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夜空の夕映えネイル 8

「ピーター、いや、ガン・レッド。国家反逆罪に加担した容疑がかかっております、ご同行願います」

 聞きなれない男性の声に、後ろを振り返ると、いつの間にか扉が開いており、第二騎士団の制服をまとった団員達がわらわらとなだれ込んでくる。

 名前は知らないが、入って来た騎士達は、ドロシアに一礼し、ピーターの周囲を囲む。

「ドロシアさん」

 今度はリリーがいた。彼女の姿を見て、先ほどまで重くのしかかる様に感じていた緊張感が解き放たれ、うっすらと目に涙がにじんで来る。

 ふらふらとリリーの元に歩みより、抱き留められる形で彼女の元にたどり着く。

「もう、どうしようもないのかと……私……」

 言葉にならない心の嗚咽が涙となって流れ落ちる。

 少しずつ、自分の取り戻すと周囲の状況が見れるようになってきた。

「リリーさん、一体これは?」

 疑問があちらこちらに浮かぶ。

 第二騎士団の彼らが、助けに来てくれたことはわかる。しかし、第二騎士団と言うのは基本的に地方や国境付近を守護する使命を持っている部署であるから、王都でみることはあまりない。あるとしたら、近衛の方が身近である。

 しかも、これだけの人数がフォックス公爵家に集まっているのは、……

「それは私のからご説明します。どうぞこちらへ――それと、今回、ドロシアさんがこの部屋にいることを教えてくれた方。フローレンス様と仰って、公爵家で奉公されているのだけど、私のネイルサロンのお客様でもあるの」

 フローレンスと呼ばれたのは、先ほどドロシアが声をかけたあの、女性の使用人だった。

「はじめまして。ご挨拶が遅くなって申し訳ありません。ですが、あの場をどうにか切り抜けて、ドロシア様がこの部屋にいらっしゃるのをリリーさんにお伝えしなければと思ったので」

「とんでもない。ありがとうございます」

 ドロシアは礼をいいながら、リリーの招待状にメモ紙を入れたのは、多分この女性だと知る。

「では、こちらへご案内いたします」

 フローレンスは向きなおり、廊下をゆっくりと歩き始める。

「歩けます?」

 リリーが気遣って耳元で囁く。こくりと頷き、フローレンスの後に続いた。

 屋敷の中は今、本当にパーティーが開催されているのかと思われる程、ものものしい雰囲気に包まれている。

 フローレンスが案内したのは、屋敷の奥、池の真ん中にたたずむ東屋だった。

 そこまでは屋敷から廊下がずっと続いている。

「ミネラ様?」

 案内された東屋に先に待っていたのは、フォックス家の女主人であり、王家から嫁がれた女性である。

 ミネラはドロシアに向かって微笑む。

 その所作は見惚れてしまうほど洗練されている。

 東屋はガラス張りになっており、全方位の景色が楽しめる。まるで自分が池に浮いている様な感覚にさせられた。こんな状況下であるのだが、サマンサが言っていた東屋とはこんなかんじなのだと思った。確かにこんな東屋がクレイグ伯爵家にもあれば素敵だなあと。リリーが来たことで安心したのか、そんな風に考えられる様になっていた。

 フローレンスにうながされ、シンプルな座席に腰を下ろす。

 東屋に居たのは、ミネラと、あと先日アダム・ルイスの殺害現場で指揮を取っていた、デュラン隊長がいた。

「まず、我が家のパーティーに及びしてこんな不祥事が起きたこと。そして、クレイグ伯爵夫人に危害が及びそうな状態であったと、私共の屋敷管理の不行き届きに非礼のお詫びいたします」

