28 瓶詰めの行き先
南国の果物の瓶詰めを四百個引き受けた帝都のレストラン。
ベルティーヌが帰った後で二十箱の半分の十箱はレストランの支配人セフィリノによってルカのいるホテルに運び込まれた。
「料理長、これ使ってくれるかい?」
「セフィリノ支配人、果物のシロップ煮ですか?あ、ジャムもありますね。デザートに使えますし朝食に出せますから助かります。でも見たことがない果物ばかりですね。試食してから使い道を考えますよ」
「ベルティーヌお嬢様が販売しているものだからよろしく頼むよ」
「お嬢様がですか。わかりました。お役に立てるよう全力で頑張ります」
ホテルの料理長は弟子たちと昼食時に瓶詰めを試食をした。
「食べたことがないものばかりだが美味いな。見た目も悪くない」
「料理長、真っ赤な果物は見栄えがしますね」
「煮詰めてデザートのソースにしてもいいな」
どれも目新しく、そのまま皿に載せても斬新でいい、ということになった。さっそくそのうちのひとつを翌朝の朝食に出したのだが、ロンガンと書いてあった果物を宿泊客が気に入ってくれた。
「料理長、お客様がロンガンをまた食べたいとのことです」
「ロンガン……ああ、白くて丸いやつな。お茶とバターつきクラッカーのセットでお出しして。お勧めの食べ方に書いてあった。俺も試したが美味かったよ」
その客とは帝国北部から仕事で帝都を訪れたバルべ伯爵だった。帝都でお気に入りのホテルに泊まったら見たことも食べたこともない果物のシロップ煮が朝食の皿に添えられていた。ロンガンという名前だという。
「美味いな。香りもいいしサクッとした歯応えもいい。午後のお茶と一緒にまた出してもらおう」
こうして午後のお茶にもクラッカーと一緒に出されたのだが、六個の小ぶりなロンガンはあっという間に伯爵の腹に収まってしまう。
「これはこのホテルで扱っているんだろうか。買って帰りたいな。妻や娘たちが喜ぶだろう。支配人を呼んでくれるか?」
伯爵の使用人に呼ばれてルカが部屋を訪れた。
「バルべ伯爵様、ロンガンをご希望と伺いましたが、他にもいろいろな種類のシロップ煮がございます。もしよろしければ他の品もご覧になりますか?」
「おや、そうか。では全種類見せてくれたまえ」
ルカは笑顔で退出し、銀のトレイに十種類のシロップ煮とジャムを載せて再び伯爵の部屋を訪れた。
「どれも美味そうだな。全種類三つずつ買って帰りたい。いや、ロンガンは五つ頼む」
「かしこまりました。ひと瓶小銀貨1枚ですが、よろしいでしょうか」
「ああ、かまわん。頼んだよ」
ルカは恭しくお辞儀をして退室し、廊下で満足げに微笑む。
ベルティーヌがレストランの支配人に告げた値段はひと瓶大銅貨五枚だった。おそらく運賃や人件費は入れずに売って、まずは知ってもらうことを目的に持ち込んだのだろう。だが大銅貨五枚では運送代などの諸経費でほとんど儲けが出ないはずだ。
「ここは僕がベルの代わりに少しでも稼いでやろう」
ルカはサンルアンで商売に関わっていた頃を思い出した。
父と二人で数え切れない回数を船で帝国へ渡り、帝国の各地で建築の仕事に没頭していた。自分たちが関わった建物が人々に愛され、役に立ち、都市の一部として根付いていく様子を見るのは誇らしかった。
だがその仕事は一人の強欲な女のせいで消えてしまった。父も失意のうちに亡くなった。
ベルティーヌはどうするつもりなのだろう。王家に反旗を翻すのだろうか。
いや、彼女は錬金術師の娘だ。きっと武力などではなく商売で何かするのだろう。
その時は彼女の助けになりたい。自分は王妃から逃れて帝国で生きてきたが、このままやられっぱなしでいるのはあまりに悔しい。父親にも顔向けができない。家族がいるからできることは限られているが、いつか来るその日を待つつもりだ。
とりあえず今は裕福な帝国の貴族たち相手にベルティーヌの仕事を後押ししよう。あまりに小さな一歩だが、彼女の役に立つことで自分も王妃に立ち向かう一人になりたい。
