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困った隣国



コーリエ伯国。

ナキア伯国と同じアリアンサ連邦に属したナキア伯国の隣国である。


隣り合った国同士は不仲である場合が多いが、他分に漏れずナキア伯国とコーリエ伯国も決して友好的関係とは言い難い。


アリアンサ連邦創設期において隣国ナキアがドラゴン討伐に四苦八苦しているさなか、他の国々が資金や物資を協力してくれるなかで、コーリエ伯国のみ「いやいや、お気の毒ですな。しかし我が国も余裕がないものでして、応援してるべきである」と援助を拒絶した経緯がある。

またアリアンサ連邦全土が凶作に見舞われた年などは、ナキアに対し「隣国が困っていれば援助するべきである。ナキアは己が領民可愛さに友邦を見捨てるべきでないべき!」などと要求をしたり、ナキア伯国の塩産業が軌道に乗れば「隣国のよしみで塩価格を原価以下で提供するべきである。ナキア伯爵は強欲で名を馳せないべきである」と一方的で不当な要求を行ってきた。

そんな間柄だ。




コーリエ伯都。

コーリエ伯爵のお膝元であり、同時にコーリエ伯国の首都である。


コーリエ伯爵の居城は伯爵に相応しい…と到底言えない宮殿。

それはゴテゴテとした、虚飾まみれの宮殿であった。


今代のコーリエ伯爵は歴代の伯爵と同様に『強きを助け、弱きを挫く』と評された鼻つまみものであったが、奇妙に風評操作に秀でているので、失脚もせず、社交のごく一部で増長していた。

そんな伯爵の性格が宮殿にも表れているかのようだ。


ちなみに、コーリエ伯爵ショヴァンとナキア伯爵アロルドは幼馴染でありライバル同士であった。

そのため(一方的なものではあるが)対抗心が並外れて高いため、ショヴァンは何かとアロルドに突っかかっていく性格であった。


そんなコーリエ伯爵・ショヴァン・コーリエ・アブリストスはナキア伯爵への親書をしたためていた。



「…今年も天候が良い日々が続いた。ナキアでも出来の良い塩が採れたであろう。そろそろ我が国の役人を塩製造に関わらせていただこうか。両国の友情の為に利益はコーリエが7、ナキアが3が妥当であるべきであるべき、と。これでよし」


「閣下! い、一大事でございます!」



近習が勢いよく執務室に飛び込んでくる。



「何事だ、騒々しい。静謐こそが尊ぶべきであるぞ」



伯爵に窘められた近習であったが、謝罪の言葉もそこそこに咳き込むように報告する。



「ナキア伯国と我がコーリエ伯国の国境付近に、突如として湖が出現したとの報告が…!」


「な、な! なんとした!!??」



コーリエ伯爵ショヴァンは親書の下書きを放り出す。



「すぐに案内するべきである!」





己の利益に異常に目ざといからに他ならないショヴァンは、伯爵という地位にありながら、軽すぎるフットワークで自ら現地に急行する。



近衛の騎士や測量役人達を引き連れて現場に到着した伯爵は、装飾過剰な馬車から降り立った。



「なんと…もはや。ここは別世界であるな」



それは異常ともいえる光景だった。

単なる水が湧き出たどころの話ではない。

豊かな水源を中心として、辺り一面の土壌の質そのものが劇的に改善している。

それはここに居る誰も知らないことではあるが、豊穣神ベルフィがこのオアシスに大量の(鼻)血を滴らせたために大地が祝福されてしまったことに起因する。



「…この地は古くから農作物が育たぬ空白地帯であったはず。何故この変化に気付いたか?」


「は。「荒野で夜な夜な馬蹄の響きが聞こえる。魔物が騒いでいるのではないか」との領民たちの訴えによって調査しましたところ、これを発見した次第でございます」


「うむ。よくぞ異変を報告してくれた。その領民には恩賞をとらせ…いや、これも領民として当然の義務であるべきである」





臣下の一人が良く肥えた黒土を確かめながら頷く。彼は精霊魔法の心得もあったので土の精霊力が非常に豊かであることにいち早く気付いていた。



「…これは凄い。この地ならば長年に渡って豊作は約束されたようなものです。閣下、ここを中心として開拓村を造れば…!」


「うむ! ゆくゆくはナキア伯国とコーリエ伯国の中間に位置するこの地に隊商宿を中心とした街をつくり、さらに主要街道を整備すればナキアの富をこちらに流入させることができる! そうなるべきである! 測量役人どもッ! このオアシスを中心とする肥沃な土地面積を検地すべきである!」


「ははッ!」



ショヴァンは測量が続けられる中、目まぐるしく頭を回転させる。


開拓にはカネがかかるが全てコーリエが負担する必要はない。その資金は友好の銘の許に近隣の貴族共に出資させるべきである!