 ミネラはそう言って、座ったままであるが深々とお辞儀をした。

 感情はこもっていなく、儀礼的ではあるが、彼女の心遣いは感じる。

「やめて下さい。彼はもともと伯爵家の執事です。ですから、本来であればお詫びをしなければならないのはこちらの方でした」

 こういった場合は、ドロシアが何か言わなければならない。ミネラはようやく顔を上げる。

「ともかく、ドロシアさんがご無事でよかった。犯人を確保しましたので、もう安全かと」

 リリーがそう口を挟む。このまま話を続けていても不毛だと、そう判断したのだろう。

 ミネラは微笑みを消した。

 女性であるが、やはり王族の一員なのだと、その表情、視線一つで気付かされる。

「それで、一体何がどうなっているのでしょう? 犯人とおっしゃいますと――彼が、アダム・ルイスの死も今回の件と関係があるのでしょうか?」

 ドロシアはそう言ってリリーに話を促した。

「その男は?」

 聞きなれない男の名前にミネラは首を傾げる。

「最初から全てお話しましょう。ミネラ様、貴女にも聞いて欲しい話ですので」

「ええ、我が家で起きたことですからね。ですが、そのアダム・ルイス? の事はわかりかねますので、我が家とは関係ないかと思いますわ」

 リリーはミネラの言葉に対して返答せず、

「まず、今回の一連の件についてお話したいと思います。それを聞いた上で、ご判断いただければと思いますので」

 そう前置きをはさんで、話を始める。

「まず今回の件で一貫して主要人物として名前が挙がる方が、ラルフ・クレイグ伯爵です」

「まさか、旦那様が事件の犯人だと?」

 確かに執事のピーターを使って犯行を考えたのだとしたら、ラルフの名前が挙がってきてもおかしくはない。しかし、

「もちろん。クレイグ伯爵については、そもそも現在王都から離れていらっしゃいますので、今回の犯人から除外できるでしょう。しかし、今回の事件の発端はドロシア様との婚姻から始まっていると私は考えています。なぜ婚姻か? ――彼は生まれ持った自身の能力を最大限に生かし、アンバー王国に還元してくださっています。皇帝はそんな彼が他国に流れてしまっては、困るということで、貴族令嬢との婚姻命令になるのですが、彼の意志があったかどうか」

 リリーの視線がドロシアにうつりドキリとする。

「では、クレイグ伯爵はアンバー王国に反旗を翻す計画を企んでいたと、そう仰るのですか?」

 ミネラの硬質な声が部屋に響く。

「そうは言っておりません。ただ、そう言う考え方も出来ると言うだけです。その点についてドロシア様はどう思われますか?」

 リリーの他人行儀な言葉の切っ先は裁判所で短剣を喉元に突き付けられているのと同じような気分にさせられた。

「旦那様がその様な謀反を働くなど……とても真面目で冷静沈着な方です。ですからそんな大それたことをされる方ではないと思っております」

 精一杯そう答えたのだが、ミネラの意に沿うことが出来なかった様で、

「貴方も伯爵様に諭されて、グルなんじゃない? 確かにあの見た目ですもの。そうなっても仕方のないことだと思いますわ」

 ミネラは厭味ったらしくそう言った。頭に血が上り、言い返したくなるのをぐっとこらえる。今までいただいていたミネラへの尊敬の念ががらがらと崩れ落ちて行く。

 リリーは、ぱんっと両手で手を打つと、

「確かにそう言った考えも出来ます。でも、そうだとしたら、王家の立場の人間としては自分の立場を肯定した上で、相手方に罪を着せるのが得策であるとそう思いませんか?」

 リリーの言葉に一瞬皺を寄せたが、

「まあ、そうね」

 ミネラは苦笑いを浮かべたにとどまった。

「話を進めます。ドロシア様は夫に危害が及ぶのではないかと大変ご心配されて私の所に相談にいらっしゃったのです。確かに伯爵様はつねに危険と隣り合わせの仕事をこなされていますから仕方ないことかと思われます。しかし、その時のドロシア様のご様子がとても憔悴しているのも気になったので、私の方でも色々と調べてみまして、この情報ソースについてはお答えすることが出来ませんが、色々な情報を合わせてみますと、クレイグ伯爵を消したいと思っている一派がいるのではないかと結論に達しました」

「その黒幕と言うのは? 伯爵家のあの執事に関係があるのかしら。それに、確かに夫を騎士にもつ奥方が、気を揉むのはわからなくないけれど、気にしすぎじゃないからしら。そんなことを言っていたら、国中の方が心配しなければならない事態になってしまいますわ」

