第八十五集 置き手紙
9月12日 10:20 渋谷 小戌丸邸
小戌丸さんはもう一度深く頭を下げた。
葉月先生の実の親ではないが、葉月先生の両親を助けられなかった自分の不甲斐なさと、葉月先生のことを思っての言葉だったんだろう。
「お任せ下さい、私たちももう先生を失いたくありませんので。」
「そうか、洋海は大地の前任者だったな…」
「あれ?もしかして根元先生も小戌丸さんの元で修行してたんですか?」
小戌丸さんが根元先生のことを知ってるっぽい言い方をしたからつい聞いてしまった。
「そうだ、洋海は途中からだが、2人ともオイラが面倒を見ていたぞ。」
「なるほど。」
根元先生もか…葉月先生もだけど、根元先生もバケモンだったし納得だ…
「何度も申し訳ないが、大地のことは頼む。たぶん今頃病院を抜けて藤原邸に忍び込んでいるかもしれないが、怪我してるならそう無茶はしないだろう。」
え、葉月先生そんなやんちゃなの?てか卯道さんが見てるから大丈夫だと思うんだけど。
「陽葵が見てるから大丈夫だと思ったか?確かに陽葵は簡単に患者を逃さないが、大地なら話は別だな。はっはっは!!」
いや笑うとこじゃないでしょ…
「それじゃ、オイラは仕事があるから、話はここまでにしよう。今日はわざわざありがとうな。」
「いえ、こちらこそ貴重な話をどうもありがとうございました。」
五十鈴が一礼に合わせて、俺と松永も小戌丸さんに一礼をした。
「大地を、頼んだ。」
小戌丸さんは去り際に、もう一度その言葉を挟んだ。
10:25 渋谷 小戌丸邸前
さて、このあとどうしようかな。
任務もないし、帰ろうかな。
「葉月先生が心配ですね…1度玉兎温泉旅館に行ってみませんか?」
五十鈴は心配そうに語った。
マジで?俺帰りたかったんだけど…
いやね、葉月先生のことは心配だよ?でもほら、学校行かなくてもいいし早く帰りたいじゃん?そういうこと。
「にゃーちゃんはどうしたい?」
「にゃおー…」
「葉月先生のことが心配?」
「にゃー!」
「うん、なら会いにいかないとね。」
松永はにゃーちゃんと謎の会話をしていた。
マジか、これ流れに乗らないといけないやつじゃん。やめろって、日本人流れに逆らうの苦手なんだから。
「わかった、今から行こうか。」
「ありがとうございます、丑崎さん。」
11:30 鎌倉 玉兎温泉旅館 病室
「あ!来たっす!君たち、大地さんどこ行ったか知らないっすか?」
葉月先生の病室に行くと、1人で慌ててる卯道さんがいた。
そして、葉月先生は小戌丸さんの言う通り病室からいなくなっていた。
「いや、知らないですね。今小戌丸さんのところから来たばっかなので。」
「小戌丸さん?もしかして一さんっすか?」
「はい、そうです。」
「ふーん、まあいいや!それより大地さんっすよ!怪我がまだ治ってないっすから、変に動かれると余計悪化するっす、早く連れて帰ってきてくれると助かるっす。」
卯道さんは焦りながらも葉月先生のことを心配していた。
だけどそれは無理だな、まずどこに行ったかわかんないし、見つけたとして絶対連れて帰って来れない。
なぜなら無理にでも葉月先生が逃げるだろうからな。
「あぁその顔、無理って顔っすね…まあいいっすよ、大地さんならたぶん大丈夫だと思うっすけど、いややっぱ心配っす…」
卯道さんは理解してるけどやっぱり心配そうだ。
でもなんやかんや大丈夫だと思うけどな、葉月先生。
「とりあえず君たちはもうかえって大丈夫っすよ、手続きとかはこっちでやるっすよ。」
「すみません、ではこれで失礼させていただきます。」
葉月先生もいないことだし、俺らがここにいる意味も特にないわな。
「じゃあ私は先に行くっすよ、またね!」
そう言いながら、卯道さんは病室を後にした。
「さて、私たちも帰りましょうか。」
「にゃーおー!」
「にゃーちゃん!?病院だから出てきちゃダメだよ!」
にゃーちゃんが鳴きながら松永のかばんから飛び出してきた。
「にゃおー…」
するとにゃーちゃんは葉月先生のベッドで鳴き出した。
「にゃーちゃん、そこに何かあるの?」
「にゃー!」
「布団の下に、何かがあるみたいだよ。」
「布団の下?」
