勇者、魔族の町へ行く9
「おーい!魔王ー!何処いったー!」
「魔王様―!何処に言ったんですかー!」
二人の呼びかけも虚しく返事は返ってこない。この広い街から当てもなく一人の人を探すという作業は途方もなく、二人の時間だけが過ぎていく。街の人に聞き取りを行い、捜索の手を増やそうかと二人で考えていた時、二人に声が掛かった。
「おや、マリア様じゃないですか」
正確には声を掛けられたのはマリアただ一人だけで、声の主はテールの存在を気にしていない。二人が声の方向を振り向くとそこに居たのは先ほど魔王のインタビューを受けた筋肉自慢のおっさんが居た。
「お久しぶりですマリア様。今日はこの街に視察をしに?」
「いえ、魔王様のお守りでこちらに」
筋肉自慢のおっさんの印象は魔王とのインタビューを受けている時と大違いだ。おっさんはキョロキョロと周りを見渡し魔王を探す。
「おぉ、魔王様もこの街に来ているのですか。是非会って挨拶をしておきたいものですね」
おっさんの表情で、おっさんは本当に魔王に会いたがっているのが分かる。その様子にテールは首を捻りマリアに耳打ちをした。
「なぁ、どうしておっさんは魔王に会いたいって言うんだ?さっきインタビューを受けていたじゃないか」
「この人は旅をしている方でして、今の魔王様の姿を知らないのですよ」
「今のってどういう……」
テールの言葉を遮るようにおっさんがマリアに声を掛ける。おっさんはテールがマリアに耳打ちする姿に首を傾げマリアに質問をした。
「マリア様、そちらの親しげな方は?」
テールはマリアの話の続きが聞きたかったのだが、マリアがおっさんの方に意識を向けたのでテールは口を閉じた。
「こちらの方はテール様という名前です。そして魔王様のお手伝いをしている勇者様です」
おっさんはビクッと肩を震わせる。そして纏っている雰囲気が変わった。マリアはおっさんの変化を気にした様子もなく話を続けた。
「魔王様にアドバイスをしてもらうべく街まで同行していただいたのですが、肝心の魔王様がどこかにいきまして」
「私は魔王様を見ていませんのでお力にはなれません。ですので人の多い場所を目指していくのはどうでしょうか」
おっさんのアドバイスは手掛かりも当てもない二人にはありがたいアドバイスだった。テールはおっさんにお礼を言う。
「ありがとうおっさん。早速向かってみるよ」
「いえいえ、礼には及びません。しかし、どうしても礼を渡したいのなら言葉ではなく少し時間をいただけないでしょうか?」
「えぇ、構いませんが?」
マリアが許可を出す。マリアの許可が出切るやいなやマリアは横に半歩ずれた。
バシンッ!
決して軽い音ではない。テールの手のひらには拳が収まっていた。
「テール様が魔王様の客人だということをお忘れではないでしょうか?血迷いましたか?」
マリアの声はおっさんを攻める為におっさんに向けられた。おっさんはマリアの言葉を聞きつつも視線をテールから外さない。おっさんはテールから止められた拳を引くと距離を開けてマリアに言葉を返した。
「いくら魔王様の客人とはいえ勇者は勇者。魔王様の安全の為に離れていただかないと」
おっさんの言うことはもっともだとテールは納得をする。そしてこの魔王と側近が可笑しいだけとも考え一人納得をして苦笑いを浮かべる。
「いい加減にしなさい。私自らが貴方の相手をしてもいいのですよ?」
苛立ちを含んだマリアの声が聞こえる。早く魔王探しに戻りたいのだろう。確かにマリアに仲介してもらえばこの場は丸く収まるかもしれない。
「いや、マリアは手を出さないでくれ」
しかしテールはその言葉を否定した。マリアが聞き返す。
「なぜでしょうか?私達は一刻も早く魔王様を探さないといけないのですよ?」
「あぁ、それは分かっている。だが、俺が認められないと意味がないだろ?」
テールはそう言うとおっさんの顔を見据える。テールの顔は猛獣のような迫力を持ち猛禽類のような鋭さを兼ね備えたような好戦的な笑みを浮かべている。
「かしこまりました。手短にお願いします」
マリアもテールの言い分が正しいことは理解しているのだろう。早めに頼むと許可が出た。
「あぁ分かった。じゃあおっさん、戦おうか」
「小僧、威勢だけは良いんだな。」
おっさんはテールに挑発をする。テールはそんな様子のおっさんを気にした様子もなく、ただ戦いだけに目を向けている。
「あぁ、どうにも魔王が期待外れでな。飽き飽きしていた所なんだ」