 ミネラは淡々とした様子で質問を返していく。

「結論から申し上げると、今回の一連の事件では先ほど捕縛した執事が関わっております。ですが、彼一人だけの力ではありません。彼をサポートしていた人物がいました。ですが、その事をお話する前に、今回の殺人事件とは別にもう一件、伯爵家を襲った事件がありました。ドロシア様の前に“アダム・ルイス”なる人物が現れるのですが、ミネラ様はその名前に聞き覚えはありませんか?」

「いいえ、全く。存知あげませんわ。ドロシア様はご存知の方なんでしょう? できたらドロシア様に説明いただいた方が早いのではなくて?」

 ミネラはどこかイライラしている様にも見受けられた。

 確かにパーティーの際中に呼びつけられて(もちろん殺人事件が起こってしまったので仕方ない部分はあるが)ドロシアの妄想が巻き起こした与太話につき合わされて、うんざりしてしまうのは、わからないくない。ただ、なんとなく彼女がいらいらしているのはそれだけではない様な気もした。

「ドロシア様も、ご存知ない人物だったのです。それで、私はまず、アダム・ルイスは何者なのか。この点から調べを進めて参りまいりました。奇怪であったのは、アダム・ルイスがドロシア様の過去のことを、あたかもその場にいて、見て来たかの様にお話をされるという点です。ですから、ドロシア様自身も、思い出せないが、アダム・ルイスと言う人物は存在して、自分だけが彼のことをぽっかりと忘れてしまっているのではないかと思ってしまったのほど。それだけ、彼の話は真実味を帯びていたそうです」

「その通りだったのでは?」

 ミネラがつんけんとした態度を見せるたび、ドロシアは胸に短剣を突き付けられている様な気持ちになる。

 リリーは一呼吸おいて話を続けた。

「逆にアダム・ルイスと言う人物に関わらず、昔からドロシア様と一緒に過ごしていた人物は誰か。そう考えた時に、一人条件に合う人物がいます――元婚約者のエヴァンズです」

 ドロシアは驚愕の表情でリリーを見つめる。

「まさか、エヴァンズが? そんな、だって彼は――」

「愛を誓った女性と姿を消した。実は、ドロシア様もそれは承知していた事でした。このことについては誰にもお話されていないことですね?」

 リリーはこくりと頷く。エヴァンズの事は好きだった。でも、それは友人としての感情で。だから、ドロシアは彼の恋をいつも応援していた……そもそもその事についてどこから漏れたのか。

「彼は婚約者がいるにも関わらず、幼い頃から思い合っている女性がいました。彼が彼のままでいる限り、結ばれないことも知っていた。ドロシア様は一人知れず、彼の恋を援助をされていました」

 エヴァンズはドロシアに対して、『僕が勝手にかけおちをしたということにすれば君にそこまで迷惑はかからないだろう』と言ったので、その通りにした。

 それをリリーは全て知っているというのだろうか。

「アダム・ルイスはもちろん偽名です。スダル・イアム。これが彼の本当の名前」

「イアム――まさか」

 ドロシアの言葉にリリーはこくりと頷く。

「レイ・イアム。エヴァンズが駆け落ちした女性の名前です。イアム家は遠い東国の家だと伺っています。エヴァンズは色々とあったにも関わらず、ドロシア様が結婚されたことを知って、祝福したい気持ち、貴女にお祝いの品を送りたいと思っていた。ですが、なにせ自分はドロシアさんを捨てた身です。そう簡単にはおめおめとアンバー王国に戻っては来られません。そこで白羽の矢が立ったのが、レイの弟である、スダル・イアムでした。彼はお忍びでアンバー王国にやって来たのです。テディーベアのぬいぐるみをもらって懐かしい気持ちがしませんでしたか?」

「ええ。そう。そうね」

 ドロシアの中でからまった糸がするするとほどけていく。

 テディーベアはエヴァンズが昔、ドロシアと婚約して一番最初の誕生日プレゼントで送ってくれたものだった。本当に嬉しかったのだ。小さかったドロシアは毎日一緒に眠っていた。今回の結婚で彼との決別の意味をこめて、実家に置いて来た。

「エヴァンズから昔、テディーベアをプレゼントしてくれたことがありました。彼はその時のことをきっと覚えていてくれたのですね。それで、アダム・ルイス、いえスダル・イアムが私のことをあれほど事細かく知っていたのはエヴァンズから私のことを聞いていたからなのね」

