第七十二集 魑魅魍魎
9月9日 12:30 任田高校 体育館
「では、今日はよろしくお願いしますね、皆さん。」
先日の夏に続き、今日は五十鈴の特訓に付き合う日である。
前は火事起こしそうになって消火してもらったのに、職員室に全員連れていかれたのが相当不満だったらしい。
それで今日は五十鈴の特訓に付き合うということになった。相手は夏、せっかく覚えた筋肉妖気を忘れない為にも、慣れておきたいらしい。
「おまんら、今日はわしが見とるから、前みたいにまた水遊びしだしたら、覚悟を決めるんじゃのう。」
「「は、はい…」」
ガヤは葉月先生、龍太郎、羽澤、そして俺である。羽澤はうちのクラスの陰陽スペシャリストだから、五十鈴が呼んだ。
「では夏、行きますよ。」
「おーよ!」
事前情報で聞いたのは、五十鈴は陰陽を得意とするが、攻撃ではなく、幻惑を特に得意とする。だいぶ前に俺たちの記憶を消したのもその一部だ。
だが使える相手は限られてくるらしい。記憶を消せたのも限られた範囲だし、相手の妖気の強さにも影響される。
「幻呪符・魅鵜。」
「ん?何が起きたんだ?」
特に何かが起こったわけではなさそう。
「どうしたのですか夏、斬りかかって来ないと特訓になりませんよ。」
「それもそうだな!筋肉妖気!初夏ノ段・麦の秋か…な!?」
口に出さなくてもいいだろそれ…
それはそうとして、夏が攻撃をやめた。五十鈴はさっき幻呪符とやらを唱えてからなにもしてないのに。
「夏、なんで攻撃を止めたんだよ。」
「いや、攻撃をしようと思ったら、琴里の方から俺の麦の秋風が飛んでこようとしたんだ。」
「やっぱり、夏には効きませんでしたか…」
「やっぱりってどういう事だ琴里。」
幻惑系だったらむしろ夏にはよく効くと思うんだけどな。どうしてだろう。
「夏に幻惑はかけたのですが、夏の反応には敵いませんでした…」
「つまり、どういう事だ?」
「魅鵜は、受ける攻撃を相手にそのまま返す幻なのですが、反応されて攻撃を止められてしまうと発動しないのです。」
「なるほどなぁ、今のは俺の勝ちってことだな!」
頭の中お花畑なのかこいつは。
「いいえ、まだです。続きと行きましょう、幻呪符・魑雪。」
「今度はなんだ?ん?琴里が3人!?」
五十鈴が3人に増えた、今度は俺らも巻き込む幻か。
「なんだよ琴里、攻めて来ねぇのか。」
「せっかちなのは変わらないですね…では、水呪符・瀑。」
五十鈴の頭上から激流が射出される、ただどこか違和感がする。
「なるほどのう、ありゃただの子供だましじゃ。」
「どういうことですか?」
「なんだ幽奈、おまんにはわからんか。まあそうじゃのう、結論から言えば、琴里の分身には妖気がないんじゃ。」
妖気がない、ということは攻撃にも妖気が乗らない。つまり分身にそれほどの意味は無いということか。
「だが、幽奈みたいに妖気があるかないかがわからないやつには、あれは相当効くんじゃろうな。」
確かに、妖気が分からなければ同時に3人から攻撃されると思ってしまうんだろうな。俺も一応わかる部類ではあるけど、健太みたいに妖気の流れ、増減はわからんからなぁ。
「うぉっ!?3人で攻撃すんのはズリィだろ!!」
「今更何を言っているのですか…」
「だが!琴里の攻撃を受けるのが俺の責務!うぉぉぉぉぉ!!!」
夏ってもしかしてM属性でもあったのか?今度鞭でしばいてやろうかな。
そして術は夏に当たり、夏が吹っ飛んで、びしょ濡れになった。
「あぁ痛ってぇ…でもなんだ、3人の割には火力が弱いような…」
「また気づかれてしまいましたか…」
「ん?なんのことだ?よく分からないけど行くぜ!」
あいつが気づくわけねぇか…筋肉頭なんだし。
「気づかれてないのに突き進まれるのは困ります!幻呪符・魎牙。」
「今度はなんだ?って、琴里なんでそんなデカくなっちまったんだ!?!?」
五十鈴がデカくなった?こっちから見たら普通通りだぞ。
「どうせ幻覚だろ!気にしないで突っ込むぜぇ!!ってあっ…」
