第六十六集 夏祭り
7月23日 16:00 材木座海岸
「まだ明るいってのに、人多いなぁ。」
「年に1回の祭りだから仕方ないね。」
羽澤と2人で、海岸を目の前にしてそんなことを話した。
夏祭りかぁ、最後に行ったのいつになるんだろ。角が生える前までは行ってたはずだから小6くらいかなぁ。
今となっては気にしなくなったけど、当時は流石に無理だったよね。こんな角生えたらそういう飾りなんですなんて言えないもんな。まあ、模擬戦の時に飾りで付けてるなんて言い訳されたけど。
「おー!魁紀!羽澤!早いじゃねぇか!」
「一昨日ぶりです、丑崎さん、羽澤さん。」
後から夏と五十鈴がやってきた。
「花火が上がる前にぶらぶらしようと思っただけだ。それにしても、ふふ、いいね。」
「ほう?魁紀、分かってるじゃないか。」
決していやらしい目をした訳では無いぞ、羽澤と五十鈴の浴衣姿があまりにも美しかったからついつい見ただけだぞ。
「これだから男の子というやつは…」
「呆れますね…」
なにやら羽澤と五十鈴に残念な顔をされた。でもそんなの関係ないね、男の子は自分の本能に忠実であるべきだ。
16:30 材木座海岸
少し時間が経つと、残りのみんながやってきた。みんな浴衣やら私服やらとさまざまだった。ちなみに俺は私服だ、浴衣は借りるの面倒だったからな。まあ、そのせいで羽澤にはボロくそ怒られたけど。
「みなさん全員集まりましたね、では参りましょう。」
参りましょうつっても何すんだよこの人数で、全員でくじ引き当たるまでやるのか?
「ではまず、金魚すくいから行きましょう。」
いや遊園地じゃないんだからまずとかないだろ、そもそもそんなに屋台多いわけじゃないんだから。
「金魚すくいか、筋肉が鳴るぜ!」
「それを言うなら腕が鳴るだ。」
「腕は筋肉で出来てるだろ?」
「いやそうだけどちが…もうなんでもいいよ。」
めんどくせぇ、疲れるからこの筋肉ゴリラの相手はやめよう。
「魁紀!あっち行って射的しに行こうぜ!」
今度は龍太郎か、いいのかそんなことして、総班長が鬼の形相で見てるぞ。
「ほら龍太郎、あっち見てみ。」
「ん?なんだ?あっ…総班長様、すみません、金魚すくいに行きます…」
そこまで怒る必要ないだろとは思うけど、変なのに絡まれてたからちょうどいい。
「さて、俺も金魚すくい行くかねぇ。やらないけど。」
「ちょっと、こっち来なさいよ。」
「うぉぉっ!?」
みんなに着いていこうとしたが、誰かに手を引かれ、店の影に引っ張られた。
16:35 辰仁宅 豪の部屋
「今頃、真由は魁紀と祭りを楽しんでいる所かぁ…あっはっは!青春だなぁ!!」
「豪、うるさいぞ。」
「おっと、申し訳ございません、姉上。」
「分かれば良い。そうだ、今日は祭りをやっているそうだが行かないのか?」
「いえ、俺は他にやりたいことがありますので。」
「そうか、お前も高校生なんだから、ちゃんと青春しなよ、失礼した。」
ふむ、姉上からあのような言われようとは、あっはっは!今日は槍でも降りそうだな!!
16:40 材木座海岸
「誰かと思えば、こんなとこで何してんだよ鬼寅。」
「ま、祭りに来てるのよ。」
「おーそうか、お前もか。で誰かと一緒に来てたりしないのか?」
「い、いないわよ!」
そんなに怒らなくてもなぁ…
さっき俺の手を引いたのはまさかの鬼寅だった、なんだかアニメでよく見る状況だが、現実はそうはいかないと俺は知っている。
「だ、だから、一緒に回らない?」
ま、まさか、これは!いや、鬼寅に限ってはそんなことないか、うん。
「おー、いいぞ。大人数で動くのに疲れたところだったからな、行こうか。」
「うん!」
なんだか嬉しそうでなによりだ。
17:00 材木座海岸
「魁紀!私焼きイカ食べたい!」
「おっけー、おっちゃん、焼きイカ1本下さい。」
「まいど!兄ちゃんは要らねぇのか?」
「俺イカ苦手なんすよ…」
「ははっ!ならしゃーねーな!ほら嬢ちゃん、焼きイカ1本だ!」
「ありがとうございます!」
鬼寅でも、こういう時は子供っぽくて、女の子の顔をするんだな。いつもこんな感じだったらやりやすいのに。
「美味しい!!魁紀!ほら!あんたも食べなさいよ!」
「だから俺はイカが苦手なんだって。」
「分かってないわね、焼きイカはそんなあんたの常識を覆すわよ!」
イカも焼きイカも変わらんだろ、イカ臭いんだから。でもそこまで言われてしまったら仕方ない、1口食べてやろう。
「じゃあ1口くれ、食べてみる。」
「そ、それは…」
「食べてみろって言ってくれないのかよ…流石に新しいのを1本買って全部食べ切れる自信はないぞ。」
「むぅぅ、分かったわよ!ほら、あーん。」
だからなんでそんなにキレ気味なんだよ。
「あーん、はむはむ…お!意外と美味えなこれ!」
「ふん、だから言ったじゃない。」
なんでお前がそんなに誇らしげなんだよ、作ったのおっちゃんだぞ。
「あぁん?どこもかしこもカップルカップルって、いいなぁお前らは!」
なんだこのおっさん、酒くせぇな、さては酔ってんな?
