妖精からの依頼
よろしくお願いします。
ここは娼館の控え室。
客足は落ち着いている時間帯だが、娼婦たちでひしめき合っている。
空き時間を利用してジエラが下着販売を再開したのだ。
娼婦の注文に応じたデザインのセクシー下着を創造・量産しているのだが、その品質の良さと比べて信じられない価格設定(1セットで銅貨5枚)のため、まるでバーゲンセールのような混み具合だ。
「きゃーッ。それは私のよぉッ!」
「姐さんッ! レースの下着10セット! まだできないの!?」(←転売目的)
「すいませーん。お釣りのないよう、小銭をご用意くださーい!」
ベルフィは娼婦たちに混じって「お姉さまぁッ! どうかベルフィのためを想って!」などと叫びながらジエラにセクシー下着(会計前)を着せようと躍起になっている。
セクシー下着は薄緑のレース地のボディスーツであり、色々と見えてはイケナイところが透けて見える仕様だった。
当然、ジエラは「ごめんね。忙しいから遊んであげられないんだ」と相手にしない。
仕方なく、ベルフィは次にスレイのところに遊びに行ってみると、彼女はセクシーダンスのお立ち台にゴロリと横になり、貢がれた砂糖菓子を舐めしゃぶっている。
砂糖菓子が棒状をしているのはナニかの意図があるのかもしれないが、それを抜きにしてもスレイの仕草から表情まで扇情的であり、すっかりセクシーダンサーとしてプロ意識(?)が芽生えたようだ。
「スレイお姉さまぁ。オドリコ服も結構ですが、こちらの下着も良いと思いませんか? ほらほら、刺繍が見事ですよ? 色々と透けてるんですよ?」
「我は忙しい。貢ぎものが増える一方なのだ。また時間があったときな」(じゅぽじゅぽ)
「…ううっ」
ジエラもスレイも相手にしてくれない。
しょんぼりとしたベルフィにサギニが声をかける。
「お嬢さま。もしお暇なら我らの怨敵・ハージェス侯国の位置を確認するためにご協力いただけませんか?」
「…ッ!」
ベルフィははっとする。
今まで娼館生活が楽しくて忘れていたが、ハージェス侯国のナントカという人間が彼女の幸せを害そうとしているのだ。今のところおとなしいが、もし今度不快な事が起こり次第、ハージェス侯国に大規模自然災害を発生させることで、ジエラどころではないようにするつもりだったのだ。
「そうでした! 私はお姉さまの愛妻♡! 私たちに降りかかる災いは、お姉さまが知らないうちに滅ぼすのが妻の勤めです!」
「左様ですお嬢さま。私もジエラさまの愛玩ニンジャ側室♡として、我らの障害を排除する必要があります!」
ベルフィに予約が入っていなかった事もあり、二人は半休を取って外出する事にした。
そしてサギニには別の目的があった。
(…さて、あの者の助言によると…ニンジャとしての任務の協力者が必要ということでしたね。だれか適当な者に出会えるといいのですが…)
◇
ここはナキア伯国・冒険者ギルド。
元来、『ギルド』とは鍛冶屋ギルドや石工ギルドのように組合や互助会を意味する。
『冒険者』はナキア伯国が属するアリアンサ連邦のみならず、大陸諸国に知られた者たちだ。
かつて、まだこの大陸が未開だった頃、人類圏が及ばない辺境の調査を請け負った人々を皆が冒険者と呼称しており、その呼び名が現在も続いている。
そして今では冒険者ギルドに登録して依頼を受ける者を、総称して『冒険者』という。
冒険者はギルドに登録することで、ギルドに依頼された仕事を引き受け可能となる。
そして冒険者は仕事を達成すると、ギルド経由で依頼者から報奨金を得るのだ。
また冒険者は、ギルド内において彼らが得意とする依頼内容によって『討伐者』、『探索者』、『雑役人』などという呼び名が与えられることもある。
無論、討伐者が冒険者の最高ランクというわけではない。
また、ベテランの雑役人の収入が新米討伐者のそれよりも勝るなどよくある話だった。
「…ふむ」
ギルド建物内にある大掲示板に、多種多様な依頼書が掲示されている。
その掲示板を前に腕を組んでいるソロの女冒険者がいた。
女冒険者は全身を衣服で包み、顔と手を除いて一切の肌を露出していない。
防具は硬革の胸当て程度で、金属製の防具を身につけていない。
武器は細剣と細身の投げナイフ。
彼女の名はヴェクストリアス。
彼女はエルフだった。
見た目は人間でいうところの20歳前後で、亜人種ならではの人外の美貌を誇っている。
