魔王、煉瓦を作る3
「テール、そこの土を使って」
「あいよー」
テールと魔王は現在大きな円柱を形作っている。これが煉瓦を焼く為の釜戸だと、テールは魔王に教わった。
作業は順調であり、形が整えばこの後に、火をつけ乾燥させる作業があり、それだけでも時間が掛かるばかりだ。
「ふぅ……んんっ!」
テールが凝り固まった体を解す為に背伸びをする。
しかしこの煉瓦造り、時間が掛かるだけで二人に飽きは来ていない。魔王はテールに教えて、テールはその教えを自分のものにしようと必死だ。二人は作業を始めてやるのだが、二人の作業に対する姿勢が作業をここまで進めたのだった。
「これ、一日で終わるのか……?」
テールが疑問を口にする。作業の手は止めていない。土に水と乾燥した草を混ぜている。
「わからない。僕も始めての作業だからね」
魔王が言う。魔王も作業の手は止めていない。テールの作った泥を重ね釜の形を整えている。いわば共同作業だ。
「やることは沢山あるからね。火を熾して釜戸を固めなきゃいけないし、煉瓦の形作りもしていかないと」
その言葉にテールは空を仰いだ。そしてテールは軽く返事をした数時間前の自分を恨めしく思った。しかし恨めしく思っているだけでは作業が終わるわけではない為、すぐに作業に戻った。
二人の作業場にマリアが何処からともなくやってきた。
「お二方、そろそろ昼食の時間ですよ」
マリアの腕にはバスケットが掛かっている。きっとバスケットの中身が朝食なのだろう。魔王とテールにアピールするようにマリアはバスケットを掲げた。
マリアの朝食という言葉に反応したのか、魔王の腹が可愛らしくなった。
「えへへ、ちょうどお腹が空いたみたい」
「健康的でいいことです。昼食は簡単に食べられるようサンドイッチを用意いたしました。こちらでお手をお拭きください」
マリアはバスケットを地面に置くと、何処からともなく濡れた布の布巾を取り出し魔王に渡した。
「ありがとう」
魔王は手馴れた様子で布巾を受け取り、手を拭き始める。その様子を確認するとマリアがテールに近づいた。
「テール様もこちらで清潔にしてください」
「あぁ、ありがとう」
マリアはテールにも魔王と同じように布巾を渡した。テールはお礼をいいながら付近を受け取ると、手を布巾で拭いた。
「では敷物を敷きますね」
マリアはそういいながら敷物を広げ敷いていく。敷物の大きさは結構大きくテール達三人が座っても余裕があるくらいの広さだ。
「この敷物、見たことない材質だな」
テールは敷物が目に入った。敷物の色は青く、四方の角に金属の輪がついていて穴が開いている。
「これはビニールシートと呼ばれる物です」
「へぇ、これもホワイトボードと同じ向こうの世界のもの?」
マリアの説明に魔王が聞く。魔王は既にビニールシートの上に座っており、手を動かしビニールシートの手触りを確認している。マリアが魔王の反応に、嬉しそうに答えた。
「えぇ、そうですよ。ピクニックといった、野外での飲食に数多く使われているものだそうで、使い心地を確かめるべく取り寄せてみたのです」
テールがビニールシートに座る。テールは少し驚いた顔を見せると感心した声を上げた。
「へぇ、こいつは凄い。座り心地も悪くないし、布より地面の感覚がないな」
「えぇ、向こうの世界の人は考えを実現する環境に恵まれているようでして、私たちの世界にないものが沢山ありますもの」
マリアはそういいながらビニールシートの上にサンドイッチを広げていく。そして手で持てる位の筒状の物体を取り出した。
「マリア、それは?」
魔王がマリアの取り出した物体に気がつき質問をする。マリアが魔王に見えるように筒状の物体を少し掲げると何に使うものかを説明した。
「これは水筒です。液体などの不定形の物を入れておくことができるのです」
