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小国の侯爵令嬢は敵国にて覚醒する 【書籍発売中・コミカライズ】  作者: 守雨


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49 川船の建造

 今日のベルティーヌはセシリオに紹介された船大工の作業場を訪れている。


 いくつかリストに挙げられていた中の、帝国の業者ではなく連合国の業者を選んだ。こういう『小さな積み重ねが国を潤すことに繋がる』というのがベルティーヌの信条だ。

 

今ある船は女性の利用を想定していないが、それではだめだ、と思う。いつの日か自分のように船を使って国内を移動する女性が出てくるかもしれないではないか。船の造りのせいでその女性の可能性を潰したくない。世間の女性が皆、自分のように神経が図太いとは限らないのだ。


 もしホテルの仕事が順調になればホテルを増やすこともあり得る。川船は一(そう)では足りなくなるかもしれない。今からそれに備えて船大工さんに貴族や女性が利用しやすい川船造りに慣れてもらったほうがいい。


 訪れた作業場では男たちがみな汗を流して作業していた。

 棟梁らしい男は上半身裸で汗を拭き拭きテーブルに近づいて、リストを手に取って読むと情けなさそうな顔になった。


「貴族が使う船?それを俺が造るって?無理だよ、どうすればいいのかわかんないよ」

「私がお教えします。まずは貴族を乗せるのに必要な条件を書いたものがありますから読んでくださいな」


 チュイと名乗った四十代の男が手渡されたリストをじっくり読んで困惑している。

 顎髭のチュイは自分の顎をザリザリと撫でながらこぼす。


「こんなに個室に区切らなきゃダメかい?狭くて息苦しくなるな。それにこれじゃ一度にたくさん乗せられない」

「一度にそんなに人を乗せるわけじゃないんです。船員の他は貴族とその使用人だけ乗れればいいんです。乗り合い船じゃないんだもの」

「ええ?貸し切り?そんな贅沢なことをするの?」

「贅沢をするのも旅の楽しみですから」

「二階建てじゃだめかな。それなら貴族様は二階で広々、使用人は下で広々。その方が室内の風通しが良くなってすごしやすくなる。南の方は時期によっちゃ酷く暑くなるんだよ」

「いいですね!二階建ての川船。ではそれでお願いします」

「内装はどうする?」

「だいたいの案が決まったら連絡してください。その時までに内装と家具をある程度選んでおきます」

「はいよ、わかった。やってみるさ」


 着々と準備は進む。

 エッカルトからはこまめに連絡が入っていて

「建設予定地の地盤は問題なし」とか「エムーの煮込みは美味い」とか「なんでエバンスの両親は大男をあれほど過保護に扱うのか」などと書いて寄こして来るので読みながら笑ってしまう。


 一度「どんな外観のホテルにするのか」と尋ねたのだがそれにはエバンスから「見てからのお楽しみだ!」という答えが返ってきた。


(オーナーが自分のホテルの外観を知らないまま話が進むなんてことある?)と思ったが、(専門家のエッカルトさんが付いているのだからまあいいか)と思うことにした。

 ベルティーヌはエバンスの考える建物ならどれも気に入っているのだ。

 


 しばらくしてチュイから連絡が来た。川船の設計図ができたという。

 見に来て驚いた。


「すてき!チュイさんわかってるじゃない」

「俺が思いつく限りの贅沢を組み込んでみたんだ。俺に金があったらこうしたいって思うのは全部入れてみたぞ」


 自慢げな顔をするだけあって、絵に描かれた川船は豪華だ。

 二階は二部屋。船窓が全部大きく開放的で、あちこちに川風を呼び込む開閉式の換気窓も設けられている。やや狭いながらもベランダがあって、一周ぐるりと二階部分の周囲を回れるようになっている。二階の客室はベッドへの視線を避けたい時は天井からシェードを引っ張り下ろす方式らしい。シンプルな水回りも整っていて文句なしだ。


 一階は今までと同じ大部屋状態だがこちらも窓が広く、小さなバーカウンターがあった。壁際にぐるりと置かれた長椅子は座り心地が良さそうな上に収納も兼ねている。

 救命具とハンモックを人数分入れるのだそうだ。


「いい!すごくいいと思う。ゴテゴテしてなくてスッキリしてるのも上品でいいわ」

「ゴテゴテさせると万が一船が揺れた時に客が怪我をするからな」

「なるほど。船首部分に飾られてるのは何かしら」

「天使ベレンだ。船の安全を守ってくれるといわれる天使だよ」


 船首部分に取り付けられている天使は前方をしかと見つめ、背中の羽を少し広げ、両腕は胸の前で交差している。


「それで内装は決まったかい?」

「壁紙にはこの織物を使おうかと思うの」


 ベルティーヌが見せたのは母が好きだった白バラ柄の布だ。


「こんないい布を全面に貼るのかい?お嬢さんはずいぶん金持ちなんだな」

「そこそこはね」


 そう言って笑ったが、本当は現在、とんでもなく収入がある。

 瓶詰めもヒリも緋色の布も、地元と国に取り分を支払ってもまだ尽きない泉のように利益を生み出してくれている。ホテルや船にお金を使わなかったら一生遊んで暮らせただろう。


