美少女剣士 ②
リーゼロッテは、むさ苦しい安酒場を訪れる。
カリストは「このような下々の安酒場など」と渋ったが、こういう場所ではないと手に入らない情報もあると、リーゼロッテは物怖じもしない。
「席は空いているかしら」
ザワッ
酒場にいた客が騒めいだ。
突然、小綺麗な美少女と、お付きらしい壮年の男が入ってきたのだ。
男は剣士はかなりの手練れに見えたが、美少女は高貴な身分の令嬢にしか見えない。
その余りの場違い感に、店の客たちは「どこぞのオジョウサマが冷やかしか」と、二人を追い出しにかかる。
「おいおい、ここは冒険者と下っ端兵士しか相手にしねぇ、しょっぱい酒場だぜ」
「娘さんはイイトコのお嬢様だろ? 悪いことは言わねぇ。さっさと帰んな」
「悪酔いして手篭めにされても知らねぇ…はごぉっ!?」
ボキャッ
「…この方をどなたと心得る?」
カリストが無礼な男の顔を剣の柄で強かに突く。
その動きは達人のそれを連想させ、鼻血まみれの冒険者は文句も言えず悲鳴をあげて店を逃げ出した。
リーゼロッテは「皆さん、驚かせて申し訳ありません。お詫びに皆さんの酒代は私が持ちましょう」と、カリストと二人でカウンター席に座る。
店にいた兵士や冒険者は「おお、綺麗な割に、なかなか気っ風の良い姉ちゃんだな!」「有り難くご馳走になるぜ」と何事もなかったように酒盛りを再開した。
・
・
「…ところで皆さんはドラゴン討伐式典を見に行かれないのですか。討伐したというグスタフ公子様は…その…お斃れになったとはいえ、ナキア伯国の誉れではないのですか?」
するとタダ酒に酔いが進んだ兵士たちは「ケッ」と悪態をついた。
「…あんなもの。茶番よぉ…。ヒック」
「…茶番?」
「そうだそうだ!きっとグスタフ様も迷惑にお思いさ!」
「俺たちは…グスタフ様直属の部下は…しっかり見たんだ! ドラゴン討伐をしたのはグスタフ様じゃねぇ!」
「ヘルマン様さ…。漆黒の鎧の戦士様だ…! ウィ〜ッ。ヒック」
「…ヘルマン…?」
酔った兵士たちは口々にヘルマンを褒め称える。
おそらく上部から口止めされていただろうが、酒の勢いが不満を湧き出させたのだろう。
曰く
「魔物の群衆暴動を圧倒的に殲滅した」
「ドラゴンを単騎で討伐した」
「街の不良少年達を更生させた」
などである。
ドラゴンを討伐したのはグスタフではなくヘルマンという戦士らしい。
ともすれば少年魔術師の戦果も疑わしい。
どうやらドラゴン討伐には裏があるようだ。
しかし、伯国の裏事情などどうでもいい。
リーゼロッテに関心があるのはただ一つ。
「それで、ヘルマンという方はどういう人物なのです?」
魔物相手に蛮勇を振るう戦士に期待しても仕方ないが、一応念のため確認してみることにする。
すると。
「すげぇイケメンさ。見てくれだけじゃねぇ。心もイケメンなんだ!」
「逞しくて男らしい美丈夫。精悍な戦士様さ。それに控えめで常に鍛錬を怠らず…。欠点っつー欠点なんか見当たらねぇ。俺が女だったら見た瞬間惚れてるぜ♡」
「しかも貴族よりも貴族らしい、誇り高い紳士なんだぜ! いいや! 溢れ出る気品といい、貫禄っつーか…、王者って言っても言い過ぎじゃねぇ。…とにかく最高なんだ!」
「全身俊敏な獣のように鍛えられていてよ! だけどその強さを内に秘めているんだ。強さよりも男の優しさが先にくるっていう感じなんだぜ!」
「先日、リンゴ売りの貧しい少女がリンゴをぶち撒けたんだが、誰も無視するなか、ヘルマン様だけが一緒にリンゴを拾ってやったんだ。そして傷だらけのリンゴに大金を払って…。…俺はその時、何もしない自分が恥ずかしくなっちまった。…強さってのは優しい男のためにある言葉だ!」
兵士たちのヘルマン評価は止まるところを知らない。
リーゼロッテは思う。
「な、なんですか。その完璧な殿方は!?」
ヘルマンという戦士は魔物の大群やドラゴンを単独で屠る。
