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小国の侯爵令嬢は敵国にて覚醒する 【書籍発売中・コミカライズ】  作者: 守雨


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39 離宮での歓談

 まずは連合国代表のセシリオ閣下とディアナ様、クラウディオ殿下の挨拶が交わされ、その後は五人の気さくなおしゃべりが続いた。だが室内には何人もの侍女や護衛が立っていて話の内容に神経を使う。どんな経路で皇后に伝えられるとも限らないからだ。


 クラウディオ殿下はしばらくは穏やかに微笑んで話を聞いていたが、頃合いを見計らって控えている者たちに

「下がってくれ。母上とジュアン侯爵令嬢の十五年ぶりの再会なんだ」

と命じた。するとセシリオも

「私は宮殿の庭を拝見します」

と言って自国から連れて来た護衛と共に出て行った。セシリオは連合国の代表の自分と帝国の側室が一緒にいては要らぬ憶測を呼ぶと判断したのだ。

 四人だけになってすぐ、ベルティーヌがバッグから薄く平たい箱を取り出した。


「私が作った物です。ディアナ様のお幸せを願いながら作りました」

「何かしら……まあ!なんて美しいネックレス!見たことのないデザインだわ」

「母上、私が着けて差し上げます」


 クラウディオ殿下が立ち上がり、ベルティーヌの贈り物を母の首に着けた。胸元に広がるレースのような華やかなネックレスは窓から入る光を受け、少しの動きでもキラキラと複雑に光を反射する。


「とても似合いますよ、母上」

「豪華ねぇ。すごいわベル。あなたこんなこともできるのね」

「このデザインは南部の女性が考えたものです。まだ他にも五つのデザインがあります。お望みでしたらいつでも作りますのでおっしゃってください。それと、あの緋色の布ですが、紺、深緑、えんじ、茶、焦げ茶、赤紫も染められるようになりました」

「あら、そうなの?」


 急にダリラ夫人の目が力を増す。


「その色なら年配の御婦人方が欲しがるわ。ううん、デザインによっては若い女性も欲しがるわね。ベルティーヌさん、また注文してもいいかしら?」

「こちらこそお願いいたします。私はあの布の窓口はダリラ様だけと考えておりますので。ダリラ様がお力を増して人脈を築いてくださればディアナ様も殿下ももっとのびのび暮らせますでしょう?」

「まあ、ベル……どうしてそこまで私たちのことを?」


 クラウディオ殿下、ダリラ夫人、ディアナ様の三人に見つめられながら、ベルティーヌは「実は」とサンルアン王国を出てここに至るまでの経緯を話した。


「というわけで、私はあちこちでお前は要らないと言われたも同然でした。ならば必要とされる場を自分で作ってやると決めたのです。でも今は私を必要としてくれる人も場所もございます。目標も楽しみもたくさんあります。このネックレスはそんな経験をした私からディアナ様への応援の気持ちです」


 そこまで聞き入っていたクラウディオ殿下が尋ねる。


「ベルティーヌ嬢、教えてほしい。あなたはなぜそんなに強くなれたのだろう」

「殿下、自分は生きている意味があるのかなと思った時のことでございます。やはり死ぬのは恐ろしく、長い時間迷いました。あまりに長い時間考え込んだので、その間に窓から入る陽射しがずいぶん動きました。その間、私の侍女は何も言わず、立ったままずっと私を見つめていました。きっと心配のあまり声をかけることもできなかったんだと思います」


 一度呼吸を整えるように息をしてまた話を続ける。


「私がここで死んだらこの人は一生苦しむだろう、そう思いました。その侍女はドロテと言うのですが、私が幸せな時も不幸のどん底にいる時も、ドロテは私に誠心誠意寄り添ってくれました。私の誇りなど、彼女を一生苦しませてまで守る価値などない、私の誇りはその辺の道端に捨てたと思って生きればいい、そう思ったのです。私を土壇場で勇気づけてくれたのはドロテの忠義でした」

「侍女の忠義、ですか」


 思いがけない答えにクラウディオ殿下が驚いた顔をした。


「死は最初から全ての人に等しく与えられているのですもの。慌てて死ななくてもどうせいつかは死ぬのです。後悔が残らぬよう、ドロテが見守ってくれている前でやれるだけやってみようと思いました」