 だが、今のベルティーヌは以前の贅沢な暮らしに比べたら「あなたは使用人ですか」と言われそうな暮らしをしている。素っ気ない動きやすいドレスと汗をかいても気にならないアクセサリー無しの生活。それでも贅沢品に囲まれていた頃より今の方が楽しい毎日だ。

 それに、どんなにお金を稼いでも死んで神の庭に向かう時は銅貨一枚持って行けないのだ。仕事のためにお金を使えば他の人も潤う。それでいい。


「あー、そうだ、お嬢さん、家具はなるべく角が丸い物にしてくれたかい?客に怪我をさせたくないんだ」

「ええ、そういう物を選んだつもりだけど、一度見てもらえる?専門家の目で確認してほしいの」


 チュイがフッと優しげな顔で笑う。


「え?なあに?」

「こんな貴族様もいるんだなと思ってさ。俺がこんな格好でこんな口調でも気にしないし、俺なんかの意見を聞きたいだなんてさ」

「専門家の前で貴族も平民もないでしょう?」

「いや、『自分の言う通りに働け』って言う貴族がほとんどだと思うぜ?」


 今度はベルティーヌが笑う番だ。


「そんな客、『顔を洗って出直して来い!』って言ってやりたくなるわね」

「山ほど金があればそうするけどさ、俺は女房子供に腹いっぱい食わせられて、破れてない服を着せてやるためなら笑って頭を下げるよ。そしてできる限り誇れる仕事をするんだ」


 聞いていてちょっと泣きそうになる。

(いいわね、チュイさんの奥さんは)と羨ましくなる。そしてそう思うそばから(だめだめ、人をうらやんじゃだめ)と己をいましめる。


「じゃあ、明日にでも家具の見本帳を持って来るから見てくださいね」

と笑顔で作業場を出た。


 馬車に乗ろうとしたところで二十歳くらいの若い娘さんが走って来た。何ごとかと立ち止まっているとハァハァと息をしながら頭を下げた。


「父さんにいい仕事をくださってありがとうございます。お貴族様が乗る船を造るんだって、父さんがとても張り切っていて嬉しそうなんです」


(ああ、いい父親の元でいい子供が育ったのね)と胸のあたりがじんわりしてくる。

「私こそお礼を言いたいのよ。あなたのお父さんはお客さんのことを一番に考えてくれる素晴らしい大工さんだわ」


 娘さんの顔が嬉しそうに輝いた。

 馬車が走り出しても娘さんはずっと手を振ってくれていた。


 その夜、父への手紙にまずはセシリオ閣下がサンルアンの王家を引きずり下ろす計画を持っていること、クラウディオ殿下を王に据えたいこと、その際には連合国が支持・支援する考えであることを書いた。

 その他にもホテルの話やエッカルトの話、通訳派遣の商会長にエバンスが世話になった話を書いた。いつもより雑談の多い手紙になったのは、昼間の親子を目の当たりにしたからだ。実家にいる父は心の通わぬ妻と暮らしていて寂しいだろうと思いながら書いた。


 ワインを飲みながら書いたせいか、ついつい「結婚は諦めているしそれほど結婚したいとも思っていないけれど、子供は産んで育ててみたいと思いました」と今日の船大工の親子のことを書いた。

 純粋にそれだけだったのだが、それを後日読んだ侯爵はベルティーヌが不憫で涙した。


「ベルになんとか幸せな結婚をさせてやりたいものだな……」


 自分のせいで二度も結婚を諦めた娘。

 自分が商売の知識を与えたものの、ベルティーヌがここまで大活躍をするとは想像していなかった。大成功を収めた娘が『子を産んで育ててみたい』と素朴な願いを書いて寄越したことが胸に刺さった。


 そして何度もサンルアンの件を読み返す。

「帝国だけでなく連合国もクラウディオ殿下を王にするつもりでいたか。これはもう、神の演出の域だな」


 おそらくこの計画は成功するだろう。だが何にでも万が一はある。

 自分の役目はいかにこの計画が事前に露見しないように動き、すんなりと成功するように重鎮たちにも若手貴族たちにも漏れなく根回しすることだ、と肝に銘じた。

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書籍『小国の侯爵令嬢は敵国にて覚醒する』1・2巻
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