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小国の侯爵令嬢は敵国にて覚醒する 【書籍発売中・コミカライズ】  作者: 守雨


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47/60

46 同調

 皇弟殿下の訪問から二日後のこと。

 表向きは「川船の予算のことで」とベルティーヌが庁舎を訪れた。対応に出てくれたイグナシオが

「閣下は今、急な来客の接客中でして」

と言って執務室の隣の部屋へと案内してくれた。控えの部屋で待っていると隣室のセシリオの部屋のドアが開く気配がした。


(お客様がお帰りなのね)と立ち上がり、ドアに近づいたベルティーヌの耳に女性の声が聞こえてきた。

「セシ、たまにはうちに来てよ。歓迎するわ」

「ああ、そのうちな。すまないドロレス、もう次の面会が入っているんだ」

「そう。じゃあ、久しぶりなのに残念だけど、またね」

 その言葉のやり取りの距離間の無さに思わず息を殺してしまう。


(いつ会ってもセシリオ閣下は仕事に追われていて女性の気配が全く感じられなかったけど、閣下はあの見た目で国の代表だもの。親しい女性がいるのは当たり前だったわ)と思う。仕事を介してではあるがセシリオと特別に親しい気持ちでいた自分が無性に恥ずかしくなった。


 すると突然目の前のドアが開いて「おう!そこにいたのか」とセシリオが驚いている。そんなつもりではなかったが、まるで聞き耳を立てていたかのような姿を見られて思わず赤面してしまう。

 ふと視線を感じて顔を左に向けると、さっきまでセシリオと会話していたらしき女性が立ち止まってこちらを振り返っていた。


 艶々した長い黒髪の、妖艶な雰囲気の女性がこちらを面白そうに見ている。思わず小さく会釈をしたが、女性はニコリと笑っただけで歩いて行ってしまった。


「閣下、私なら出直しますのでどうぞあの方とお話を」

 そう言ってからまるで聞き耳を立てていました、と言わんばかりのセリフに気づいて自分の口を塞ぎたくなる。が、セシリオは「彼女と?いや、いいよ」とこともなげに言う。


「ドロレスの夫はいい男なんだが、とんでもなく嫉妬深いんだ。ここで俺が彼女と二人きりで長話をしたなんて知ったら、この部屋に乗り込んで大剣を振り回しかねない」

「大剣……それは恐ろしいですね」

「ふふふ。俺もそんなことで命を失いたくないよ。ドロレスはただの幼馴染みだからな」


 それを聞いてなんとなくホッとして、ベルティーヌはまた余計なことを言ってしまう。


「そうですか……母国では閣下に関していろいろな噂が流れておりましたので勘違いいたしました。機会があれば私が噂を訂正しておきますね」

「俺の噂とは『無類の女好き』か?それとも『血を見るのが大好きな戦闘狂』の方か?俺はそう思われても痛くも痒くもないから放置しているが」

「そんな。悪く言われているのに放置しておくなんて」


 ベルティーヌを室内に招き入れながらセシリオが小さく笑う。


「国の代表になった頃からかな、俺に女を差し出したり金を渡そうとしたりする人間が増えた。こんな大らかな国でもその手のことはあるんだよ。本当に信用できるのは誰なのか、相手を見極めるのに悪い噂もたまには役に立つんだ」

「そうでしたか。全員が善人なんて国はどこにもありませんものね」


 ベルティーヌは早速川船の建造について数字を出して計画を説明した。説明が終わるとセシリオが質問してきた。


「君のその無限に見える原動力はどこから来るんだろうね」

「そうですねぇ、今は、連合国の素晴らしさを他国の人々に知ってほしい、この国のために尽くしたい、という気持ちからでしょうか」

「ベルティーヌ、大きな作戦は一人の勢いだけで突っ走ると危うい。仲間は足りているか?」

「エバンスやフランツさん、ビルバ地区の皆さんが仲間ですわ」


 なぜかそこでサンルアンの王妃を思い出した。


「閣下、サンルアンの王妃はおそらく一人であれもこれもと腹黒い仕組みを考えてましたよ。ある意味すごいとしか……」

「ほう?具体的にどんなことをしたのか詳しく聞いてもいいか?」


 ベルティーヌは自分の婚約と結婚が二回ダメになった経緯を説明した。

 セシリオは椅子に座って長い脚を組んで聞いている。


「なるほどねぇ。そこまでされて君の父上はなぜ王家に反旗を翻さないのだろう」

「父は王家を倒した先のことを考えているのだと思います。父はもう五十代半ば。たとえ現王家を潰してサンルアンの王になったところで、すぐに次の王を選ぶことになりますから。それよりも相応(ふさわ)しい人物を探しているのだと思います」