 それを聞くクラウディオは何か思うところがあるように何度も小さくうなずいていた。


 やがて離宮を後にする時間が来た。ディアナはネックレスのお礼をすると繰り返したが、ベルティーヌは首を振って

「ディアナ様が強く生きてくださること、それがネックレスの代金です」

と断った。


 時間が来てベルティーヌは離宮の外に出た。

 ディアナ様ダリラ様と別れて少し距離ができた時、クラウディオが真剣な顔で走り寄り、小さい声で話しかけてきた。


「母上は僕に隠していますが、僕は知っているんです。ここでは僕が努力して結果を出せば出すほど母上への風当たりが強くなるのです。僕は努力する意味も僕がここで生きる意味も見つけられずにいました。でも、あなたの話を聞いて自分のやるべきことに気づきました。僕も母上のためにやれるだけやってみます」


 ベルティーヌも声を小さくして素早くそれに応えた。


「殿下、希望に至る道はきっと存在します。細くて見つけにくい道だったとしても、殿下とディアナ様が幸せに生きる方法がきっとあるはずです。殿下はまだ十二歳です。何年でも時間をかけて正しき道を見つけてください。私も私の歩むべき道を模索しているところです。私でよろしければご相談に乗ります。私への連絡はローズホテルの支配人へ。彼が取り次いでくれます」


 何事かとこちらを見ているディアナ様とダリラ夫人に笑顔で頭を下げて、ベルティーヌは離宮を離れた。離宮の出口の外で待っていたセシリオと合流し、馬車に乗るとセシリオが話しかけてきた。


「有意義だったようだな」

「はい。とても。閣下、閣下はどんなご用件で帝国にいらっしゃったのですか?」

「戦争はしたが連合国と帝国は互いを必要としているからね。いろいろと皇帝と話し合うべきことがあるんだ」

「閣下はいつもお忙しそうですね」

「帝国の皇帝も忙しそうだったよ」

 二人を乗せて馬車は連合国を目指して動き出した。


 ベルティーヌは馬車の中でクラウディオ殿下の言葉を思い出している。

 クラウディオ殿下はいずれは公爵になられて領地を与えられ、領地管理をするお立場だ。第一皇子殿下との関係がこじれなければ政治の表舞台に居場所を得ることもあるだろう。

『将来に備えて力を蓄えて下さい』という精一杯のエールを送ったつもりだ。




 その後、ダリラ様から新しい色の布の注文が三十着分入った。代金は実に大金貨二十一枚である。セシリオはイグナシオと相談して既に専門の部署を立ち上げ、緋色の染料の原料になる木の保護、樹皮の乱獲防止、代金の支払いと樹皮の輸送の仕組みを作り上げていた。


 ベルティーヌは委託する形でそこから離脱し、ヒリの販売とホテル建築に向けた準備に専念することになった。手数料を連合国に支払った残りの利益を受け取る形にしてもらった。


 ある夜、ドロテが「繁華街で見かける閣下の絵姿が紺色の軍服姿から真っ白な礼装用のものに代わっていました。とても華麗で見応えがありましたよ」と言う。

「そうね、閣下の軍服の正装姿は本当に素敵よね」


 何となくそう言ってから「あ」と自分の言葉に驚くベルティーヌ。ドロテは聞こえなかったふりをしたが、(やっと気づいたんですね)と心のなかで微笑んでいた。



 

 それからひと月ほどして、ベルティーヌの元へディアナ様から手紙が届いた。

 ベルティーヌの贈ったネックレスは、その斬新で豪華なデザインが貴族女性の間でとても評判になったそうで、他にもデザインがあるのなら今度こそ代金を支払いたい、もっと作って欲しいとのことだった。


「作りますとも。お任せくださいな、ディアナ様」


 ベルティーヌは新作のネックレスをイザベルに任せたいと声をかけた。

「私がですか?帝国の側室様がお使いになるネックレス?そんな。無理です!」


 尻込みするイザベルの手を握って励ます。


「大丈夫、毎日の終わりに私が仕上がりを確認するから。少しずつ丁寧に作ってみて。あなたの作るアクセサリーはどれも仕事が丁寧で評判が良いもの。できるわよ。『高額商品を作れるようになったら純利益の六割をあなたにあげる』と前に約束したじゃない」

「そんな。六割だなんて恐ろしい。今でも十分にお給料を頂いてますよ!」

「恐ろしくないわ。この仕事はあなたが飛躍する一歩になるかもしれないわ」


 散々断ったけれど、最後は押し負けてイザベルは引き受けることにした。

 自分の作ったネックレスを帝国の側室様が身につけてくださるのなら、もうこれ以上のことはない。自分の人生にこんなに華々しい仕事が回ってくることなど二度とないだろう。そう考えたイザベルは覚悟を決めてベルティーヌから渡されたデザイン画に目を通した。


良いお年を!

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書籍『小国の侯爵令嬢は敵国にて覚醒する』1・2巻
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