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ハロウィンネイル

HAPPY HALLOWEEN

「ほんの一年前ならカボチャのお化けなんかを飾って、親しい友人や家族とハロウィンパーティーを開いていたのに。今年はそんなムードは一切ありそうもないわね」

 ネイルサロンに来た、ロザリンドが指定したネイルは目立たないシンプルな色。

「そうですね。一年前の今頃、まさか今のこの様な未来が待っているなんて思いもよりませんでした。ですが、こんな世の中でも、ロザリンド様は、精力的に様々な活動を行っていると話に聞いています。同じ女性として頭が上がりません」

 リリーはロザリンドの爪をやすりで整えながらそう言った。現在のアンバー王国は戦火のさなかにある。王都こそまだ爆撃音などがさく裂する状況ではないが、それでもひしひしと迫って来る戦火は誰もが感じていることだった。

 ロザリンドは不幸な事件で夫を亡くし、一人でフランジス伯爵家を切り盛りしながら、この情勢の中であっても前を向いていた。どんなことを始めたかと言うと、戦地に行って家族が帰ってこなくなってしまった、未亡人の支援などをする活動を始めていたのだ。

「漫然と一人で、社会と隔離された屋敷の中で過ごすのがどうも私の性格的に合わないらしくて。逆にこんな時だからこそ、積極的に人に会って行きたいと思っているぐらいで」

「最近、どなたかのパーティーにご参加されました? 私はそもそもパーティーには縁遠い存在なので。今この状況下でもパーティーを開かれている方がいらっしゃるのかなと。逆に人と会うと言ってもそう言った機会がないとなかなか難しいと思って。興味本位での質問なのですけれど」

 リリーは言葉を選びながらゆっくりとそう聞いた。

「そうですね、本当に時々ですけど、ありますのよ。最近で言えば、ランドール様のお屋敷で、お忍びでハロウィン・パーティーを開かれていたのですけど」

 ロザリンドそこで口をつぐんだ。

「何かあったのですか?」

「実は――パーティーの際中に死者が出てしまって」

「どなたかが亡くなったのですか?」

「ええ」

 ロザリンドは含みのある返事をした。

「ロザリンドさんはそのパーティーにご参加されていたのですね?」

「はい。私、そのパーティーに参加していたの。参加していたその時は気がつかなくって。ランドール家からも死者が出てことなどは何も言われず、ただ夜の九時頃にパーティーが終わりになって」

「少し早い時間だったのですね。普通であれば十時とか十一時ぐらいまでやるものかと思いますが」

「私もお開きになるには少し早い時間かと思ったのですが、こういったご時世だから早めにパーティーをお開きにしますと、夫人のサンディ様が仰っていて、その時はそうなのだと思ました。ですが後日、ご主人のノーマン様が実はパーティーの際中に亡くなっていたと。そんな話を聞いたのです」

「パーティの際中に亡くなったのだとしたら、相当な騒ぎになったのではないのでしょうか?」

 リリーは顔を上げ、ロザリンドを見た。

「そう思われるのは最もだと思うのですけれど、実際にパーティーに参加していた私から見て、その特になにかが起こったと言う感覚は全く無かったのです。亡くなった方があったなんてその時は微塵も感じませんでした。人の死にそれほど無関心であったことを責められても、仕方ないのですが」

「ごめんなさい。ロザリンド様に非があるとは全く思っていませんので、ただ逆に不思議だなとそう思ったのだけなのです」

 ロザリンドは、気にしていないと言う風に、笑顔を作る。

 ランドール家は男爵の爵位を持つ。遡ると過去の世界大戦の際に武人として大きな戦功を上げ、爵位を賜った家系である。それから、代々優秀な武人を輩出していたが、現在は男児に恵まれず、サンディがランドールの血を引く、一人娘であり、ノーマンはランドールの血に恥じない程の、武力を持っているとの理由から婿入りした。

