第225話 メルエス村
サーシャのアジトに戻り、皆と楽しく食事をした後、セレナ達はそれぞれの家庭に帰っていった。今ここに残っているのは僕、リナ、ラファエの三人だけだ。いや、もうサーシャのアジトという呼び方は違うか。今日からここはラファエの家となるのだから。
「それにしても、良かったなラファエ。立派な家を貰って」
「まあ、一人で住むには立派すぎる気がしますけどね。贅沢を言える身でないことは分かってますけど」
僕は今、広々としたリビングでラファエと話をしていた。間もなく僕とリナもここを去る予定なので、その前に少しラファエと話そうと思ったのだ。
「ユートさんはあまりセレナさんと話してませんでしたが、よかったんですか? お二人は恋人同士なんですよね?」
「えっ……なんでお前がそれを!? 誰かに聞いたのか!?」
「いえ、お二人を見てたらそれくらい分かりますよ。覇王であるユートさんが人間のセレナさんとお付き合いしてることは少し驚きですけど」
こいつ、意外と鋭いな。なんか妙に恥ずかしい。
「なんというか、色々あってな。ちょっと気まずかったというか」
「倦怠期ってやつですか?」
「……そういうわけじゃない」
スーとのデートはバッチリ見られてたし、あの後だとどういう顔でセレナと接したらいいのか分からなかったのだ。後日ちゃんと埋め合わせしなければ……。
「それよりラファエ。今更こんなことを聞くのもどうかと思うけど、本当に人間の身体でよかったのか? こうなった以上、もう七星天使に戻るのは難しい。お前だって何らかの信念を持って七星天使になったんだろ?」
「……そうですね。でも、いいんです」
俯きながら、ラファエは小声で答えた。
「僕は自分の力を誰かを守る為に使いたい。そして身体の弱い人達や、恵まれない環境にいる人達を守れるような存在になりたい。そう願って七星天使になりました。でも結局、僕は何一つ守ることはできませんでした。それどころか七星天使は、人間の魂を奪うような真似を……」
ラファエの言葉から、悔しさや悲しさがひしひしと伝わってくる。お前は何も悪くない――そう言ったところで、きっと気休めにしかならないだろう。
「だけどアスタさん達と出会い、ここにいた沢山の子供達を見て、気付いたんです。誰かを守りたいという想いに、地位や力は必要ないことに。ですからこれからは人間の皆さんと同じ立場の中で、より多くの人達を守れるような存在になりたい……そう思います」
「…………」
「なんて偉そうなことを言いましたけど、具体的に何をするか全然決まってないんですけどね。あはは……」
「……いや。立派だよ、お前は」
正直驚いた。ラファエはただ漠然と人間になりたいと言ったわけではなく、ちゃんと自分の信念に基づいた理由があったのか。
「あ、でも身体がこのままでいいなんて思ってませんから! お願いですから男性に戻る方法を考えてくださいよ!?」
「あ、ああ。努力する……」
果たしてそんな方法があるのだろうかと、早くも不安に駆られる僕。だけどこんなことになったのは僕のせいだし、なんとかしないとな……。
「すみません、お待たせしました」
そこにリナが戻ってきた。どうやら食事の後片付けが終わったようだ。
「悪いな、片付けを全部リナ一人に任せてしまって」
「あ、いえ! 私が自分から言い出したことですので!」
慌てたように手を振るリナ。僕には勿体ないくらいよくできた妹だと常々思う。
「それじゃ、そろそろ帰るか。またなラファエ、時々顔を見せに来るから」
「はい。お二人ともお元気で」
ラファエに別れを告げ、僕とリナは覇王城に帰還したのであった。
☆
翌日。僕はメルエス村の場所を地図で確認した後、【瞬間移動】を使ってその村に転移した。ただ村を見るだけなら【千里眼】でも事足りるが、やはり直接足を運ぶべきだと思ったのだ。まさか二日続けて人間領に赴くことになるとはな。
「ここが……メルエス村……」
エリトラの故郷であり、七年前に七星天使によって滅ぼされた村。復旧作業すらろくに行われなかったらしく、大半の家屋が崩壊しており、当時の凄惨な光景が目に浮かぶようだ。人の気配はないので、やはり今は誰も住んでいないと思われる。
覇王の姿だと動きづらいため【変身】で人間の姿になり、村の中を歩いて回ることにした。地面に目線を落とすと、あちこちに白骨化した遺体が転がっている。人間だった頃なら悲鳴くらい上げていたかもしれないが、今となっては特に何も感じない。幽霊くらい出てきてくれたら多少は驚くかもしれないが。
もしかしたらこの村なら、エリトラについて何か手掛かりが得られるかもしれない――そう思っていたのだが、小一時間費やしても特に得られるものはなかった。七年も経っていたのでは致し方ないか。あまり期待はしていなかったのでそれほど落ち込んではいないが、とんだ無駄足だったな……。
「ヒッヒッヒ。ここにお前さんの求めるものはないぞい」
「!?」
不意に背後で声がした。素早く振り返ると、なんとそこには例の梅干し屋の婆さんが立っていた。直前まで全く気配を察知できなかった。
「……久し振りだな婆さん。いや、テミスと呼んだ方がいいか?」
動揺を見せないようにしつつ、僕は婆さんに話しかける。
「ヒッヒッヒ。呼び方なんて何でも構わんよ」
「……何故アンタがこんな所にいる?」
「なに、ただお前さんの顔を見に来ただけじゃよ。他の者がいる時だとお前さんにとっても都合が悪かろうと思っての」
「それでわざわざ僕が一人の時を狙って現れたってわけか」
何故僕の居場所が分かったのか――そんなことは聞くだけ無駄だろう。この婆さんを一般的な常識の尺度で測っては駄目だ。
「ちょうど僕もアンタに会いたいと思ってたところだ。アンタが一体何者なのか、ずっと気になってたからな。他にもアンタには色々と聞きたいことがある」
「ほう、そうかい。だが話をするにはここは些か殺風景じゃ。まずは場所を変えるとするかの」
そう言って婆さんは指を鳴らす。次の瞬間、僕の視界が眩い光に覆われた。




