仕事先に到着
よろしくお願いします。
「おおおおッ!」
ドガッ、ドガッ、ドガァッ!
服屋さんから出ると、ヘルマンが一心不乱に街路樹を切り付けていた。
自前の長い大剣で街路樹を叩き切ろうと頑張っている。
街路樹にはガラの悪い男性が取り込まれている。
その街路樹は森乙女が憑いて(?)巨大化(?)していて、さながら木の魔物みたい。
街路樹は男性を枝が変化した触手っぽいので捕まえて、精気を吸収するようにがんじがらめにしている。
さながらズキュンズキュンって感じだ。
なぜ男性がこんな目に遭っているのかというと、彼がボクのお尻を触ろうとしたんでサギニによって処理されたみたいなんだ。
男性…痴漢未遂さんは栄養失調みたいにゲッソリしちゃってるけど、精気を抜かれるのが気持ちいいのか恍惚な表情をしている。
そんな事情を知らない街の皆さんは突如現れた木の魔物(?)から距離をとりつつ、それに対して勇敢に挑むヘルマンに悲鳴と声援を送っている。
「おお! 一撃ごとにあんなに抉れている! もうすぐ退治できそうだ!」
「し、しかし、幹が抉れても、すぐに木肌が盛り上がって再生しているぞ! これでは戦士さまの体力がもたないッ!?」
「キャーッ、戦士さまーーッ♡ 頑張ってくださーーい!」
………。
応援も何も、街路樹はただ突っ立って痴漢未遂さんを取り込んでるだけだからヘルマンに危険はない。
だけど、斬っても斬っても蠢きながら再生する様子は不気味そのもの。ヘルマンが危険に見えなくもない。
だからヘルマンのやっていることは示現流の立木打ち稽古だ。
しばらく放っておいても良いんだけど、それだと痴漢未遂さんが手遅れになっちゃう。
ヒソヒソ
「…サギニ。そろそろあの痴漢未遂さんを解放してあげてよ。死んじゃいそうだし」
「はいジエラさま」
サギニに痴漢さんの解放をお願いするのと同時に、ヘルマンが街路樹に斬りつける!
「つああーーッッ!!」
ドガァァッッ!
袈裟斬りにされる巨木と化した街路樹。
それと同時に森乙女によって強化されていたのが解けて、元の細い街路樹に戻ったんだ。
だからそのままヘルマンの斬りつけによって真っ二つに両断される。
後に残ったのは……傷だらけになって横倒しになった街路樹と、ガリガリに痩せた痴漢未遂さんだ。
「………ふうぅぅぅう。意外に時間がかかってしまった。まだまだ鍛錬が足りないようだ」
「「「………」」」
残心をキメるヘルマン。
まるで魔物と化した街路樹をヘルマンが退治したみたい。
その光景を街の皆さんは呆然と見つめている。
でもそれは…数瞬の間。
「「「うおおぉぉーーーーッッ!!? やったぁぁーーーッッ!!!」」」
街の皆さんはヘルマンを取り囲んで大喝采だ!
「スゲエなアンタ!」
「戦士さま! ぜひ食堂で飯を! 奢らせてくださいや!」
「俺たちとパーティーを組まないか!?」
「なんて凛々しい殿方なの!? 独り身なのかしらッ!?」
「キャーーーッ♡♡ 戦士さま、抱いてェッ♡♡!」
「う、うぉ?」
街の皆さんにもみくちゃにされてヘルマンは慌てている。
………。
べ、別にヘルマンが退治したワケじゃないし。
ドライアードによる魔物化(?)が解けただけだし。
でもヘルマンが賞賛されるのは…見ていて嫌な気持ちはしない。
実情はどうあれ、襲われた男性を救おうと剣を振るった事実は変わらないんだし。
でも女性陣から黄色い歓声があがるのはイラッとする。
連中はヘルマンを異性として狙っているに違いない。
ボクの戦士が、浮ついた女に惑わされて…、
結果、剣先が鈍りでもしたら……。
そうだ!
高潔な戦士が女に穢されるなんてトンデモナイ話しだ!
ヘルマンに相応しいのは、気高い志を持つ…ボクなんだ!
だから事情を知らない連中に、ヘルマンが誰の男なのか分からせる必要があるよね!