帝国北部に領地を持つバルべ伯爵は三十二個の瓶詰めをお土産に領地へと帰った。妻と子どもたちが笑顔で出迎えてくれる。
「お父様、お帰りなさい!」
「ただいま。いい子にしてたかい?」
「はい!お父様お土産は?」
「いい物を買ってきたぞ」
そう言って伯爵は箱詰めされていたシロップ煮とジャムを取り出した。
「わあ!なにこれ。見たことがない果物の絵が描いてあるわ」
「泊まったホテルで出されたのが美味しかったからな。全種類買ってきたんだ。早速食べてみるかい?」
「食べたいです!」
息子も娘も喜んでくれて、今回のお土産選びは成功だ。妻もニコニコして眺めている。伯爵はそのまま食べようと思っていたが、味見をした妻が使用人に命じてパンを用意させた。
薄く切ったパンをこんがりと焼いてからバターを塗ったものが用意され、妻が甘いシロップ煮の果物を薄切りにして並べてから手渡してくれた。
「んー!」
「バターと一緒に食べると塩気と相まっていっそう美味しいな」
「お父様、違うのも食べたいです」
「いいぞ。好きな物を食べなさい」
「でもみんなで食べたらすぐになくなっちゃいますね、お父様」
「気にするな、なくなったらホテルに手紙を書いて取り寄せよう」
「わーい!」
妻が丁寧に咀嚼しながら満足げな顔をしている。
「あなた、今度のお茶会にこれをスコーンに添えて出そうかしら。この辺りでは売られていない物だから、きっと皆さん喜んでくださるわ」
「ああ、いいとも。たっぷり買ってきたから好きなだけ使うといい」
帝国北部のこの土地は、早くも暖炉に火を入れている。この辺りでは果物は貴重だ。リンゴや木苺、ハスカップ、グーズベリーなどが育つが、このとろける果肉と大きな実は、南国の気候でしか育たないものだろう。
「南部連合国もこんな商品を売るようになったんだな」
「この前の戦争でも優秀な指導者がいたのでしょう?帝国軍は痛い目に遭いましたわね」
「ああ。いつまでも南部を昔と同じと思って侮っていては帝国が後れをとる可能性もある」
後日、夫人が開いたお茶会でも連合国産の果物のシロップ煮は人気となった。
「この瓶詰めはどちらでお買い求めになりましたの?」
「夫が帝都のホテルで買って参りましたの。我が家は食べ切る前に早めに次を取り寄せるつもりでおりますわ」
それを聞いた茶会の参加者の一人が
「では、我が家の分も一緒にお願いしていいかしら」
と頼むと、他の婦人たちも
「私もお願いします」
「では我が家も」
と言い出して五人の貴婦人たち全員が相当数を注文することになった。
伯爵夫人はすぐに帝都のホテルに手紙を書いて瓶詰めを送るよう注文書を同封した。配達方法は二つあって、他の荷物と一緒に運ばれる安価な共同馬車便と、個別に配達してくれる直行便がある。
「五家族分で合計二百個ね。割高だけど直行便で取り寄せようかしら」
帝国の貴族たるもの、ケチケチしていると馬鹿にされる。ここは直行便で送ってくれるよう頼んだほうがいいだろう。夫人はそう判断して代金の小金貨二枚と直行便の運送料金を運送専門の商会に渡した。
しばらく後に帝都のホテルに注文書と前払金が届き、ルカは(これはこの先、もっと注文が入りそうだ)と判断した。ホテルにある分とレストランに残っていた分で今回の注文にはギリギリ応えられるが、先を見越して瓶詰めを発注しておいたほうが間違いない。このホテルが中継ぎになればベルが直でやり取りするより早く対応できる。
「とりあえず六百個注文しておくか。いや、日持ちがする物だし、千個の方が運送費が安くつくか」
ベルティーヌが連合国代表のセシリオの下で働いていることは聞いていたから、すぐに千個の注文書と前払いの代金を連合国の代表宛に送った。
その注文書を受け取ったイグナシオが個数と金額の多さに驚いてセシリオの執務室に駆け込むことになるのはもう少し先のことである。





