美少女剣士
ドラゴン討伐式典会場を遠巻きに眺める一人の美女…いや美少女。
彼女の服装に華美な要素は全くない。
しかし地味ではなく、品の良い清楚な恰好をしている。
清楚なのは服装だけではなく、彼女の容姿も清楚そのもの。
しかし弱々しさとは全く無縁な、むしろ芯に強いものを感じさせる女性だった。
腰までありそうな見事な赤毛。
大きく見開かれた力強い瞳。
そして全身しなやかに鍛えられているが、女性としての魅力は損なっていない。
むしろ彼女の瑞々しい生命力と存在感が溢れんばかりの魅力を放っている。
そして彼女は剣を佩いている。
彼女の名はリーゼロッテ・ヴェンダバルという。
映えある剣術流派・ヴェンダバル流の本流家であり、主だった門弟たちは各国の貴族たちで占められている。
またその流派を修めた高弟たちは各国が高禄で求めているのだ。いかにヴェンダバル流が剣術流派として優れているかが分かるだろう。
そして『イスパルダ侯爵』という称号がある。
かつて大陸最強を誇った伝説の剣豪・イスパルダがその由来だ。
『イスパルダ侯爵』を名乗る事が許されるという事は、即ちその者が大陸最強である事を意味する。
そしてその称号はアリアンサ連邦のみならず、グラオザーム帝国、紅天華国などの列強国においてその実力を認められた証であり、その全ての国家から侯爵待遇で扱われ、剣指南役を任ぜられている。
なお、イスパルダ侯爵は特定の国家に属する事なく、また国家間の移動も自由である。
それ故に侯爵自身は特定の側の立場に立つ事はない。
無論、戦争に参加する事などあり得ない。
イスパルダ侯爵個人に戦況をもひっくり返す程の武力は望めないが、もし仮にイスパルダ侯爵が参戦した場合、味方した側の士気は大いに上がり、敵側の士気は大いに下がる事になるからだ。
もちろん、戦に参加しないとはいえ、力を持たない平民を理不尽から助ける場合はその限りではないのだが。
ヴェンダバル家はそんな『イスパルダ侯爵』を代々にわたり輩出してきた歴史がある。
つまり彼女のヴェンダバル家は大陸おいて並ぶものなき武門の家柄であった。
もし仮にイスパルダ侯爵の地位をヴェンダバル家から奪取するには?
それは当代のイスパルダ侯爵を正々堂々と剣で倒すのだ。
それが適えば、その者は晴れてイスパルダ侯爵を名乗る事が許されるだろう。
そしてリーゼロッテは若干18歳にして剣の腕前は前侯爵である父を凌ぐ女傑。
天賦の才に胡座をかかず、弛まぬ努力を続けた真の天才剣士。
イスパルダ剣匠侯爵リーゼロッテ・ヴェンダバル。
彼女こそ大陸最高最強の剣士と言っても過言ではない。
◇
「…竜殺し…。是非手合わせしてみたいと思ったのに、魔術師とは…」
『アリアンサ連邦ナキア伯国でドラゴン討伐を成し遂げた豪傑がいる』
その報は国家間を跨いで存在するヴェンダバル流の道場ネットワークを通じて本部道場までもたらされたのだ。
ヴェンダバル家は喜び勇んで彼女を式典に向かわせたのだが、それは無駄足だったようだ。
「姫さま、こればかりは致し方ありません。我がヴェンダバル一門に魔術師は不要ですからな」
「分かっています。…それとカリスト叔父上、いい加減「姫さま」というのはやめて頂きたいの。私は侯爵位を継いだのですよ」
「これは失礼しました。姫さま」
「……」
カリストと呼ばれた男は40歳前後だろうか。
実直な雰囲気を漂わせるヴェンダバル剣術道場の師範代でもある。
剣豪ではあるが、生活能力は無さそうな若き侯爵を補佐するための付き人で、ちなみに独身である。
独身男性ではあるが、独身女性である侯爵と帯同しているのは、彼が前侯爵の弟であるが故に間違いは起こらないという前提があるからだ。
「姫さま、まさか魔術師と戦うわけにも参りますまい。兄上様もお待ちである故に、一度道場に戻られてはいかがです?」
「いやよ。せっかく遠出できたのに、こんなに早く戻りたくないわ。それに父上ってば隠居して大人しくなるかと思ったら〝お見合い試合″の話しかしないんですもの」
「自分も姫さまが素晴らしき剣豪と結ばれ、お子様をもうける事を期待してやみません。ご隠居様や兄君さまも同じ思いでございます」
カリストは「姫さまのお子様も私めに手ほどきをお任せいただきたいものです」と笑う。
「…はぁ」
リーゼロッテは深々とため息をつく。
代々剣豪を輩出しているヴェンダバル家の伝統。
それは〝男子女子共に強い異性と結ばれる″という事。
前侯爵であるリーゼロッテの父は「竜殺しとやらの腕前を試してまいれ!」と言ってリーゼロッテに無断で討伐式典への参列を通知してしまった。
最強の称号としての『イスパルダ侯爵位』はリーゼロッテのモノだが、いまだヴェンダバル家の当主は前侯爵である父であるため、彼女としては当主の命令に逆らうワケにはいかなかった。
