第八十四集 頼み
9月11日 16:10 病室前廊下
「オイラの父さんの家を訪ねてみるといい。小戌丸一、現小戌丸家当主で、葉月さんの事件の当事者だ。」
訪ねてみろって言われても、何をしに行けばいいんだ?
「葉月さんから口止め食らったけど、葉月さんを助けた父さんから聞いたってことなら、葉月さんもなにも言わないだろ?」
なるほど、当事者から事情を聞けってことだな。
ただ小戌丸家の当主か…どういう人かはわからんけど、弟の方の小戌丸が固そうな雰囲気だから、ちょっと心配だな…
「あーそうだ、茉己ちゃんを連れていくといいよ。父さんも快く話してくれると思うよ!」
何か企んでる風な言い方したけど、怖いな…
「えぇ…なんで私が…」
「そんなことより茉己ちゃん、にゃーちゃんもふもふさせてくれない?」
「急に真顔で聞かないでください…」
「にゃー!」
1人と1匹して嫌な顔で返事をしたのであった。
「強さん!?どこ行ったっすか!!強さんも包帯巻き直しだから病室で待っててっすよ!」
葉月先生の病室から卯道さんの声が響く。
「おっと、こりゃそろそろ戻らなきゃだな。それじゃ君ら、ちゃんと父さんのとこに行ってきなよ!じゃあね!」
そう言い残して、強さんは自分の部屋に戻って行った。
松永を連れていくと快く話してくれる…なんでだろ…いや待てよ、今強さんにゃーちゃんをもふもふしたいって言ってたよな。任田祭の時の小戌丸も確かそうだったよな…
まさか…いやさすがにそんなことは…
「では、小戌丸さんの言う通り、松永さんを連れていきます。たださすがに今日はもう遅いので、明日に伺いましょう。それと、丑崎さんにもついてきてもらいますね。」
え。
「いや、なんで俺?」
「顔パスですよ。十二家の人であれば、通してもらいやすいかと思いますので。」
「あっ、はい、わかった…」
めんどくせぇ…
「じゃあ今日は解散かな!つっかれたー!」
南江が腕を上に伸ばしながらそう言った。いや、それ疲れた時のテンションじゃないからな。
「じゃあ俺も帰るわ、おつかれさん。」
「あ、魁紀君そういうことしちゃうんだ。だから真由ちゃんが大変なんだよ?」
「いやなんの話だよ。」
「か弱い女の子が3人もいるのに、放って帰っちゃうの?」
か弱い…お前らの誰がか弱いって言ってんだ…
「いや、鳴宮と柿原がいるだろ。あと俺家遠いし。」
「僕も家遠いんだけど…」
「キャハ!俺もだ!」
じゃあもう各自帰宅でよくねぇか…
「私は送ってもらわなくても大丈夫ですよ。」
「私も、にゃーちゃんと帰るから、いい。」
「ええ!2人とも合わせてよ!!」
そんな嘆いても意味ないでしょ、合わせてくれるような2人じゃないんだから。
「じゃ、おっつー。」
そう言い残して、俺はとっとと帰った。
18:00 電車
にしても、なかなか濃い1日だったな。
初任務に葉月先生の尾行、そんで葉月先生が誰かにやられた、しかも氷漬けで。
一体誰なんだろ…氷の妖術を使うような妖魔、それとも人間…まあ考えても仕方ないや。
明日は五十鈴と松永とで小戌丸家に訪問、か。しかも訪問相手は小戌丸家のご当主様と来た、俺のことちゃんと認識してくれてるよね…
くだらない心配を抱えながら、俺は電車で寝た。目が覚めた時はギリギリにも最寄り駅に到着した瞬間だった、危ない危ない。
18:00 鎌倉 玉兎温泉旅館 病室 葉月大地サイド
あいつら、よくもわしのことを尾行したもんじゃ。あの猫又、にゃーちゃんって言ってたか。妖気の違和感には気づいちょったが、気配を隠すのは相当上手かった。すごいクラスを引き受けてしまったのう。
