それぞれの思惑
よろしくお願いします。
同時刻。
別の集会所。
ここには村の指導者…村長・トムとそれを補佐する老人たちが集っていた。
集会場といっても、一番作りがしっかりしている小奇麗な建物は村の救い主であるジエラに提供したので、ここは食料や使われていない備蓄品置き場だ。
物置小屋が大きくなったような薄汚れた建物に二十人程度の村人が犇めいている。
それだけの人数が入っても、この小屋が緊急避難小屋を兼ねることも考えればればまだまだ余裕がありそうなのだが、彼らは姿勢を自由にしているので各人の間はギリギリのスペースしか空いていなかった。
幸いにも月明りが明るいので、貴重な灯り油を使わずに皆で車座になって座っている。
無論、昼間のオークともう一件について話し合うためだ。
「……ワシの若い頃から狩場を移したオーク共に出くわしたなんざ記憶にないわい」
「運が悪かったな…。いや、運が良かったのか。これだけの騒ぎで死んだ者はおらん。怪我人だけで済んだのは幸いじゃ」
「死んだオークは三十匹程じゃ。まだ他の群れの生き残りがいるかもしれん」
「いや、ヤツラらは魔物だが野生の獣も同じだ。残党はいるかもしれないがここは危険だと思って避けるんじゃないか? オーク共の首があるだろう。アレらの肉を削いだ骸骨をベルフィ様のお作りした土塁のあちこちに掲げておけば魔物除けになるかもしれん」
「いやいや、カラスとは勝手が違うんじゃないか」
ちなみにカラスによる農作物の被害対策として効果的な方法として、カラスの死骸を棒に吊るすというものがある。そういったものを畑の要所要所につ突き立てておけば、カラスは「ここは危険地帯だ」と判断して寄って来ないのだという。
「隣村の連中にも声をかけよう。腕利きの狩人たちで山狩りすべきじゃないのか?」
「いや、危険だ。それよりもオーク共の遺した武器を手入れして使えるようにしよう」
当初、話の中心はオーク対策であったが、明確な結論が出ないまま徐々に話題は女騎士に移る。
村を救ってくれた女騎士。
彼女への対応が当面の問題なのだ。
そもそも騎士が何の理由も無しにフラフラ旅をするなどあり得ない。
何処かの領主様に仕えており、何らかの任務を帯びているのは明白。
しかし役人でもなさそうな強力な騎士がこんな辺鄙な村に立ち寄る理由は?
もしかすると、この村を含めた付近で領主が大掛かりな争い事を計画しているのかもしれない。
彼女はそのための偵察任務なのではないか?
そしてベルフィと言う名のエルフ。
村人たちは亜人種について良く知らなかったが、おそらく噂に聞くエルフという種族だろうと推測する。
騎士の連れ…つまり従者に違いない。
下級とはいえ貴族階級に属する騎士と亜人種という組み合わせには違和感が無くもないのだが、騎士本人が言うのだから間違いあるまい。
そのベルフィも信じがたい強力な魔法で村の復興に尽力してくれた。
特に村を城塞の如き掘りと土塁で囲んでくれたことについては復興の域を超えていた。
ベルフィも騎士の従者ならば、つまり村の復興や防衛に尽力してくれたのはジエラという事になる。セダ村はオーク殲滅と村の復興・防衛という二つの恩をジエラに受けてしまったのだ。
…とにかく任務中に偶々セダ村の危機に遭遇し、騎士としての責務で領民を救ってくれたのは間違いないだろう。
危機が去った今、一番の問題は謝礼についてだ。
領民は貴族に税を払い、その代わり貴族は領民を護る立場にある。とはいえ今回の件では払った税に対して受けた恩恵が多大に過ぎるのだ。何らかの謝礼は必須かと思われた。