 答えを合わせの様にリリーを見ると彼女はこくりと頷いた。

「彼は、亡くなってしまったから実際にどうだったかは今となってはわからないけれど、ドロシア様を驚かせたかったのですね。ああやって、エヴァンズしか知らない話をしてテディーベアを送れば、貴女が気がつくと思ったのです」

「だけど、私は気が付けなかった――でも、それだけのことでなぜスダル・イアムさんはどうして殺害までされなければならなかったのでしょう? まさか、本当に旦那様に間違われて?」

「そこがわからなかったのです。調べても、スダル・イアム氏とクレイグ伯爵との関係はほぼ皆無です。彼らの国とは隣国と言う程近くもありませんので、戦になる心配も低く、むしろ現時点でその可能性はほとんどないと言えるでしょう。そこで、気になったのがスダル・イアム氏の不可思議な行動です。なぜ、彼がクレイグ伯爵に変装する必要があったか問いうことです」

「それは私もとても不思議でした」

「ドロシア様には、友人の賭けに負けたからと理由を話したそうですが、彼が他国の人であることを鑑みると彼がそんな賭けをしたというのはまず考えにくいと思われるます。でも、シンプルに考えて、アダム・ルイスと言う人物はこの国にはいない人物なの。――なぜ彼がそもそもフランジス家の招待状を持っていたと思われますか?」

 リリーに言われて気が付く。あの招待状は彼に届くはずもないものだとすると。

「クレイグ伯爵家に届いていたものを、ここは憶測だけれど、偶然にエントランスで落ちているのを見つけたのかもしれない。彼がクレイグ伯爵に成りすましたのは、アダム・ルイス本人では参加出来なかったから。ただ、それだけの理由なのよ。クレイグ伯爵が遠征に行っていることについては、一部の関係者にしか知らされていない事項でした。ですから、フランジス家の方々がクレイグ伯爵が王都にいないことをご存知なくとも(クレイグ伯爵がパーティに参加されることに対しておかしいと思わなかったことについて)、それはフランジス家の手落ちではないことも合わせて伝えさせていただきます。スダル・イアム氏は実際に、クレイグ伯爵家を訪れていたので、伯爵が不在なことを確認した上で彼に変装しても大丈夫だと。それでドロシアさんにそう提案した」

「アスセーナス嬢。貴女が言っていることは理解できる。しかし、そのスダル・イアムはそこまで突飛なことをしてまでパーティに参加する必要があったのだ?」

 黙っていたデュランが口を開く。

「その動機について、元凶は執事のピーターです」

「ピーターが……」

 ドロシアはそう悲鳴をあげたが、心のどこかでそれを感じていた自分がいたのも確かであった。

 そう言えば、隣にいるミネラを横目で見る。先ほどから、だんまりとして顔をしかめていた。

 リリーが話を続けたので、ドロシアは彼女から目を離した。

「彼はエブラタル地区の出身者です。スダル・イアムは一目彼を見て、エブラタル地区の出身とまでは気付かなくとも、なにかおかしいと直感的に感じたのでしょう。イアム氏がピーターの素性について調べていた形跡がありました。そこで彼は重大な事実を知るのです――エブラタル地区については歴史上の様々な経緯は皆さまがご存知の通り。歴史の教科書に載っていないけれど共通認識として、彼らはアンバー王国に対して、あまり良い感情を抱いていません。アンバー王国としても彼らに対していい対応をしているとは言い難いですから。ですから、彼らは時期を待っていた。そこに手を差し伸べたのがサモア重工です」

 その名前を聞き、ドロシアは先日ネイルサロンに行った際、サマンサがリリーに宛てた手紙にその名前が入っていたのを思い出した。

「エブラタル地区の出身のピーターいえ、彼の本名はガン・レッド。まあ、わかりやすくピーターと呼びます。ピーターとしても戦争が起こるのは大歓迎でした。その戦火に乗じて、エブラタル地区が再度、アンバー王国から独立をはかる。それが彼、いや彼らの真の目的でした。――なぜサモア重工か? その問いについては、エブラタル地区は使用済魔石を収めている地ですから、サモア重工が彼らにコンタクトを取ることをはそう難しいことではありませんでした――スダル・イアムはその動きを察知してしまったのです。それに感づいた、ピーターはドロシアさんに話される前に先手を打って、殺害した」