「私も貴族の一員として、ある程度のことは把握しようと心がけておりますが、ノーマン様がその様な死を遂げていたことは存知あげませんでした」

「この時期にランドール家でどうしてハロウィンパーティーなんか開催したのかと、その理由については戦地から帰還したノーマン様をねぎらう意味をこめてささやかながらパーティーを開いたとサンディ様は乾杯の挨拶の時に仰っていました。でもこんな時期に貴族がパーティーなんか開いて、尚且つ人が亡くなったとなると非難を受けるのは目に見えてわかることで、あまり大きく報道しないように圧力があったみたい。ですから、新聞の紙面には《ノーマン・ランドール 戦争帰還からまもなくして死》ぐらいの小さな記事しか掲載していないと聞いたわ」

「でも、どうしてノーマン様は亡くなったのです?」

 リリーは爪やスリから、プッシャーに持ち替え、甘皮の処理を始めた。

「自室のバスタブで溺死したと」

「バスタブで? 溺死?」

 リリーは再度顔を上げて、怪訝な表情見せた。

「現在も戦争は継続中です。この時期に兵士が帰還すると言うことは、これ以上戦地に居ることが難しいと判断され、後方に送られた人達ばかりなのです。つまり」

「ノーマン様も大きなお怪我を?」

 ロザリンドは頷き、口を開く。

「両足を、膝から下を、無くしてしまったと」

「まあ」

「パーティーでは車椅子で笑顔を見せていらっしゃいました。私もご挨拶したのですが、見る限りはお元気そうな様子で。これから義足を作る予定だけれど、なにせその稼業の人達はてんてこ舞いで順番を待っている状態だから、それまでは少し不便かもしれないと、笑いを交えながら話をされていました。ただ、非常にお体は疲れていらっしゃるようで、パーティーも最後まで参加をせず、途中で自室に引き上げられました。ここからは、聞いた話なのですが、ノーマン様はベッドに入る前は必ず、湯につかる習慣があるようでして、そのパーティーの際も自室でバスタブの湯につかり、ちょっと目を離した隙に、そんな悲しい出来事が」

 ノーマンの体の状況を聞けば、一人で入浴をすることは不可能であり、誰かの手を借りなければならない状態だったことは理解出来る。つまり、パーティーの際中、ノーマンを一人にしてしまったところ、彼はバスタブに溺れてしまったのだと。でも、もしかしたら一人にしてしまった理由はパーティーの方に人手が取ら、やむを得ない状況だったと言うことも考えられる。

「それじゃあ、ノーマン様は不幸な事故で」

「騎士団の方ではそう見ていると伺いました」

 ロザリンドはそう言ったものの、どこか納得のいかない様な表情をしている。

「ロザリンド様はなにか他に気になられるところがあるのですか?」

 リリーは立ち上がり、ジェルのコンテナを用意する。

 トップジェル、ベースジェル、カラージェル……は念のため二つ用意した。

「気になると言うほどでもないのですが、そうですね、あえてお話すると、ランドール家のご夫婦はどこにでもあるような貴族の政略結婚で、夫婦仲もとりたて悪いと言う噂は聞いた事はありませんでした。婿入りしたノーマン様がランドール家を継ぐ予定だったのですが、亡くなってしまって、サンディ様が家のために次の旦那様をお決めになる話はよく理解できるのです。けれど、もうすでに再婚が相手が決まってると言う話を聞いて。それがどうも少し引っかかりまして」

