魔王、勇者と対峙する8
反応できた自分を褒めて欲しい。クズはそう考えた。魔王が詠唱も無しに風の鞭で薙ぎ払われたのだ。ガードを、そして受身を取れた自分を褒めたいくらいだった。
「ほう、多少の心得はあるようだね」
魔王は勇者達を見据えるように言う。
「はっ!生温くて欠伸が出るくらいだぜ!」
クズが言う。もちろん強がりだ。キリもモチもクズの強がりが分かっている。
「はんっ!効かないな!」
「も、もう少し力を出してみたらどうだ!」
二人もクズに続くように挑発をする。三人はお互いの顔を見合うと頷きあい、武器を掲げた。
「はぁぁぁぁ!」
真っ先に突っ込むはキリ。大剣を両手で持ちながら威力をつけるために背中に沿わす。踏み込み前に出した足を軸に大剣を振り下ろす。魔王はそれを片手で受け止める。押しても引いてもびくともしない。すかさずモチがフォローを入れる。大槌を地面に引きずるように、また体格からは考えられない程の素早さで魔王に接近して大槌を振り上げた。
「うぉぉぉぉぉ!」
魔王はこれも片手で対応するが受けることが出来ただけ。威力は殺せずにそのまま打ち上げられた。
「くっ!」
風の抵抗でどんどんと魔王の速度は落ちていくが速さがなくなる前に天井に叩きつけられる。ドンッ!という大きな音を立て天井に亀裂が走る。
三人は油断する事無く、魔王が地面に降りてくるのを武器を構えながら待った。数秒後に魔王が落ちてくる。
「はぁっ!」
魔王が地面に着く瞬間、クズが着地を駆るように武器を振るう。クズの判断は上手くいき、今度は魔王が壁に飛ばされ、壁に打ち付けられ、埃で見えなくなる。
いける。三人の心に浮かんだ言葉だ。俺達でも魔王を倒すことが出来、無事にお金を手に入れることが出来る!そう考えていた。三人は魔王に一息つく暇も与えぬ為に追撃を仕掛けた。否、仕掛けようとしたのだ。
ぞくりと三人の背中に冷たい汗が流れる。自分の感性に従い三人は足を止めてしまった。近づいたら危ない、と。
「こんなものなの?」
魔王を隠していた埃が晴れていく。三人の目に見えた魔王は三人を絶望させるには十分だった。
「この魔王城まで辿り着いた勇者だと期待していたんだけど、これじゃがっかりだよ」
魔王が強がっているならそうであってくれと考える。しかし現実は非情だ。三人の目には元気な、傷一つない魔王が見えた。
「ど、どうして元気でいやがる!」
悲鳴に近い声でキリが叫んだ。
「それは君達に力が足りないからだよ」
その叫びに魔王が答える。お前達の力不足だと。
「うっ!嘘をつけ!俺達の力は上位の魔族にだって通ずるんだぞ!」
キリが叫ぶ。自分達の腕には自信がありますと。自信があったんだと。
「はんっ!何と比べている!お前達が相手にしているのは上級魔族じゃない!魔王だ!」
魔王が言う。魔王と勇者の間には大きな溝があると。
「そ……そんな訳があるか!俺の一撃で確かにお前は飛んだ!飛んだんだ!効いていない訳がない!」
モチが感情を乗せ言う。キリも、そしてクズも聞いた事がない程の、力強さと否定を込めた言葉だ。
「効いてないも何も、僕の今の姿を見ればわかるんじゃない?」
魔王はそういいながら両手を広げ、クルリと回り三人に見せる。自分の体に傷一つないことを。クズ達にも見えたはずだ。衣類にすら傷一つないことを。
ごくり、誰かが喉を鳴らした。三人の表情を絶望で深く染めるには十分な情報量だ。今の自分達には魔王に対しての決定打がないことを。
「う、うわぁぁぁぁ!」
「よせ!モチ!」
クズがモチを止める。しかしモチは止まることなく大槌を振り下ろした。大槌は空を切り地面をたたきつけた。すかさず魔王がモチを蹴り飛ばす。モチは壁に叩きつけられ意識を失った。
「よ、よくもモチを!」
「冷静になれ!キリ!」
クズの注意も虚しくキリが突っ込んでいく。大剣を両手で掲げ力一杯振り下ろした。魔王が避ける。キリは大剣に振り回されるように勢い良く進行方向に突っ込んでいく。
「掛かったな!」
キリは大剣の勢いを生かし飛んでいく。キリは大剣を手放すと振り返り魔王に手をかざす。掌には魔方陣が見える。予め詠唱をしておき、発動寸前で止めていたのだ。
「火よ!」
キリが短く一言。魔方陣はキリの言葉に反応するように赤くなり、熱を発する。瞬間、魔方陣から火の玉が飛び出す。大きさはバスケットボールくらいだが、接触をすることにより爆発を起こす火の玉だ。
取った!キリはそう考えた。事実火の玉の速度は速く、呪文も魔方陣も用意していない魔族には防ぎようがなかっただろう。
魔王が手をかざす。火の玉はみるみる小さくなっていき、魔王に当たる寸前で消えた。
「は、ははは……」
魔王がキリに向かって飛び込む。
「化け物かよ……」
その言葉と同時にキリは魔王に殴り飛ばされ意識を失った。
「これで君一人だよ」
魔王が振り返り、クズに言う。クズは武器を構え、魔王の動き一つ一つに目を凝らしている。
「別に逃げてもいいんだよ?」
「はっ!まさか!兄弟を置いていけるわけないだろ!」
クズはそう言うと後ろに下がる。クズが元いた場所には雷が落ちている。
「避けるんだ」
「二人を殺させるわけには行かないから……なっ!」