 セシリオが片方の眉を上げてベルティーヌを見る。


「もしや君がサンルアン王国の女王になろうとしてるのか?」

「まあ!冗談でもおやめくださいな。違いますよ閣下、私ではありません」

「すまん、冗談だ」

「わかっております。王の座に相応ふさわしい人物なら他にいらっしゃいます」

「……それ、誰だい?」

「帝国のクラウディオ第二皇子(おうじ)殿下です。手紙を読む限りご本人もそれをお望みです」


 それを聞いてセシリオは一瞬固まった。それから複雑な顔でフッと笑う。ベルティーヌはその笑いの意味がわからなかった。

 

「ですが殿下はまだ十二歳。せめて十五歳にはならないと。そうなればおそらくは父が宰相として補佐をするでしょうし、皇弟殿下も後ろ盾になってくださるでしょう。皇帝陛下からすれば身近に第二皇子を置いておきながら後継者争いの火種を消すことができます」

「皇帝と皇弟の了解は取れているのか」

「どうやら皇弟殿下のご発案のようですよ」

「へえ。サンルアンの国民感情はどうなると思う?」

「大歓迎でしょう。元々帝国からの観光客で息をしている国ですもの。帝国の皇子が国王になれば帝国との太い絆ができますから国民は喜びますよ。現在の国王陛下には皆失望していますし」


 しばらくは考えていたセシリオが思いがけないことを言う。


「連合国は第二皇子がサンルアンの王になるなら全力で応援するが」

「それは……心強いでしょうが、閣下にも連合国にもたいして得がありませんわ」

「あるさ」


 そう言って立ち上がり緑色の本を片手に持ってベルティーヌを見る。以前気になった本だ。今日はその本の表題がはっきり見える。『サンルアン王国法と細則』


「やっぱりその本でしたか!」

「実は俺もクラウディオ殿下にサンルアンの王になってもらおうと考えていた。皇帝側とは違う理由だが」

「閣下もですか?どんな理由かうかがっても?」

「戦争の終結後、帝国は賠償金を即座に支払ったがサンルアン王国は大金貨千枚を値切ったままだ。これは調印をないがしろにする暴挙だ」


 セシリオは手紙の束を引き出しから出して机に置いた。


「俺は現王家を廃してクラウディオ殿下に王になっていただこうと考えた。その際に使える法律はないか、殿下が王になった後で邪魔になりそうな法はあるのか、と少々調べた。実はクラウディオ殿下から俺にも頻繁に将来の政治のことで相談の手紙が来るんだ。手紙を読んで、彼は善き指導者になると思った」


(殿下は実父の皇帝ではなく他国の指導者を頼っているのか)と少年の心の中を思ってしまう。


「若く理想に燃える王の力になれるなら、俺はいくらでも手を差し延べるつもりだ。サンルアン王家は連合国を文化の遅れた国と甘く見てあんなことをしたのだろうが、命をかけて戦った我が国民の命を軽く扱われて黙っているつもりはない。そこへ来て善き王になれる人物がいるんだ、国民も歓迎してくれるなら喜んで手を貸すさ」


「だが」と言ってセシリオはベルティーヌを見た。


「俺も殿下が十五歳になる日まで待つよ。今更不足分を支払われてしまう前に動こうと思っていたんだが、この件に関しては帝国と歩調を合わせよう。大切な君を苦しめた王妃への『お礼』はきっちりしておかなくては」

 

(今、最後に何て言いました?)と驚いてセシリオを見るが、セシリオは笑っているだけだ。ベルティーヌはややオタオタしながら話を続けた。


「閣下、父はその案に乗ると思います。閣下のお考えを父に伝えてもよいでしょうか?皇弟殿下のお考えはもう父に伝えてあるのです」

「君の父上の後妻は王妃の妹だろう?」

「もちろん義母には知られないように伝えます」

「それならぜひ伝えてくれ。きっと君の父上は俺の味方になるだろう。王妃は君に二度も酷いことをした。頭の切れる方ならこの機会を逃さないはずだ」




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書籍『小国の侯爵令嬢は敵国にて覚醒する』1・2巻
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