「再婚相手はどなたなのです?」

「家の執事だとか」

「ありそうなお話ですが、それほどスムーズに決まると言うことはどこか不可思議な感じもしますね」

 リリーは一度手を止めて、ベルを鳴らした。

「お呼びでしょうか」

 音もたてずに扉から入ったアリは、リリーから少し離れた場所に立って、控え目に主人の顔色を伺う。

「ランドール家は知っているわね。その執事について調べてほしいの」

「執事ですか?」

 アリが聞き返したところで、ロザリンドは、

「ノーマン・ランドール氏が亡くなった後添え、サンディ様との婚約が決まっていると聞いた方です。たしか執事の名前をユドニスと言ったかしら」

 アリの方を向いてそう言葉を付け足した。

「かしこまりました」

 アリは全てがわかったかの様な表情で頷くと、そのままふらりと部屋を出て行く。

「あまりにも話がスムーズに進んでいるので、なんだか裏がありそうだなんてそう思ってしまって――ダメね。自分自身のことも色々あったから、人を信じるのがどうしても億劫になってしまって。どうしても疑ってしまうの」

「ノーマン様はどんな方だったかご存知です? 私はお見掛けしたことはあったかもしれませんが、直接お話したことはなかったかと」

「可もなく不可もなく。私も親しい付き合いをしている訳ではありませんけど、そんな印象でした。それよりも、執事のユドニスの方見目が素敵だったわ。色々な所によく気が付いて、まとう雰囲気が貴公子風でね。リリーさんの所の執事の彼と甲乙つけがたいほど」

「エドの事ですか?」

 リリーは意外だと言う表情を見せる。

「そう。彼をもっと貴族っぽくした感じで、さらに優男風にした感じかしら」

「なるほど。かなり女性受けしそうな見目ですね」

「貴女とエドは何の関係もないの?」

 ロザリンドは控えめだが、目は興味の色に輝いていた。

「あり得ませんね。彼は――そうね、私にとって家族、運命共同体と言う言葉の方がぴったりきます。ある意味、恋人より重いかもしれません」

 リリーの言葉にロザリンドは苦笑いを見せながら、

「そう言えばその執事の彼は?」

「騎士団に招集されてしまいました」

 リリーはそう言いながら、ベースジェルを塗布始める。

 ロザリンドは、リリーにどう返したらいいのかと、言葉を探している様子だった。

「他にパーティーで気になること。変わったことはありませんでしたか? もしくは、ノーマン氏と、サンディ様の関係性において、なにか?」

 そう話を切り出したのは、リリーだった。

「そうですね。パーティーはランドール家の屋敷で行われたのだけど、ちょっと気になったのは、お二人の写真が一枚もないと言うことですかね」

「写真を飾る事があまり好きではない方なのではなくって?」

「そうではないと思うのです。ご家族の、サンディ様がお小さい頃の写真や、ご両親、祖父母と並んだ写真なんかは飾っていまして、サンディ様がお写真に写った方との思い出話をしてくださいましたから」

「故意的に、ノーマン氏との写真を飾っていないと」

「恐らくそうなのかなと思いました。それから、ノーマン氏とは寝室もずっと別なんですって」

「そうなの? 何か理由があるのかしら」

「わかりません。これは、来客の方で囁かれている話を聞いただけなので真偽についてはわかりませんが」

「夫婦関係は完全に破綻していたと。そう言うことなのかしら」

 リリーはベースジェルの塗布を終え、カラージェルに取り掛かった。

 目立たないシンプルな色と言っていたので、ベージュとほんのりオレンジのカラーを少しだけ混ぜる様にして塗布する。アイシングジェルで小さくお化けをかたどり、ミラーパウダーをすりこむ。

