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とある勇者


アリアンサ連邦。

かつてハージェス侯国と言われた土地の外縁部。


ハージェス侯国…連邦きっての大農地と謳われた大地は既に死に絶えた。

だが神の恩寵なのか気まぐれなのか、元侯爵領の外縁部の土地の土壌は軒並み豊かになっていた。

そのため元ハージェス侯国からの難民が定着し、小さい集落があちこちで作られているまでになった。


難民となった元侯国民の連中の多くは農民として一から再起しようとしたが、長年農奴(ハーフエルフ)に頼りきりだった連中にとって、普通の農民の生活は厳しい困難が付きまとうだろう。

そのため農民とならずに山賊としてヒャッハーな生活を始める者も少なからず存在した。


ハージェス侯国滅亡によって周囲の土地は豊かになったが、それと同時に治安が悪化するという問題を生んだのだ。



ここは、元ハージェス侯爵領近くの村で、ブルフィルム村という。

その村にピエールという若者が住んでいた。


ピエールは容姿から性格まで、いたって平々凡々な若者だ。

畑をもっと豊かにして、少しでも暮らしを楽にしたいという分相応の将来を夢見ている。

でもいつかは可愛い村娘とはいかないまでも、適当な娘と結ばれて平凡に生きるのだろうなと考えている。

彼は自分の器に見合った夢と現実を弁えて生きてきた。


だが最近山賊が多く、ピエールの村の周辺も物騒になってきた。

そこで村の若い衆が自警団を結成したのだ。


無論、ピエールもなし崩しに訓練に参加させられた。

彼はひ弱ではなかったが、立派な体格でもなかった。

そして彼は自ら率先して動くタイプではなく、むしろ人の言うことを聞いていればいいやという考えの持ち主だ。

何より男としての気概や勇気も持ち合わせていなかった。

そのため「俺みたいなのが剣の練習をしても役に立つわけないよなぁ。山賊が襲ってきたら俺は真っ先に死んじまうんだろうな。でも死にたくないからって逃げ出すわけにはいかないし…。ああ、弱ったなぁ」などと心の中で愚痴を呟く毎日だった。



そして今日も彼は村の若者と一緒に剣の稽古をしていた。

しかし、剣を握り、剣を振る感覚が昨日までとまるで異なっている。



「よおぉーし! 次は素振りを思いっきり10回!」

「「おおっ!」」

「おお…」


村の若手のリーダー格の男が声を張り上げ、皆が気合の合いの手を入れるのだが、ピエールは生返事をボソリと返しながら適当に剣を振っている。



ピエールは稽古に身が入らなかった。

何故なら昨日の夜、彼は奇妙な夢を見たのだ。



なんと、夢に女神が現れたのだ。

いや、正確には女神かどうかは分からない。

人影を模したような光が神々しすぎて正視できなかったのだ。

だが、その人影の声が女性的に聞こえたので、おそらく女神なのだろうとピエールは考えた。

そしてその女神は彼に加護を与えてくれるという。



女神は言った。




貴方の振るう剣(・・・・・・・)に加護を授けましょう。そして悪しき敵に立ち向かう勇気を授けましょう。貴方は勇者として、悪しき者を打ち払い、そして弱き者を護りなさい」




その夢は不自然な程に現実味がある夢だった。

女神の言葉が耳から離れなかった。



「…エール、ピエール! ボーッとしてんじゃねぇよ!」


「剣がすっぽ抜けたら大怪我するぜ!」


「ああ、すまない!」



軽く謝罪するピエール。

だが自分たち見物する村の連中の中に、彼らが憧れる美しい村娘がいたので、彼は思わず顔を赤くしてしまう。



「クスクス。ピエール! 頑張ってねーっ!」


「あ、ああ」



美しい村娘がピエールを応援する。

それはからかい半分だったが、それでも彼は嬉しかった。



(それにしても…あの夢は何だったんだ?)