疑問に思っても仕方ないから、松永の言う通りに、にゃーちゃんのいたところをめくった。
「なんだこれ?」
1枚の紙が置いてあった。
「五十鈴、なんか置き手紙的なものがあったよ。」
「なんて書いてありますか?」
えーっと、って字きったな。
「なんて書いてあんだこれ。えーと、わしのことは探さんくていい、おまんらはおまんらの任務を全うしろ。安心しろ、わしは必ず戻る。って…」
遺言みたいに書くなって…
「文面では冷静そうですが、きっと葉月先生は復讐相手の居場所を突き止めたから、今向かってるはずです。」
ったく、着任してまだ2週間も経ってねぇのにやんちゃしやがる先生だ。
「どうするよ五十鈴。」
個人的にはすぐに動きたいけど、葉月先生の動向がわからない以上下手に動けない。
「そうですね…」
五十鈴もかなり悩んでいるようだ。
「もう一回、にゃーちゃんに尾行させてみても、いいよ。」
「にゃー!」
「それはいい案だけど…」
「葉月先生に一度気づかれていますので、流石にもう一回となると無理かと思います。」
そう、二度目も許すタイプじゃなさそうだしなあの人。
「一か八かですが、方法はあります。」
五十鈴が険しそうな表情を浮かべながらそう言った。
「言ってみてくれ。」
「葉月先生が病室から出た瞬間は、早くて深夜、遅くて今朝だと思います。そしてきっと藤原邸に向かうと思います。」
そうだな、監視じゃないにしろ、卯道さんがずっとついてるわけじゃない。なら逃げ出す瞬間は必ずある、そして見つかりにくいとなると、人が少ない深夜か早朝になる。
「葉月先生も怪我してる身なので、準備万端の状態で向かわれると思います。」
となると、回復見込みがどれくらいかって話だな。
「卯道さんに完治する日数を聞かなきゃな。」
「そうですね。」
「そうと決まれば、とっとと動こうか!」
「にゃー!」
かわいい。
11:50 鎌倉 玉兎温泉旅館 事務室
「完治までの日数っすか?そうっすね、強さんと比べると大地さんのが酷かったっすから、最低でも一週間は絶対安静っすね。」
最低でも一週間か、ただ葉月先生が一週間も待つとは思えないからな。
「大地さんのことっすから、すぐにでも動き出すと思うっすけどねぇ…全く、医者の話をちゃんと聞かない患者は困るっす…」
そうだよなぁ…
「でも安心するっすよ、点滴と薬の効果があるっすから、一番早くて16日っすね。」
「それはどうしてですか?」
「単純っすよ、大地さんや強さんみたいに話を聞かない患者がいるっすから、点滴と薬で体を無理やり弱らせてるっすよ。」
すごいな…さすがは卯道家だ…
「なるほど…わかりました、ありがとうございます。」
五十鈴も困惑しながらお礼をした。
「どういたしましてっすよ。それより、一応ここは病院でもあるっすから、妖魔…いや、猫はダメっすよ。」
「気付いてた…のですね。」
「そりゃもちろんっすよ、松永茉己ちゃん。」
「なんで、私の名前を…」
「強さんから聞いてるっすよ、なんなら茉己ちゃんの話を知ってる十二家も少なくないっすよ、ね?魁紀君?」
「え?そうなんですか?」
普通に知らないんだけど…
「あぁそうだったんすね…まあいいっすよ…」
卯道さんが急に悲しい顔になった。
なんだろ、この罪悪感。
「まあとにかく、君らはちゃんと帰るっすよ。あとできるなら大地さん連れて帰ってきてっす!これ一番大事っすから!」
「ぜ、善処します…」
五十鈴ですらまっすぐ肯定できないことであった。
「じゃあまたね!今度は旅行しに来るっすよ!待ってるっす!」
「「ありがとうございます。」」
3人揃って一礼をし、事務室から出た。
12:00 鎌倉 玉兎温泉旅館前
さてと、今日は終わりだな、3人でやることもないし。
「少し今後について話しませんか?」
まあそう簡単には帰してくれないよね…
「なら、涼しいところがいい。にゃーちゃんが暑がってる。」
「にゃぉ…」
にゃーちゃんが暑そうにかばんから頭を出した。
それもそうだ、9月とはいえまだ暑い。そろそろ涼しくなって欲しいところだ。
「そうですね…お腹も空きましたし、近くのファミレスでも入りましょうか。」
「おっけー。」
「わかった。」
「にゃー!」
かわいい。




