第226話 運命の管理者
「なっ……!?」
次に目を開けた時、僕は見たこともない場所に立っていた。辺り一面に美々しい花畑が広がっており、空には綺麗な虹が架かっている。花畑の真ん中には大きな池があり、その中心には白塗りの家が建っている。まるで御伽話に出てくるような神秘的な空間だ。
「美しい所でしょう? ここは私のリゾート地です。誰かをお招きすることなんて滅多にないんですよ」
僕のすぐ隣りには、いつか見た神々しいローブを纏った女性――テミスが立っていた。この人がさっきの婆さんと同一人物というのだから驚きだ。さっきは呼び方なんて何でも構わないと言っていたが、さすがにこの姿では婆さんとは呼べないな。
だがそれ以上に驚きなのは、一瞬で僕と自分をこの場所に転移させたことだ。ただ転移させるだけなら【瞬間移動】のような転移系呪文を使えば済む話だが、注目すべきは彼女がそういった呪文を使った様子が一切なかったことだ。僕らが呼吸をするのに呪文を用いないように、テミスにとってはできて当然の行為なのだろう。
「立ち話もなんですから、まずはあちらにどうぞ」
彼女に家のテラスまで案内され、そこの椅子に腰を下ろした。
「先程から複雑な顔をしていますが、どうかしました?」
「……なんか、婆さんの時と全然雰囲気が違うと思ってさ。まあ僕も人のことは言えないんだけど――」
「ってアンタも人のこと言えんやないかーい!」
スパーン。テミスが僕の頭をハリセンで引っぱたく。
「駄目ですよ、セルフツッコミなんて。今のはワタシにツッコませるところでしょう?」
「……え、あ、はい」
それ以前にアンタ、そういうことするキャラだったの?
「今紅茶を淹れますから、少し待っていてくださいね」
そう言ってテミスは家の中に入り、待つこと数分。二杯の紅茶を盆に乗せてテミスがテラスに戻ってきた。どうでもいいけどテミスとテラスってややこしい。
「お待たせしました。冷めないうちにどうぞ」
「……どうも」
僕はテミスが淹れてくれた紅茶に口をつける。が、すぐに噴き出してしまった。
「酸っぱ!! 何だこれ!?」
「あ、お口に合いませんでした? ワタシ特製、梅干し入り紅茶です」
「う、梅干し!?」
紅茶を覗き込むと、確かに梅干しが一個入っていた。どうりで酸っぱいわけだ。
「ワタシが『怪しい梅干し屋』を経営していることはご存知でしょう? ワタシ、梅干しを作るのが趣味なんです」
「だからって紅茶に梅干しを入れるのはおかしいだろ……」
「そんなことありませんよ。実際そういうレシピもあったりしますし。健康にも良いんですよ」
それでも来客に差し出すようなものじゃないだろう。
「てか、なんでアンタ梅干し屋とかやってんの? わざわざ婆さんの姿になってまで」
「梅干しの素晴らしさを世間に広めたいからです。というのは建前で、普段から時間を持て余すことが多いんですよ。その時間を有効に使いたいと思いまして、梅干し屋を開くことにしたんです」
要するに暇人の退屈凌ぎってわけか。僕も覇王城でトランプとかドミノばかりやってた時期があったからとやかく言えないけど。
「しかしなかなかお客さんが来てくれなくて、週に一人来るかどうかといった有様でして。それが最近の悩みでもあります。何がいけないんでしょうか……」
溜息をつくテミス。そりゃ看板に「怪しい梅干し屋」なんて書かれてたら店に入る方がどうかしてるだろう。実際入ってしまった僕が言うのもどうかと思うが。
「ワタシの愚痴はさておき、そろそろ本題に入りましょうか。先程ワタシに聞きたいことがあると仰ってましたね。貴方は何を知りたいですか?」
平然と梅干し入り紅茶を飲みながら、テミスが聞いてくる。
「……以前アンタは自分のことを〝運命を管理する者〟と言ったよな。それは一体どういう意味だ? もしかして〝神〟ってやつか?」
「ふふっ、そんな大それた存在ではありませんよ。言い換えるなら〝世界の流れを正しい方向に導く者〟といったところでしょうか」
「……よく分からないな。具体的にアンタにはどういった力があるんだ?」
「どういった力、ですか。一言で説明するのは難しいですが……」
テミスは紅茶をテーブルに置き、指を鳴らした。
「……は!?」
僕は声を上げた。なんと周囲の景色が一瞬で穏やかな海に様変わりしたのである。さっきまで辺り一面花畑だったというのに。
「とまあ、これくらいのことができる力はあります」
「一体何をした……!? また別の場所に転移したのか?」
「違いますよ。この空間そのものを造り替えたんです」
「……マジか」
再びテミスが指を鳴らすと、また元の景色に戻った。ただ指を鳴らしただけで、しかも呪文も使わずに空間を造り替えてしまうとは。とりあえず常軌を逸した力を備えていることはよく分かった。
「詰まるところ、アンタは全知全能ってやつなのか?」
「さすがにそれは過剰表現かと。しかしまあ、大抵のことはできますし、大抵のことは知っています。勿論、アナタが前世で暮らしていた国のことも知っていますよ」
「……日本のことも?」
「ええ。証拠を見せてあげましょうか?」
椅子から立ち上がり、大きく息を吸うテミス。何をする気だ……!?
「空・前・絶・後のおおおおおーーーーーっ!!」
は?
「どうですか? 今のは貴方の国の流行語です。これで信じていただけましたか?」
「…………」
「おや、リアクションが薄いですね。では別の流行語で。ゲッツ!! あ、これはちょっと古いですね。そんなの関係ねえ!! そんなの関係ねえ!! これも古いですね……」
僕は頭を抱えた。僕の中でテミスのキャラがどんどん崩壊していく……。
「悪い。前世の記憶は曖昧で、流行語とかは覚えてないんだ」
「……ああ、なるほど。それなら仕方ないですね」
椅子に座り直し、優雅に紅茶を飲むテミス。この切り替えの早さは見習いたいものだ。
「てか、僕が転生者だってことは当然のように知ってるんだな」
「それはそうでしょう。何を隠そう、貴方を覇王として転生させたのはこのワタシなのですから」
「……はあ!?」
衝撃のあまり、思わず僕は立ち上がった。
「アンタが僕を転生させたって……それ本当なのか!?」
「本当ですよ。そんなに驚くことですか?」
「驚くに決まってるだろ!! 少なくとも紅茶を飲みながら言うことじゃないぞ!!」
確かにこの人ほどの力があれば可能かもしれないが、まさかこんな呆気なく僕の転生の真相が明らかになるとは思わなかった。
「まあまあ、落ち着いてください。今からワタシが渾身のダジャレを披露してあげますから」
「結構だ!!」
しかし取り乱してばかりもいられない。テミスが僕を転生させた張本人だと分かった以上、聞きたいことは山ほどある。僕は深呼吸して気持ちを落ち着かせ、テミスを真っ直ぐに見据えた。
「……どうして僕を覇王として転生させたんだ?」
「なんとなくです」
「な、なんとなくだと!? そんな気まぐれで転生させられるとか迷惑にも程が――」
「ふふっ、冗談ですよ。勿論ちゃんと理由はあります」
僕の拳が震える。ブン殴りてえ……!!




