来ているのは、リリーが貴族で、周囲に恵まれているからだろう。
借金を抱えている訳でもなく、売り上げの数字で一喜一憂する必要もないから。
むしろ、戦火が長引けば困るのは国の方だろう。そもそも、アンバー王国としては、資金も戦力もまだ潤沢にあった初期の段階で、早期決戦を挑み、勝敗を分けたいところであったのだと思うが、未だに戦争は終わらない。
モーゼル国に勇者がいたから。
その勇者たちの輝かしい存在は他国にも影響を及ぼしている。
アンバー王国も例外ではなく、レッドゾーンでもあるジブラタル地区の人々が独立のため、秘密裏にモーゼル国と交渉していると言う話もまことしやかに言われている。
それはもう仕方のないことなのかもしれない。アンバー王国はジブラタル地区との対話なんて全く無視して、ここまで来たのだから。
最近フォックス家でもひと騒動あったとまた記事になっていた。リリーネイルのお客の一人であるフローレンスも忙しくしているのかもしれないと思う。
こんな混沌とした社会情勢の中で、変わらないのは聖女の存在ぐらいだろう。
もともと、”国の至宝”と呼べる認識だったのだが、戦地での目覚ましい活躍もあり、聖女の価値はうなぎのぼりに上昇している。今やアンバー王国において、王家よりも大きな存在だと重きを置く者も、少なくない。本来であれば、王家がその事に対して、文句を並べそうであるが、この戦時下に置いては、最前線に立つ、聖女の存在があるからこそ、国民からの反発を受けずにすんでいることもあって、国も王家も強く言える立場にないのが現状である。
幸いなのは、聖女たちには欲目がなくただ、穏やかな日常が戻ることをひたすらに望んでいる。そこだろうか。
これから、リリーネイルに訪れる予定の聖女ナズナはその代表格だ。
玄関のベルが鳴ると、対応をアリに任せ、リリー自身は、サロンの明りをつけ、準備を行う。
椅子に座り、息を吐いてみるが、心のもやは消えない。
――――たすけて
エドの事が心配だった。
よくエドの事を誰かに話すと、”特別な感情を持っているのか”と、指摘されることがある。
否定はしない。
ただ、その感情は恋愛的な意味ではない。
もっと超越した何か。
その感情はエドにだけではなくアリに対しているのも一緒だった。
運命共同体。
その言葉が三人の関係性をよく示していると、リリーは思っている。
廊下の足音が近づき、サロンの扉が開く。
足音から、数名の護衛騎士を引き連れて来たのだろうと思ったが、サロンに入って来たのはナズナ一人だった。
長いヴェールをうっとうしそうに払いのけ、リリーと目が合うと、少女の様な笑みを浮かべる。
「また来てしまいました」
「来ていただいて嬉しいです。どうぞこちらに」
立ち上がり、ナズナにソファーを勧め、彼女が座ったのを確認して、ソファーを机に向かって、直す。
「今日はいかがされます?」
ナズナの爪の状態を確認しながら、そう聞いた。
前回からそれほど日にちも経っていないので、まだまだきれいな状態だ。
戦地から戻って来た時に見られた、かさつきもだいぶ良くなっていた。
「いただいたケアグッズを使わせていただいています。大分良くなってきていますでしょうか?」
そう言えば、前回来てもらった時にストックは沢山あるからと、ネイルオイルを一つプレゼントしたことを思い出す。
「すごくいい状態だと思います。ちゃんとケアされていたことが、よくわかるぐらいに」
「このご時世で、ネイルオイルも以前ほとたやすく手に入らなくなっていて、だから助かりました。大切に使わせていただいています」
ナズナはにっこりと笑顔を見せる。
「今回はどんなデザインにしますか?」
ナズナは少し考えながら、リリーの作業机の脇に置いてあった、新聞を手に取ると、机の真ん中に置いた。
「こんな感じでお願いできますか?」
「あっ、ナズナさんが写っていたので、捨てずに置いたんです」
示した写真には、ナズナと並んでアンバー王国の伝統工芸である”水中花”が写っていた。
水中花とは端的に説明すると、水の中に花などを入れて、固めたものだ。
キラキラとして、幻想的で美しい。
魔法か特殊スキルか。
一子相伝で伝えられる技法のため、その製法については、公になっていない。
土産物用として、安価に売られているものがある中で、時折、名匠と呼ばれる人がいて、過去の名匠の作品などは値段が付けられない程の価値になるものがある。