 そう言われれば、どうしてタイミングよくピーターがフランジス家のパーティーに来たのかが全て説明がつく。

 リリーはここで言葉を切った。東屋にすっとふきぬける風が妙に肌寒く感じる。

「ここで一つ、情報をつけたしますと、イアム氏は軍の特殊部隊に所属している方でして、そういった違和感を察知する能力に長けていたのですね。しかし、執事のピーターが隠しもっている目的についてクレイグ伯爵家の屋敷で話す訳には行きませんでしたらから、ドロシアさんをフランジス家のパーティーに連れだしたのです。亡きフランジス伯爵とはどこぞの戦地で面識があるそうです。ですから、正体がバレてどうにかなるとイアムは踏んでいたのでしょうね――でもフランジス伯爵は亡くなってしまっていたので、イアム氏の正体を知るのに時間がかかってしまったのですが」

「じゃあ、イアム氏はフランジス家の屋敷に来て、――そういえば、あの時、私達を呼びに来たあの執事はもしかして」

 パーティの際中にリリーとドロシアを呼びに来た正体がわからなかった執事は一体。

「ピーターです。彼は執事ですからちょっと印象を変えるだけで忍びこむことは可能でした。それにいちいち執事や使用人の顔をまじまじと見る人はありませんからね。イアム氏が周辺を探っていたのを警戒していたのでしょう。恐らく、フランジス家の招待状をイアムが見つけやすい所に細工しておいたのはピーターの仕業かもしれません。そして、彼をフランジス家のパーティーで秘密理に呼び出した。それは、ドロシア様になにか話される前に殺害する必要があったので、合流される前にどうにかする必要があったのです。彼はそれを上手くやってのけた。そして今日」

「……パメラはどうして殺害したというのですか?」

「ドロシア様の状況を一番身近にいて彼に報告出来る存在は彼女しかありませんから」

「……」

「ドロシア様には非常に残念な結果で、とても言いにくいことなのですが、そんなまさかと思われる出来事がクレイグ伯爵家の中で起こっていたのです。彼女はドロシア様の行動を逐一ピーターへ報告していました。従順なメイドを演じていたのですが、彼女には二面性があったのです。そうしなければならなかった理由については、養わなければならない家族がいたから、それに他なりません。ピーターにお金で買われていたのです」

 リリーの言葉を聞きながら、パメラの笑顔を思い出したが、どれも墨でぬりつぶされるような思いになる。

「ピーターはいずれ彼女を始末するつもりでした。秘密を守っているのだから、もっとお金をもらうべきだとパメラも大胆になっていったのかもしれません。その最適な舞台をお膳立てしたのが今回の殺人でした」

 言われてみると至極簡単だ。そうだったのかと思い、ストンと胸のつかえがとれるとともに、ぽっかりと穴が開いた様な気分である。

「話を聞かせていただきましたが、その事件と私と、フォックス家と一体なんの関係があると言いたいのです?」

 ミネラは挑戦的な目でリリーを見た。

「サモア重工はご存知の通り、魔石採掘で有名な老舗の大企業です。アンバー王国に限らず、他国でも魔石の採掘権を持っています。そして、彼らが利益を上げるのが、やはり魔石が多く売れた時です。魔石と言うのは一部の富裕層の間のみで流通しています。価格が高いという現状もあって、なかなか庶民の間では流通にならない。サモア重工が利潤を多く上げるためにどうしたらいいか――答えは一つ。戦争を起こすことです。そうではありませんか?」

 リリーはそう言ってミネラを見た。

「そうね。理屈で言えば確かにそうかもしれない。でもそれに一体、なんの関係が?」

 リリーは息を吐いて目を閉じる。それはほんの少しの間だったのだが、ドロシアにとってはとてつもなく長く感じた。目を開けるとリリーはようやく話を再開した。

「フォックス家はモーゼルとアンバー両国間の中で非常に微妙な立ち位置にあります。昔は、両国間の架け橋とも言えるべき存在でしたが、現在ではそれも……苦心して均衡のバランスを保っていらっしゃったのですが、だんだんとそれも難しくなっていく。しかも最近、フォックス家は事業に失敗し、大打撃を受けることになってしまった。これだけ大きな屋敷を運営していくには難しい財政状況でした。それで――サモア重工の手口にのってしまったのです」

