第109話 最期の灯火
セアルの【火山噴火】【砂塵の竜巻】をまともに喰らい、最後には【豪雷】によって雷に打たれた僕は、その場にドサッと倒れた。
「まさかこうも簡単に倒せるとはな。貴様を滅ぼす為に躍起になって人間の魂を集めていた自分が馬鹿みたいじゃ」
どうやらセアルは完全に勝った気でいるようだ。
「……とまあ、演技はこれくらいにしておこうか」
僕はすぐに立ち上がり、服に付いた汚れを片手で軽く払う。それを見てセアルは驚愕の表情を浮かべた。
「演技じゃと……!? まさか何らかの呪文で防いでいたというのか!?」
「防いでなどいない。単に貴様の呪文ごときでは余を葬るに至らなかったというだけだ。雷など余にとってはただの静電気でしかない」
どちらかというと雷そのものより雷鳴の方が効いた。未だに耳がキンキンする。
HP9999996854/9999999999
ステータスを確認してみると、HPが一気に3000近く減っていた。たった三回の呪文で僕にこれだけのダメージを負わせるとは、流石は七星天使のリーダー。だが所詮僕の命に届くことはない。
「どうした? まさかもう手詰まりというわけではあるまいな?」
「くっ……当然じゃ!! 呪文【湖水爆発】!!」
セアルの右手から間欠泉のような勢いで大量の水が放たれ、僕の身体に炸裂する。僕はしばらくその攻撃を受けてみた後、右手を大きく振ってそれを弾き返した。
「呪文【土石流】!! 呪文【猛吹雪】!!」
その後も様々な災害で僕を攻撃するセアル。しかし案の定どれも致命的なダメージを与えることはなく、僕の両足は微動だにしなかった。
「ば……化け物め……!!」
セアルの呼吸が乱れ始める。そろそろ潮時か。
「どうやらこれ以上の災害は見られそうにないな。もはや貴様に用はない。消えてもらうぞ」
「……はっ。そう簡単にワシを殺せると思うな。【死の宣告】が通用しないことは既に学習したはずじゃ」
「それはどうかな。呪文【呪文凍結】!」
僕がその呪文を唱えると、セアルの首に〝氷の輪〟が装着された。
「何じゃこれは……!?」
「安心しろ。その呪文は貴様の首を絞めつけるものではない」
そう言いながら、僕は人差し指の先をセアルに向ける。
「呪文【死の宣告】!」
暗転する視界。直後にセアルの身体が紫色のものに浸蝕され始める。
「愚か者め、まだ理解していないのか! 呪文【身体遡行】!!」
再び身体の時間を戻そうとセアルは呪文を唱える。しかし依然として紫色のものは浸蝕を続けている。
「馬鹿な、何故……!?」
「【呪文凍結】は一定時間呪文の発動を封じる呪文だ。もはや貴様にできるのは、ただ死を待つことのみ」
これは先日人間として『天空の聖域』に連れてこられた際、セアルが僕に対して使用した【魔封じの枷】に近い。こちらは時間制限がつく代わり、遠距離の相手にも発動できるという利点がある。
「おのれ……こんなもので……!!」
セアルが氷の輪を壊そうと必死に藻掻く。しかし【魔封じの枷】同様、この呪文も腕力ではどうにもならない。あの時の借りはキッチリ返させてもらう。
そして【死の宣告】の発動から八秒が経過したあたりで【呪文凍結】の効果が切れ、氷の輪は解除された。仮にここで【身体遡行】を発動し身体を五秒前の状態に戻したとしても、もはや【死の宣告】が発動した後の状態にしか戻せない。連続使用できないことは先程セアルが教えてくれた。よってこの瞬間、セアルの死は確定したことになる。
「覇……王……!!」
十秒が経過。セアルの全身が紫色に覆われ――セアルはその場に倒れた。終わってみれば呆気ない勝負だった。
「さらばだセアル。安らかに眠れ」
さて、最後の仕上げだ。僕は階の中央に置かれた『魂の壺』に目を向ける。あれを破壊すれば人々の魂は持ち主の身体へと還っていくはずだ。僕は『魂の壺』のもとへと静かに歩き出した。
「……?」
が、その途中で僕はある〝違和感〟に気付き、ふと足を止めた。そして床に俯せになって倒れたセアルに目を向ける。
おかしい。人間や悪魔と違って天使はその命が尽きた時、死体は残らず身体は塵となって消滅するはず。それはウリエルや下級天使で既に確認済みだ。しかしセアルの身体はいつまでもその場に残留していた。
一体どうなっている。セアルの死体だけが例外とは思えない。まさかこいつ……!!
「……ふっ」
セアルの口から声が洩れ、僕の背筋に悪寒が走った。
「ふふふふふふ…………はははははは……………!!」
地獄から湧き出るような笑い声と共に、セアルはゆらりと立ち上がる。その全身は不気味な赤黒色に染まっていた。
「残念だが勝負はまだついていない……ワシはこの瞬間が来るのを待っていた……!!」
どういうことだ。確かに【死の宣告】によってこいつは死んだはず。発動が成功したように見せかけて何らかの方法で無効化していたのか? ならばもう一度……!!
「呪文【死の宣告】!!」
僕は三度目の【死の宣告】を唱える。しかし今度は何も起きなかった。
「悪いがその呪文はもはやMPの無駄にしかならない。何故なら私は既に死んでいるからだ。死人に死を与えたところで何の意味がある?」
「既に死んでいる、だと……?」
「【最期の灯火】。この呪文は生が終わりを迎えた時に発動することができる。これによりワシは十分の間、死体の状態で活動することが可能になる」
「……!!」
僕は戦慄を覚えた。こいつは死しても尚、僕を滅ぼそうというのか……!!
「覇王よ、本番はこれからだ。呪文【火山噴火】!!」
セアルの右手から火山岩と溶岩流が放たれる。何をするかと思えばさっきと同じ呪文だと? 一体どういう――
「ぐおっ!?」
セアルの攻撃が炸裂し、僕の身体は数メートルの後退を余儀なくされる。さっきとは威力がまるで違っていた。
「言い忘れていたよ。【最期の灯火】にはステータスを格段に上昇させる効果があることをな。今の私を死ぬ前の私と同じだと思っていたら痛い目を見るぞ」
「……そのようだな」
どうにも僕には敵の攻撃を避けない癖がついてしまっている。何故なら今までは避ける必要がなかったからだ。
しかし今回ばかりは安易に攻撃を受けない方がいい。僕がそう危機感を覚えるほどに、今のセアルからは尋常ではない強さが感じられた。
「だがその力を得る為の代償が自らの命とは、大博打に出たものだな」
「ワシ一つの命と引き替えに貴様を滅ぼせるのなら本望だ」
どうやら僕は少々甘く見ていたようだ。セアルがこの戦いに懸ける信念を。
「いくぞ覇王。呪文【隕石衝突】!!」