しかも容姿人格共に優れている紳士の鑑だという。
しかしそれ程の戦士なら、何処ぞの国に仕えているかもしれない。
その場合、イスパルダ侯爵たる彼女の夫として迎えるにはかなり問題が山積する。
しかし兵士たちの話だと、何の幸運かヘルマンは国に仕える戦士ではない。
かつて仕え、没落した騎士爵家のお家再興のために、生き残りである騎士爵令嬢と共に旅をしているという。
「…ま、まさか。ヘルマン様は、その令嬢とネンゴロな関係では…!?」
⬜︎ リーゼロッテの妄想 ⬜︎
「ヘルマン、ゴメンね。ナキア伯国の士官話…。いい条件だったんでしょ?」
ドラゴンを滅ぼしたヘルマンは、ナキア伯国から高待遇での士官話を持ちかけられた。
しかし忠義の戦士であるヘルマンは毅然と士官話を固辞し、再び令嬢と共に旅に出発したのである。
「お嬢さま。俺の忠義は貴女様のためにあります。他家の禄など眼中にありません」
「ヘルマン…。ボク…そこまでしてボクに尽くしてくれる君に何もしてあげられない…」
俯く令嬢。
ヘルマンはそんな令嬢を見て…意を決したように告白した。
「お、お嬢さま。俺が貴女様にお仕えするのは、忠義のためだけではありません…!」
「え…? ヘルマン…。それって…どういう?」
令嬢は期待を込めてヘルマンを見つめる。
「貴女を…愛しているからです」
令嬢は歓喜のためか、瞳を潤ませて口元を手で覆う。
「ヘルマン…。ボクも…お家の再興よりも…ヘルマンと共に居られるのなら…!」
⬜︎ ⬜︎ ⬜︎
「…没落騎士爵令嬢と、お付きの戦士が…。そのようなカンケイなのでは…」
それにそれ程の戦士だ。
そうでなくとも伯国在住の間、他の女性が放っておくはずがない。
すると、酒場にて先輩たちの酒に付き合っていたであろう少年侍従兵たちが、口を揃えて其れを否定する。
「ヘルマンさんは女嫌いです!」
「宮廷の女性たちや、お偉方のお嬢様方が言い寄っても、断固として拒絶したって聞いてます!」
「その騎士爵令嬢って人と武者修行の旅をしているのも、かつてお仕えした騎士爵家への義理立てだからに決まってます!」
・
・
酒場を後にするリーゼロッテとカリスト。
「…決めました。私はヘルマン様とお逢いし、今の話が真実か否かをこの目で確かめるまで実家には戻りません!」
「ひ、姫さま! 侯爵としての責務は如何なさるのです!?」
「すでに私が旅立つ時に代行をお任せしました。不在が長引くだけです!」
「女嫌いだとか…。いや、剣の道に女など不要と考えているのでは…」
「叔父上! 私が剣の修行しかしてこなかったから、女として魅力がないとでも!? ヘルマン様が私に相応しい殿方なら振り向かせて見せます!」
「ぐ…」
カリストは唸る。
身内の贔屓目かも知れないが、彼から見てもリーゼロッテは女の魅力がないどころか、凛々しい美貌と生命力に溢れている。彼女に魅力を感じない男がいるなら病気だろう。
「し、しかし、話を聞く限りヘルマン殿という戦士は忠義の御仁です。姫さまの誘いを受けたところで…仕える主人…騎士爵令嬢を見限るとは…」
「この私、イスパルダ侯爵が忠義に値しない…いえ、ヘルマン様は私の旦那様になるんですもの♡ 彼が私に忠義を尽くすのではなくて、私がデキる嫁として夫に尽くせと言いたいのですね!?」
確認するまでもなく、既にリーゼロッテはヘルマンを理想のダンナサマだと決めつけているようだ。
「そこまでは申しておりませんが…」
「 それに令嬢とやらもお互い女同士、ヘルマン様の婿入りの件も話し合えば分かってもらえます! その騎士爵令嬢も武門の端くれならば、我が道場で雇うとか、我が一族の男と引き合わせてやっても良いと考えています! 叔父上、貴方だって独り身ではないですか。その令嬢との仲を取り持って差し上げても良いのですよ!」
突然話を振られたカリストは思わず口籠る。
