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ドラゴン討伐宣言

よろしくお願いします。


ギョッとしてエルランドを振り向くスザンナ。



「…如何いかがした。スザンナよ。何やら先程から落ち着かんようだが…?」



スザンナの態度を見とがめたアロルドであったが、彼が声をかけても無言で飾り扇子をカタカタと鳴らしているのみであった。

アロルドは改めてヘルマンに向き直り、先ほどのエルランドの言葉を確認する。



「エルランドはこう言っているのだが、ヘルマン殿はどうなのかな? 貴殿は旅を止め、我が国に腰を落ち着かせてくれるのかな? 無論、私としては貴殿のような戦士殿を配下にもてるのは願ったりなのだが?」


「ヘルマンさん…♡」



父の言葉にエルランドは期待を込めてヘルマンを見つめる。

彼の潤んだ大きな瞳に見つめられ、ヘルマンは…一瞬動揺した。


ヘルマンには多くの国を巡り、不幸に苦しむ少年たちを救うという使命がある。

伯国に仕官してしまっては、まだ見ぬ少年達を救う事など出来ない。


さらに言えば、ヘルマンにとって、エルランドとの関係は一時的なものでなければならない。


ヘルマンは流浪の戦士。

そしてエルランド伯爵公子。

身分が違うのだ。


今でこそエルランドは初めての恋(?)に浮かれてしまっているようだが、それは時間と共に薄らいでいく事だろう。



ヘルマンは決意の宿る瞳で伯爵に向き直った。



「…閣下のご厚意には感謝しますが、その件は俺の所用が済んだ後、改めてお伺いさせていただこうと思います」


「ほう。それは何だね?」


「ヘルマン…さん、まさか…!? ダメですッ! 言っては…!」



エルランドはヘルマンが即決してくれなかった事にガッカリとしたが、それ以上にヘルマンの所用・・について心当たりがあるため目を見開かんばかりに驚いた。

思わず、ついヘルマンの言葉を制してしまったが、想い人の信念を邪魔したくないという気持ちもあり、叫んだあとはそのまま無言で「言ってはならない」と目で訴える。


しかしヘルマンはその視線に気付かないのか、そのまま宣言する。



「閣下、俺はナキア近郊の海に棲むというドラゴンを退治するためにこの伯国に参った次第です。近日中にナキアの海は平和になるでしょう」



「「「ーーーッッ!!?」」」



まるで「小鬼ゴブリン一匹を退治する」と言い間違えたかのような淡々としたヘルマンの宣言には何の気負いもない。

まるでドラゴン討伐は成ったと言わんばかりの断言だった。

予想外の宣言にこの場にいる皆は驚き、何も言い返せない。



「ヘルマン…さん」



エルランドはヘルマンの発言の重大さを理解していたために、くらり・・・と目眩がした。

公式の場ではないかもしれないが、貴族、それも伯爵位を戴く者の前での討伐宣言。

最早「冗談です」では済まされない。



「わあっはっはっは! まさかあの話は本気だったとはな! しかしいくらヘルマン殿が豪傑とはいえ無茶が過ぎるのではないか? 申し訳ないが俺は助太刀できんぞ。俺は国を継がねばならん立場にある故に、ドラゴン退治などで命を落としては元も子もない!」


「ヘルマンさん…、ヘルマンさん…そんな…」



豪快に笑うグスタフとは対照的に、口元に手をあてふるふる・・・・と首を振るエルランド。



「死んじゃいます! いくらヘルマンさんが強くたって、相手はドラゴンですよ! 名だたる戦士・英雄が挑んで、それでも討伐を成し得なかった幻獣なんです!」


「エル…ランド殿下。何をそんなに驚いているのです。人間を寄せ付けないというからには凶暴なのでしょう。ですが、所詮は害獣でしょう」


「田畑を荒らす野生動物とはワケが違います! 太古の昔からナキアの海を支配してきた恐ろしい怪物なんですよ!」


「む…」



実のところヘルマンはドラゴンを知らない。

ある程度は巨大ではあろうが凶暴な動物と同程度に考えていた。


そして息子たちの爆笑と不安の叫びで我に返ったナキア伯爵アロルドも話の内容を確認せざるを得ない。



「ヘルマン殿、もう一度確認させて欲しい。貴殿はドラゴンを退治すると言ったのか? 我が領近郊の海に生息するあの忌まわしきドラゴンを?」



ヘルマンはコクリと頷く。



「…グスタフも申したであろうが、ドラゴンは災害そのもの。むざむざと我が兵士を犠牲にする訳にはいかない。無謀な戦いを命じるワケにはいかんのだ。ヘルマン殿、貴殿は単騎・・でドラゴンに挑むつもりなのかね?」