 ロザリンドの口元から嬉しい悲鳴が小さくもれる。

「これは一本だけにして、他の指は、それぞれベージュとこのオレンジのカラーをうすく塗っていくので」

 あからさまにしない、ハロウィンを模したそのネイルにロザリンドは満足してくれたようだった。

「そう言えば、もう一点。サンディ様は途中でドレスを着替えたのよね」

「パーティーの途中でですか?」

「そうなの。最初は黒のレースが沢山ついたドーリーな感じのドレスを着ていたのね。それで、ノーマン氏と一緒に乾杯をして、来客の方々へ挨拶に回っていたのだけど、ノーマン氏もまだ体調が万全ではないようで、さっきも話した通り途中で部屋に戻られたの。サンディ様はそれにつきそって、一旦会場を出られたの。その後、ノーマン氏をお風呂に入れて、戻って来たみたい。あまり会場を不在にするのも良くないと思って少し顔を出されようと思ったのね。そのころに会場の外でポンと音がして。何の音かと持ったら、サンディ様がシャンパンの栓を抜いた音だったの。でもそれを上手く開けられなかったみたいで、べったりとドレスにシャンパンの泡などがかかってしまって、それで着替えてくると再度部屋の方に下がって、その時、近くにいた使用人に、ノーマン氏の様子を見てくるように伝えて、使用人が戻って来ると……亡くなっていたと。私も最初は不幸な事故だと思ったのですが、本当にそうなのだろうかと」

「サンディ様がノーマン氏の浴室でのお手伝いをされたのですか?」

「そうみたい。部屋に下がる時、ちょうど私、扉の近くにいてやりとりが聞こえたの。使用人が行くと言ったのですが、パーティーの方に集中してほしいと。サンディ様が手伝いをするからと気丈におっしゃっていて。その時は旦那様思いの奥様だな、と思ったのだけど」

「サンディ様からノーマン氏の様子を見に行くように指示されたのは先程、話に出ていた執事の方?」

「ユドニス? いいえ、別の使用人よ。執事は、パーティーの取り仕切りと、他のご令嬢から声をかけられたりなんなりで忙しそうだった。本来だったらユドニスが行くべき所だったのかもしれないけれど、そんな様子だから、別の使用人に旦那様の様子を行く様に伝えたのね」

 カラージェルを塗布し終え、トップのクリアジェルの塗布を進める。

 ちょうどその時、控え目なノック音とともに、アリが戻って来た。ぎょっとしたのは、手に大きな袋包みを抱えているからだ。

「アリそれは?」

 少し離れた場所にどさりと、袋を床に置き、スカートのすそをはらって身なりを整えると、

「失礼いたしました。調査をする中で、大切かと思ったのでこちらも確保してまいりました」

 リリーはふうとひと息吐くと、ジェルの塗布作業に戻ると共に、執事のユドニスについて話すように伝える。

「ランドール家にはかれこれ十年ほど勤めているようです。古参の使用人のうちの一人でしょう」

「ランドール家に来る前は? 彼は平民なの?」

「いえ、取り潰しになった男爵の一人息子だったようです。両親が他界し、行き場に迷っていた所、その見目の良さからランドール家に来る前、とあるご婦人に引き取られ」

 アリはそこでこほんと空咳をした。

 彼女がその後に言わんとする言葉はなんとなくわかったので、

「十年前に、ランドール家に来ることになった経緯は?」

「とあるパーティーで、出会ったと。その、とあるご婦人が小姓の様にユドニスを連れ歩いていた所、サンディ様と出会ったとか。サンディ様はユドニスが可哀そうに思ったのでしょう。彼がとあるご婦人から離れられる様に手筈と整えられて」

「もしかして、その事件って」

 ロザリンドが小さな悲鳴をあげる。

「もしかしたらフランジス様もご存知かもしれません。当時はかなり口封じがされましたが、噂と言うのは早いものもので、割と社交界でも噂になりましたから」

「私は全然思い当たらないわ」

 リリーはが口をとがらせる。

「お嬢様は社交界に全く興味がありませんし、その頃は徹底してパーティーにも参加されていない時期でしたから、知らなくて当然かと思われます」

 アリの丁寧だが棘のある言葉に苦笑いを浮かべながらも、

「それで、私が知らないその噂と言うのはどういったものだったの?」

「名前は伏せますが、そのとあるご婦人と言うのが、割と爵位のあるご婦人で。夫は騎士団の所属している方なので、仕事のために地方に行っていたのね。その時に、まあ淋しさなどあいまってユドニスを自身の所に引き入れたのだと思いますけれど。ただ、ユドニスは人としてと言うより、愛玩動物の様にされていて。彼はそのご婦人からされてる仕打ちの一部始終を映像記録して保存したのです。もちろん、お一人ではそんなことはなかなか出来ないでしょうから、その部分についてはサンディ様のお知恵やお力を拝借してと言うことだと思います。公にはしておりませんが、誰もが周知の事実だったかと」