「某の事は後回しで結構でございます。…ご存知の通り、某は女人には不器用ですゆえ」
カリストには女性に関する浮ついた噂が一切なく、女性に興味がないのではと思われていた。
もしかすると当主がリーゼロッテのお付に帯同させたのは、カリストにも「嫁を探して来い」と声が掛かっているのかも知れない。
「姫さまにお話した通り、某は女性をどう扱ったら良いか分からんのです。それでいて剣の心得がある女性となると…」
「…自分の事は棚に上げて、私には婿取りを勧めるのね…」
彼女はそんな叔父に呆れつつも、実のところ彼の剣の腕前は師範代の中でも筆頭クラス。そのうち剣の道に区切りが付いたら自らの血を残すためにも嫁取りに励む事になるかも知れない、とも思っている。
「とは言え、仮に、某が令嬢を嫁にした場合、姫さまとヘルマン殿とやらの関係に影響があるやもしれません。某は令嬢には近付かん方が良いでしょうな」
カリストはリーゼロッテをダシに自らの嫁取り話を打ち切る。
彼女は「ふん。叔父上が令嬢とどうなろうと、私の魅力はヘルマン様に伝わるわ!」と応える。さらに小声で「い、いざとなれば…き、き、既成事実を盾に、せ、責任を取ってもらってでもっ!」と彼に聞こえないようにゴニョゴニョと呟く。
「………姫さま。それ程まで…」
だがリーゼロッテの呟きはカリストに丸聞こえだった。
今まで彼女は明らかに婿取りに乗り気ではなかった。
しかし、ヘルマンという戦士にこれ程までに興味をしめすとは…!
「…分かりました姫さま。先代様へは帰還が遅れるとの通知を送ります。ヘルマン殿とやらも強く美しい侯爵様の婿となれるのですから幸運でございますな。姫さまの魅力をもってすれば靡かない男など皆無でしょう!」
「そ、そうでしょうか♡」
「某はヘルマン殿と姫さま、そして二人のお子様が仲睦まじく剣の稽古に励んでいる未来が見える思いでございます!」
リーゼロッテはポッと赤くなった。
「そ、そんな…♡ ヘルマン様の気持ちも考えず♡ 気が早いですよ♡」
「これでヴェンダバル家も安泰でございます!」
「も、もうっ。…でも子供は三人くらいは欲しいかしら…ね♡」
そして二人は南方へ向けて旅立つ。
先ほどの酒場で「ヘルマン一行は南に向かった」との情報を仕入れたからだ。
実は門衛の一人が死んだ事になっているグスタフから「これからは冬になる。南へ行こうと思う」との話を聞いていたため、グスタフの義兄弟であるヘルマンも同行しているだろう、との目論見からの情報だ。
「南方は亜人や獣人たちが種族ごとに暮らしているというわ。彼らは身体能力が高いから人間の剣術なんて興味ないだろうから情報が不足しているのよね。私も南方の国々は立ち寄った事もないわ」
「はい姫様。しかしながら彼らの中には剣に似た武器を振るう者たちもいると聞き及んでいます。どんな剣術があるのでしょうな」
「そうね。ヘルマン様を探すのは当然として、彼らの剣術で学び得るものがあると良いわね。…ああ、ヘルマン様はそこでどんなご活躍をなさっているのかしら。私と共に世直しの旅で…深まる男女の仲…♡ うふふ♡」
「はしたないですぞ姫さま。例の騎士爵位令嬢にご自分の素晴らしさを見せつけて、ヘルマン殿を諦めさせるのでしょう? それまではご油断なきように」
「大丈夫よ。ヘルマン様に守られているだけの令嬢で、しかも実家は元・騎士家。私の実力とイスパルダ剣匠侯爵家の名でお家再興を後押ししてもいいわ。私の夫であるヘルマン様がお仕えしていた家だもの。それくらいの事は許されるわよね」
二人は知らない。
ヘルマンの傍に寄り添う(?)令嬢が、美と豊穣の女神を凌ぐ超絶存在である事を。
そして女子力も他の女性の追従を許さない。
さらに武の腕前は人類種を超越し、神の領域に至っている化け物…いや、武神そのものであるという事を!




