第131話 ラファエとの再会
できるだけ音を立てないように廊下を歩き、程なくして僕は三階のセレナの部屋の前に辿り着いた。
またサーシャに覗かれるのは勘弁なので、廊下に人の気配がないことを再確認。そしてもう一度大きく深呼吸した後、部屋のドアを軽く二回、ノックした。
「……ん」
返ってきたのは鈴虫が鳴いたような小さな声だった。鍵は掛けていなかったらしく、レバーハンドルを押すとドアは自然に開いた。
そこにはベッドの上で膝を抱え、太股とお腹の間に挟んで座っているセレナの姿があった。カーテンの隙間から洩れる星々の光が、ほんのり赤く染まったセレナの頬を優しく照らしている。
「入って、いいか?」
「……ん」
セレナはクッションに顔を埋め、返事をする。僕はドアを閉め、セレナの隣りに腰を下ろした。
「…………」
「…………」
特に会話もないまま、時間だけが過ぎていく。僕がここに何をしに来たのか、それはセレナも分かっているだろう。
しかし一体どのタイミングで始めたらいいのか、僕は非常に悩んでいた。この前の夜はどういう成り行きだったっけ……と記憶を辿っていると、セレナの身体が小刻みに震えていることに気付いた。
「緊張……してるのか?」
僕が声をかけると、セレナはようやくクッションから顔を上げた。
「当たり前、でしょ? だって今夜のことは、一生記憶に残ると思うから……」
「……そうだよな」
セレナは今宵、女の子にとって一番大事なものを僕に奪われる。これが緊張しないはずがない。
するとセレナは徐にパジャマを脱ぎ始め、下着のみの姿になった。今夜は上下とも薄いピンク色。しかしセレナはそれ以上脱ごうとする様子はない。ここから先は僕に……ということなのだろう。
「……ユート」
虚ろな目で僕を見つめるセレナ。その色っぽい表情を見て、ようやく僕にスイッチが入った。
「んっ……!」
僕はセレナの身体を引き寄せ、その唇に自分の唇を重ねた。しかしこの前と違って舌も絡めていく。セレナは時折声を洩らしながら、ただそれを受け入れる。
しばらく経って互いの唇を離すと、そこにはとても満ち足りたセレナの表情があった。下の方に目をやると、早くもセレナの下着が濡れており、ベッドのシーツにまで染みこんでいた。
だが、本番はまだ先だ。ここから更にもっと、セレナには様々なことを体験し、感じてもらうことになる。僕は再びセレナに手を伸ばし、下着を脱がせ始めた――
「……!?」
セレナの胸を露わにした直後、僕は手を止めた。今回はサーシャ達の覗き見に気付いたとかそういう理由じゃない。カーテンの隙間から、外の海辺をゾンビのようにフラフラと歩く人物の姿が目に入ったからである。
「ユート……?」
なかなか手を出してこない僕を見て、首を傾げるセレナ。それから左腕で胸を隠しつつ上体を起こし、僕の視線の先を追った。
「誰か……いる?」
どうやらセレナも発見したようだ。こんな深夜に一体何をやってるんだろうか。
まあ、たとえ誰が何をしてようと僕達には関係のないことだし、構わずセレナとの営みを続けよう――と思ったもののやはり気になるので、ひとまず僕は目を凝らしてその人物に焦点を合わせてみた。
「……えっ!?」
その瞬間、僕は思わず声を発した。何故ならその人物にはハッキリと見覚えがあったからである。間違いなくそれは七星天使の一人、ラファエだった。何故あいつがこんな所にいる……!?
「ユート、もしかして知り合いなの?」
「ああ。あいつは――」
僕は言葉を止める。あいつが七星天使の一人であることは言わない方がいいだろう。七星天使に姉の魂を奪われたセレナにそれを言えば、荒事になるのは確実だ。
「――いや。やっぱり気のせいみたいだ」
色々迷った末に僕はそう言った。友達ということにしようかとも思ったが、まだ二回しか会ったことがないのに友達というのもおかしな話だろう。
その二回とは、人間としてセアルに『七星の光城』まで連れてこられた時、そして覇王として『七星の光城』を襲撃した時。と言ってもラファエの中ではこの二人は完全に別人だろうけど。
にしても大丈夫かあいつ? なんか今にも倒れそうなんだけど――と思った矢先に本当に倒れた。しかも一向に起き上がる気配がない。
「倒れちゃったけど大丈夫かしら――って、ユート?」
気付けば僕はベッドから下り、部屋のドアに向かって歩き出していた。
「あのまま放置しておくわけにもいかないだろ? セレナはここで待っててくれ」
「で、でも今は……」
セレナが俯く。そう、今はセレナとの行為の最中。この前はサーシャの邪魔が入って中断になったのに、今回もまた中断になるのはセレナも不本意だろう。それは僕も同じだ。
そして僅かな沈黙の後、セレナは顔を上げてこう言った。
「ごめん、そんなこと言ってる場合じゃないよね。早く行ってあげて」
「……ああ」
僕は心の中でセレナに謝り、部屋を出てラファエのもとに向かった。
「どうしてこういつもいつも、妨害が入るのかしら……」
一人部屋に取り残されたセレナは、不満げに深々と溜息をついたのであった。
☆
ラファエが目を覚ましたのは朝になってからのことだった。
あれから僕はラファエを別荘まで運び、空いている部屋のベッドで寝かせておくことにした。朝になり、サーシャへの報告を済ませた後でその部屋に寄ってみると、ラファエがちょうど目を覚ました。
「ここ……は……?」
ラファエはゆっくりと身体を起こし、呆けた顔で部屋の中を見回す。
「よく眠れたか?」
僕の声に反応したのか、ラファエの視線が僕の方に向けられる。するとラファエは驚愕の表情を浮かべた。
「ユートさん!? ユートさんですよね!?」
眠気も吹っ飛んだらしく、ラファエは大声で叫んだ。僕にとっては三度目、ラファエにとっては二度目の対面ということになる。
「確か僕は、海辺を歩いてる途中で意識を失って……。もしかしてユートさんが助けてくれたんですか!?」
「ああ。だが勘違いするなよ、僕はお前をもてなす気なんて更々ない。お前ら七星天使が人々に何をしてきたか、分かってるよな?」
「……っ。はい、分かってます……」
暗い表情でラファエは答えた。そんなラファエに僕は一杯のお茶を差し出す。
「喉乾いてないか? とりあえず飲んだらどうだ」
「え? あ、ありがとうございます……」
「部屋の中、暑くないか? 窓開けてやるよ」
「ありがとうございます……」
「体調の方はどうだ? 具合が悪いのなら遠慮なく言えよ」
「す、すごくもてなしてくれますね。嬉しいですけど……」
「…………」
言われてようやく気付いた。こいつと僕はあくまで敵同士だというのに、我ながらなんて面倒見の良さだろうか。
R15の壁は高かった……。




