勇者、魔族の町へいく12
「ふふふっ!いい映像が取れたよ!見て見てテール!」
映像をテールに見せながら話しかける魔王。あれから魔王達は時間の許す限り町を撮り回った。魔王はその映像に喜んでいるようだ。
「あぁ、それはよかった。でもはしゃぎすぎるなよ?」
「はーい」
テールは魔王を宥め魔王は返事をしたが、魔王は浮き足立っているのだろう。足取りは軽やかで、今にもスキップをしそうだ。
「にしても、この川は綺麗だな」
「ありがとうございます。この川は魔王城から流れていまして、長さは大陸一といっても過言ではない川なんですよ」
テールは皮の美しさに目を奪われる。マリアはテールが興味を持った川の説明をした。
「へぇ、立派な川なんだな。暑い日に川下りでもしてみたいものだ」
水浴びでもいいかな。なんてテールは考える。
「えぇ、それはいい考えですね。テール様なら何があっても死なないでしょう」
「とても厚い信頼だことで」
嫌味には嫌味を、テールはそんな感覚で返事を返した。しかしマリアは嫌味ではなく純粋にそう思っているのだろう。頷きながら言葉を続ける。
「はい、テール様と一緒に居た日数は本当に少ないのですが、テール様が信頼できる人だと私は思っていますので」
そう真面目に返されるのだから、テールの顔も赤くなる。この時のテールの幸運はマリアに顔を見られない位置に居るということだろう。
「いいね!それ楽しそう!行く時は僕も混ぜてよね!」
「気が向いたらな」
「絶対!絶対だよ!」
テールは魔王の言葉を流すが魔王の中ではテールについていくことは決定事項なのだろう。念を押している。
「はいはい、わかりました。行く時になったら」
テールは魔王にそう返す。魔王はテールの回答に満足したのだろう。うんうんと首を頷かせ自分が連れて行かれないという思考は頭の中にはなかった。
「いっとくが連れて行くかはその時次第だからな」
「わかってるよ!」
そう元気に返事をする魔王の表情はニコニコと笑顔を浮かべている。
「はぁ……」
テールは思わず大きなため息を吐き出した。
「その時は私もお供しますので」
「あぁ、お目付け役を頼む」
魔王のお守りはしますという意味を込めたマリアの言葉にテールが返し、肩を落とした。端の向こうから一人の人が歩いてくる。
「む、君達は」
前から来たのはテールにとってこの街で最も印象の強い、筋肉のおっさんだ。
「さっき振りだな勇者よ。筋肉の為になる生活をしていたか?」
おっさんはテールに気さくに話しかけるので、魔王が首をかしげた。
「さっき振りだな。本日3回目とはおっさんも暇人なのか?」
テールも自身を勇者と呼ぶおっさんを特に気にした様子もなく返事を返した。
「マリア、三回目って?」
「先ほど魔王様が迷子になった時にお話を伺ったんですよ」
魔王はマリアに内緒話をするようなトーンで話しかけ、マリアもそれに乗っかるように小さな声で質問に答えた。
「所で勇者とマリア様、魔王様は見つかりましたか?」
おっさんは魔王を見つけたかどうかを聞く。マリアが答えた。
「えぇ、見つかりました」
「それはよかった。是非挨拶をしたいとトレーニングがてら回っていたのですが、どうにも縁がないようでして、魔王様のお姿を見つけることが出来ませんでしたので」
おっさんは恥ずかしいという表情でマリアに言った。
「魔王ってそりゃここに……」
テールが魔王はここに居るだろうといいかけたとき、魔王本人に袖を引っ張られる。魔王はマリアにしたように内緒話のトーンでテールに話しかけた。
「教えなくていいよ」
「どうしてだ?」
テールが首を傾げる。信頼の証か、魔王はすぐに訳を話した。
「テールも知っているかもしれないけど、僕のこの姿は仮の姿なんだよ」