新聞の写真で、ナズナと並ぶ、水中花はまさにその名匠がつくり出した、珠玉の名作とも言われる品物だった。そんな国宝級の作品に、聖女ナズナは『世界に誇るべき素晴らしい作品が、長い年月を経たこの現代でも、同じ姿を見ることが出来るのは、素晴らしいことです。このような作品が後世まで末永く残って行くことを心から望みます』と、言葉を添えていた。
「その水中花、本当に”キレイ”の一言だけでは、表現できない程、美しい作品でした。その写真を見たら、余計に思い出されて。――漠然としていますが、可能です?」
リリーは少し唸り声を上げた後に、頷く。
「わかりました……新聞だと白黒なので、これがどんな色なのか、もしくはどんな色にされたいか教えてもらってもよろしいですか?」
「青系統の色でした。うすい青と、濃い青がまざりあったグラデーションの様な色で、言葉で説明するのがちょっと難しいです」
「わかりました。全く同じと言う訳にはいかないかもしれませんが、なるべく近い様な感じで色を作っていこうかと思うのですけれど、それで大丈夫ですか?」
「もちろんです。お願いいたします」
リリーはネイルマシンを使って、ジェルオフの作業を始める。マシンを使っている時は、けずる音の方が大きくなるため、自然と会話が少なくなる。
アリが部屋に入ってくると、ナズナの隣、サイドテーブルにココアを置いた。
爪の形を整え、長さを調整する。
「形は変えずに、伸びた分をすこし調整しました。こんな感じで大丈夫ですか?」
ナズナが頷くのを確認し、棚からジェル一式を用意して、左手からベースジェルの塗布を始める。
右手で、ココアのカップを持ち、一口つけて、口を開いた。
「最近ね、やけにこういうのが多いの」
「こういうのとは?」
ナズナはカップを置いて、新聞の紙面を指した。
「国に戻って来て、ゆっくりできるかと思ったんですけれど、なんだか色々忙しくって――つまり、”聖女”に来て欲しい、見て欲しいとか、使って欲しいとか、熱心なオファーを国民の方々からいただいて。特にその水中花の時は大変だった。もう、来てくれないと一族心中を図るみたいな意気込みで」
「えぇ?」
リリーはおもわず顔と声を上げた。
「本当の話よ。流石に、そこまではっきりとした言葉で伝えられた訳ではないけれど、妙に差し迫った感じで」
「なるほど」
リリーは相槌を打って、次は右手のベースジェルの塗布を始める。
「なにか国内であるのかしら? 聖女が行かないと、もしくは会わないと災いがふりかかるとか」
「まさか、少なくとも私はそんな話は聞いたことがありませんよ」
リリーは笑いを交えてそう返すと、ナズナも笑顔を見せてくれたが、本心では納得していないような様子だと思った。
「そうね。私もそう思うのだけど、その水中花の記事が出た辺りから、そういう熱烈な人が輪をかけて増えて来た感じで」
「それは聖女様のそれだけの価値があるから。それに他ならないのでは?」
リリーはそう言ってみたが、ナズナは納得のいかない表情だった。
素敵なネイルが仕上がったとしてもこんな表情のまま、お客様もネイルサロンから帰す訳には行かない。そう思い、ベルでアリを呼んぶ。
「お呼びですか?」
すぐにサロンに顔をに顔を出したアリが静かに答える。
「この新聞に写っている水中花のことについて調べて欲しいの」
「と、言いますと? 作品について、でしょうか?」
「そうじゃなくって……その持ち主について調べてもらえないかしら?」
アリは新聞を手に取り、首を傾げるが、リリーに向きなおると、
「かしこまりました。この新聞記事、少し預かっても宜しいですか?」
頷いたのを確認した、アリは、一礼して部屋を出て行くと、サロンの中は沈黙に包まれる。
リリーはナズナの期待に応えるべく、青の色作りに集中していた。
グラデーションに色をのせるのと同時に透明感を出す。波を描き、シルバーのラメとマグネットをしきつめない程度に乗せる。それから、透明のジェルで水滴の凹凸を表現した。
「こんな感じでいかかでしょうか?」
ある程度完成した状態で、ナズナに確認を求める。
「まあ、きれい」
ナズナの表情がぱっと明るくなる。
「本当に綺麗。私が見た水中花もこんな感じの色だったの。リリーさんが見たのは白黒の写真だけなのに、こんな風に再現できるなんて、本当にすごいわ」
「気に入っていただけて、何よりです。後、ここの真ん中辺りにこの押し花を埋め込んで、最後にトップジェルで仕上げて行こうと思いますけど……?」
