第八十三集 病室で
9月11日 14:05 任田高校 職員室前
「落ち着いて聞いてください…鎌倉の小町通り裏で、葉月先生が体半分氷漬けで発見されました…」
…
「おいおい琴里、冗談…だよな…」
誰も驚きを隠せない中、夏がもう一度確かめた。
「いいえ…今紫先生から頂いた情報です…間違いはないとのことです…」
あの葉月先生が…体半分氷漬けでって…
俺らはまた先生を失うってのかよ…
「ただ、命に別状はないとの事でした。そこはご安心ください。」
それを先に言って欲しかった…
「なんだ…よかったぜ…」
「でも、誰がやったんだろ…」
南江は不安そうに言った。
「氷漬けなんて、そんなことができる妖魔を聞いたことないからな…」
氷に関わる妖魔というなら、雪女というのが有名だろう。
ただ雪女は北海道にしかいない、そんな雪女がここにいるとは考えづらい。
そして雪女だったとして、氷漬けになることはありえない。まわり一帯に雪が積もってもおかしくないからだ。
「今葉月先生は卯道陽葵さんの所で治療を受けてます、すぐに向かいましょう。」
「ああ!すぐにでも行こうぜ!」
「夏落ち着け、病室にこんな人数で行っても邪魔だろ。」
「そうだったな…」
あとこいつが行ったらうるさくなるしな。
「でしたら夏以外の班長と私、それにそれぞれの班からもう1人ずつ、合計6人で行きましょう。」
「普通にはぶかれた…俺班長なのに…」
同情はするけど、仕方ないよ。夏なんかあったらうるさいもん。
「私からは鳴宮君、お願いしますね。」
「僕が行くのか…」
1番大人しそうだしね、真木連れでったら泣きそうだし、それ以外はうるさいしね。
「選ぶならそうだね、柿原君、お願いするね。」
「キャハ!了解了解!」
うるさいの連れでって大丈夫なの???
「じゃあ私は魁紀君連れてくね!」
はい、知ってましたー。
「はいよー。」
「では残った皆さんは解散でお願いします、今日もお疲れ様でした。」
行くのはいいけど、どこに行くんだ?卯道さんとこって言ったら色んなとこにあるけど…あぁでも近いところで言ったら鎌倉か。
「場所は鎌倉にある玉兎温泉旅館です、行くまで結構時間がかかりますので、直ぐに行きましょう。」
「「了解。」」
15:55 鎌倉 玉兎温泉旅館
長い時間をかけて、鎌倉の玉兎温泉旅館にたどり着いた。
玉兎温泉旅館は卯道家が運営する旅館で、全国各地に展開されている。
名前の通り旅館として知られているが、実は病院としても機能している。
ちなみに一般人でも妖術救助隊の人でも利用できる。
16:00 鎌倉 玉兎温泉旅館 病室
病室に入ると、寝ている葉月先生の隣に、卯道陽葵さんがいた。
「葉月先生は、大丈夫でしょうか…」
うるさくしないように、五十鈴が静かに問いかけた。
「うん、今のところは大丈夫っすよ。昨日も同じことが起きてるから、嫌だけど慣れてるっすよ。」
昨日も?