ピエールは昨夜の夢が気になって仕方なかった。

女神は彼に加護を与えてくれたという。

所詮は夢だ。

だが不自然な程に現実味がありすぎる夢だった。

試しに村の友人相手に剣を打ち合う稽古を願い出てみようかとも考えた。

だが夢が本当だとしたら間違いなく相手に怪我をさせてしまうだろう。

いや、夢の話なんだがら自分が突然強くなるなんてありえないではないか。

そんな事を考えてしまい、彼は朝から心ここにあらずな状況だった。



「よおぉっし、今日の稽古はこれくらいにすっか!」


「ふいぃーっ。やっぱり剣を振るってのは慣れねぇ!」


「ご領主さまもさっさと山賊を討伐してくれりゃあなぁ」


「そりゃ無理だ。うちの村もそうだけど、ハージェスに近いほど土地が肥えちまっているんだと。土地が豊かになれば村も潤う。山賊もそんだけ動き回るって寸法だ。ご領主様も徹底的に山賊退治とはいかないらしいぜ」


「ふぅん。要は…広い土地に山賊が神出鬼没で、隅から隅まで追いきれないってワケか」




そしてピエールは村の連中から離れ、一人で村から出て行こうとした。



「…お? おいピエール、これから何処行こうってんだよ!」


「あ、いやぁ。ちょっと野暮用でさ。森に…山菜でも採りに行ってくるよ」


「気をつけろよ。もし山賊に会ったら逃げるなり隠れるんだぜ」


「ああ、分かってる!」





村からわずかに離れた林の中。

誰にも見られていない。


ピエールは昨夜の夢で女神に言われた事がどうしても気になり、山菜採りと嘯き村から離れた所で力を試す事にしたのだ。

ピエールはとある岩の前に立つ。



「この岩で試してみるか。でも折れるだろうな…。ま、折れてもいいような鋳つぶす予定のガラクタを持ってきたんだ」


その岩はピエールの目の高さ程ある。

そして練習に使っているナマクラな銅剣を振りかぶった。



「よぉーし…。…おりゃあッ!」



今日一番の掛け声!

バキィッ、ゴバァッ!


金属と岩石がぶつかる音。

同時に確かな手応え。

傷や刃毀れだらけのナマクラ銅剣は折れてしまったが、なんと、大岩にも僅かにヒビが入っていた。

銅は柔らかい金属だ。さらに言えば、この銅剣は痛みが激しい。

それなのに大岩にヒビを入れる事ができたのだ。



「え?」



ピエールは自分の目を疑った。



「ま、まさか…。あの夢は…正夢!?」



ナマクラな銅剣は間違いなく岩を傷つけたのだ。

普通ならあり得ない。

しかし、これは紛うことなき現実だ。



「す、すごい。僕は…」



彼が驚愕の思いで自分の手をまじまじと見つめていると、遠方から「ヒャッハーッ!」という雄叫びが聞こえた!


山賊だ!

おそらくピエールの村を襲いに来たのだろう。

数は20人に満たない程度なので、村の若い衆が一致団結すれば何とかなるかも知れない。

だが彼らの凶悪な見た目が、数の劣勢さを補って余りある程だった。


そんな彼らを見たピエール。

いつもの彼ならば一目散に逃げ出すか、あるいは物陰に隠れてやり過ごすに違いない。

だが今の彼には女神の加護があるのだ!

そして女神の加護だろうか。凶悪な敵を目の当たりにした彼の心に勇気が湧いてくる!


ピエールは一人、山賊の前に立ちふさがった。



「此処から先は通さないぞっ!」



ピエールは声を張り上げるが、それを聞いた山賊たちはキョトンとし、そしてゲラゲラと笑う。

山賊たちは彼を取り囲むように近づいた。



「なんだオメェは?」


「おいおい、丸腰で何を言ってんだ?」


「ぶっ殺されたくなかったら、さっさと回れ右して村に戻れ。村の連中に金と食料と女を用意するよう言っとけ!」


「「「ヒャッハー!」」」



山賊の一人が剣を抜き、「ゲヒゲヒ」と笑いながら剣の腹でピエルの頰をピシャリと撫でた。

だがピエールは恐怖を感じない。

それどころか、敵が凶悪であればあるほど逆に勇気が湧いてくる!


ボグッ!

「お?」


何という事だろう。

ピエールは山賊の顔面を殴りつけたのだ。

普段の彼なら絶対にあり得ない行動だった。

殴られた山賊はたたらを踏むが、それは暴力を生業としている山賊。

大してダメージを負っていないようだ。

だが、とっさの事で剣を落としてしまった。



「て、テメェッ!」


「いきなり殴るたぁ、凶暴なヤツだ! よっぽど命がいらねぇらしいな!」



だがピエールは山賊たちの恫喝を無視し、足元に転がった剣を素早く拾うと、一番近くにいた山賊に斬りつける!