「うん?液体を入れるだけなら瓶でもできるよ?」
魔王が首を傾げる。この世界にも液体を運ぶ用途のある瓶がしっかりと存在する。マリアが水筒を用意したのか魔王には分からなかった。
「ふふ、まぁ飲んでみてください。本日は紅茶になります」
マリアはそういいながらコップに水筒の中身を移すと魔王に渡す。コップの中身は湯気を出しており暖かいことが見て取れる。一口、魔王がコップに口をつける。
「あっつい!」
魔王は驚いた様子で声を上げる。マリアは魔王の反応にこれまた嬉しそうに頷いた。
「熱い?入れたてなのか?」
魔王の反応にテールが疑問を口にした。マリアがテールに顔を向けると首を横に振り否定をしたのだった。
「入れたてではありませんよ。この紅茶を入れた時間はテール様たちの朝食を用意する前です」
「朝食の前?普通に考えれば紅茶は既に冷めているんじゃないのか?」
「でもこの紅茶、熱いよ?」
テールの疑問に魔王が首を捻った。ちびちびとだが紅茶を口に運んでいる。
「熱いならやっぱり直前に入れたんじゃないのか?」
「いいえ、確かにこの紅茶は今朝入れられたものです」
マリアが力強く言う。そしてテールに水筒を渡す。テールは蓋付近をなでてみたりひっくり返してみたりと確認をしていく。魔王はテールの隣でマジマジと水筒の眺めていた。マリアが水筒についての説明をする。
「この水筒は瓶とは違って割れず、また保温をすることができるのです」
マリアの声は嬉しそうに弾んでいる。テール達に実演することが出来たのが楽しいのだろう。
「保温って?」
魔王が首を捻る。マリアがすぐに魔王の質問に答えた。
「保温とは温度を一定に保つことです。そのおかげでこの紅茶は温かいままなのですよ」
「へぇ、こんなに小さいのに凄いんだね!」
魔王がまじまじと水筒を見ている。テールは手に持った水筒を魔王に手渡した。魔王は手に持ったコップをビニールシートの上に置くと、嬉しそうに水筒を受け取った。
「では、水筒も程ほどに、昼食にしましょう」
そういいながらマリアはテールにサンドイッチを手渡す。魔王はテールの手にサンドイッチが行き渡ったのを見ると、水筒を置きサンドイッチを手に取った。
「いただきます」
魔王が言う。それに続くようにマリアとテールも挨拶をした。
「いただきます」
テールがサンドイッチを手に取り口に運ぶ。シャキシャキと音をたてるレタスが口を楽しませ、程よい塩加減のハムがサンドイッチを口に運ぶ速度を高めている。テールはもう一つサンドイッチを口に運んだ。こちらはしっかり利いた塩コショウが下味になっており卵の蕩け具合、また、卵特有の甘さを引き立てている。
「うん!美味しい!俺好みの味だ!」
「それはよかったです。魔王様も気に入ってくださったみたいですし」
テールはサンドイッチの味を素直に褒め、マリアはテールの反応に嬉しそうだ。魔王は口にサンドイッチを頬張るため、喋れないでいる。しかし美味しいということは伝えたいのだろう。親指を立て、マリアにアピールしている。サンドイッチは意外と早くなくなった。
「ご馳走様!マリア、美味しかったよ!」
食事の片付けをするマリアに魔王が話しかけた。マリアは魔王の姿を確認することなく、片づけをしながら答えた。
「えぇ、魔王様のお口に合うように作ったのですから、美味しかったのなら何よりです」
「ふふ、じゃあ午後も頑張ろうかな!」
魔王が両手を合わせ伸びをする。
「えぇ、頑張ってください」
マリアが魔王に言う。既に片付けは終わっており、ビニールシートも綺麗に畳まれている。魔は作業に戻るべく先ほどの釜の様子を眺めに行こうとする。
「しかし魔王様。先に周りの魔物をどうにかする必要があると思います」
「!?」
が、マリアの言葉に引き戻され、辺りを警戒するように飛び跳ねた。




