勇者、魔族の町へ行く5
「テールテール!」
「はいはい、何のよう?」
魔王がテールの服を引っ張り名前を呼ぶ。テールはそんな様子の魔王に少しうんざりとした様子で返事を返した。魔王が得意げな表情でテールに言う。
「見てた?僕のしっかりとしたインタビュー!」
「あぁ、ばっちりだったよ」
魔王はな。テールはそう心の中で呟く。当然、テールの心の中など魔王に聞こえるわけもない。魔王は得意げな表情で胸を張った。
「そうでしょうそうでしょう!いやぁ、見返すのが楽しみだな!」
「あぁ、そうだな。所でマリアさん」
「どうかしましたか?」
テールに返事を返すマリアは普段と変わりがない様子だ。全員の指導が終わったのかマリアは魔王とテールの昼食に合流した。テールはマリアが案内を魔王につけたためにマリアの合流は昼食後だと考えていた。
「随分と早い合流だな」
「私、優秀なので」
マリアはこともなさげに言う。優秀という言葉も本心から言っているのだろう。
「マリア、この店に連れてきた理由は?」
魔王はマリアに聞く。
「特に何も?おいしいお昼ご飯を聞いたら進められたところです」
マリアはそう答えた。魔王は少しの間考えるようにポーズをとる。
「よし!じゃあそのお店で動画を撮ろうか!テールもいいよね?」
「反対する理由がない」
その言葉に魔王は嬉しそうにうなづいた。
「それでは本日のお昼御飯をここでいただきたいと思います」
魔王は店の前で動画を撮っている。カメラは引き続きテールが持って撮っている。
「では早速中に入っていきましょう」
そういいながら魔王は店の扉を開ける。テールとマリアは魔王に続くように店の中に入っていった。
「とてもいい雰囲気ですね。このお店は宿泊施設も備えている酒場なのですが、お昼ということもあり人の気配はぼちぼちといった所でしょう」
そう魔王が言う。その発言に偽りはなく、動画に収められている映像で分かるように人はまばらだ。お酒を飲んでいる人もいるが酒気を纏っている人は少ない方だ。
店内には規則的に並べられたテーブルとそれに付き添う椅子。カウンターが設置されておりそのカウンターに座る人達が酒を煽っている。カウンターの向こうにはお酒が並べられており種類の豊富さがここは酒場だと主張している。
「いらっしゃいませ!」
草原清く挨拶をするのは酒場の給仕。可愛らしいデザインの服を着ているのが特徴的だ。
「あぁ、ありがとう」
魔王は一言返すと席に座った。打ち合わせどおりにテールは魔王の全身が映るようにカメラを置くと、テールとマリアは少し離れた別の席に座った。魔王が動画を撮っている間にテールとマリアもお昼御飯を食べようという魂胆だ。
「こちらメニューになります」
そういって魔王の前にメニューが置かれる。
「ありがとう」
魔王はにっこりと給仕に笑いかけると、メニューを手に取った。テールの座る席には既にメニューが置かれており、どうして魔王にはメニューを渡したのかとテールは首を捻った。
「メニューをお出しするように私が言っておいたのですよ」
マリアは自分の仕込みだと話した。確かに給仕をシッカリと移すチャンスに加え、印象がよくなるかもしれないとテールは納得をした。テールはメニューを手に取った。
「んー、見たことない名前が多いな……」
「大陸一つ違いますからね。逆にテール様の知っている名前を私達が知らない、ということもあると思いますよ?」
「それもそうだな」
うんうんと頷くテール。
「すいませーん」
魔王が給仕に声を掛ける。給仕は待機していたのだろう。給仕はすぐに魔王の下へ来た。
「はい、何のご用でしょうか?」
給仕が聞く。魔王はメニューを指さして答えた。
「これとこれ、あとおすすめを一品もらえますか?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
給仕はお辞儀をしてその場を離れた。そして魔王がカメラに向かって頼んだ食べ物の内容を話し始める。
「なぁ、店員の態度がやけに丁重なのはなんでだ?」
テールがマリアに聞いた。
「誠意を見せる。ということ言えればいいのですが、異世界の方に馴染みやすいようにお願いをしたんですよ。」
「あぁ、なるほど」
テールが納得したように頷いた。確かに普段なじみのある風景のが相手にも伝わりやすくていいだろう。それが異世界の風景かどうかと疑問に思うこともあるが、それに突っ込みを入れるほどテールも野暮ではない。
「それに、私が丁重に対応するように言っていなかったとしても、相手は魔王様ですから丁重に対応したと思いますよ?」
「あぁ、何もそこを疑っているわけじゃないんだ」
テールはそういった。この話題はここで終わった。テールもマリアもお互いにすでにメニューは見ておらず、何を頼むかは決めてある。
「すいませーん」
テールが給仕を呼ぶ。
「はい、ただいま!」
給仕はテールの呼びかけに答えた。そして給仕は急ぐようにテールたちのテーブルに来た。
「ご注文の品はお決まりでしょうか?」
「あぁ、俺はこの肉とパンを頼む。」
「私にはこのフレッシュなサラダを、ドレッシングはなしでお願いします。」
テールとマリアも注文を取る。二人とも冒険をせずに自分の分かるもの、また手堅いものを選んだ。
「かしこまりました」
給仕はそういってお辞儀をすると後ろに下がった。テールは給仕の姿をじっと眺めている。そして給仕が裏方に消えていくと一言。
「本当に丁重だなぁ……」
「いかがでしょうか?異世界の日本という国ではこれが当たり前であり、更に上があるそうですよ?」
「うへぇ、高級店かよ……」