 アリがそこまで言いきったところで、ロザリンドは同意するように深く頷く。リリーは作業をしながらその様子を横目に見ていた。

「様するに、その記録映像を元に、そのとあるご婦人を脅したのです。自分を解放してくれなければ、この映像を夫に送り付けると」

「まあ、なかなかのことをされる方なのね。ある意味、野心家なのかしら」

「野心――そうなのかもしれません」

 アリは少し首を傾げる。

「じゃあ、今回の事については、もしかしてノーマン氏を死に追いやったのは……ユドニスが関わっているのかしら」

 ロザリンドはネイルサロンに居ると言うことを忘れているとでもいうように、驚愕した表情で、アリを方を振り返った。

「それはまた違うと思うの」

 冷静な声でロザリンドの質問に答えたのは、リリーである。

「なぜです?」

「結論を出すのは早急だわ。だって、ロザリンドさんはご自身で、ノーマン氏が亡くなった時、ユドニスはパーティー会場で忙しくしていて、幾人かのご令嬢に話かけられている状態だったと。万が一、殺人だとしてもそんなに人目のある中で、ユドニスが動くことは難しいと思うの。それに、ノーマン氏が自室に引き上げられた時もパーティーはそのまま継続されたのでしょう? 屋敷の執事であるユドニスが持ち場を離れることは難しいでしょうし。特にランドール家の当主が体調の事由で自室に引き上げたのだから、執事の方でその穴を埋めなければと言う責任は伴うでしょうし」