クズは魔王に突っ込む。自分が魔王に叶わないことはわかっているが、自分にも譲れないものがあると。クズは剣を振りかざす。魔王は動かない。いけるのでは。そんな考えがクズの頭を過ぎる。
コン
魔王が剣の腹を軽く叩く。剣は軌道をずらし落ちていった。
「君の勇気に敬意を評しよう」
「あっ……」
クズが顔を下ろすと魔王がクズの腹に掌を当てているのがみえる。掌は光っており、魔王人が見えた。
「風よ、吹き荒れろ」
魔王の言葉を鍵に、魔方陣は緑に光り、風に変わる。その光景がクズが見た最後の光景だった。クズは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「ふぅ……」
魔王は息を吐き出すと、かつかつかつとクズに近づいていく。そしてしゃがみ手を伸ばした。
「ひぃっ!」
「魔王、いったんその手を止めてくれ」
そんな魔王を静止すべく声を掛けた人物が一人。テールだ。魔王はテールに視線を向ける。
「やぁ、テール」
魔王は何事もなかったかのようにテールに挨拶をする。人族の姿が見えたクズは安堵の溜め息を吐きだし助けを求めようと口を開く。その瞬間、只ならぬ気配を魔王から感じ、クズは口を動かすことが出来なくなった。
「テール、どうして止めるの?もしかして裏切りとか?」
クズを睨んでいた魔王がテールに向き合うと、先ほどとは別人のようにおどけた様子でテールに言う。それでもテールは口を開かない。
「テール?どうかしたの?」
口を開かないテールに魔王は心配した表情で声を掛ける。テールが手に持ったビデオカメラを魔王に見えるように掲げ口を開いた。
「なぁ魔王」
「うん?ビデオカメラがどうかしたの?」
「これ、動かないんだけど!」
魔王が表情を点とさせる。そして少しした後に納得が言ったと声を上げた。
「……あー」
うんうんと魔王が首を上下に動かす。
「撮れなくも、動かなくもなったんでしょう?」
「そう、動かなくなったんだ」
テールはそういいながらビデオカメラを魔王に投げる。魔王はビデオカメラを受け取ると手の中で弄る。当然反応はない。
「今のビデオカメラはガラクタ同然だからね」
「ガラクタ……か。どうしてガラクタ同然なんだ?」
「それは後で説明するよ」
魔王はビデオカメラをテールに投げ返した。そしてクズに向き合う。
「ひっ!」
クズの口から情けない声が漏れる。そしてすぐに別の言葉が漏れた。
「な、なぁ!そこの人!俺を助けてくれよ!」
「すまんな」
テールは首を横に振りながら言う。
「ここは魔王城だ。お前の判決は魔王に委ねられている。それにな」
瞬間、クズは助けを呼ぶ相手を間違えたと悟る。
「俺もお前のことを許す気はないんだ」
「ひぃっ!」
それは修羅のように感じる殺気だ。クズは縮こまり何も言えなくなる。こいつに殺されるならまだ魔王のがマシだ。クズはそう感じた。
魔王がモチをクズの近くに放り投げる。アフターケアもばっちりで風の魔法で諸激が緩和されている。
「テール、そこの背の高い人こっちに持ってきてー」
「あぁ、わかった」
テールは魔王に言われた通りにキリをモチの近くまで持ってきた。
「それで、集めて何をするんだ?」
「何をって、いられても邪魔なだけだからね」
魔王はそういいながら魔法を唱え始める。止めに入ろうとするテールにどこからともなくマリアが声を掛けた。
「テール様、あれは転移の魔法です」
「転移の?あれって複数人による魔法じゃ……」
マリアの言葉にテールは怪訝そうに魔王を眺めた。
「えぇ、その通りです。確かに複数人で使う魔法ですが、魔王様の魔力なら、一人でも発動可能です」
マリアが何てことないことかのように言うが、魔王が普通ではありえないことを今しているということになる。
「そんな馬鹿な話があるか。複数人分の魔力が魔王にはあるってことか」
「えぇ、その通りです」
テールの発言にマリアが頷く。
「魔法だけで言うなら、この世界に魔王様の右に出るものはいないでしょう」
「ほう、そいつはすごいな」
テールは感心した声を上げた。マリアの言う通りに一人で転移魔法を使っているのなら、あながち間違いではないからだ。魔王の詠唱が止まる。魔方陣が光り、クズキリモチの三人は宙に浮かぶ。
「お、覚えてろよ!」
転移魔法と聞いて自分が今すぐ死ぬことはないと悟ったクズは、先ほどより怯えの少ない声で言う。
「絶対強くなって、魔王!お前を倒してやるからな!」
「おう、それだけ言えれば十分だ」
クズはテールの言葉を最後まで聞けたのかは分からないが、煙のように消えていなくなった。
「ふぅ……彼らは彼らの縁のある場所に飛ばされたよ」
「お疲れ様。殺さないんだな」
止めに入るつもりだったんだけどな。テールはそういった意味を込めて言う。
「だって、この大陸では彼らはまだ誰も殺していないからね。君達の大陸で魔族を殺しているかもしれないけど、僕は大陸に兵を出したことがないから管轄外だ」
魔王は笑いながら言う。
「殺してもよかったんじゃないか?少なくとも被害はあったんだから」
「そうかもね。向こう側が攻めてきて僕達の生活は脅かされてるしね。だけど」
魔王がテールの顔を見据えた。
「別に人間も悪い奴だけではないでしょ?」