「誠意を持って接することでお客様を敬い、もう一度お店に来て頂こうというスタンスだそうです」
それはご立派なことで。テールは悪態を付いた。テールは旅をしていたが寄る店は酒場といった荒くれ者達が集まる店で、上品からはかけ離れていた。
「んで、魔王様のほうはどうなんだ?」
「今のところは問題ないみたいですよ」
マリアとテールは魔王に視線を向けた。魔王は一生懸命にトークをして料理が来るまでの間を繋いるのが二人から見えた。
「私も始めてこのお店に入ったんですが、とてもいい雰囲気のお店だと思います」
魔王は言葉を繋げる。
「あちらに見えるカウンターの奥の棚にはお酒が並べられており、入り口から入ってすぐに目に付く為、このお店はお酒を飲むお店だと一目で分かります。今は人が少ないですが夜になると人々で賑わいを見せるはずだと、私は考えています。」
魔王はそう締めくくりカメラを別の視点に向けた。
「向こう側に見えるのが舞台です。備え付けのピアノが立派ですね。夜になると集まる人達の為のサービスなんでしょう。私もこういった雰囲気のお店で一曲聞いてみたいものです」
「お待たせいたしました。」
タイミングを見計らっていたかのように、給仕が料理を運んできた。
「こちら、豚の煮込みと芋の煮付けです」
魔王の目の前に置かれた食べ物はどれも家庭的な雰囲気を持っており、豚の煮込みも芋の煮付けも味が染みたと分かる光具合が食欲をそそる。
「そしてこちらが最近入荷したおコメと呼ばれるものです。サービスですよ?」
給仕がそういって魔王の前に置かれたのは白いつぶが丸を半分に切ったような器に盛られている食べ物だ。魔王が聞く。
「こちらの方は?」
「こちら東の国での主食で私達にとってパンにあたるものですよ?」
「ふむふむ、とても綺麗なつやが食欲を誘いますね」
給仕が説明をする。そのおコメと呼ばれる食べ物のつやは芸術といっても過言ではないくらいに官能的で、テールが思わず喉仏を上下に動かした。
「俺もあのおコメってやつを頼んでみようかな」
「あのおコメと呼ばれるものは異世界の国、日本での主食にあたる食べ物です」
「異世界の人は毎日あんなものを食べているのか」
テールは驚愕の色を顔に浮かべる。マリアはその反応が嬉しいのかめぇぇとないて見せた。
「えぇ、そうです。今回、異世界の人に馴染みのある食べ物として私が魔王様にお出しするように言っておいた特別な食べ物でもあります」
マリアの声が弾む。異世界の馴染みのある食べ物。このフレーズがテールの心を動かした。
「へぇ、俺も後で頼もう」
「おかずも一緒に頼むことをおススメしますよ。例えば魚や肉といった食材に少し濃い目の味付けをするのが私の一番のおススメでしょうか」
再びテールの喉が動く。
「そしてこちらが当店のお勧めになります」
給仕の声でテールが再び魔王に視線を向けた。
「うわぁ……」
引いたような声がテールから出てくるのも仕方ないだろう。
「あれも料理なのか……?」
「えぇ、あちらの品はこの街で親しまれている郷土料理のようなものです」
テールのこぼれた言葉にマリアが返した。給仕が魔王に当店のおススメ料理の名前を言った。
「こちら、目玉の煮付けになります!」
テールが絶句した料理。それは大小さまざまな大きさの目玉が皿の上に乗っているだけ料理だ。汁から半身をだす目玉の見た目は料理とは言えず、その目玉も汁でてかてかと光っており不気味さを演出している。
「わぁ!とても美味しそうですね!」
「いや!どこが!不気味でしかないだろう!」
魔王のおいしそうと言う言葉にテールのツッコミが入った。別に魔王が気を使ってるとか無理しているとかは魔王の顔を見ればわかることだが、別のテーブルから見ているテールにはその料理は不気味にしか感じない。魔王はフォークで目玉を指すと口に運美、一口で食べる。
「とてもトロトロでおいしいです!」
「えぇ!ありがとうございます!」
魔王の言葉に給仕は嬉しそうにお礼を言った。
「もしよろしければ御代わりの方をご用意できますのでお申し付けください」
そして給仕は魔王の言葉に気をよくしたのか、御代わりの用意も出来るといったのだった。
「うん!その時はよろしくね!」
魔王も笑顔でそう答えると、一個、また一個と目玉を口に運ぶ。手馴れたもので口から見えることも垂れることもない。しかしその光景は人間で目玉の煮付けに馴染みのないテールには目玉を弄ぶ怪物にしか見えない。
「まさに魔王だな……」
「正真正銘の魔王ですから」
意気揚々に目玉を口に放り込む姿を見てテールが呟く。すかさずマリアが補足を入れたが意味はないだろう。テールは異世界の人がこの姿を受け入れるかどうかを考える。出た答えは単純だった。
「……マリア」
「はい」
テールがマリアに声をかける。マリアはサラダを口に運ぶ作業を中断する。
「目玉を食べるのは不気味だ。あのシーン、無かった事にしといて」
「かしこまりました。しかし目玉の煮付け、意外といけるのですよ?」
「いや、いけるとしても見た目が少女な子が嬉しそうに目玉を食べてるのは……」
テールの話の途中でマリアは手を上げ給仕を呼んだ。
「ってマリアさん?何してるの?良いから!余計な気は使わなくて良いから!」
「すいませーん!このテーブルにも目玉の煮つけをお願いします。」
「かしこまりました!ただいまお持ちいたします!」
マリアの言葉に、給仕は嬉しそうに答えた。
テール曰く、目玉の煮付けは見た目はどうにもならないが、味は意外と美味しく、追加で頼んだおコメにとても合う食べ物だったそうだ。




