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小国の侯爵令嬢は敵国にて覚醒する 【書籍発売中・コミカライズ】  作者: 守雨


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29 二人の族長とウルスラの新店長




 南部連合国の最深部の族長の一人、ブルーノの家。


「ブルーノ様、クルト様がいらっしゃいました」

「クルト本人が?何の用だ?」

「ブルーノ様に会わせろと、それだけしかおっしゃいません」


 ようやく腰の痛みが薄れたブルーノはゆっくり立ち上がり、接客の間に入った。

 籐細工の椅子にどっかりと座っているのは近隣地区の族長クルトだ。


「よう!ブルーノ。寝込んでいたと聞いたが元気そうじゃないか」

「寝込んだことを知ってたのか。その割にはお前からの見舞いを貰った覚えがないぞ。で?何の用だ」

「見舞いならほれ、これを持ってきた」


 クルトは絞めたばかりらしい大きな野鳥を二羽、紐で縛ってあるのを持ち上げて見せた。


「ガジェじゃないか」

「お前の好物だろう?」

「怪しいな。お前がそんな手土産を持ってくるとは。どんな魂胆だ?」

「お前んとこで瓶詰めを作ってるらしいじゃないか。俺んとこの女たちが自分たちも瓶詰めを作りたい、作り方を教わってきてくれとせっつくんだ」

「ふふふ。もう話が伝わったか。あれはベルティーヌさんに教わった。瓶詰めにしてもカビないようにする方法を詳しく教えて貰ったんだ」

「あのサンルアンの嬢ちゃんか!そうか。口の立つ娘だったがそんな腕もあったか」


 ブルーノはこのまま少し焦らしてやろうかとも思ったが、セシリオ閣下から「他の地区にも瓶詰めの作り方と注意点を教えてやってほしい」と連絡が来ていた。瓶詰めに使うガラス瓶と砂糖はベルティーヌが山のように送ってくれていたので在庫は十分だった。


「そう言ってくると思って、作り方を詳しく書いた紙を用意してある。瓶と砂糖もたっぷりある。持って行け。作り慣れてる者も同行させよう。ベルティーヌさんは『みんなで豊かになりましょう』と言ってくれている。経費を抜いた利益の六割を作り手に払ってくれるぞ。瓶詰めはいくらでも引き受けると言っていたから安心して作れ。出来上がったものはうちでまとめてイビトに送る」

「それは助かるな。赤ん坊や子どもの病は、残念ながら薬草よりも買った薬のほうが効く。現金があれば安心して買えるからな」


 クルトとブルーノは若い頃からのライバル関係で、族長となって年月を経た今でもなにかとぶつかることが多かった。だがブルーノはベルティーヌやセシリオ閣下とやり取りするようになってからは、狭い場所で角を突き合わせて揉めてるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。


「若い連中が広い世界で頑張ってるんだ。俺たち年寄りがいがみ合って若い連中の足を引っ張るのはいささかみっともないと思ってな」

「そう言われればそうだが……」

「出荷せずに自分用に取って置いてある瓶詰めを食べてみるか?お前、甘いものが好きだろう?」

「覚えていたか。俺は森の果物も大好きだが、瓶詰めの果物が菓子みたいに甘くてツルッとしてて美味しいんだと聞いてな。食べてみたいと思っていたところだ」


 近くで会話を聞いていたブルーノの妻カサンドラがスッと部屋を出ていき、使用人と二人でたくさんの瓶詰めを小皿に取り出して載せ、パンやお茶と一緒に出した。水牛の乳のチーズもある。

 その日クルトは大いに食べ、瓶詰めの果物やジャムを堪能した。


「俺んとこの果物のシロップ煮も出来次第すぐに届けさせる。世話になるなブルーノ」

「いいってことよ、クルト」


 クルトの地区でもたわわに実っている果物を収穫し、シロップ煮やジャムを作るようになった。食べきれずに家畜の餌になっていたものが現金になると聞いて喜んだ女性たちが、せっせと作る。クルトの家に集められた品はブルーノの家に運び込まれる。

 いつの間にかブルーノとクルトは週に一度は酒を酌み交わす仲になり、互いの集落の交流も活発になりつつあった。




「お嬢様、ブルーノ様から果物の瓶詰めが届きましたよ。今回は破損がありません。クルト様の地区でもシロップ煮を作り始めたそうで、いつもの数の五割増しです」

「よかった!帝国の北部から大量の注文が入ったらしくてね。『念のために千個を送ってほしい』ってルカから注文が来ていたのよ。割れたのが無いのは助かるわ。荷詰めする人も運んでくれる人もだいぶ慣れたみたいね」