「…ヘルマン。浮かれるのはそれくらいにして?」
腕を組んで、ちょっと顎をそらし気味にして、いかにも女主人ですっていう感じに声をかけてみる。
でも「キャーーーッ♡♡!!」とかいう黄色い嬌声にかき消されてヘルマンに聞こえないみたい。
もう一度、今度は大声で声をかけようとしたら、門衛さんに声をかけられた。
「ジエラ殿、先程までどちらにいらしたのか?」
「え? ちょっと着替えに…」
門衛さんはボクたち女性陣の格好を眺める。
「…そのような仕事着も持っていたのか。しかし、あまり勝手に出歩かないでいただきたい。グスタフさまが同行してらっしゃったとはいえ、貴女の出自には疑問が多い。そして今の貴女はナキアの滞在証がない状態。…言っている意味がお分かりか?」
「は、はぁ」
つまり不法滞在者ってこと?
「では急ぐとするか」
「え? ヘルマン…は?」
「ああ、かの者は魔物退治の調書を作るのに協力してもたうために別の者が詰所まで案内する。まったく、ナキアの都市内まで魔物が這入りこむなんてどうなっているのか…」
ちょ、ちょっと待ってよ!
魔物って、それはサギニが創った(?)痴漢撃退の…、
って、こんな本当のことを言ったら逮捕されちゃうかも!?
そしたら罪人間違いなし…そんでもって死んだら死国逝き!?
フレイヤに会えなくなっちゃう!
そしてボクたち女性陣はお役人に事情を聞かれているヘルマンといったん別れて、身元を保証してくれる人のところに向かうことになった。
ヘルマンとは後で合流できるっぽいけど、ボクの目の届かない隙に、不埒な女性の毒牙が迫ったりして…。
そんでもって清廉で高潔な戦士であるヘルマンが穢されちゃったりしないかな?
………。
ううん!
ナニ弱気になってるんだ!
ヘルマンを信じるんだ!
ヘルマンはボクに剣と魂を捧げてくれたじゃないか!
ヘルマンが立派な戦士であるように、ボクもまた気高い騎士であればいいんだ!
ヘルマンに「ちょっと別行動になるけど、後で落ち合うからね!」と声をかける。
でもヘルマンに聞こえたかどうか分からない。
それほどまでに、ヘルマンの勇姿に街の皆さんが喝采を挙げているんだ。
・
・
・
相変わらず街ゆく人はボクたちを見て驚いている。
口をポカンと開けている人。
信じられないモノを見たのか、動きを止めちゃってる人。
ボク達に声を掛けようとして「止めとけ!」「兵士連れじゃないか! きっと訳アリだぜ」と仲間に止められる人。
やがて…人通りがちょっと少ない…。
路地裏っぽいってほどじゃないけれど、本通りじゃないところを歩いているのに気づいた。
そして目的地に到着する。
「…ジエラ殿、ここにジエラ殿の身元を確認できる者がいる」
「やっと着いたんですね! ボク、頑張ります!」
勢いよく、建物の中に入ると……。
出迎えてくれたのは……かなりの高齢のお婆ちゃんだった。
彼女は何歳なんだろう。
しわくちゃな顔。
小柄で曲がった腰。
長い白髪を後ろで束ねている。
真っ黒な長衣を纏っている。
節くれだった杖を持った手にはゴテゴテとした指輪が嵌めてあるけど、指輪は…オシャレというよりは…不気味な造形だ。
だから。
第一印象は…魔女さん。
もしかすると、軍所属の魔術師さんかな?
異世界っぽいよね!
だけど、お婆ちゃんはボクたちを見るや否や、緊張に顔をこわばらせた気がする。
「ひ、ヒィッヒッヒッヒ。…おや、こりゃまた別嬪だねぇ。それも四人ときたもんだ」
え?
なんか、無理して平静を保ってる気がする…?
あ。
わかった。
ボクの実力を察して、緊張しているんだね。
やっぱり年の功ってやつだね。
きっと長年の間、強者を見ているから、ボクが武術の達人だって気付いたに違いない♡
でもお婆ちゃんの話の内容は、想像していたのとはまるで違っていた。
「アンタたち、そんな綺麗なナリをして、よくもまぁこんなトコロにまで堕ちてきたもんだね。ああ、理由なんて話さなくていいよ。そんな身体を見せつけるような格好をして街を練り歩いて来たんだろ? ヤル気のある娘は大歓迎さ!」
「……え?」
なに言ってるの?
ちょっと想像していたのとは…違う?
ここ、軍のお偉いさんの所有する施設とか、兵舎とかじゃないの?
お婆ちゃんは魔術師さん…あるいは兵舎の管理人さんかなんかなんじゃ?