「仰る通りだとは思うけれど。じゃあ、それなら、その過去にユドニスに執着していたご婦人がランドール家に恨みをもって……?」

 再度のロザリンドの問いに関して、答えたのはアリだった。

「念のためその線も調べました。しかし、ご婦人の夫は今回の戦争で、瀕死の状態で家に戻ってきている様なのです」

「じゃあ、そんなことに構っている余裕はないわね」

 リリーがさらりとそう返すと、

「そうね」

 と、ロザリンドも納得したが、じゃあどうなのかと言うもやもやは消えてない様で、表情が曇っている。

「それで、手に入れたのがこのドレスです」

 アリは、床に置いた袋の包をほどくと、中から黒のドレスを出す。

「ロザリンド様、これで最後なので、ライトの中に入れて下さい――それで、そのドレスはどういった経緯で手に入れたの?」

 リリーは筆をぬぐいながら、改めてドレスを見た。あわあわとリリーに指示を受けてライトに手を入れたロザリンドの方は先にドレスを見て動揺している。

「はい。詳しくは省きますが、貧民街で……要するに貴族のとあるお屋敷で、捨てられていたものを盗んで、売りさばこうとしていた所に遭遇しました」

「でもよく取り戻せたわね?」

「なにせこういった社会情勢ですから、ドレスなんかが売れる訳もなく困っていると言うので」

「そのドレスは、ランドール家からのものではありません?」

 ロザリンドの恐る恐るしたもの言いに、

「仰る通りです」

 アリは頷く。

「だって、この黒のドレス。見間違えるはずないわ。ハロウィンパーティーでランディ様がお召しになっていたドレスですもの」

「間違いありませんか?」

「ええ。この特徴的なレースの配置なんかはオーダーメイドで作られたものだとすぐにわかりましたから、同じようなデザインは他にないだろうと」

 リリーは立ち上がると、つかつかとドレスの方に向かい、まじまじとドレスを見た。

「よく見ないとわかりませんが、このあたり、ちょうど胸の辺りですが、引きちぎられている様な所がありますね」

「引きちぎられている?」

 ちょうどライトが消えたので、ロザリンドは立ち上がるとドレスに近づき、リリーが示す部分に目を凝らす。

「本当ね。ちょうどレースがふわふわとあるから、一見気付かなかったけど、そう言われてみると結構な勢いで引きちぎられたあとがわかるわ」

 リリーはロザリンドを再度ソファーに戻る様促し、最後の仕上げ――未硬化ジェルのふき取りをし、ネイルオイルをつけた。

「こんな感じで仕上がりはいかがでしょうか?」

「とてもいいみたい」

 ロザリンドは微笑みながらも、彼女自身の興味関心は仕上がったネイルよりも、アリが持って来た破れたドレスの方にあるようだった。

「良かったです。それから、ロザリンド様が気にされていることですけど、多分残念なお知らせをすることになりそうです」

「と、おっしゃいますと?」

「ノーマン様は、殺害されたと言う説が濃厚だと言うことです」

 トーンの変わったリリーの言葉に、ロザリンドの表情も暗くなる。

「いえ、もしかしたらそうなのではないかとうっすら思っておりました。ですから、リリーさんが謝る必要などなにもありません。でもリリーさんが殺人だと、そうはっきりと言葉を述べられると言うことは、犯人が誰であるかお分かりになったと言うことなのですよね?」

 リリーは重々しく、こくりと頷くと口を開く。

「奥様の、サンディ様です」

「まさか」

 ロザリンドはあまりの驚きに、それ以上、どう言葉を繋げたらいいのかと大きく口を開けたままだった。

「私は、サンディ様に実際にお会いしたことも、お話したこともありませんので、実際どんな人物かわかりませんが、アリが持ってきてくれたドレスを見て、それからロザリンド様から聞いた話を照らし合わせるとそうではないかと」

「どうして、そう判断されたか理由を伺っても?」

「なぜ、ドレスが引きちぎられているのか。その理由を考えれば簡単です。ロザリンド様はなぜかわかりますか?」

 ロザリンドは首を横に振った。

「私もドレスはもちろん、何度も着たことがあるけれど、例えば長い裾の部分がなにかひっかかって少し破れてしまうと言うことはありますわ。でも、胸の前の辺りがそんな風に破けることはあまり考えにくいかと。なぜそんな風に引きちぎられてしまったのか――その理由について、例えば馬車の扉にその部分を挟んで引きずられたとか、そんな理由しか思い浮かびませんけれど、もしそうだとしたら、サンディ様はドレスだけではなく多大なお怪我も伴うはずです。ですが、パーティーの時そんなご様子は……」

「だからです。パーティに参加している最中にしかも、サンディ様が会場から見えなくなったのは恐らくほんの数十分の間。そんな短い時間の中で、馬車にひきずられるなんでまず現実的ではありません。じゃあ何が起こったのかと考えられることは一つ――順番を追って説明しますと、ノーマン様が体調がよくないと仰られた所で、サンディ様もノーマン様の介助のお手伝いをするからと言って部屋に下がられました。使用人たちはパーティーの方で忙しかったから、サンディ様の申し出を誰もがありがたく思ったでしょう。ノーマン様は自室に戻り、ベッドに入る前に湯を浴びる習慣があったので、サンディ様は両足のないノーマン様の着替えなどの介助を行います。バスタブに湯をため、ノーマン様をバスタブに入れた所でぐっと両手で肩から彼の胸を押し込んだ。ノーマン様は両手は使えますから、何とか湯から上がろうと必死にもがきますが、なにせ体が完全にバスタブの床についてしまった状態そして、上から、女性とはいえサンディ様が力をかけているのです。水の中で視界もまともに見えません。なんとか手を伸ばした先にあって思わず掴んだのが、サンディ様のドレスでした。それを支えに起き上がろうとしましたが、息が出来なくなり、次第に彼の息の根が止まった」