 最初の頃、緩衝材が少なくて輸送中に割れた瓶が結構あったのだ。

 シロップでベタベタになった瓶を洗うのも大変だったが、それよりもせっかくの商品が無駄になるのが悔しくて、事細かに手紙で注意を促した努力が実ったようだ。


「帝国の北部の貴族様ですか」

「瓶詰めも美味しいけど、あちらの生の完熟の果物を食べたらきっと驚くわ。食べてもらってびっくりさせたいものだわ」

「いつか食べてもらう日が来ますよ、お嬢様」

「そうね。いつか必ず帝国の人たちが憧れるようなホテルを作るわ」

 そう言って完成に近づいたネックレスを眺める。


「お嬢様、そのネックレスはどちらで売るんです?やはり帝国ですか?」

「このネックレスはね、とある女性に元気と勇気を出してもらうための貢ぎ物よ」


 ドロテはこみ上げる笑いで唇の両端が持ち上がる。

 お嬢様が別人のように生き生きしているのが嬉しくてたまらないのだ。


 サンルアンの旦那様はお嬢様に対してそれはそれは厳しかった。そしてお嬢様はいつでも食いついて頑張り抜いていらっしゃった。その旦那様のご指導が減ったのは最初の婚約話が流れたあたりからで、お嬢様は寂しそうになさっていた。当時のお嬢様にとってのお勉強は、お忙しい旦那様とのわずかな接点だったからだ。


 しかし、今になってあの頃の旦那様仕込みの知識が余すところなく活かされている。

 緋色の布も、瓶詰めも、ウルスラで売られるアクセサリーも、帝国語教室も、お嬢様を中心に動いている。これだけでも感動ものなのに、お嬢様はもっともっと大きな計画を考えていらっしゃる。

 ドロテは我がことのように誇らしかった。


「ねえ、ドロテ。ウルスラの店長を誰かに任せようかと思うの。私はネックレス作りと瓶詰め、帝国語教室と布の販売で手一杯なのよ。ダビドのお母さんのイザベルさんに頼みたいけど、無理かしら」

「問題は賃金でしょうね。酒場で稼ぐ以上の賃金なら引き受けてくれるのではないですか?」

「いくら貰ってるのか、店長を引き受けるつもりがあるか、聞いてみようかしら」

「おそらくですが、喜んでくれると思いますよ」




 イザベルは仕事に行く前の時間に「話がある」と言って訪問して来たベルティーヌを家に招き入れた。

 イザベルの家は夫が生きていた時と同じように可愛らしいクッションの置いてある長椅子、小さめの丸テーブル、子どもたちが拾ってきた木の実や変わった形の石などがタンスの上に並べられていて、慎ましいけれどホッとする雰囲気だった。


「早速だけれど、イザベルさんは酒場で毎月お給料はいくらくらい受け取っているのかなと思って。もし私が出せる金額ならうちのお店の雇われ店長を引き受けてもらえないか、お願いに来たの」

「私の賃金ですか?月にだいたい大銀貨八枚くらいです。あとはお客さんがくれるチップは半分が私のものになります。それを合わせても、大銀貨九枚くらいでしょうか」


 イザベルが淹れてくれたお茶を飲みながらうなずいて聞いていたが、お茶のカップを静かに置いて視線をイザベルに向けた。


「うちなら小金貨一枚を払えます。その他にあなたの作ったアクセサリーの利益は全部あなたに渡すわ。仕事は朝の九つの鐘から夜は七つの鐘まで。子どもたちはお店の中で遊ばせて大丈夫。あの子達は商品に触っちゃだめよと言ったら触らないいい子たちだし。どうかしら」

「そんな好条件なら他にも引き受けてくれる人はいるでしょうに。私でいいんですか?」


 イザベルにとっては願ってもない話だった。


「私、イザベルさんのちゃんとしてるところがとても気に入っているの。律儀で真面目で働き者で。こんないい人、他のお店に取られちゃう前に私が抱え込んでしまいたいの」

「お願いします!私をウルスラで働かせてください」


 こうして刺繍とアクセサリーの店ウルスラはイザベルが店長を務めることになった。

 イザベルの作るネックレスやピアスは評判が良く、最近ではイビトに住むお金持ちもチラホラ買いに来るようになってきた。

 そうなると引き抜きの話も来始めたが、イザベルは全てを断り、ウルスラで働き続ける覚悟だ。


 



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書籍『小国の侯爵令嬢は敵国にて覚醒する』1・2巻
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