リーゼロッテとしても…嫌々ながら「…わかりました。ヴェンダバル家の子女としての役目を果たしてまいります」と、ナキア伯国くんだりまでやって来たのだ。
ソレはつまり、竜殺しが己に相応しい殿方かの腕試しを行い、結果によっては婿として連れ帰る事を意味している。
しかし、リーゼロッテは口ではそう言うものの、心に秘めた願望があった。
それは幼い頃、父や兄から言い渡された事に起因する。
⬜︎ リーゼロッテの回想 ⬜︎
リーゼロッテは二番目の兄と剣の稽古をしていた。
当時、彼女は父親から「ヴェンダバル家の子女は、己より強い男と結ばれて強い血を残さねばならん」と聞かされ、その理不尽さを嘆いていた。
「リーゼ、何を不貞腐れているんだ。真剣に稽古しなくちゃダメだぞ」
「…どうせ私は強い殿方のモノにされてしまうのです。こんなのあんまりですっ」
「ははっ」
「他人事だとお思いになって…。強い人と結婚? 一番上のお兄さまの結婚相手って、とても綺麗な方ですけど、あの方もお強いのですか?」
すると兄は笑う。
「俺たち男は違うんだ。男の相手の〝強く″っていうのは〝心身共に健全で健康″っていう意味だ。もちろん〝健康で剣の腕が強い″事が理想だからな。だから兄上はその条件に合った自分の好みの女性を門弟たちの中から選んだんだよ」
「ッ!?」
「だけど、お前たち女にとっての相手の〝強さ″っていうのは健康ってだけじゃない。それに加えて〝腕っぷしが強い″とか〝剣の腕前″も求められる。そうでないと弱い子供ができちゃうだろ」
「女をなんだと思っているんですか! 酷いです!」
喚く妹に兄は説明する。
ヴェンダバル家はそれがどんな名門の子であろうとも弱い男を婿に選ぶことはない。
しかし、強い男であれば、どんな貧民の子だろうと喜んで婿に迎え入れるのだと。
「わ、わたし、そんなの嫌ですっ。わたしはステキな殿方と一緒になりたいですっ!」
兄は「じゃあ、もっと頑張って修行しないとな」と笑う。
それは悪知恵を考えているような笑みだった。
「お前はどんな男よりも強くなればいいんだ。そして、自分の納得する男に出会ったらわざと負ければいい。もっともある程度の力は認められなきゃダメだろうけどな」
「…ーーッッ!!」
⬜︎ ⬜︎ ⬜︎
そしてリーゼロッテは他者の何倍も努力を続け、いつのまにかヴェンダバル家で最強の剣士となった。
幼い頃からの「ステキな旦那様に出会うまで、誰にも負けないんだからぁッ!」という乙女の一念が彼女をここまでの剣士に育て上げたと言って良い。
今回の竜殺しとやらがステキな殿方であれば、試合して負ければ良い。
好みではなかったら全力で戦い、貞操…いや将来を守らねばならない。
いかにドラゴンという怪物を倒す剛の者とはいえ、しょせんは巨大なモノを力任せで屠る戦い方だろう。
対人戦で磨き上げた己の剣術が負けるはずがないという自信があるのである。
しかし、魔術師と共に戦ったというグスタフの人となりを聞いてみると、人柄は申し分なさそうなのだが、肥満体の巨漢だという。
死んでしまったグスタフには申し訳ないが、リーゼロッテの趣味ではなかった。
◇
「姫さま、これからどちらへ?」
「ナキア伯への挨拶も済んだし、式典に参列しなくても良いでしょう。それよりもこの地に素晴らしい戦士がいないか聞き込みとまいります」
「ああ! 婿殿を連れ帰る自覚に満ち満ちておられるのですな!」
リーゼロッテは己の実力に及ばなくとも、己のメガネに適う戦士を見つけるのに必死なだけだ。
何故なら父親が勧めてくる〝お見合い試合″の相手は、腕っ節だけが自慢な無骨で野蛮な無頼漢ばかりなのだから。
彼女がヴェンダバル流一門に敵なしであるため、部外からお婿さん候補を募らねばならないとは言え、もっとマシな男はいないのかと思ってしまう。
だが、万が一にでもそのような野蛮人に運悪く負けてしまっては、18年間守り続けてきた貞操が無惨にも散らされてしまうのである!
それにそのような者に敗れた場合、その者を婿養子としてヴェンダバル家に迎え入れ、更には侯爵位も譲らなくてはならない。
野蛮人がイスパルダ侯爵を名乗ること。それはヴェンダバル家の恥だとリーゼロッテは考えている。
しかし前侯爵をはじめとする一門の重鎮たちは「多少素行が悪かろうが肩書きが人間を作るのだ。いずれは礼儀作法も身につくだろう。強さを追い求める事が御家のためだ!」と聞く耳を持たないのだ。
そのため、リーゼロッテは素晴らしい戦士に巡り合う機会を逸したくないのである。またアリアンサ連邦の内地であるナキア伯国にはヴェンダバル流剣術道場がなかったため、有望な戦士の情報が本部まで上がってこなかった。
つまり『リーゼロッテが納得する素敵な戦士』かつ『ヴェンダバル一門が納得する強力な戦士』がいる可能性かゼロではないのだ。
「さ、聞き込みと参りましょうか」