「昨日もって…昨日も誰かが氷漬けにされてたってことですか?」
「そうっすよ、昨日は強さん、今日は大地さんが運ばれるなんて…」
強さんって…あっ、小戌丸のとこの兄さんか。
「葉月さん!大丈夫ですか!!」
ちょうど思いついたところに、あちこち包帯が巻かれた強さんが焦って入ってきた。
「ちょ、強さん!寝てないとダメじゃないっすか!完治した訳じゃないんっすから!」
「あ、すみません陽葵さん…でも葉月さんがやられたと聞いて、いてもたってもいられなくなったので…」
葉月先生と強さんは知り合いだったのか。まあ忍と救助隊隊長なんだし、どっかしら繋がりがあるだろ。
「父さんから話は聞いてたんですけど、まさか本当に1人で忍び込むなんて…あっ、これ話しちゃいけないことだった。」
えぇ…軽いなぁ…
「強さん、それはどういうことっすか?」
「もう話しちゃったし、いいっか。」
そんなんでいいのかよ…
「15年前、あるところで人間が大量に氷漬けにされた事件があった。妖魔の仕業なのか人間の仕業なのかもわからないまま、事件は無かったものにされようとしてる。」
15年前って、まだ生まれたかどうかの時の話か…
しかもそんなやばい事件があったのに無かったものにされようとしてんのかよ。
「氷漬けってとこで、今回の話と絶対繋がりはある。ただそれは今どうでもよくて、当時の事件で被害にあったのが藤原長政様だ。」
うーん、事件に巻き込まれたことが貴族にとっての汚点だから、そんなことは無かったってことにしたいのか。
「そして、その被害にあった藤原様が原因で、葉月さんの両親は死んでしまった。」
「「なっ!?」」
その場全員固まってしまった。
これが葉月先生の貴族嫌いの原点というわけか…
「あの時駆けつけたのはオイラの父さんだった、父さんは他の救助隊員2人に同じ現場にいた藤原様の救助に向かわせ、父さんが葉月さんの両親の救助にあたった。だけど藤原様は父さんにも藤原様を助けるように命令した。」
あのじいさん今となにも変わってねぇじゃねぇか…
保身のことしか考えてねぇとか、全部の貴族がそうじゃないとしても、そのじいさんのやることには理解も納得もできねぇ。
「藤原様の命令に逆らえなかった父さんは必ず戻ってくると葉月さんの両親に伝え、葉月さんを連れて先に避難した。その後は…」
「強…もうやめろ…」
「葉月先生!!」
「葉月さん!!」
強さんが話し続けようとしたところ、葉月先生が目を覚まし、体を起こした。
「おまんら、どうしてここに…任務はどうしたんじゃ…」
「任務は無事遂行しました。」
「そうか…ならよかった…」
こんな状態になってるというのに、葉月先生は俺たちの任務のことを心配してくれた。
「おまんらの初任務じゃからのう、失敗なんてしたら今後の評価がガタ落ちじゃ…まあそれはともかく、無事そうでなによ…ゲホッ!!ゲホ!!」
「大地さん!無理しちゃダメっすよ!早く寝てっす!」
卯道さんは急いで葉月先生を寝かせた。てか今の勢いじゃ余計傷が悪化するだろ。
「陽葵さん…わしは大丈夫じゃ…明日にでも退院を…」
「ダメに決まってるじゃないっすか!バカなんすか!?」
「いや…そこを…」
「とにかく、しばらく絶!対!安!静!っすからね!強さんもっすからね!」
「は、はい…」
患者に対して厳しい医者だ…
「おまんら、心配することはない、こんな傷すぐにでも治る。明日からは任務が来たら行く、来なかったら特訓か帰るかじゃ。」
「「わかりました。」」
「それと、さっきの強の話を聞いたと思うが、おまんらは関わらなくていい。さっきもねこをわしにつけちょったじゃろ、気づかんと思ったら大間違いじゃ。」
「「あっ…」」
バレてたんだね…
「わし個人の話じゃ、余計な真似はするな。」
寝ている葉月先生とはいえ、言葉には殺気がこもっていた。
自分1人で解決したいことだからか、俺らを巻き込みたくないからなのか。
「ほんじゃもう帰れ、わしは寝る。」
「何寝ようとしてるんすか、このあとは注射っすよ注射。」
「寝てって言ったの陽葵さんじゃろ…」
「横になれって意味っすよ!ほらさっさと注射に行くっすよ!」
「…はぁ…」
ま、まあ、元気そうだから本当に心配はしなくてよさそうだな。
「ほらほら、魁紀君たちも帰るっすよ。面会時間はここまでっす。」
「はい、卯道さん、葉月先生をお願いします、ありがとうございました。」
「陽葵さんでいいっすよ!またね!」
卯道さんは俺たちを帰らせて、病室に戻っていった。
本当に、俺らは何もしなくていいのだろうか。
先生の言う通りに、先生のことだから1人でやらせるべきなのか…
「困ってるみたいだね、魁紀君。」
「あれ、強さん、まだいたんですね。」
誰かと思ったら強さんだった、まだ病室にいたもんかと思った。
「ひっどいなー、まあいいや。葉月さんのこと、気になるんだろ?ただ手を出すなって言われてるし、なかなか気が進まないでいる。違う?」
この人は人の心でも読めるのかな?大当たりなんですが。
「妖気の匂いでわかるよ、じゃあ1つオイラからの提案だ。」
小戌丸家って鼻がいいんだったなそういえば。
「オイラの父さんの家を訪ねてみるといい。小戌丸一、現小戌丸家当主で、葉月さんの事件の当事者だ。」




