勇者、魔族の町に行く7
テールとの喧嘩の後、当てもなく走り回った為、魔王は今自分が何処にいるか分からない。そんな魔王の様子は、テールとの喧嘩を気にした様子が見えない。いや、見えないだけで気にはしているのだろう。そわそわと足がせわしない。
「ふんだっ。僕は悪くない」
魔王はむくれた表情でいう。いかにも不機嫌だという表情を隠そうとしない。
「……はぁ、どうしようか」
魔王が溜め息を一つ吐き出した。
「マリアに何て言おうか」
魔王が今考えているのはマリアに対してのいいわけだ。いくらテールが勇者といえ、魔王が協力をお願いしている立場だ。魔王はテールに謝る気はないが、マリアはその事を知っている。マリアの元へ戻れば魔王はマリアに怒られるだろう。
ふと、魔王の耳に音が入ってくる。
「うん?音が聞こえる……」
その音は小さくはなく、どちらかといえば大きい音だった。そしてその音を街の雰囲気に合わない音だと感じた。魔王はその音が気になり、音が聞こえる方向に向かうことに決め、歩みを進めた。程なくして魔王の目の前に音の正体が現れた。
「わっしょい!わっしょい!」
音は段々大きくなる。魔王は音に近づくにつれ馴染みのない音の正体は何なのかと首を捻った。魔王が近づくたびに掛け声は大きくなっていく。そして掛け声の音は最大に、震源地が魔王の目の前に映った。
「わっしょい!わっしょい!」
それはめでたいことを知らせる通知のような明るさを持ち、誰かを称える色を持つ。その称えられている柱は人々によって担がれている。魔王に馴染みはないが日本と呼ばれる異世界の国の祭りの風景そのものだ。
「はぁ……?」
魔王の口から漏れた言葉だ。しかしそれも仕方ないことだと思う。人々に担がれているのは、魔王自身の石造であり、魔王の目には魔王を称える御輿が運ばれているという状況なのだから。
「ほらそこ!もっと声を出して!魔王様が見ているかもしれないだろう!」
「応!!」
気合の入った喝、そしてその喝に答えるために返されたこちらも喝の入った返事。魔王はその声に圧倒され、また状況についていけない。さっきの喝の通り魔王様が見ている状況だ。魔王様は困惑して声が出ていないが。
「あっ!魔王様だ!」
僕に気づくんじゃない。そう心の中で呟いてしまった僕は悪くない、と魔王は自分に言い聞かせる。
「魔王様!どうですか?この御輿は!立派でしょう?」
「え、えぇ……御輿が何か分からないけど、凄く立派ですね……?」
魔王の口から漏れた言葉は困惑の色が見えた。確かに立派な御輿ではあるのだが、御輿となって担がれている魔王は、この御輿にいい感情を持っていない。
「マリア様に言われて用意したんですよ。何でも遠い国のお祭りなるものを参考にしたそうで」
余計な仕込みをしてくれたな!魔王は心の中で愚痴ると両手で顔を隠し地面に向けた。マリアの事だ。良かれと思ってやったことなんだろう。しかいその良かれと思った行為が魔王の心を折りそうになっていた。魔王としてはすぐにこの御輿を止めたい。
「私達も魔王様に感謝の印を示したかったんですよ!流石はマリア様だ!私達のことをよくわかっていらっしゃる!」
しかし住人達も善意で、そしてキラキラとした表情で自分を称える為に御輿を担いでいる。そんな住人達に魔王は何も言えなくなって居た。
「う、うん……ありがとね?」
少し引きながらも、住人の行為にお礼を言う魔王。そのお礼の言葉に住人達は感動で言葉を詰まらせ、中には泣く者まで居た。
「いえ!普段からお仕事お疲れ様です!」
住人の一人が魔王に労いの言葉を掛ける。
「お前ら!魔王様が見てくださっているぞ!もっと声を上げていけ!」
「応!」
また別の住人が御輿を担いでいる人々の士気を高めている。誰もが皆魔王様を中心に動き、ある意味心がひとつになっている状態だった。そんな状態に対して魔王様が出した答えは
「じゃあ僕、他の場所を見に行ってるから」
逃げるという選択肢だった。