「それで大丈夫です。お願いします」
リリーはピンセットを使って、それぞれの指に花を置き、トップジェルをのせて固める。
ナズナの爪、一本一本がまるで、本物の水中花の様に、深い輝きを放つ。
エタノールを含ませた、ぺーバーで未硬化ジェルををふき取り、ネイルオイルをなじませた所で、控え目なノック音とともにアリが部屋に戻って来た。
銀色のお盆にのせた、様子をリリーに差し出す。
「ありがとう」
受け取ったリリーは内容を確認する。特に驚いた様子もなく、やはりと言った具合に何度か頷いてみせた。
「なにかわかったのでしょうか?」
ナズナの綻んでいた表情が、きっと張り詰めた。
「そうですね――まず、事実をお話すると、新聞記事に掲載されていた水中花の持ち主の登録が、個人ではなく、現在アンバー王国となっているようです」
「え?」
ナズナは大きく目を見開いた。
「この水中花の所有者はアンバー王国です」
リリーはもう一度そう言った後に、アリから受け取った書類を見せ、嘘がない事を示す。
その書類はアンバー王国の所有権目録の一覧からひっぱってきたものだ。
「でも……あの、行った時は、一族の宝であると、そう紹介してくれた記憶があるのですが」
「恐らくナズナさんが会って話をされた方は、こちらの前所有者に入っている名前の方ですよね?」
指で示した部分には、前の所有者と指名とその経緯について記載されている。
《元の所有者から善意により寄贈》
ナズナは最大限に顔を顰めた。
「そんな説明は一言もありませんでした。なんだか私の方が混乱してしまいます。これは間違いなくアンバー王国の書類で間違いありませんよね?」
「はい。こちらに押印と紋章が入っておりますから」
「私の命のかけて間違いないと断言致します」
アリの明言にナズナはおろおろと視線を彷徨わせる。
「こう言ったら、身内びいきに思われるかもしれませんが、私はアリの仕事を信じておりますので」
「いえ、違うの。今までのことを鑑みてもアリさんが信頼のおける方だってことはもちろんわかっているんです。間違いないと言うことはわかるのですけれど、ただここに載っている名前の方は、確か水中花を拝見した時に会ってお話をした方でした。だからこそ、私の方がなんだか混乱してしまって……」
「お気持ちはわかります。ここからは、恐らくという推測の話しになりますので、その認識で聞いてもらってもよろしいですか?」
ナズナはこくりと頷く。
「戦火の状況があまりかんばしくないとは、ナズナさん――聖女様としてご存知でいらっしゃいますよね?」
いきなり話が戦況の状況に転じたので、ナズナは口元を結び直し、
「戦地にいる時は最前線も見て来ました。その上で、公の場で口に出すことはありませんが、仰る通りであることは十分にわかっております」
「私達、王都にいる国民にも、はっきりとは知らされていなくとも、なんとなくそうなのだろうということは薄々気付いています。国としては短期決戦で、戦争を終結させる目論見だったのでしょうけれど、モーゼル側の勇者の影響もあるのだと思います。もちろん、新聞などではそんなことを書かれることはないですけれど」
ナズナは、はい、とも、いいえ、とも言わないのだが、神妙に頷いた。
実は、勇者の存在はアンバー王国側では、情報統制がとられているからだ。
それにも関わらず、リリーが知っていることに驚きながらも、どう反応したらいいかわからない。そんな様子だった。
もちろん、アリの情報網をもってすれば、すぐにわかることであるが、まず、リリーには前世のキオクがあるので、知らずとも知っていることだった。
「ともかくその戦況が今回のことに関係あるのでしょうか?」
「非常にあります。逆にこの戦況じゃなければ、こんなことにはならなかったと思われるんです」
「それはつまり……?」
「なによりも一番の原因はアンバー王国の財政状況の悪化です。このままでは兵器を購入し続けることが難しいと」
「もう、そんな状況まで追い込まれているんですね」
その話に驚いたのはナズナの方だった。リリーは意味あり気に視線を合わせる。
