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小国の侯爵令嬢は敵国にて覚醒する 【書籍発売中・コミカライズ】  作者: 守雨


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54 水先案内人

 ビルバホテルの予約はすぐに半年先までぎっしり予約が入った。ほぼ全てがダリラ様の紹介である。ダリラ様はあの布の窓口となってくださって以降、社交界でのお付き合いが一気に広がったのだそうだ。


 ダリラ様経由以外のお客様が来てくれるかどうかはホテル側の努力による。泊まったお客様が満足してくれれば新たな紹介者が大きく増えるだろう。

 今現在、宿泊客は皆満足してくれている様子。

 帰りに「来年の同じ日に予約を入れておいてくれ」と告げて帰って行く客も少なくない。


「ベルさん、星の実の酒はクルトのところと共同で仕込むことにしたよ。うちの地区だけじゃとても間に合わん。それでも足りなければ他の地区にも声をかけるつもりだ」

「ブルーノさん、お手数をおかけしますね」

「なんのなんの。最近は首都まで働きに行っていた若い者がぽつぽつ帰って来るんだ。おかげで子どもの数が増えそうだよ。子どもが減ると老人ばかりになって集落は消える。だから嬉しいことだよ」


 師匠のエッカルトと二人で旅に出ているエバンスからは手紙で

「師匠が川が見える高台にホテルを建てたい、ホテルがだめなら集会所でも図書館でもいいとおっしゃってる」

と書いてきた。

 一年先くらいには次の建物に取り組んでもらおうと思う。今のベルティーヌには実現させたい計画が目白押しだった。


 忙しい日々は駆け足で流れ去る。

 ホテルが建ってからの日々は大袈裟ではなく本当に飛ぶように過ぎ去っていた。

 ビルバホテルは順調に稼働し、予約がずいぶん先まで埋まっている。ダリラ様経由ではないお客様の割合がかなり増えてきた。

 三階のサンルームはツタが伸びて絡まり、花が咲いて豊かに香っている。その蜜を吸いにハチドリが来るようになった。これがまた最近のお客様の人気になっている。

 

 ヒリの売り上げは今も右肩上がり。帝国以外にもぼちぼち知られつつある。

 ベルティーヌの店『ウルスラ』はイビトでも名の知られたアクセサリー店のひとつになりつつある。

 イザベルの作ったネックレスは無事にディアナ様の手に渡り、ディアナ様からの礼状がベルティーヌだけでなくイザベルにも届けられた。

 それにはディアナ様とクラウディオ様のお名前が並んで記され、帝国の皇族にだけ許される紫色の封蝋が押されていた。イザベルは「私にこのようなお手紙が届く日が来るなんて」と感動のあまり涙ぐんだ。




 ベルティーヌがこの国に来てからもう丸三年になろうとしていた。

 忙しいのは相変わらずだ。川船は三艘になり、ビルバホテルの近くにはもうひとつホテルが建てられた。カリスト地区の学校には地域の住民も利用できる図書室が設けられた。「子どもたちに本を読ませたい」と言っていたあの女性が中心となって住民から強い要望が族長に出されたのだ。


(一歩ずつ一歩ずつこの国は進んでいる。私の仕事が少しでもそのお役に立てていて嬉しい)

 ベルティーヌはカリスト地区の瓶詰め仲間からの手紙を読んで胸が熱くなった。



 ある日、ベルティーヌにイグナシオから『会議に参加してほしい』という連絡が届いた。

 身なりを整えて出向いた庁舎の会議室にはセシリオとイグナシオの他に体格の良い四十代後半の軍人が同席していた。軍務大臣だと紹介され、ベルティーヌが着席するとすぐにセシリオが会議を始めた。


「いよいよ半年後にクラウディオ第二皇子が十五歳になる。今後の我が国の行動について君は関わりたいか、無関係の立場を取りたいか。そこを確認しておこうと思ってね。どちらの立場を取るかは君が決めてほしい。どちらを選んでも俺は賛成するよ」

「私は……」


 無関係の顔をすることなどできない。自分の人生を大きく変えたのは王妃だ。


「賠償金を値切る理由にされたのは私です。クラウディオ殿下に国を出たいと思わせたのも私です。それを意図してなかったからと言って影響を与えた私が知らん顔をするわけにはまいりません。私は最後まで関係者として見届けたいと思います」