憶測が憶測を呼ぶ状況で村の救い主である騎士という問題に対して、村長は村を守る責任者として最善を尽くさねばならない。
昼間に「一晩泊まっていけ」と言ったのはジエラへの対応を協議する必要があったからだ。
仮にジエラが役人であったら、機嫌を損ねると後日の余計な面倒を誘発しかねない。
しかし、結果的には翌朝には追い出す事になるのだが、何を以て謝礼とするかで会議は紛糾する。
ジエラに「お礼は何がよろしいか?」と聞いてしまうとナニを要求されるか分かったものじゃない。
先回りして妥当な礼をして、有無を言わさずさっさと出て行ってもらうに限る。
「…騎士様には感謝はしているが、ボロが出ない内に早めに出て行ってもらおう。中途半端に滞在されて根掘り葉掘り質問されてもこまるからな。差し当たって何を謝礼として出すかが問題だか…」
「とはいっても金品など無縁の我らじゃからな…。金銭を要求されてしまっては……冬に備えた備蓄の準備が不足して…餓えることになる」
「うーむ…。何とか騎士様が納得してもらう品はないものか…」
しかし、そんな会議の雰囲気に異を唱える声が挙がった。
「村を救ってくれた騎士様を厄介者扱いするってのかい!? 我が亭主ながらケツの穴が小さいもんだねっ! 情けないったりゃありゃしない!」
村長の女房のアーダ。
恰幅の良い肝っ玉系女傑だ。
その豪快さで、村の者たちからは一目どころか二目三目置かれてる。
女たちの横の繋がりは強固なもので、村の女衆たちは束ね役であるアーダへの信頼は厚い。
「アンタッ! 騎士様がウチみたいな貧乏な村から財を毟り取ろうなんてするはずはないでしょうがッ。気持ちよく礼を差し上げれば、それがお粗末なモンでも彼女は解ってくれるさね!」
しかし、男たちはジエラが恐ろしかった。
ジエラは数十匹のオークを木っ端の如く薙ぎ払ったのだ。
あんな…アーダの腕の太さの三分の一もないような細腕でソレを成した事が今でも信じられない。
下手に対応してジエラが不快を示したら、今度は暴君となって村に被害が及ぶかもしれないのだ。
煮え切らない男共にアーダは席を立つ。
「…そうかい。なら頼りにならない男どもに代わって、アタシが女同士腹を割ってジエラ様と話をしてくるよ! それで皆が納得出来れば文句ないだろう!?」
◇
「……お姉さま」
ベルフィは村はずれの巨木の枝…下から見上げても枝葉が生い茂っているので悟られない部分で膝を抱えていた。
異世界に身体を馴染ませるというのはウソだ。
ベルフィは一人、物思いに沈んでいる。
戦乙女と白妖精。
ベルフィたち白妖精にとっては戦乙女は元来相いれない相手。
彼女たちは別に心底嫌い合っているという訳ではない。
ベルフィたち白妖精の王・豊穣神フレイは戦乙女達の統括者である女神フレイヤの実の兄なのだから、本来なら手を取り合わなければならない相手だ。
ベルフィ自身も戦乙女と個人的な軋轢があるわけではない。
しかし、白妖精は自然を司る豊穣神の末席に連なる妖精族。
戦場を駆ける戦乙女とは性質が正反対なのだ。
部族の長老…とはいっても不老種族たる白妖精なのだから、お互いの見た目は同じか更に幼い外見をしている彼女らは、ベルフィを含めた若い妖精たちに戦乙女の恐ろしさを語って聞かせた。
「戦乙女たちは人間の頭蓋骨を重り石にした機織り器で人間のハラワタを織るのです。その出来上がり次第で人間の争いの勝敗を定め、戦士の魂をヴァルハラに連れ去ってしまう死神なのですよ」
「戦乙女たちは私たちが慈しむ森や木々が戦火に焼かれようが気にしません」