 ミネラの方を振り向くと、彼女は顔色一つ変えず、むしろすがすがしい表情でリリーを見据えている。

「つまり何をされていたかと申し上げますと、借金を肩代わりするかわりにサモア重工から戦争のきっかけになる事件を起こして欲しいと、そんな無茶な依頼をされていたのです。ご存知な方は一部かもしれませんが、前にフォックス家の屋敷で書類の紛失事件がありました。犯人は亡くなってしまい、捜査打ち切りになってしまいましたが、あれを手引きしたのも貴女ですね?」

 ドロシアはそんな話は聞いたことが無かった。リリーもそれについてはそれ以上言及しなかったが、話の流れからするとモーゼルとアンバー王国の二国間の友好関係についてなにか騒ぎがあったようだ。

「私はなにも」

 ミネラはそう否定したが、彼女の動揺している様子から、それが嘘の言葉であることは誰の目からみても明白だった。

「ミネラ様はピーターの存在を知っていた。クレイグ伯爵家にピータを紹介したのは、貴女でした」

「一体なにを持ってそんな無礼なことを?」

 ミネラはありったけの怒りの感情をその言葉でたたきつけたのだろうが、逆にデュランがぴらりと彼女の目の前にたたきつけた紙を見て、へなへなと力を失った。

「ピーターの紹介状です。これに、貴女のサインが残っています」

 ミネラはすぐに視線を逸らした。

 ドロシアはその紙を横目にみる。まごうことなきピーターの紹介状で、その用紙自体もフォックス家の紋章が入っている。ミネラ・フォックスと書かれた自署と共に。

 確かにこんな紹介状ももってくる使用人に対して、その彼を疑うということはフォックス家を疑うことにも等しい行為である。

「ミネラ・フォックス。おおまかにはアスセーナス嬢が話した内容の通りですが、その他少々確認したい事項もありますので、騎士団に同行願えますでしょうか」

 デュランの声にミネラは大きなため息をつき立ち上がる。彼女の処遇のために、デュラン隊長がわざわざ来ていたのだと気が付く。

 二人が東屋から立ち去った後、ドロシアはリリーに向きなおり深々と礼をした。

「なにからなにまで本当にありがとうございます」

 顔を上げると、リリーは何事も無かったかの様に微笑んでいた。

「付け加えますと、伯爵様はピーターの目的に気付いていたと思うんです。ですから、意図的に伯爵家と距離を置いていたのではないかと。お仕事が忙しかったのも事実だと思うのですが、今回すぐに第二騎士団が動いたのは、伯爵様が秘密裏にドロシア様に密偵をつけていたからです」

「まあ」

 ドロシアは思いもよらなかった。ラルフは何も言わなかったが、彼ができるやり方」でドロシアのことを見守っていてくれたのだ。

「伯爵様も不器用な方のようですね。それから――クレイグ伯爵はご無事だそうですよ。機密があるので詳しいことはお話できませんが」

「本当ですか?」

 ドロシアの声にリリーはにっこりと笑って頷く。

「いつとは言えませんが、伯爵様も近くない未来に屋敷に戻ってこられるでしょう。これで、もう一つの目標が達成できますね」

 ニコニコした表情でそう言われ、ドロシアは何も返答できず、赤面し、自身の夜空と夕映が混じり合ったネイルを見つめた。

「……」

 ようやく気持ちを落ち着かせ顔を上げると、リリーは口を一文字に真面目な顔をしている。

「考えすぎかも知れませんが、今回のことは何か大きな事件の一端にしかすぎないと私は感じるのです。ピーターを捕まえても本当に後ろにいる黒幕を一人残らず捕縛できるかというと、そうではないと思います。つまり、ドロシア様が視たあの風景が絶対に回避されたとはまだ言えない状況です」

 ドロシアは深く頷いた。合わせた手のネイルが、闇と光の二つを表していた。

「わかっております。まだ脅威は去っていないということを」


長い話になってしまいましたが、お付き合いいただきありがとうございます。

次回から短編にまた戻る予定です。

(予定は未定ですが……)

お読みいただきありがとうございます。

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