「じゃあ、そのドレスが破れてしまったのは、ノーマン様が」

「恐らく、生きるか死ぬかの状況です。ありったけの力をこめて、引っ張ったのでしょう。一歩間違えば、サンディ様をバスタブへ落とすくらいの力があったかもしれません。ですが、その前にノーマン氏の方が……そう考えると、ロザリンド様が、話していたことも辻褄が合います。なぜか、パーティの会場に戻って来た時に、シャンパンでドレスを汚したか。シャンパンを持ってくることは別に珍しいことだと思いません。ただ、会場に入る前にどうして栓を抜く必要があったのか? それは引きちぎられたドレスを着替える口実をつくるため。そして、そのドレスを捨てたのは、証拠を隠滅するため」

 リリーは再度アリの持つ黒いドレスを指さした。

「でも、奥様が旦那様を殺害するなんて。私も同じ立場に追い詰められたことがありましたが、絶対にあり得ませんわ」

 ロザリンドもかつて、夫殺しの容疑をかけられたことがあった。その無罪を証明したのがリリーだった。

「ロザリンド様とサンディ様とは全く違うのです。私も現時点では手持ちの札が不足しているように思っていますが、その部分についてもきっとアリが。そうよね? 動機について、何か情報は?」

 話を振られたアリは小さく頷く。

「実は、ランドール家には産科医が秘密裏に出入りしていると」

「あり得ないわ」

 ロザリンドが小さい悲鳴をあげる。その声には、軽蔑の色が含まれていた。

「サンディ様が妊娠されている可能性があると?」

「恐らく。ランドール家にサンディ様以外の妙齢女性はいらっしゃいませんから。医者の方に確認をとれればとも思ったのですが、口が堅いことで有名な医者ですので、それ以上の情報を引き出すのは難しいかもしれません」

「確定的な内容ね。恐らく、相手はユドニスね?」

 リリーの言葉に対して、誰もなにも言わない。逆に否定する意見はなかった。否定できなかったのだ。

「一人娘のサンディ様が両親から一心に寵愛を受けてお育ちになって、近くに見目麗しい執事が居ればそうなってしまうのは仕方ないのかもしれないわ。もしかしたら、夫が戦争に行ったことをこれ幸いと思っていたかもしれない。もう帰ってくることはないだろうと。ですが、そうはいかなかった。ノーマン氏が生きていれば、サンディ様の不祥事が明るみに出てしまう。ですから、ノーマン氏を消すしかなかった」

「なんてこと」

 ロザリンドは崩れ落ちる様に肩ひじをついて頭を支え、

「サンディ様に、もしくは騎士団にこの事実を告げるのですか?」

 うつろな瞳でリリーを見上げる。

「証拠と言ってもこのドレスだけです。私がパーティーに参加していた訳ではありませんし。これ以上のことはなにも」

「ノーマン氏が可哀そうだわ」

 しんみりとした雰囲気になったところで、アリが口を開く。

「ですが、執事のユドニスは他のご令嬢とも関係があったようですね」

 ロザリンドは再度はっと顔を上げたがまたしても言葉を失った。

「因果応報ですね。こちらで何かせずとも、天罰は下されるでしょう――それに、なにかの本で読みましたが、ハロウィンはパーティーではなく死者を弔う時だそうですよ」

大変遅くなりましたが、誤字・脱字のご報告いただいた方、ありがとうございます。

全て確認しました。ありがとうございます。

(ご指摘いただいた点を受けて、少し文章を改稿した箇所もあります。もちろん、内容が大幅に変わったことはありません。言い方を少し変えたくらいです)

チェックはしているのですが、ご指摘いただいてから気付かされた部分もあって助かります。本当にありがとうございました。

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