 セシリオが少し眉を寄せて聞いていたが、ひとつうなずいて話を継いだ。


「サンルアン王家を裏切ることになるが、いいのか?」

「はい。王家を裏切る役が必要ならば、私が一番の適任者だと思います」

「そうか……。では全体の流れを説明する」


 セシリオがその日の動きを説明した。それはベルティーヌには驚きの内容で(よくその筋書きをセシリオ閣下は了承したものだ)と思った。


「驚いているようだな」

「はい。閣下がずいぶん損な役回りのような気がします。皇弟(こうてい)殿下ばかりが美味しいところを持っていく筋書きのような」

「そうか?俺はあの王家にどう思われたって気にしないが。欲しい結果を手に入れられるなら泥水くらい笑って飲むさ」


 そこで軍服の男が会話を引き取る。

「ではまずベルティーヌ嬢にお尋ねしたい。あの国は島の周囲に海面すれすれの場所まで尖った岩礁が伸びていますね。船底に穴を開けずに航行するルートを知っている者は現役で三十名というのはわかっています。引退した人間で動ける人物は現在どのくらいいますか?」


 ベルティーヌは(引退した人間を頼らなくてはならない状況なのね)と気づいた。


「老いて引退した人の数はわかりませんが相当数いるはずです。ですが彼らには手厚い恩給が出ています。そして現役か引退しているかに関わらず、彼らが知っているルートを部外者に教えれば、本人だけでなく一族郎党が処刑されます。もっとも、文字や言葉で教えたところですぐにわかるような目印も無いルートで、水先案内人が我が子の一人にだけ教える知識なのです」


 セシリオたち三人は「やはりね」という顔で視線を交わしている。


「彼らの中に国を恨んでいてこちらに協力したいと思ってる者はいないかと思い、我々はもう二年もかけて探っている。だが、サンルアンの水先案内人の中にはその手の人間が一人もいない。接触した者のほぼ全員が王家に不満を持っているものの、『今の王の代わりになりそうな人がいないから仕方ない』と言う。君の父上ならば心当たりがあるかもとは思うが、家の中でも外でも監視されているであろう父君は最後の手段として温存しておきたい」


 為政者としては評判が悪い王と王妃ではあるが、ベルティーヌの父が采配を振るっているから国は滞りなく動いている。水先案内人が自分と一族の命を賭けてまで王家に歯向かう理由がないのだ。

 そこまで考えてから(あ!)と思い出す顔があった。


「どうした。思い当たる人物がいるのか?」

「いますが……その人には家族がいますし、今はもうサンルアンの人間ではないのです。安定した暮らしをしていますからこの話に協力するかどうか。でも、聞くだけ聞いてみます。その人物が今もルートを覚えているかどうかの確証はありませんが、昔は覚えていた人です」



 

 ベルティーヌは帝都に移動した。ルカに会うためだ。

 ローズホテルのいつもの白バラの壁紙の部屋で、二人は向かい合って話をしている。


「この計画で最初に必要なのは水先案内人なの」

「わかった。僕がその役目を引き受ける。僕は父にくっついて子供の頃から数え切れないほど出入国用の船に乗っている。あのルートなら今でも覚えている」


 ルカがそう言ってくれることを期待して訪問したにもかかわらず、やはり(申し訳ない)という気持ちがベルティーヌにはある。ルカは結婚して子どもがいるのだ。この話に参加する義務もない。


「僕はね、君と再会してからずっと父のことを思い出している。なんで商会があんなことになったのか、父は最後まで理解できないまま失意の中で死んでいった。僕はその理由を知ったのに動くことができなかった。ここで動かなかったら僕は死ぬその瞬間まで、いや死んでからも後悔するだろう。そんな人生は送りたくないんだよ」

「その気持ちはわかるわ。ただ、万が一この目論見(もくろみ)が事前に露見したらあなたの命が危ないの。その覚悟はある?」


 ルカは笑った。


「あるさ。ただ、妻と子どもの安全だけは約束してくれないか。僕はそれで十分だ。僕を参加させてくれよ、ベル」

「ありがとう。助かります。だけど、奥さんの了解を貰ってからもう一度お返事を聞かせてくれる?」

 ルカが小さくうなずく。

「そうだね。今夜妻に聞いてみるよ」

 

 そして翌朝。

 ルカは少し赤い目で再びベルティーヌの部屋を訪れた。


「妻にね、叱られたよ。『あなたを止めたらあなたは一生後悔するでしょう?それでも私がやめろって言うと思ったの?』ってね。妻があんなに強い女性だとは思わなかった。妻は僕が何かにずっと悩んでいるのに気づいていた。自分には相談してくれないのかと怒っていたらしいよ。そして約束させられたのが『成功して帰ってきたら家族で話題のホテルに泊まりに行きましょう』だよ。『妖精の棲家のようなホテルにのんびり泊まってハチドリを眺めながら見たことのない果物を満腹になるまで食べたい』だってさ」

「わかりました。あなたのご家族のために決行日から予約を入れておきます。一ヶ月連泊できるようにしておくわ」

「僕はそんなに仕事を休めないよ」

「ううん。あなたは途中で帰国しても、きっと奥様とお子さんは残るとおっしゃるはずよ」

「えええ」




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書籍『小国の侯爵令嬢は敵国にて覚醒する』1・2巻
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