しかも故郷の集落の長老衆はハイエルフである。それはつまり彼女の出身が悠久の歴史を誇る由緒あるエルフ集落である事を意味する。
しかも彼女は長老の孫娘。
極めてハイエルフに近しいエルフだ。
そんな彼女が故郷の村を飛び出したのはとある理由があるのだが、冒険者業などに従事している理由は単に生活のためだ。
彼女の目的と、長命種向けの職業として冒険者は都合が良かったのである。
「『薬草集め』で良しとするとか。依頼主はリーラ嬢だ。かの娘の手製のアップルパイは絶品だしな」
ちなみにリーラとは人間の老婆である。彼女は報酬とは別にアップルパイとリンゴ茶を振舞ってくれるのだ。
人間のような短命種など、見た目は老婆であろうと小娘に過ぎない。
彼女は掲示板から依頼書を剥がして受付に提出すると、受付カウンターの奥から中年の男性職員が出てきて待ったをかけた。
「『薬草集め』だと? アンタの腕前なら、もっと困難で高額の報酬が見込める依頼でもいいだろうに。エルフの精霊戦士サマよ?」
「ギルド長か。いつも言っているだろう。私はニンゲンのようにカネを稼ぐ事に執着していない。生きるのに必要な糧を最低限得るのみだ」
「ってもよぉ。爺さんから聞いてるぜ。100年前までは大陸諸国でも最強クラスの『討伐者』だったってな。この街に来てからガキでもできる賃仕事ばかりじゃねぇか。腕も鈍るぜ?」
腕が鈍るもなにも、彼女の実戦・鍛錬期間は100年を超える。
おおよそニンゲンに到達できる段階を越えた実力を誇っている。
少しばかり実戦から遠ざかろうが問題ない。
「…あの頃は里から出たばかりで自らの実力を試したかったのだ。それに依頼とは別に鍛錬もしている。問題ない」
「こっちはどうだ? 遠征になるが大鬼退治だぜ。集落ごとオーガを全滅させるって貴族サマからの依頼だ。達成してくれりゃあ、ウチの名も上がるってもんだ」
「くどいな。あまりしつこいと本拠地を移してもいいのだぞ? 私がこの伯国を本拠地としているのは…」
「わかったよ! …すまなかったな。こっちの都合を押し付けちまって」
ギルド長は説得を諦めたようだ。
「ふん。…それで、先日の異変について、何か分かったか? 私からの依頼が受理されたという話は聞かないが」
「異変ねえ。そう言われても俺たち人間は精霊なんて分からねぇし。かといってウチに登録しているエルフの冒険者の実力はアンタに及ばねぇ。アンタに分からねぇなら、誰も分からねぇんじゃねえか?」
「……まぁいい。強力な精霊遣いの情報だけではなく、精霊に関する魔道具の情報があったら頼む」
「へいへい。ま、精霊に関する情報には気をつけておこう。その対価ってワケでもないが、気が向いたらでいいからオーガ退治なり新米冒険者の指導依頼でも受けてくれ」
「…考えておく。では『薬草集め』を受託する」
・
・
ヴェクストリアスが冒険者ギルドを去ってまもなく、入れ違いのように二人のエルフが訪れたのである。
一人は金髪で白い肌のエルフ(?)美少女。
もう一人は銀髪で褐色肌のエルフ(?)美女。
ベルフィとサギニである。
二人とも娼婦服ではなく裾の短い衣服を着ており、脚がむき出しだった。ヴェクストリアスが足首まであるスラックスを履いているのとはまるで雰囲気が異なる。
ベルフィは緑色の肩なしの短衣。スカート丈は股下ゼロセンチの素足。
サギニは黒色のミニスカ甚平を着ているが、甚平の下は素肌ではなく全身網タイツだった。
「…ふうん。ここなら私たちの疑問に答えられる者がいる、と?」
「はいお嬢さま。店に来た客の話を聞いていました。ここは冒険者ギルドといい、報酬次第でどのような仕事も引き受ける者がいるとのこと」
「報酬? それは人間の言う金貨の事ですか? 森乙女の対価である金貨は全て店の娘たちに渡しているから、私は何も持っていないのだけれど」
「お任せください。このサギニ、この人間界の対価はすでに調査済みでございます。つきましてはお嬢さまにご協力を…」
そしてサギニは受付にて依頼内容を言い放つ。
「ハージェス侯国とやらの正確な位置が知りたい。報酬はコレです」
サギニがカウンターに出したのは、彼女が勤務する娼館『ローレライ』の無料券。
それも『娼婦ビィによる森乙女花園大回転・腹上死スペシャル♡』であった。
サギニは忘れていなかった。
