勇者、魔族の町へ行く10
二人はおっさんの言う通りに人の集まる場所へと進んで行く。人の集まる場所に近づくにつれて二人の耳に入る音はにぎやかになっていく。
「へぇ、活気があるんだな」
「ないよりはあったほうがいいと思いますよ?」
テールの冷やかしの言葉にマリアは涼しげな表情であった方が言いといった。テールはマリアのその言葉がつぼに入ったのか笑う。
「あぁ、それはそうだな」
そしてテールは笑いながらマリアにそう返した。マリアが首を傾げて聞く。
「テール様、何か面白いことでもありましたか?」
「いや、気にしないでくれ」
テールはマリアにそう告げる。
「かしこまりました」
マリアはテールの言葉にお辞儀をして答えた。
「じゃあ、もう少しだろうし行こうか」
テールはマリアにそう言うと歩き出す。マリアは何も言わずにテールの半歩後ろに位置を取り、離れないように気を使いながら歩く。何も知らない人達が見たら彼らを主人と従者なのだと勘違いするだろう。程なくして賑やかな声のする方へと辿りついた。声の正体はこの先、表通りの通路にある。
「魔王がいるといいんだが……」
「居なかったら置いて帰りましょう」
向かう先に魔王がいるか心配している勇者と置いて帰る気満々な側近、どちらが魔王の敵でどちらが魔王の味方なのか分からない状況だ。
「置いて帰って良いのか?」
「えぇ、お腹が空いたら帰ってくるでしょう」
それなら最初から探さなくて良かったのでは、テールはその言葉を飲み込んだ。マリアが魔王のことを心配しているのは一緒に探し回ってわかっているからだ。テールはため息をつく。
「わかった。ならさっさとこの掛け声の状況を確認して帰るとするか。人が集まっているんだ。陰ぐらいあるかもしれないしな」
テールはそう言うと勢いよく通路に飛び出した。そこでテールが目にした光景はテールの思考を止めるには十分なほど衝撃的だった。
「わっしょい!わっしょい!
魔王自信が称えられてる御輿、それもただの御輿ではない。普通の御輿ならテールも止まることはなかっただろう。テールの目を引いたのは大人の魔王像。先ほどの筋肉のおっさんの話ではこれが魔王の真の姿なのではと考えたが、テールには美化されているようにしか感じなかった。
「しっかりと魔王様を称えているのですね。感心です」
遅れてやってきたマリアは目の前の光景をしっかりと認識しているのだろう。魔王が称えられている御輿を得意げな表情で眺めている。
「……なぁマリア、あれってなんだ?どういう状況なんだ?」
テールがマリアに問いかけた。
「魔王様を称える御輿ですよ?」
マリアはテールの質問に対して不思議そうに答えたのだった。
「動画に収めてもらう為に街の方々に協力をお願いしたのです。住人の皆様には魔王様を称える行司だと説明してあります。とても快い方々で皆さん喜んで参加してくださいました」
それだけ魔王様が愛されているということだ。マリアは胸を張る。テールに見える光景も像を担ぐ住人は皆が皆楽しそうな表情である。テールは可笑しいと大声で叫びたかった。しかし住人を前にして叫ぶわけにも行かず、口を硬く閉じた
「やや!マリア様ではありませんか!」
マリアとテールは一人の魔族の男に見つかった。すぐに視線がマリアたちを囲み、男達の代表に当たる人物がマリアに挨拶をしに御輿を下ろしてきた。
「マリア様、ご機嫌麗しゅうございます」
「えぇ、ありがとうございます。皆様の熱意が伝わる素晴らしい状況だと思いますよ?」
マリアは男を褒め称えた。男は感動の余り涙を流す。
「ありがとうございます。マリア様がおっしゃるのであれば私達のがんばりは報われることでしょう」
男は涙声で言う。辺りを見回すと涙ぐんでいる男達の群れが出来上がっていた。
「私達は普段から魔王様にお世話になっているのですから、魔王様に感謝を示せるいい機会なのです。えぇ、えぇ」
代表がうんうんと頷いている。テールは心の中で首を捻った。あの魔王の何処に人を引き付ける能力があるのだろうかと。テールから見た魔王は異世界かぶれのちみっこなのだから仕方のないことだろう。もちろんテールは口にも態度にも出さないのだが。マリアが言う。
「感心です。魔王様もきっとお喜びになられて、動画に収めることでしょう」
いや、魔王はきっとこの状況に目を疑っただろう。テールはマリアにそう伝えたかったが、テール自身魔王のことをよく知らない為、否定しようにも出来なかった。
「ありがとうございます。動画が何か分かりません。しかし先ほど魔王様にもお礼の言葉をいただいたので成功している事は間違いないでしょう」
お礼を言う。つまり魔王は自身の像を運ぶ行為を喜んでいるということだろう。テールは顔を顰めたかった。しかし、今の会話には聞き流せない言葉があった。
「お前、魔王に会ったのか」
テールは二人の会話に割って入るように声を上げた。魔王に対して敬称をつけない呼び方をするテールに男は顔を顰めたが、マリアと一緒にいるということは魔王の関係者なのだろうと考え口を開いた。
「マリア様、こちらの方は何方で?見たところ人族のようですが……」
「こちらの方は魔王様が手伝いを頼んでいる方です。今も私と一緒に魔王様を探している所でして、魔王様を見ませんでしたか?」
マリアは先ほどのトラブルに配慮して、勇者という身分も名前も言わずに魔王のお手伝いをしている人物だと説明した。男はマリアの説明に納得をしたのだろう。魔王様のお手伝いならと心の中で考えて話を始めた。
「わかりました。魔王様なら私達にお礼の言葉を告げられるとあちらの方に走っていきましたよ」
男がそういいながら指を指す。方角は中央の広場で、大きな時計が目印となっている為、迷うことはないだろう。
「ありがとうおっちゃん」
「ありがとうございます。では私達は魔王様を探しに行きますので、失礼いたします。」
テールとマリアはお礼を言う。マリアは男にお辞儀をすると男もお辞儀を返す。マリアはそんな様子を気にすることはなく、男が顔を上げるのも待たずに時計塔を目指し歩みを進めた。テールも一刻も早くこの場を離れたかったのだろう。マリアの後をついていくようにそそくさと立ち去った。
「なぁ、あの銅像は?」
テールは魔王の姿について聞いた。しかしマリアには別の疑問に感じたのだろう。テールの質問とは別の回答が帰ってきた。
「あれは御輿といいまして、異世界の文化の一つです。何も男だけが御輿を担ぐ訳ではなく場所によっては女性も担ぐことがあるようですが、神様を称える行事のようですよ」
テールの臨んだ回答ではないが、興味を引かれた為そのまま聞くことにした。しかし、ああまでして称えられるとは神様もさぞ居心地が悪かろうに。テールはそう考えた。
「アレンジを加えて神様ではなく魔王様を称えていますが、聞くところによると日本の神様は寛大だそうで笑って許してくれると思いますよ」
神様が寛大なのはいいことだ。どこぞの宗教国家にもみならって欲しいものだ。テールは感心したように頷いた。
「理由は分かった。ただあれじゃ恥ずかしいだけだろ?」
テールはマリアにそう告げるとマリアは意外そうに目を開きテールの顔を覗き込んだ。
「その考えはありませんでした。では来年は別の魔王様にゆかりのあるものを担がせましょう」
「動画の為じゃなかったのか……」
テールは疲れた顔をしてため息を吐きながら愚痴を零したが考え事をしているマリアには届かない。それでも二人の足取りがとまることはなかった。