すると門衛さんが説明を始める。
「ナキア…つまり連邦の法では、出自が定まらぬ身元の疑わしい者でも一か月真面目に働けば在留を認められる」
「………」
「そればかりか希望すればナキア伯国の住民として記録が許される。つまり他国を訪れる際にも堂々とナキア伯国出身と名乗る事ができる」
「………」
「くどいようだが、真面目に働けば一か月後には貴女は晴れてナキアの住民となる権利を有する。しかしこの地に縁者がいない以上、再び旅立つこともあるだろう。よってこの都市にいる間は滞在証が必要になる。滞在証はここの老婆に渡しておくから一か月後に受け取るがいい。その後、ナキア伯都から旅立つ時は門の詰所まで返却すること」
………。
ちょ、ちょっと待ってよ!
「あ、あのっ。ここって、軍の施設かなんかじゃ…?」
すると門衛さんは「何を言っている」と言いたげに答える。
「身元不明者が軍で働けるはずないだろう。その者が連邦の敵対国からのスパイである可能性もあるんだ」
「そ、それはそうかも知れませんけど…。その理屈ならどこでも同じじゃあ…」
「そうかもな。だが、ここは貧しくて故郷を追放された…つまり身元不明の若い女の行き着く定番でもある。ナキアの住民として堂々としたいならば、他国からのスパイと疑われることのないように、一切反抗する事なく、さながら奴隷のように主人に忠実に働くことだ」
「ッッ!?」
イヤな予感がして外に出る。
そしたら…、
ボクの目に飛び込んできた…その看板には…
「………うそ」
なんとその建物には『娼館』の看板が…!
ま、まさか、ボク、このまま、娼婦…奴隷みたいな娼婦として…。
英雄どころか、男共の性欲の……。
い、ぃやッ。
そんなコトをするためにこの人間界にきたワケじゃないよ!
でも、今のボクは不法滞在者らしい。
説明によると不法滞在者から合法的な滞在者になるには、身元保証人さんのもとで一か月間真面目に働かなきゃならないみたい。
ふと見ると、お婆ちゃんが門衛さんからボクたちのものであろう『滞在証』を受け取っている。
門衛さんたちはニヤニヤしながら「この者たちが失踪したらすぐに連絡をするように」「まぁ、滞在証の返却ができなければ都市から出られんがな」「俺も彼女たちの客になって売上に貢献してやる」とか言っている。
つ、つまり、娼婦として…。
それも不法滞在者だから、一か月…真面目に…奴隷みたいに…。
な、な、なんとかしなきゃ。
ボクは騎士として英雄になるんだ。
娼婦として英雄になるわけにはいかないんだ。
………。
あ、そうだっ!
こんな時のためのヘルマンだ!
ヘルマンはボクの弟子という立場だけじゃなくて、男避けの意味もあるんだ!
それに『黄金のチョーカー』には髪や肌とか瞳の色を変える能力があるんだ!
つまりジエラじゃなくて変装…別人として活動するなら、ジエラとしての名声に傷がつかないよね!
⬜︎ 妄想 ⬜︎
「クッコロちゃ~~ん、ご指名だよ~~っ」
「は~~い。いまご用意しますね♡」
ボクはこの娼館の娼婦・クッコロ♡
クッコロは源氏名っていうか、本名っていうか…。
ホントの本名はナイショっ♡
もちろん逃げようとしたけれど、不法滞在者で逃亡は重罪だって聞いて…。
重罪人として指名手配されちゃったら、死んでもフレイヤに二度と逢えなくなっちゃう…。
最初は自分の運命を呪ったものだけど、こうなちゃったものは仕方ない。
不幸中の幸いで今のボクは『黄金のチョーカー』で変身中。
だから“クッコロ”ではあっても“ジエラ”じゃない。
だからこの境遇から抜け出せさえすれば、あとは“ジエラ”として戦えるんだ。
ボクは英雄になる。
英雄には困難苦難がつきものだ。
つまり奴隷娼婦の身分を乗り越えるんだ!
だけどボクは今の苦難を乗り越えるだけじゃない。
苦難をチャンスに変えてこそ英雄なんだ。
「いらっしゃいませ。ご指名ありがとうございます♡」
「あ、ああ」
ヘルマンの腕に抱きつきながら、こっそりと『黄金の指輪』で創造した砂金を渡す。
そのお金でボクを買ってもらうんだ。
・
・
そしてヘルマンと共に部屋へ。
もちろん、娼婦として仕事をするワケじゃない。
適当にお話ししたり、あるいはジゲン流の稽古について指導とかする事で時間を潰すんだ。
これを一か月繰り返せばいい。
そうすれば、お店的には一か月間真面目に稼いだって事になる。
ボクって頭良いな!