心配させたのは申し訳ないが、これ以上はない。ここからはわし1人で片付ける。
氷漬けになってしまったのは不覚じゃが、記憶を消したと思わせたのは上出来じゃ。
強の話を聞いてたから対処ができた。出会った記憶を消して、やっつけたら関係ないところに捨てる。あの妖魔らしからぬやり方じゃが、そのおかげて命拾いした。
あのクソジジイ、手元に自分を殺しかけた妖魔を置いちょったとはな。
あの妖魔、間違いない。15年前、おとんとおかんを凍らせた妖魔じゃ、忘れるわけがない…
「はっはは…おとん、おかん、やっとじゃ…やっと仇を取れる時が来たんじゃ…」
見ちょれ…わしが必ず…殺してやる…
9月12日 10:00 渋谷 ハチ公前 丑崎魁紀サイド
まさか東京に住んでいたとは…
このスクランブル交差点、人口密度の濃さ、暑苦しい…東京に来たって感じがするよ…
「人混みは苦手です…」
「私も…」
五十鈴と松永は2人して疲れ果てていた。
そんなことよりも。
「にゃーちゃんは?」
にゃーちゃんの姿が見当たらない。
「にゃーちゃんも暑いのは嫌いだから、かばんのなかにいる。」
「そっちのが暑くね?」
「保冷剤を入れてる。」
猫はそんなんで大丈夫なの?てかにゃーちゃん妖魔だろ、気温変化とか大丈夫でしょ。
「なんでもいいでしょ、それより早く行きたいの、暑い。」
「あーはいはい…」
昨日強さんと別れて家に着いた後、強さんから電話が来て、お父さんの家の住所を教えてくれた。
それで朝は絶対学校に1回行かないといけないから、そこで五十鈴と松永にも伝えた。
「ここから2、3分歩いたとこだから、結構近いな。」
「わかりました、早く行きましょう…」
珍しく五十鈴がバテそうだ…
10:03 渋谷 小戌丸邸前
「ここ、だよな?」
って聞いても知ってるの俺だけだった…
なんか、なんだろう。屋敷とか大きい建物を想像してたけど、普通の一軒家だ…
渋谷の高層ビルとか派手な建物に挟まれて、むしろこっちのが目立つくらいには普通の一軒家…
「表札は小戌丸って書いてあるし、きっとここだろ。」
そしてそっとインターホンを押した。
ピンポーン。
「はい、どちら様でしょうか。」
「あ、丑崎魁紀と申します!本日はちょっとお話を伺いたくて参りました!」
「おお魁紀君か!強から話は聞いてる、少し待っててくれ。」
ガチャ。
すごいいいおっちゃんって感じの声だった。
鬼寅のおやっさんも同じ感じだけど、おやっさんはどっちかと言うと職人って感じだから、ちょっと違うな。
「すまん、待たせた。強から聞いてると思うが、オイラが小戌丸一だ。真ん中が魁紀君で、左の小さい子が確か松永さんと言ったかな。それで右の君は?」
少し待つと、家の中から小戌丸さんが出てきた。
髪がやや黄色でかなり長く、昔の浪人みたい髪を結んでいる。すごくラフな格好で…てかあれ寝間着だろ、思ってたイメージとだいぶ違うぞ。
「五十鈴琴里と申します、本日はよろしくお願いします。」
「五十鈴さんか、そんなかしこまらなくても大丈夫だ、気楽でいい。それよりも、なんだか松永さんから妖魔の匂いがするのはなんだ?」
やっべ、この人も鼻がいいのかよ、にゃーちゃんのことを気づかれちゃまずいな…
「そ、それは…」
「にゃおぉ…」
「ダメだよにゃーちゃん!あっ…」
自分から墓穴ほりに行ってどうする…
「何かがいるんだな?見せてみろ。」
「にゃー!」
「にゃーちゃんダメ!」
小戌丸さんの声と同時に、にゃーちゃんがかばんの中から頭を出した。
「そいつ、猫又だな?」
