英雄への道程
よろしくお願いします。
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夜も白み始めたころ。
兵士たちが目にした光景。
それは見渡す限りの魔物の死骸。
そして朝陽に照らされながら、大剣を杖のようにしてもたれかかり、荒い息を吐いている戦士の姿だった。
彼の鎧は魔物の返り血で染まっている。
彼の足元にも魔物の死骸や臓物で埋め尽くされている。
しかしそのような地獄絵図にあっても黒い鎧姿は禍々しいとは無縁であるようだ。
そして彼の凛々しい男振りは微塵も揺るがない。
彼の貌は…力の限り戦った戦士の貌であった。
いつしかヘルマンの戦いを呆然と眺めるだけの兵士たちだったが、誰かがポツリと呟いた。
「…黒衣の戦士…。英雄。まさに彼こそ英雄だ…!」
夜の間、死を覚悟していた彼らであった。しかし今、朝陽と共に兵士たちの心に沸き上がった衝動はヘルマンへの畏敬の念のみであった。
「わあっはっはっは! いやいや、ようやく終わったか! もう一生分のオークを斃した気分であるな!」
「ま、まこと…ゼヒィ…。ゼハァァ…」
「さ、さよう…。でぇ、ござい…」
無尽蔵の体力を誇るグスタフと彼の取り巻きも獅子奮迅の活躍を見せたが、ヘルマンの美丈夫ぶり、そして戦果とくらべるとイマイチであったかもしれない。
だが夜通しメイスを振るい続けた彼にも兵士たちは尊敬の念を新たにした。
「「「グスタフさま、ばんざーい!」」」
「「「えい、えい、おおぉぉーーッ!!!」」」
そして「おお、ヘルマン殿! お見事であった!」とまるで十年来の知己のように彼の肩をバンバンと叩くグスタフを見て、兵士たちは皆改めて「終わったのだ」「生き残った」と安堵したのであった。
しかし早々に腰を抜かして戦前離脱したジェロームには誰も注意を払っていなかった。
彼は歓ぶ兵士たちを異質な者を見るかのように、彼らの輪から離れたところに蹲っていた。
誰もが生還と魔物殲滅に沸き返るなか、ジェロームの心には後悔しかなかった。
「…もう嫌だ。こんな恐ろしい伯国など居たくない。ジエラ殿を連れて侯国に帰還するのだ…」
そして炎の魔術で奮戦したはず(?)のテオドールの存在など誰も覚えていなかった。
◇◇◇◇◇
チュンチュン。
「う……うう……。胸が…重…息苦しい…。…はっ!?」
朝。
胸に重いものが乗っかってる気がして目を覚ますと、案の定っていうかベルフィが「はぁはぁ♡」と呼吸を荒くしてのしかかっていた。
なのでベルフィを胸の上から下ろすと、寝ている彼女は「ふわぁぁ。お姉さまに抱かれて…ふわふわで…ベルフィわ、ベルフィわぁぁ♡♡」と身悶えしている。
どうやら彼女は夢の中でボクとイチャコラしているらしい。
鼻血が混じった鼻ちょうちんをぷくぷくさせている。
ベルフィは気楽で良いよね。
ボクときたら…これからナキアの街に到着したら、エル君襲撃の容疑者として…。
「ジエラとやらに幽閉申し渡すっ。臭いメシでも喰らって反省するといい!」
とか…。
「ひえっへっへっへ。オラオラ、牢名主様のご寵愛を受けやがれ!」
とか言われて罪人の人たちに襲われちゃうかも…。
ううう。
いっその事…逃げちゃう?