…そう思っていたら。
「じ、ジエラさま!」
「きゃあッ!? へ、ヘルマン、ナニをッ!?」
突然ヘルマンが抱きついてきた!
「ジエラさまが悪いのです! このような密室で、そのような淫らな格好を!」
「み、淫らじゃないよ! 真面目に働けって言われているから、スケスケで布面積があってないみたいな丸見えな下着を我慢して着ているだけだもん!」
「ジエラさま、俺は、俺は…!」
「だ、ダメぇぇーーッ!!?」
・
・
チュンチュン
夜明け。
「…うう。こ、こんなコトになるなんて…」
結局、ボクは一晩中真面目に娼婦してしまった。
ヘルマンはというと、ボクに対して申し訳なく思っている反面、…どことなくボクと本懐(?)を遂げられたことに満足しているっぽい。
「ジエラさま…。こうなってしまっては…男として責任を取らせて欲しいのです!」
うう。
責任もナニも、ボクは妻子ある身なんだ。
責任なんかとってもらったら、重婚…フレイヤを裏切ることになっちゃう。
だ、だから、これは一時の過ちなんだ。
「い、いいよ。き、き、気にしてないから。あと、これは今夜の分。帰り際にボクを予約して欲しいんだ。でも、今度は…節度ある態度っていうか、自重してね」
そう言って、再び砂金袋を手渡したんだ。
でも。
今夜も。
「ジエラさま! そのような服で…俺を誘って!」
「ち、違ッ。こ、このエッチ過ぎる下着は仕事着なんだ! 真面目に娼婦するフリをする都合上、仕方なく着ているだけなんだ! ヘルマンを誘惑しているワケじゃあぁぁ……」(弱気)
「ジエラさま! 俺が貴女をどれほど慕っているか、今日こそ…!」
「ダメェッ!?」
・
・
ボクは奴隷娼婦として籠の鳥。
毎日来てくれるヘルマンの話で外の様子を知れる。
そしてヘルマンの稽古のアドバイスをして、
その後は朝まで爛れきった娼婦の時間。
・
・
ああ。
この仕事を始めて…どれくらいたったっけ。
カレンダーがないからよく分かんなくなっちゃった。
毎日ヘルマンに抱かれて…。
その都度口説かれて…。
でもボクにはお嫁さんと子供がいるから、ヘルマンの想いに応えることができない。
そんなある日。
いつものように、情熱的な行為の後。
ベッドの中で横たわるボクに背を向ける形で、ヘルマンは身支度をしている。
彼は後ろ向きのままに聞いてくる。
「…ジエラさま。どうあっても俺の妻になっていただけないのですか」
「………う、うん。ゴメンね。ヘルマンとは…こうして…身体だけのカンケイっていうか…」
「………」
「………」
重苦しい沈黙。
「…あ、あのね。ヘルマン。砂金。次の予約の分…」
ヘルマンに申し訳なく思うけど、火照った余韻が冷めやらぬなか、いつものように砂金袋を手渡そうとした。
でも、彼は受け取ってくれなかった。
「……ヘルマン?」
すると彼はゆっくりと一礼した。
「…ジエラさま。俺はもうジエラさまと共にいることはできません」
「…え?」
ヘルマンは言う。
師匠の指導のお陰で強くなったこと。
ドラゴンを退治したこと。
そして得られた莫大な恩賞、そして…大貴族の美姫から婚姻の申し出を受けているということ。
「ヘルマンッ!? ボクに剣を捧げてくれたじゃないかっ! アレは嘘だったの!?」
「…ジエラさま。未熟な俺をここまで導いてくれた恩。生涯忘れません。頂いた剣はお返しいたします」
そう言うとヘルマンは、ボクがプレゼントした長大剣を恭しく手渡してきた。
ヘルマンの想いに応えられなかったから…その結果…。
つまり…そう言うこと…なの?
ボクは裸のまま彼の腰にまとわりつこうとして…彼に手で制された。
「やだぁッ! ヘルマン! 棄てないでヘルマンッッ!」
「…お世話になりました」
⬜︎ ⬜︎ ⬜︎
「あわわわわ…!」
「…さま、お姉さま、どうなさったのですか? しっかりしてください!」
ガクガクと肩を揺すられる。
「ああっ。かくなる上は人工呼吸を…んーーっ♡ んンっ!?」
…はっ!?
危なく妄想の世界に絶望するところだった。
で、でもどうする!?
娼婦のフリして誤魔化そうとしたら、妄想と同じ末路を辿る可能性は、ゼロじゃない…と思う。
真面目に働くんだ。
娼婦じゃない方法で…なんとか!