ビクッと肩を震わせるおっさん。テールの発言は魔族相手に魔族のトップは弱かったといっているようなものだ。おっさんがテールにした挑発よりもより効果的だろう。
「ほう?あの魔王様が期待はずれだと?」
「あぁ、期待はずれもいいところだ。まさか幼女が魔王だとは誰も考えていないだろうさ」
「幼女?一体何を」
おっさんはテールの発言に困惑の表情を浮かべる。しかしその表情も今から戦うテールにとっては何も関係ない話だ。テールは背中に背負っているバスタードソードを壁に立てかけると、パンッと手のひらと拳で音をたて、構えをとった。
「来なよおっさん。対等に拳で戦ってやるんだからさ……少しは楽しませな?」
テールはその言葉を合図に地面を蹴った。そして真っ直ぐとおっさんに向かい拳を叩き込む。おっさんは腕を十字にクロスさせその攻撃を受けると衝撃を逃がすように後ろへととんだ。そしてテールは追撃を掛けるためにまた突っ込んだ。おっさんは打撃ではなく掴み、テールの機動力を削ぐために両手を前に出して構えた。テールはおっさんの行動を見ても止まらずただただ突っ込んだ。そしておっさんが掴もうとする瞬間にステップで横にずれ、そのままおっさんの横を通りすぎていった。
「どうしたおっさん!見た目通りのろまなのか!その筋肉は見掛け倒しか!」
「ほざけ!お前こそ拳を使わなかったから負けた!なんていい訳は聞かんぞ!俺と戦うことを後悔するなよ!勇者!」
テールの煽りにおっさんが煽り返す。決しておっさんがのろまなわけではなく、テールがタイミングよくずらしただけの話だ。おっさんの掴みは普通の戦士ではまず避けられないだろうと思えるほど鋭かった。
おっさんは掴みでは分が悪いと攻撃を打撃に変えた。おっさんは腰を落とすと足の裏に力をいれ地を蹴った。その速度はまるで弾丸のような速さだ。その速さからおっさんの右拳が繰り出された。おっさんの拳はテールの顔を捉える。テールがその拳を避けると追撃の左拳が腹に飛んできた。テールはその拳を受け止めるがおっさんは手を変えるように回し蹴りを放つ。テールは回し蹴りの対処が遅れ、腕で威力に逆らうことなく飛ばされるが壁に打ち付けられる。
「っ……!」
「さっきまでの威勢はどうした!」
おっさんがテールに言葉をかける。追撃はしない。テールが立ち上がるまで一定距離をとり腕を組んで待っていた。テールは深呼吸を2・3回すると足に力を入れ立ち上がる。
「どうしたおっさん。追撃はしないのか?」
「まさか!その必要があるとでも?」
テールの言葉におっさんが返した言葉は自分の有利は覆らないという意味を込めた強者の言葉だ。テールの口元が緩む。
「はは」
「ふっ」
「ははははははっ!」
「ふはははははっ!」
テールの笑い声は深くなっていく。おっさんもテールの笑い声に釣られるように笑う。楽しそうに笑いあう二人には通じるものがあったのだろう。テールが言葉を切り出す。
「いいねぇ!やっぱり勝負はこうでないとな!なぁおっさん!」
「そういうお前こそいい筋肉じゃないか!勇者にしておくのが勿体無いくらいだ!どうだい?一緒に筋肉を極めてみないかい?」
「はっ!おっさんが勝ったら考えてやるよ!」
今の二人には言葉は要らない。後のことは拳が決めるのみ。そう主張するかのよう構えを取った二人が駆け寄りお互いの頬を打ち抜く。……いや、打ち抜こうとした。
「そこまでです。」
マリアが二人の間に入り拳を止めた。
「もう二人が戦う理由はないはずですよ?そこまでです」
「なんだよ。ここからがいい所だっていうのに」
テールは拗ねた子供のように言う。マリアは首を振りテールに話しかけた。
「えぇ、そうですね。しかし今優先すべきは魔王様なのですよ?目的は達成したのですから続きはまた今度にしてください」
「あー、わかったわかった。確かにそっちのが大切だよな」
テールは納得はしたが、しぶしぶという様子で頷いた。そしておっさんに顔を向けて言う。
「おっさん、勝負はまた今度な?」
「あいわかった。私も次に供えて筋肉の輝きを一段でも高く持たせよう。勇者よ。突然の攻撃すまなかった」
おっさんは最初にテールを攻撃したのが嘘のように物分りがよく、テールとマリアの目的を果たす為に勝負の中断を受け入れた。
「もう気にしちゃ居ないよ。楽しかったぜ?」
テールはそう締めくくると、魔王を探す為に人通りの多い場所を目指し歩き出す。マリアはテールが歩き出したのを確認するとテールの後ろにつき歩いていった。




