魔王、煉瓦を作る4
マリアが魔王を咎める。
「魔王様、常日頃言っておりますが警戒を怠ってはいけませんよ?」
「警戒していたつもりなんだけどね。僕自身、まだ慣れていないみたいだよ」
魔王は耳が痛いといった様子で肩を竦めている。しかし気は抜いていない。魔王はテールにも声を掛けた。
テールが駆け出した。
「テールも気をつけたほうがいいよ……っ」
魔王がテールを気にかけテールに視線を向けると、飛び掛ってきた魔物を避けるようにテールが魔王を抱きかかえる。そのまま魔物との距離を離すように飛び跳ねていった。
「っと、テールは大丈夫みたいだね」
「魔王様こそ、その形で真っ当に戦えるのか?」
「こちらも耳が痛いお言葉だね。大丈夫!僕は魔王だよ!自分のことは自分で何とかするよ」
魔王は心配するテールに明るい口調で返すがテールの言うとおり、戦う力がないのも事実だ。テールはそんな態度の魔王に気を悪くしたのか顔を顰める。
「あのな、俺とお前は協力関係だからな?」
「それ以前に、勇者と魔王なんじゃないのかな?」
魔王が首を捻る。テールは溜め息を吐き出した。
「それこそ、それ以前にって話だ。魔王と勇者の前に俺とお前だ」
魔王が意外そうな表情をした。そして納得言ったかのように頷くと魔王の腕から飛び退く。
「しょうがないかな……」
魔王は覚悟をした表情で呟くと、息を吐き出した。そして前に出ようと片足を出したとき、魔王の体をマリアの手が制する。
「いいえ魔王様、魔王様が出る必要はありませんよ?」
「え、でも」
「先ほどの言葉は魔王様に緊張感を持ってもらいたいが為の言葉です。何処の世界に勇者が来ているのに悠長に動画を撮っている魔王が居るのですか。テール様がいいお方だったから問題がなかったものを」
「わかった!わかったから!今そのことはいいから!今魔物が居るんだから」
マリアのお小言が長くなると感じたのだろう。お小言を聞かないために必死の形相でマリアの意識を魔物に向けようとしている。
「わかりました。この話は後に回します」
マリアはジト目で魔王を睨むが、物事には優先順位があることを分かっている為、すぐに魔物に意識を戻した。
「漫才をするのもいいが、そろそろ姿を見えるはずだ」
テールのいう通り魔物が姿を見せた。所謂狼という動物の形をしており、4・5匹の群れのようだ。テールが群れに対処しようと一歩前に出た。
「テール様。テール様も後ろに下がってくださって問題ありませんよ」
そんなテールにマリアが声を掛けた。
「下がってって、お前は大丈夫なのか?」
「えぇ、問題ありません。テール様にもこれぐらい数にならないことをお見せいたしましょう」
「分かった。任せた」
テールはマリアの言葉を信じることにして後ろに下がった。マリアはテールが下がったことを確認すると狼の前に一歩、また一歩と歩いて近寄る。狼の群れがマリアを警戒するように半歩後ろに下がった。マリアは下がったのを目で確認すると立ち止まった。狼の一匹がマリアに飛び掛った。足をばねの様に弾き、凄いスピードで飛び掛ってきたがマリアの目はしっかりと捉えていたのだろう。腕で横に弾き返した。
「きゃいん!」
狼は体の横から地面に叩きつけられた。それを皮切りに3匹の狼が飛び掛る。マリアは焦ることなく1匹目を避け、2匹目を蹴り上げ3匹目に当てる。2匹目が3匹目に当たるタイミングで他の狼を陽動にマリアの背後を取っていた狼がマリアに飛び掛った。マリアは銃身を少しずらすと飛び掛った狼に裏拳を入れた。
「ふふ、まだやりますか?」
マリアは狼に余裕の笑みを浮かべて聞いた。狼は順々に跳ね上がると一時距離を置き、木や岩といった面を蹴り上げスピードを上げていく。
「元気なのはいいことですが、魔王様の作業もあるので眠っていてください」
マリアはそういいながら指を鳴らす。段々と、狼達のスピードが落ちていき、最終的にどさっと音をたてて地面に落ちていった。
「魔王、これは?」
「マリアの特殊能力みたいなもの。眠らせたんだよ」
テールが今目の前で起きた現象を魔王に聞くと魔王が何てこともないように答えた。しかし、テールは魔王の言葉に旋律を覚えた。
「眠らせた?詠唱もなしにか」
「そうだよ?いやぁ、助かったねぇ」
魔王の意識からは既にマリアは外れており、テールの手を引いて釜戸の作業に戻ろうと動く。テールはマリアに視線を向け警戒の色を見せているが、マリアはテールの視線に気がつくと嬉しそうに手を振った。テールは毒が抜かれたような表情を見せると警戒しても仕方ないとため息を吐きだした。マリアは狼に外傷がないかを確認して、一匹ずつ狼を抱きかかえると森の奥に消えたり帰ってきたりを繰り返した。
「あっ!」
魔王が声を上げた。
「どうした?」
テールは引っ張られている方向に振り向きながら魔王に聞いた。テールの視線にも、魔王が声を上げた理由が映った。
「こ、壊れてる……」
中で火を興し乾かしていた釜戸が崩れていたのだった。
「あー……」
テールの頭には多分どの時に壊れたかが予想ついていた。多分狼が面を蹴って跳ねていた時だなと。テールは目に見えて落ち込んでいる魔王に話しかけた。
「手伝うからさ、また一から作ろう?」
魔王は大きく頷いた。
後日談として、煉瓦の動画は作らなかった。映えるような映像が取れなかったからだ。魔王もリベンジをしたいと言っていたのだから、きっとリベンジすることになるだろうとテールは思っている。