無論、ナキア伯国に繋がる宿場町となるから、かの国は大量に出資するべきである!

肥沃な穀倉地帯を以て税収増に繋がれば、誰もが羨む国となるべきである!



「うむ、うむ…!」



これと言って可もなく不可もなしであったコーリエ伯国の明るい未来を夢想していると、横から測量結果が報告された。




「報告いたします! この地を開発する事はできませぬ! この地域はナキア伯国に属するようです!」


「…なに? 良く聞こえなかった。もう一度報告せよ」


「はっ。アチラに見えます高山など地形を吟味いたしますと、ここはナキア伯国に間違いございませ…ぎゃああぁぁッ!!?」



測量役人の報告を途中に、ショヴァンは役人を斬り捨てる。


自らが描いた輝かしい未来。

その未来を否定されたショヴァンは、一瞬の垣間で頭に血が昇ってしまったのだ。


コーリエ伯爵ショヴァンには悪い性質があった。

彼は平々凡々な人物であるが、それは隣国ナキア伯国の利益に異常に反応してしまう、という点であった。


言い換えれば嫉妬心が過剰に出てしまうという性格だ。


これほどまでの肥沃の土地をナキア伯国が手にすると思った瞬間、その事実を否定するしか彼の頭にはなかった。



「…無能な測量役人を雇っていたとは…。余の不覚であった。処断するべきであるな」



ざわざわ

「か、閣下…!? 落ち着いてくださいませ!」

「残念ながら、こ、ここはナキア伯国なれば、ナキア伯国との共同開発・統治を提案し、開拓資金を彼奴等に捻出させ、街の経営権に食い込むことが正道…ぐぎゃああぁぁッッ!!?」