「どうしました夏、来なければこっちから行きますよ。」
五十鈴はとりあえず陰陽を使う構えをしたが、夏は何か見たかのような顔をしている。
「琴里…お前デカくなるのはいいけど…パンツ…見えてるぞ…しかも黒って攻めてるなぁあがぁぁぁ!!!」
五十鈴が陰陽の構えをしていたけど、夏の発言により顔面へのグーに変わってしまった。
これは…何も見なかったことにしよう…うん…
13:30 食堂
夏があんな感じだったというのもあって、五十鈴の特訓は意外と早く終わった。まあ、あれは夏が悪い、仕方ないね、うん。
「にしても、やっぱ琴里ってすげぇな!いい特訓になったぜ!」
「私は全然いい特訓になりませんでしたけれどね…」
そういう反応になるよな…
でも幻呪符か、また珍しい陰陽を使うもんだ。
幻呪符、名前の通り幻を生じさせる陰陽。その幻は使い手によって様々である。
例えば五十鈴の場合、自分を大きく見せたり、攻撃が返って来るように見させたり、分身を作ることが出来る。そしてなにより、過去に俺らの記憶を消したというのが1番よくわからない。うん、こういう時によくわからないというのもあれなんだけど、幻なのに記憶を消すってなんか違くない?ってなる。まあそこはいいや。
で、幻呪符には明確な弱点がある。
大前提として、幻呪符は相手にダメージを負わせることは出来ない。なにせ幻を見せるというのがメインだから、それ以上もそれ以下も出来ないということだ、これはまだいい。
最大の問題は、効かない相手にはとことん効かないということだ。
夏のように感覚でどうにか出来ちゃうやつもいれば、妖気の格の差で効かないということもある。つまり自分と同等くらいの相手には刺さる陰陽だ。
ただ葉月先生や健太みたいに、妖気の流れが分かっているとしても、当たっても大丈夫な攻撃を避けなくてもいいと考えるには、少なくとも俺らにはまだまだ出来ない。なんでかと言うと、ついビビっちまうからな。いや、ね?ビビるでしょ?攻撃来たら、ね?
「なぁ琴里、また明日も特訓しようぜ!」
「私は遠慮させていただきます、夏が相手だと色んな意味で調子が悪くなってしまいます…」
「そ、そこまで言う必要は…」
「あります。」
これはもう何言ってもダメだな。
「そんなことはええんじゃが、琴里、おまんまだ1つ陰陽を隠しとったろ、どうしてじゃ?」
葉月先生が問いかける、1つ隠すとは言うものの、なにをどう隠してるんだ?
「なぜそう思うのですか?」
「疑問になるのも当たり前じゃろ、気にし過ぎならええんじゃが。陰陽の名前に魑魅魍魎の魍以外が入っとったろ、魍だけないのはなぜじゃ。」
言われてみれば確かに、魅鵜、魑雪、魎牙、魍以外の文字が入ってる陰陽だ。
だけどそれが何を意味するんだ?
「昔聞いたことがあってのう、魑魅魍魎というんは、あの哪吒太子が退治した4体妖魔なんじゃ。そして、その4体の妖魔を元にした陰陽があるとも聞くんじゃが、使用者は全員漏れなく、呪われちょる。」
呪われ…る…
「原因は知らんが、世間では祟りという扱いで済ましちょる。だが呪われてるからいうて、皆死んどるわけやない、使用者もその陰陽が呪いに見合うくらいの力があるから、呪いを払ったりしないんじゃろ。」
その呪いがどういうものにもよるけど、呪われるまでして使いたい力なのかな。
「存じております、葉月先生。ですが、私は呪いは怖くありません。どんな呪いが降りかかろうとも、私はこの陰陽で戦います。根元先生のためにも。」
「洋海のやつ、ええ生徒を持ったのう、わしにゃ勿体ないわ。なら話はここまでじゃ、すまんかったのう。あと1つの陰陽、頑張って習得せぇよ。」
「はい!」
大きな力には大きなリスクが伴う、五十鈴も承知の上だろう。ただ大きな力とはいえ、夏にはそこまで効かなかったけど、まだまだ上があるということなのかな。
ともかく今日はなんもしてないけど疲れた、早く帰って羽澤にご飯作ってもらって寝よう。