テールが疑問に思ったこと、そして聞こうとして聞けなかったことを魔王が自分から言う。テールが頷く。
「確かに掲げられていた御輿も魔王の姿が違うモンな」
魔王の言葉はすっと胸に入った。マリアで魔族の姿が変わるというのは嫌というほど体験したからだ。しかしテール自身、掲げられていた魔王の像は美化されているだけだと考えた。真の姿は動物や無機物のように、人の型をしていないだろうと考えていた。
「うん、だから僕の弱っている姿はできるだけ見せたくないんだよ。魔族って上に立つとなると力が全てだから、仮にあのおじさんが私を倒して魔王になるとしていなくても、他の力のある魔族に知れ渡ったら、今の僕じゃ勝てないかもしれないから」
「本音は」
「恥ずかしくて知られたくない」
「そんなことだろうと思ったよ」
テールがため息を吐いた。
「いやね!さっき言ったことも本当だからね!」
ジト目で魔王を見るテール。その視線に耐えられずうっと唸り黙った魔王の様子にテールはため息を吐いた。
「街の人達がお前の今の姿を知っている理由は」
「よくマリアと買い物に来てるから覚えられた。やめてといっても魔王様魔王様とマリアが呼ぶからね。マリアが魔王の側近なのは皆知っていることで、その側近がふざけて子供を魔王と呼ぶわけがないから覚えられちゃって」
なるほど。テールはマリアに視線を送りつつ納得をした。ただ、さっきの話だと他の魔族に今の姿を知られているわけで魔王ばれの警戒は意味がないのではという考えを、テールは心の中にしまった。
「わかった。言わないでおく」
「ありがとう」
二人の話はここで一区切り、筋肉のおっさんと話していたマリアは魔王達の話が終わるのを見計らっていたようですぐに声を掛けてきた。
「お話は終わりましたか?」
「あぁ、複雑な話をしていたわけではないからな」
「はい、では行きましょう。魔王様には私から伝えておきますので、失礼いたします」
マリアは筋肉のおっさんにお辞儀をした。魔王もすぐにこの場を離れたいのだろう。マリアの手を握ると筋肉のおっさんに手を振る。
「ばいばい、おじちゃん」
「あぁ、また会おう。いい筋肉の素質がある少女よ」
おっさんはにこやかに魔王を見送った。いな、見送りたかったが正しい。
「わっしょい!わっしょい!」
大きな声と担いでいるもので目を引く御輿が橋を渡ってくる。見越しの先頭に立つ若い魔族が魔王の姿を見つけると大きく声を上げた。
「あっ!魔王様!」
魔王はその声を聞き手で顔を覆った。今すぐにこの若者の口を塞いでやりたかったがもう遅い。
「魔王様!魔王様がこちらにいらっしゃるのですか!」
筋肉のおっさんが若者の言葉に反応をして周りを見回し魔王を探す。魔王は今すぐにこの場を離れたいという気持ちを抑え、唇に指をあて静かにするようにジェスチャーを送った。だがこれも遅い、御輿を担ぐ他の人達が若者の言葉に反応して魔王を呼ぶ。
「魔王様!?」
「本当だ!魔王さまー!」
「魔王様!元気でしょうか!」
どの声もが魔王を慕う声なのだから魔王も住人を攻められず一人崩れ落ちた。
「魔王様はどちらに!魔王様!魔王様!」
筋肉のおっさんはおっさんで魔王を見つけることが出来ずに周りを見渡しうろたえるばかりだ。魔王は視線をテールに向けた。
「テール!助けてテール!」
魔王は大きな声でテールに助けを求める。
「魔王、がんばれ」
テールはそんな魔王を小さな声で鼓舞した。流石は魔王、小さな声でもしっかりと聞こえている。テールが助けに来ないという事実に魔王は頭を抱えた。頼みの綱としてマリアに視線を向けるがマリアはにこやかに手を振るだけだ。
「あぁ!もうこれ以上僕にどうしろというんだよ!」
魔王が叫び声を上げる。テールはその様子に苦笑いを浮かべるが、関わらず自体が収束するのを橋に腰を据え眺めることにしたのだった。