「い、いえ…」
「嘘を言っても意味は無いぞ、オイラには虚言を見分ける鼻がある。来てもらって悪いが、その猫又…」
「渡さない!にゃーちゃんは誰にも渡さない!」
まずったなぁ、小戌丸家の当主ににゃーちゃんを見られちゃどうにもできねぇ…
「話を最後まで聞け。その猫又、少しもふもふさせてもらえんだろうか。」
「「え?」」
「にゃ?」
あんたもだったのか…
10:05 渋谷 小戌丸邸
「いやぁすまんかった!猫を見るとどうしてもこの気持ちを抑えられなくてな!はっはっは!!」
「よかったね、にゃーちゃん。」
「にゃー!」
あの後、小戌丸さんはにゃーちゃんをもふもふしながら俺らを家の中に案内し、にゃーちゃんをもふもふしながらにゃーちゃんをもふもふしていた。
「あの、お尋ねしたいのですが。」
「わかってる、大地の話だろ。そんな聞いて気分のいい話ではないが、それでも聞くか?」
「はい、お願いします。先生に無茶をさせて、また先生を失うのは嫌ですから…」
「いい心構えだ。洛陽での話も聞いてる、大変だったんだな。」
何も言えなかった、1番近くにいたのに何もできなかったんだから…
「それじゃあ話そう、あの日の出来事を。」
そこからは、強さんが話した通りだった。葉月先生の両親が氷漬けにされ、何もできなかったところに小戌丸さんが来て、だけど同じところにいた藤原長政が自分の救助を優先させ、小戌丸さんに葉月先生の両親を見捨てさせた。
「あの後すぐに現場に戻ったが、大地の両親はもう死んでいた。後の調査でわかったことだが、あの事件で死亡した者は皆、氷漬けの状態で血を抜かれて死亡している。」
氷漬けの状態で血を抜かれる?
なんでそんな状態なんだ…
「生き残った目撃者からの情報は、黒いフードに黒いローブを着た女性が氷をばらまいた、という話だ。」
黒いフードに黒いローブ…伝承で聞いたことも見たこともないな。
「そしてオイラの考えだが、あれは妖魔だ。」
「妖魔…ですか…」
「そうだ、現場には妖気の残り香があった、あれは間違いなく妖魔の妖気だ。」
妖魔だったとして、やはり聞いたことない妖魔だ。
今と昔に存在する全ての妖魔を知ってるわけではないが、もしその類の妖魔が実在したとすれば、それなりの伝承が残る。
今回の黒フードの妖魔に関しては、15年前の事件しか記録がない。
これはちょうどその時に生まれた妖魔なのか、別の原因があって発生した妖魔としか考えられない。
「そしてその後、オイラが責任を取って大地を引き取り、本人の希望もあって忍の道を進ませた。オイラは今もあの妖魔を追ってはいるが、何の成果も得られていない。」
小戌丸さんの元で修行したのか。そりゃあんなに強いわけだ、葉月先生。
「君らに頼みたいことがある、どうか聞いてくれないか。」
小戌丸さんは急に顔色を変えて、頭を下げた。
なおにゃーちゃんをもふもふする手は止めていない模様。
「顔をあげてください、今日訪ねてきたのはこちらなのですから。何か出来ることあれば、私たちで良ければ是非言ってください。」
こういう時に強い五十鈴が丁寧に返事を返した。
「ありがたい。大地のことをちゃんと見てやってくれないか、今のあいつは両親の復讐で頭がいっぱいだ。いつも冷静そうに見えるが、どこかで必ずその冷静さが失われる、その時に君らが大地の助けになってやってくれ。親代わりと言うにはおこがましいことだが、頼む。」
小戌丸さんはもう一度深く頭を下げた。
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