ズバッ

「この野がぁはッ!?」


ピエールの剣は山賊の胴を浅く斬りつけたはずだが、何故か山賊の胴は深く斬り裂かれ、ハラワタがドバドバとこぼれ落ちる!



「ギャアァアッ!? 俺のハラガァぁぁッ!?」


「なんてヒデェやつだ! 囲め!」


「許せねぇ! ぶっ殺してやる!」


「「「ヒャッハー!」」」



山賊たちは仲間が両断されてさすがに怯むが、それでも多勢に無勢だ。「いかに強かろうが前後左右から襲いかかれば倒せる!」と判断した山賊たちは抜剣した!

10本以上の剣や槍がギラリと光る!



「分かってんのか? テメェのせいで村の男どもは皆殺しだ。女どもは犯して売り払ってやるぜ!」


「「「ヒャッハー!!」」」



そんな脅迫にもピエールは怯まない。

何故なら彼は勇者なのだから!



「山賊め、僕が退治してやる!」



初めて人を斬ったピエールだが、彼は「悪を斬った」という事で気分が高揚している。

それどころか、まだまだ多い山賊の生き残りが「ぶっ殺してやる!」と向かってきた事で逆に心が奮い立ってくるのだ。

ピエールは凶悪な山賊や、彼らが向けてくる武器に怯まない。

それどころか無尽蔵に勇気が湧いてくる!



「うおぉぉッ!!」



剣の心得など何もないピエールだが、恐れを知らず怯みもせずに、山賊に向かってメチャクチャに剣を振り回しながら突っ込む。

すると山賊たちの剣や身体は彼の剣が掠っただけで斬り裂かれてしまった!

それは理不尽極まりない光景。

彼が剣を振れば振るだけ血飛沫が舞う。

ピエールは、まるで自らの死や怪我を恐れないように、メチャクチャに剣を振るいまくりながら山賊めがけて突っ込んでいく。



「うおおぉおぉッ!!」



ピエールは縦横無尽に剣を振るう。

僅かでも擦れば軽傷のはずが重傷に。

偶然に重傷でも負わせそうに深く切り込めば、まさに相手を両断せん勢いだ。

剣も鎧もピエールの剣の前には全てが無力だった。



「な、なんだぁ、こいつぁーッ!?」


「ば、バケモンだぁーッ!?」


「ギャアアアァァッッ!?」





ピエールの暴勇(?)によって、山賊はあっという間に全滅してしまうのだった。

山賊の死骸を前に、ピエールはブルルと震える。

人を殺したということもあるが、それ以上に女神によって勇者に選ばれた事を今更ながらに思い出し、感動で打ち震えているのだ。



「僕は…勇者だ。女神様から選ばれた………勇者なんだ」



そして血塗れの剣を掲げ、大声で吼える!



「僕は勇者っ! 人々たちを守るために戦う勇者だっ! すごい! すごいぞ! 僕は勇者様なんだっ! ううおおぉぉぉッッ!!」



ピエールが得た加護。

それは『ピエールの持つ剣の殺傷力増加』『悪人と認識すれば、それに立ち向かってしまう心』だ。


その力を与えた女神はフーリンだ。

彼女は「あまりに本人が強い(・・・・・)とオーディン様に発見された時に拙いですね」と考えた。そのため、強化の対象をずらしたのである。

また一見して『悪に立ち向かう勇者』だが、その実は『悪人を無条件に殺したくなる戦闘狂』を作ってしまった。

しかも彼自身の身体には守りの加護はかかっていない。

フーリンにしてみればフレイヤの我儘と己の保身を考えた結果だ。



「こうしておけば、無茶な戦闘を続けて遅かれ早かれ戦死するでしょう。彼にとっては災難ですが、結果として大勢の弱き者を助ける為に死ぬのです。戦士(エインヘルヤル)としてアースガルズには来れませんけど…人間界で勇者と讃えられるでしょうから問題ありませんね」



こうして即席勇者・ピエールが誕生したのだった。



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