「戦乙女たちは血と殺戮を好む筋骨隆々の女の戦人。私たちのように優雅な妖精族とは似ても似つかない存在です。関わってはなりませんよ」
そのような理由で白妖精たちは『戦乙女は自然を破壊する戦火と共に在る』と戦乙女を長年にわたり忌避していて、戦乙女側も白妖精の事を『妖精国に引きこもっている変わり種の種族』という認識だった。
ある日、ロキが妖精国にふらりとやって来た。
「キミたちの王妹であるフレイヤに仕える戦乙女が人間界に赴くんだ。彼女を助けに誰か名乗り出る者はいないかな? 戦乙女と共に人間界で見聞を広めるのは君たちにとっても益になると思うよ」
それは故郷の原初の森の中で、愛を育む白妖精にとってどうでもよい話題。
仮に断ってもフレイからお咎めがあるわけでもない。
「残虐で野蛮な戦乙女と人間界往きだなんて…」
妖精たちの誰もが興味を示さなかった。
しかし、彼女…ベルフィだけは違った。
白妖精でありながら、同族との親交そっちのけで弓術や精霊遣いの業を磨いてきた彼女だけは、ロキの提案に名乗りを上げたのだ。
長年聞かされた教訓はベルフィの心に多少なりとも影響を与えている。
いつしかベルフィは戦乙女にライバル心を抱くようになっていた。
彼女は豊穣神フレイ直轄の種族として、白妖精は戦乙女などより優れた存在でなければならないのだ。
機会があったなら、噂の戦乙女が如何に愚かな存在かを確認し、そしてその愚かな戦乙女に白妖精の素晴らしさを見せつけてやろうという思いがあった。
そして彼女に逢ったのだ。
ジエラ。
フレイヤ直轄であるという戦乙女。
その美貌と肢体はベルフィが今まで見てきたあらゆる女性の中で群を抜いていた。
それは美しさで名高いフレイの妻ゲルズを凌ぐ。
更にジエラの肌に張り付いた薄い布のような衣装のお蔭で、彼女の身体のラインは完全に把握できる。
その美しく豊かな胸と尻を基調としたカラダは完璧に整い、総合的な美しさを考えると凡百の女神など比較にすらないと思われた。
それは正に豊穣の女神の理想形。
そして同時に美の女神とはかくあるべしともいえる信じがたい戦乙女だった。
ともあれ長老たちの言う「戦乙女とは血にまみれた筋骨隆々の武骨な女戦士」とは似ても似つかない女性だった。
ジエラは容姿が優れているだけではない。
ベルフィたち白妖精の琴線をくすぐる様な素敵な短衣鎧をプレゼントしてくれた。
そして見たこともない美しい弓をプレゼントしてくれた。
相手に弓を贈るのは白妖精にとって求愛を意味する。
そして、豚鬼からベルフィを護ってくれた
最早、ベルフィの心はジエラで埋め尽くされていた。
僅か一日でこのような心持になってしまうだなんて思いもよらなかった。
「ジエラ…お姉さま…。私は…誇り高い白妖精として…お姉さまに誠心誠意お仕えし…お姉さまに相応しい妖精となって…いつもお姉さまの傍らに…♡」
にへら。
白妖精と戦乙女…お互いの種族の垣根を超えて友好の懸け橋となる。
それはなんて素晴らしいことだろう。
きっとお互いの主であるフレイとフレイヤも祝福してくれるに違いなかった。
ベルフィは高枝から音もなく飛び降りる。
そして逸る気持ちを抑えつつ、ジエラが休んでいる小屋へと向かう。
最早、ベルフィはジエラと離れたくなかった。
妖精である彼女は人工物に触れあう事は苦手にしているが、それはあくまでも苦手という程度のことであり、傍にジエラがいるのであれば気にならい。
それどころか喜ばしいことだ。
「お姉さま…。私と共に良い夢を…うふふっ。そして翌朝…お姉さまの笑顔で目覚める私…。…嗚呼、何て素敵なのかしらっ」