「表立って、国が堂々と発表している事ではないのですけれど、アリの情報によるとどうもその様です。サマン重工から兵器を購入しているのですが、資金調達が上手くいかず、色々とその金額の交渉をしたそうなんですけれど……むしろサマン重工の方に主導権を握られてしまう始末だったようで、金策に困ったアンバー王国はとにかくお金を用立てるために、国民たちから戦争を名目に様々な貴重品を国の方で強制的に簒奪し、他国に売って資金を得ていた。でも、国民だってそんな国の暴挙をただ、だまって見ている訳にはいかないと、気が付いて。でも、表立って、国を批判する訳にもいかないから、それで思いついたのが聖女様の存在」
「私達?」
リリーは頷き、話を続ける。
「はい。聖女様、みなさんはあまりそうは思っていないかもしれませんが、影響力はとても大きいんですよ、戦場での評価はとてもありますし、聖女様が『これは国の宝である』と、発言した品物があったとして、その品物をアンバー王国が身勝手な金策で外国に売り払ってしまったとしたなら? 国民から大きな非難を浴びるのは言わずもがなですよね?」
リリーの言葉にナズナは冷水を浴びせられた様な表情を見せる。
「つまり私は……聖女として、ある意味利用された、のでしょうか?」
ナズナは自虐的にそう言った。
「まあ、ある意味ではそうなのかもしれません。国民からすると、血の流れないレジスタンスのつもりなのでしょうね」
ナズナは大きく息を吐いた。
「やけに熱心に行く先々で、皆さん来てほしいと言われ、歓迎されるので、なにかあるかとは、思っていたんです。でもそんな意味を含んでいたとは」
「でも最初に話した通り、全て私の推測なので、それがどこまで正しいかどうかはわかりませんから」
「いえ、リリーさんの慧眼には本当に感服です。もやがかかっていた視界がぱあっと開けたような、そんな気持ちがいたします」
確かにナズナはすっきりとした表情をしていたのだが、その次の瞬間にすっと表情を暗くする。
「でも、それを聞いてしまった上で、これからどう対応していったものかと思ってしまって……」
「逆にもっと増えてくると可能性の方が正直高いと思います。国が目をつけているのは、水中花だけではありませんから。もしかしたら、もう他国に既に渡ってしまっている品物を聖女様の行動一つで買い戻そうとする動きもでてくるかもしれません」
「怖いこと言わないでくださいよ」
冗談交じりのリリーの言葉にナズナはほっぺたを膨らませて反論する。思わず笑みがこぼれた。
「笑いごとじゃないんですよ。今以上に私の挙動ひとつで、物事が動いていくのだと思うと、怖いと思ってしまうんです……はあ、これからどうやっていきましょうか……もう、すでに約束が取り付けられてしまっている分もあるのですから」
「ナズナさんが思うようにやればいいと思います」
「私が思う様にですか?」
リリーは笑顔で頷く。
「この国だって正直なところ、これからどうなっていくか、混沌としていてわからない状態じゃないですか。だから、”聖女様”として、”国”が、どうかではなく、ナズナさん自身がどう思われるか。それで、行動してもいいと思うんです」
リリーのきっぱりとしたもの言いに、ナズナは大きく目を見開いたあと、視線を彷徨わせる。
「でも私は……一度のみならず、戦争の前線に出ては、人を殺めています。皆さん、聖女だと崇める私の手は血に濡れているのです」
「だからこそです。国や聖女ならと考えるのではなく、ナズナさんが何か一番するべきか、正しいのかを考えて行動するべきです。どう生きて行きたいか、そこが一番大切だと思います。もう、誰も明日生きているのかの保証なんて私も含めてないのですから」
ナズナは憑き物が落ちた様に、穏やかな微笑みを向けた。
「ありがとうございます。私に関わる人って、私のことを”聖女”としてか認識してもらえないことがほとんどで。もちろん、それが私だし、間違いではないのですけれどね。でも、私自身を見てその言葉をくれたのが嬉しかった」
「少しでもお力になれたなら幸いです」
リリーも、ナズナにつられて笑うのだが、ナズナはどうしてか眉尻を下げる。
「話が変わりますけど――私、聖女として、第六感がするどい部分があって、なんでだかリリーさんがこのまま遠くへ行ってしまうのではないかと、ふとそんな気がいたしまして」
今度はリリーの方が驚く番だった。
ナズナには何も、一言も伝えていない。
うやむやにしてしまおうかと一瞬思ったのだが、ナズナのまっすぐな瞳を見ると、反らすことができないと思ってしまった。
「流石ですね。実は、少し長期のお休みをいただこうかと考えていた所でした。そのことはまだ、誰にも。知っているのは、私とアリだけ」