かつて初めてこの人間界にやってきた時、ドライアードの性奉仕を対価に弓矢を手に入れた事を。
つまり人間にとって性奉仕は金貨と同等の価値がある。
しかし、『無料券』を渡されたギルド受付嬢は困惑する。
「? ? …これは娼館の無料券でしょうか? これを報酬とする依頼は受理することができません。報酬は現金を提示してください」
「…ナニを言っているのです? お嬢さま直々の報酬にケチをつけるつもりですか? オマエではらちがあきませんね。責任者を出しなさい」
「いえ。これは私であろうと責任者であろうと結果は動きません。ギルドへの依頼の報酬は現金が原則。ご納得ができないようでしたら、どうかお引き取り下さい」
サギニと受付嬢が問答していると、それを聞いていた冒険者が割り込んできた。
「へへッ。良いじゃねえかこの依頼。俺が引き受けたぜ」
彼は高級娼館『ローレライ』を知っていた。
当然ベルフィが金貨30枚の高級娼婦であるということを。
しかも彼は依頼をすぐ達成可能だったのだ。
「コレがアリアンサ連邦の地図だ。…この海沿いの点線で仕切られた部分が俺らのいるナキア伯国、そしてこの内陸の広い点線の部分がおたくらが知りたがってたハージェス侯国だ。この地図をやるから、それで依頼完了って事でいいだろ?」
なんと、彼は地図を持っていたのである。
しかもその地図は城門にて旅人向けに安価で売られている簡易的なシロモノだった。
だがサギニたちはそのような事など知らない。
嬉々として『無料券』と、その簡易地図の交換に応じたのだ。
ギルド受付嬢はため息をつきながら見てみぬふりをしている。
しかし、悲劇は起こる。
その冒険者はベルフィがサギニのそばにいるのに気づき、舌なめずりをしながら彼女に下卑た顔を近づけたのだ。
「ぎひひ。娼婦ビィは大店のお大尽しか買えねぇって事で有名だ。アンタがビィか。どえれぇ可愛い顔してるじゃねぇか。少しくらい味見してやるぜぇ?」
なんと、冒険者はベルフィの顎を摘もうとベルフィに向かって腕を伸ばす。そしてそのまま彼女の頬を舐めようとしたのだ。
「おっひょ〜ッ。スゲェ美形だ! 俺が足腰立たなくなるま…でぇッ!?」
だが、冒険者の背後に突然複数の人影が顕れる!
人影たちは彼を背後から羽交締めにするように抱き抱えた!
「「「をっほっほ。ワタシのお相手は貴方かしらぁ〜〜〜♡♡」」」
「…こ、この俺が背後を取られただと!?」
人影の正体は美老婆だった!
若い頃は傾城傾国の美貌を誇ったであろう老婆たち。
当然、老婆の正体は森乙女であり、彼女たちは依頼品として納品されたであろう希少な花を媒介にして顕現したのである。
森乙女たちが年老いているのは、花の束が乾燥処理されているからに他ならない。
「な、なんだこのババァッ! 離しやがれッ!」
「「「ホホ! アタシらの容姿を貶すなんて失礼ねぇ! アンタをカラッカラにするのに姿なんて関係ないって事を教えて差し上げるわぁぁ〜〜♡ ホホホ〜〜〜ッ♡♡!」」」
「うぎゃあああぁぁッッ!?」
美老婆は件の冒険者の背後にまとわりつくだけではなく、次の瞬間には冒険者は美老婆に埋め尽くされたのだ!
やがて美老婆の肉布団…いや干し肉布団の奥から「このシワと弛み、最高だぜぇ〜〜ッ!」などという歓喜の悲鳴が聞こえる。
ギルドのロビーにいた他の冒険者、そしてギルド職員は唖然として一歩も動けない。公衆の場で美老婆が冒険者を襲う事案にどう対応すべきか思考が停止してしまったのだ。
無論、美老婆の顕現がサギニとベルフィの仕業であると誰も認識できなかった。
いや、美老婆の出現の理由を推測する余裕どころではない。
枯れた花束が相当量あったせいだろうか。顕現する美老婆は止まるところを知らず、まもなく冒険者ギルドは美老婆で埋め尽くされたのだから!
「「「お、と、こぉ〜〜〜ッ♡♡♡」」」
「「「うわあぁぁ〜〜ッ!!??」」」
「「「キャアアァァーーッ!?」」」
美老婆は男日照りであったかのように、依頼とは関係なくその場にいた男性冒険者やギルド職員に襲いかかった!
女性職員は我先へと逃げ出していく。
少数の女冒険者たちはオロオロしている。
それに相手が老婆ということもあり、力ずくで排除するわけにもいかず、被害は拡大する一方だった。
そしてその混乱を無視するかのように、サギニとベルフィは冒険者ギルドを後にする。
床にはもぎりされた無料券が残っているのみだった。