「父上様ッ!?」



エルランドはもしかしたら父が援軍を出してくれるのではと期待したが、それは夢想だったようだ。

いや、冷静に考えるまでもなく子供でも理解できる。

領土や賠償を得られるわけでもないのに、全滅必至の大損害を前提に軍を出すなど狂気の沙汰だ。



さしものヘルマンもドラゴンがかなりの難敵だと理解したようだ。

それでも怯えや後悔など微塵も感じさせない。



「俺は独りでドラゴンとやらに挑むわけではありません。ジエラ様を始め頼もしい仲間が…」


「まさかヘルマンさん、ジエラさんに唆されてしまったのではないですかっ?」




⬜︎ エルの妄想 ⬜︎



ベッドの中で男と女が睦言を交わしている。


男はヘルマン。

名だたる戦士。


女はジエラ。

騎士爵家の令嬢であったが、既に実家は没落してしまっており、今はヘルマンと共に旅をしている。

実は彼女はかつて山賊に囚われていた事があり、その際に散々弄ばれてしまった過去を持つ。その為かつての令嬢は売春婦さながらの淫らな女性となってしまっていた。



「ヘルマン、ボクの為にドラゴンを斃してきてほしいなぁ♡」


「ど、ドラゴンですか?」


「あれ? ボクを散々弄んでおいて、今更ボクのお願いを聞いてくれないの?」


「ぐ…、それは貴女が俺のもとに忍んできて無理やりコトに及んだのではないですか」



事実、ヘルマンに夜這いを仕掛け、有無を言わさず行為に及んだのはジエラであった。



「ヒドイなぁ。ボクのカラダを堪能しておいて…♡」


「ぐむむ」



ヘルマンは苦悶する。

無理やりだったとはいえ、ジエラを抱いてしまったことは事実。

そんなヘルマンの心情を余所に、彼の逞しい胸板に頬を寄せ、脚を搦めるようにして、全身でヘルマンに絡みつくジエラ。



「…ボクは弱い。剣技だけはヘルマンに教える事ができたけど、非力なボクはもうヘルマンには敵わない。それにヘルマンは『竜殺し』に相応しい戦士だって信じているんだ。そしてボクは…フォールクヴァング騎士爵家再興のために英雄(ヘルマン)の妻となって、英雄の赤ちゃんを産みたいんだ…♡」



「…ジエラ様」



ヘルマンは思う。

あてのない武者修行の旅。

この騎士爵令嬢の夢に協力するのも男の務めなのではないか…と。



「分かりました。ジエラ様。俺も男です。貴女の為にドラゴンを斃してご覧にいれます…!」



「嬉しい♡ ヘルマン、ボクの戦士様♡」




ジエラとしては戦士として強力ならばヘルマンに拘る必要はない。

ヘルマンが志半ばで倒れたなら次の戦士を籠絡し、騎士爵家再興の為に働いてもらえば良いと考えていた。

それに騎士爵家再興に燃える彼女にとって、男と、そして彼女自身の全てはその為の道具(・・)に過ぎない。使えるモノが己のカラダのみならば、それすらも徹底的に利用する覚悟だった。



しかし、この時のジエラは知る由もなかった。

その後、ヘルマンはエルランドとの身分や同性の垣根を超えた真の愛に目覚めつつある事を…。




そしてヘルマンを無謀な戦いから救うのは、真なる恋人・エルランドなのだ。




⬜︎ ⬜︎ ⬜︎




「父上様、むざむざヘルマンさんを死なせないで下さい! どうか先程の宣言を無効と…」


「ジエラ? ヘルマン殿と…その…ジエラ殿の二人でドラゴンに挑むのか? その御仁とはどういう…」


「わあっはっはっは! 屈強な戦士でも決死だというのに、か弱い女人の身では無謀が過ぎるというもの。ヘルマン殿ほどの戦士が決意の末に斃れるのは本望だろうが、ジエラ殿が戦うとあらば、俺が身を挺してお止めせねばなるまい!」


「兄上様ッ! ヘルマンさんの事も止めて下さい!」


「あらあら。エルはヘルマン殿が心配なのね。それほど他の者を気にかけるなんて初めてじゃないかしら?」


「…なんだと。ジエラというのは旅の女人か。女の身でドラゴンに挑もうとは…。よほどの勝算があるのか…? ふむ。その者とも会ってみたいものだ」



ナキア伯をはじめ皆が騒がしいなか、伯爵夫人スザンナだけは一人黙っている。

扇子で顔の大部分を隠しているため彼女の表情を窺い知ることはできないが、その貌は貴婦人のそれではない。


スザンナはヘルマンを…いや正確にはヘルマンと、明らかに彼を慕っているであろうエルランドを見て…いや睨みつけるようにして思う。



(ヘルマン…。この者はエルランドに取り入っている。我が子(グスタフ)を追いやり、ナキア伯国に災いをもたらそうとしているに違いない…!)

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