「かっ、カップルなんかじゃないわよ…」
なんでお前は頬を赤く染めてんだよ、おかしいだろ今の状況でそれは。
「んだよ、よく見たから可愛い嬢ちゃんじゃねぇか。今晩一緒にどうだ?可愛がってやるぜぇ?へへへっ。」
「あなたなんかが私と釣り合うわけないでしょ、冗談も程々にしてちょうだい。」
態度変わるの早すぎだろ。
「ちぃっ、付き合ってくれねぇなら、今手ぇ出しちまお!」
「流石に危ねぇやつだな、鬼寅、逃げるぞ!」
「えっ?」
俺は鬼寅の手を引き、走った。
17:15 材木座海岸 海沿い
「ふぅ、こんなとこまで来れば大丈夫だろ。あのおっさんなら追いついて来られねぇはずだ。」
とりあえず人がいない海沿いまで来た、見晴らしもいいし、追いかけてくるならそれも見える。
「…がとう…」
「ん?なんだって?」
「なんでもないわよ!」
だからなんで怒るんだよ…
「助けてもらったなんて思ってないからね、勘違いしないでちょうだい。」
「はいはい、助けたなんて思ってないから安心しろ。」
わっかんねぇな鬼寅…めんどくせぇ…
「で、こんなとこに連れてきて何するつもりよ、叫ぶわよ?」
「なんもしねぇよ…」
はぁ…困ったお嬢様なのは相変わらずだな。
「ねぇ魁紀、今更だけど、どう?」
「どうって、なにが?」
「浴衣…」
鬼寅は恥ずかしがりながらちょっとだけ両腕を上げた。うむ、良きだなこれは。髪の毛の色と同じように、オレンジと黒を主体とした浴衣だ、凄く似合う。
「似合ってると思うぞ。」
果たしてこれが正解の返事なのかどうか。
「あっ…そう…ありがとう…」
「いや感謝されることじゃないと思うけどなぁ。」
「うっさいわね!もう!」
あーはいはいすみませんでした。
「ねぇ魁紀。」
「今度はなんだよ。」
「あの時は、その、助けてくれて、ありがとう…」
「あの時?どの時だ?」
さっきの話なら助けてもらったと思ってないなんて言われたと思うけど?
「対抗戦の時よ、みんなが動けない中、1人でみんなを助けてくれて。」
あぁ、あの時か。でもあの時の俺は…
「いや、あの時の俺は俺じゃなかった。ありがとうと言うなら俺のセリフだ、鬼寅がいなかったら戻って来れなかった。」
もしあのまま力に囚われていたら、一体どうなっていたんだろう。
「でも、魁紀が助けてくれたのは事実よ。だからありがとう。でももうあの力は使わないで、約束してちょうだい。」
「って言われても、あの力をどうやって使ったのかよく覚えてないんだよな。」
「なら、いいんだけど…」
あの力は、正直もう二度とお世話になりたくない。何引き込まれる感じがして、二度と帰って来れないと思った。そこに鬼寅が来てくれたから、元に戻れた、それに関しては本当に感謝してる。
「今後もなんかあったら、よろしく頼むな、鬼寅。」
「な、何を言ってるのよ!?」
「なにって、よろしく頼もうとしただけなんだけど。」
「…バカ…」
なんで怒られたんだ俺…
「とにかく、もう次から無理するのは許さないんだからね。」
「わかったわかった。ほら、もうそろそろ花火の時間だ、見に行こうぜ!」
「うん!」
やっぱり、ちゃんと女の子の顔ができるじゃねぇか。