「…その測量結果では益々ナキア伯国が台頭するではないか…。その結果は誤りであるべきである」



コーリエ伯爵ショヴァンは小声で呟きながら血に塗れた剣の切っ先を震える臣下に突きつける。


彼の頭の中には先ほど計画したコーリエ伯国の発展がくすぶっていた。

コーリエの発展を否定する意見など彼は求めてはいなかった。


この地はコーリエ、ナキア両国が「不毛の地である」として空白地帯とした土地である。

当然、不毛の空白地帯なのだから、国境も当時の王が適当に定め、両国が異を唱えなかっただけの話だった。


しかし、このような豊穣の地となれば話は別だ。



「…我が忠実な臣に問おう。余は何処に立っておるべきであるかッ!」


「「「…は?」」」



剣を向けられた臣下は突然の質問に答えられない。



「分からぬか。なら教えてやろう。ここがナキア伯国のはずがない。それは常識に当てはめて当然の話であるべきである!」



ショヴァンがナニを言わんとしているのか、周囲の家臣たちは理解できない。



「余はナキア伯国に訪問の意志を伝えてもおらぬし、無論、ナキア伯国からも招待を受けてもいない。…つまり、余は未だコーリエ伯国に居るという話となるべきである!」



ざわざわ


「な、な、なに…を、おっしゃられる」

「暴論では…」



「ここまで説明してもまだ分からぬか! この豊穣の地は断じてナキア伯爵が手にして良い地ではない。余が統治するべき、という至極マトモな話であるッ!!」


「「「……」」」



廷臣たちは声も出ない。


コーリエ伯爵の顔からは狂気すらうかがえる。

しかしこのような事を見過ごしては、周辺国…特にアリアンサ連邦を実質支配している侯爵たちからの掣肘は免れまい。

廷臣たちが伯爵の乱心(?)を諫めるべきか悩んでいると、ショヴァンは馬に乗り、しばらく駆けたかとおもうと、おもむろに剣を地に突き立てた。

そこは不毛な地と、豊かな土壌の境。

無論、豊かな土壌はコーリエ伯国側だ。



「すなわちッ、ここが両国の国境であるべきであるッ!」



「ひ、ひぃッ!?」

「無断で国境を…変えて…!?」

「連邦憲章に反する行いではないか!」



「誰ぞ異論はあるかッ! 余を納得させることが出来ぬ異論は三族処刑によって応ずるべきであるッッ!」



ショヴァンは廷臣一人一人の首に剣を突き立てる。

親族を害されると分かっては異論などできようなずもない。



「い、いえ、異論など、何もございませぬ!」

「伯爵閣下の名の許に、この地を周辺国がうらやむ街といたしましょう…!」





宮殿に戻った後、ショヴァンに剣を向けられ、ねめつけられた廷臣たちは、己が主を諫めることよりもこれからの立ち回りを考える。



資金繰り。

諸侯への報告いいわけ

とりわけ領地を無断で奪われたナキア伯国になんと報告すれば良いのか。

対処せねばならない問題は山とある。



「…オアシスの件は…コーリエ伯国が在野の精霊魔法使い達を大量に雇い、荒野に開拓地を作ったと報告するしかあるまい」


「そうだな。同時に開拓計画を立ち上げ、計画書を基に両国国境に対して変更依頼を行おう。王都への賄賂を急がねば…」


「ナキア伯国への対処はいかがする?」


「うむ。かの伯国は塩産業で充分な富を誇る。このような荒野など見向きもすまい。オアシスの件は伏せてショヴァン閣下に親書を送っていただこう。「荒野の国境に宿場町を作るので、ナキアが土地と資金を提供するべきである」とな。きっと例によってナキア伯国は親書を無視するだろうが、それならば上々だ。あとはこちらが開発した事にすれば良い」


「いや、話が具体的過ぎるとかえってまずい。勘付かれる可能性があるぞ」


「そうなると暫くは大がかりな工事はできんぞ。両国の荒野は広大であったが、何故か肥沃な土地と化したのはナキア伯国内なのだ。精霊魔術で肥沃な土地としたと言い訳しても何故最初からコーリエ伯国内の土地を肥沃な土地にしなかったのだと問われてしまう」


「ぐむむ」



ざわざわ

ガヤガヤ



「資金はどうする…? 既に交易路があるのにも関わらず、新たな宿場町を作るとなっても、それは新たな街道を作ることから始まるのだ。とても税だけでは追いつかんぞ」


「かの地に宿場町を創ったところで、益となるのはナキア、コーリエの二国だけ。他国に全く旨味が無い。それにかの地の不毛さは近隣諸国に有名だ。資金協力など望むべくもない」


「かの地の権益の一部を譲り渡すことを前提に…」


「ショヴァン閣下が同意するはずなかろう!」


「うむむ。どうすれば…」



ざわざわ

ガヤガヤ



「いっそあのオアシスを放置すれば…」


「いや、それだけはできん。いずれナキア伯国に知れる事となる。それに彼の伯国の財力ならば…数年がかりで宿場町として開発してしまうに違いない」


「ぐむむ。さすればショヴァン閣下の心の平穏が狂うことになる。あの方はナキア伯国の発展を目に耳にするたびに歪んでいくのだから…!」



ざわざわ

ガヤガヤ



「ああ、なぜあのような微妙な位置が肥沃な大地に変わったのだ! 同じ荒野でもナキア伯国側の深部であればショヴァン閣下にも知られなかったものを…!」


「しかし商業で盛んなナキア伯国にこのような土地が追加されるとなると…これはナキア、コーリエ両伯国の問題では済まされんぞ」


「下手に立ち回ったら…最悪、コーリエ伯国に反逆の疑いを掛けられ、伯爵家は取り潰しに…。いっそ伯爵閣下を軟禁…」


「うかつなことを申すでないッ!」


「荒野が肥沃な大地へと変わったのだ。さすれば…連邦内の力関係が変わるやも…! そうなると周辺国がナキア伯国の発展を危険視して…」


「ああ、これは悪魔の姦計に違いない…! 悪魔が平穏な連邦にこのような火種を巻いたのだ…!」




廷臣たちの苦悩は続く。


そして虚飾まみれのコーリエ宮殿。

その一室で、コーリエ伯爵ショヴァンは幼馴染でありライバルであるナキア伯爵アロルドに侮蔑を呟くのであった。



「ククク。アロルドめ。偶々豊かな領地に産まれただけの無能め。いまに見ておれよ…!」

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