で、でも自らの潔白を証明せずにそんなことしたら悪人として地獄逝きかもしれない。
そうしたら間違いなくフレイヤに逢えなくなっちゃう。
どうしよう…。
毛布を被ったまま悶々とモゾモゾしていると、毛布越しに声が聞こえてきた。
「ジエラさま? お目覚めですか?」
毛布の隙間から外を覗くと、サギニがすごく良い笑顔してる。
相変わらず顔は覆面で覆われているけど、小さすぎるマイクロビキニに全身編みタイツな色物ニンジャスタイルだ。
「…どうしたのサギニ。…あ! そ、そんな格好でうろついちゃダメッ。この天幕の前には兵士さんたちが見張っているのに!」
「兵士? ああ、人間たちなら夜間に魔物の集団と戦うために向かいました。ですからこの天幕にな誰も見張りなんておりません」
「え?」
サギニの説明によると、昨晩、魔物の大群が襲いかかって来たらしい。
でも兵士の皆さんとヘルマン、そしてサギニが戦った。
魔物は相当な数がいたらしいけど、八割以上は彼女の精霊魔術でやっつけたみたいだ。「ヘルマンも頑張っていましたが、まだまだですね」とか言っている。
「じゃあ、キミは皆んなと一緒に戦ったの? そ、その格好で?」
「いえ。私はこの天幕を守っていただけです。誰も私に気付かないようでした。ふふ」
サギニは「私はニンジャですから、闇夜に紛れてしまうのです」とか言っている。
ああ良かった。
サギニは人間たちに好色な態度を向けられると機嫌が悪くなるんだ。
でも褐色の肌に全身黒の編みタイツ衣装だから気付かれなかったみたい。
すると外から歓声が聞こえてきた。
魔物たちを全滅させたとか、勝利の喝采が響いている。
「おや。ようやく終わったようですね」
「…うう。終わっちゃったのか…。戦いなんて全然気が付かなかった。物音なんてしなかったし…」
昨夜は魔物が襲って来てたのか…。
ボクも彼らと一緒になって戦えば良かった。
そしたら冤罪は晴れて、更に武芸の達人だってことで一石二鳥だったのに…。
「それは私が雑音を消し去るよう精霊に働きかけていたからです。ジエラさまの安眠を損ってはいけないと思いまして」
「………」
よ、余計なコトを…。
で、でもこれは彼女が良かれと思ってやってくれたことだ。
機会があれば次に頑張ろう。
それはそうと、サギニの説明だとボクが寝ている間もヘルマンが戦ったっていうからね。
主人としてヘルマンを労ってあげなくちゃ。
「いつまでも毛布被ってゴロゴロなんかしてられないや」
引き続き隠密するようサギニに指示してからベルフィを起こす。
「むにゃむにゃ…。お姉さまぁ。昨夜も激しかったですね♡ ベルフィ、すっごく気持ちよくて…」
「もうっ。何時まで寝ぼけてるの! ほらほら、鼻血を拭いてっ」
ベルフィの鼻血まみれの鼻をこしこしこすると、彼女は「へくちっ」と、くしゃみする。
その弾みで血が混じった鼻水が彼女の太腿を汚してしまった。
さすがにベルフィの太ももをまさぐるわけにはいかない。
「ああもう…。もう自分で拭いてね。さ、朝だから起きるからねっ」
そして天幕を出る前に『黄金の腕輪』で鎧姿になる。
相変わらずの『死にやすい鎧姿』。
具体的には食い込みが激しいハイレグな競泳水着型鎧で、胸の中央に大穴が空いている。
競泳水着鎧には腰回りを中心に薄い金属片が貼り付けてあるけど、胸の中央は素肌なんで、流れ矢が当たっても即死待ったなし。
だけどエルくんには不評なんで、鷲の羽衣を羽織る。
これでボクは頭だけ出してることになるんで競泳水着鎧姿は外から見えない。
(…ボクはヘルマンの師匠なんだ。ヘルマンの戦果は当然って態度をとれば、皆んなボクがすごい武人だってわかってくれるよね…)
そんな事を考えながら天幕を出る。
すると。
ボクの目に飛び込んできたのは、
兵士さんたちに囲まれて、もみくちゃに喝采を受けているヘルマンの姿だった。