名前を呼ばれたアリは丁寧にお辞儀をしてみせ、
「そんな……」
ナズナは今にも泣き出しそうにしている。
「まだ詳しいことは調整中で、はっきりとは決めていないのだけど」
「戦争の影響ですか? 国の方からネイルサロンの営業に圧力がかかったとか? それなら私が……」
「そうではないんです。実は……私の家族ともいうべき、エドのことなのだけど」
「以前、見かけていた、銀髪の執事の方?」
リリーは頷く。
「エドとは血の繋がりはありませんが、幼いころからアリと一緒に私のそばにいてくれて、このネイルサロンの運営に関しても尽力してくれました。私の家族と言って、差し支えない存在です。そのエドから、緊急とも呼べる連絡がありましたの。助けて欲しいと。ですから、私たちは彼を助けるため、エドの行方を探しに……すみません、つい感情がこもると言葉が強くなってしまって」
リリーは知らずの内に、爪が手のひらに食い込むほど、かたくにぎりしめ、口調も普段のリリーからは想像できないほど、辛辣な言い方になっていたことにはっとして気が付く。
それを詫びたが、リリーがどれほどにエドのことを大切に思っているかを、伝えるには十分だった。
「そうだったんですね。そう言えば、何かの話の折に、戦争に行ってしまってと、そんなことを聞いた様な気もしたけれど、そこまで気が回らず……とても心配でしょう」
ナズナはよりそう言葉をかける。
リリーは、目を伏せた後、決意を固め、ナズナを真直ぐに見つめ返す。
「本来であれば、こんなことを聞くのはタブーであるとわかっているのですが……ナズナさん。今、戦場でなにが起こっているのか、教えていただけませんか? エドの行方を追っているのですけれど、アリの情報網にも限界があるようで。戦地のことは固く緘口令が敷かれて、こちらに全く情報が入って来ないのです。ですから――でも、ナズナ様の御立場や状況に影響が出ないように細心の注意は払いますので」
リリーの声は、懇願だった。
ナズナは少々戸惑っている。今まで、リリーがそんなに息を詰まらせた表情も言い方も見せたことがなかったから。たっぷりと視線を彷徨わせた後、大きなため息を吐いた。
「本当は――、本当はお伝えすることは固く禁じられていることなんです。ですけど、リリーさんですから。これから私から聞いたことは全てなかったことにしていただけますか?」
「もちろんです」
アリとリリーはお互いに目を合わせ、頷いた。
「先ほどの水中花の話とリンクするところもあるのです。つまり――今回の戦況は、サマン重工が大きな役割を担っているのです」
「と、言いますと?」
「戦争自体はもちろん、アンバー王国とモーゼル王国の二国の間で起こっていますが、戦況に直接響いてくるのは使われている兵器です。そして、アンバー王国に兵器を提供しているのは、サマン重工のみでして」
「サマン重工以外にも兵器をつくる会社は他国にもあると思うのだけど」
リリーの疑問にナズナは頷く。
「もちろん、それはそうなのですけれど、性能でみると、サマン重工は抜群なんですよね。向こうには勇者もいるでしょう? 他国の一般的な兵器では太刀打ちできない状況で――」
「じゃあ、つまり、サマン重工から兵器が供給できなくなると、アンバー王国は大分立場が追い込まれてしまうのね」
「ええ、でも、資金繰りでまさか――国民から不等に貴重な品々を搾取して売りさばいていたなんて――多分サマン重工はもう自身の傘下に置いている思っているかもしれない」
「一体、何を?」
ナズナの言い方に妙な怖さを感じた。
「その辺りの状況は私も詳しくなくて、やんわりとしか知らないのだけど、値下げ交渉をして足蹴にされてしまったらしいのね。それで、逆にサマン重工の心証を悪くして、アンバー王国には兵器を売らない。モーゼルに売るようなことを言われて、もちろんアンバー王国はそれをやめてくれてと懇願した訳なんだけど」
「でも、サマン重工はそれをただで、首を縦には振らない訳でしょう?」
リリーの言葉にナズナはその通りだと言わんばかりに頷く。
「条件を出したらしいの、つまり軍の一部隊を自分の会社に取り込みたいって」
「取り込むって、サマン重工に? 私兵部隊ってこと?」
「詳しくはわからないのだけど、多分そんな感じなのでしょうね。その部隊と言うのが――」
リリーの表情が蒼白になる。




