変化していく関係
アランお兄様に引っ張られ、生温かいまなざしで見送る四人に手を振って、部屋から外に出る。バタンと扉が閉まる音を背後に聞きながら、隣に立つアランお兄様をちらっと横目で見上げると、お兄様も横目で私を見ていた。
「ディア、さっきの話は何かな?」
「そうですわね。飛ぶ鳥落とす勢いのベリサリオで、成人すれば男爵になることが決まっているとはいえ次男のお兄様が、ずいぶんと思い切って高嶺の花を狙ったなと思ったんですけど……」
「……向こうで話そうか」
否定しないのか。うわ、マジか。
お兄様ふたりに突然、春が来た?
食堂に行って、待機していた側近達に話が一段落したことを知らせ、急いで出て行く彼らや食事を運ぶ執事と入れ違いに、私達は一番奥の席に座った。
すごいよ。アランお兄様は、唇の動きを読まれたくないからって壁側を向いて座れる席を選んで、精霊獣達にがっちりガードさせたのよ。
それでも慣れた様子で食事を運んでくるネリーもすごいぜ。
「まずは、私が勘違いしてないか確認した方がいいですよね」
「……だね」
「エルドレッド皇子とそういう関係じゃないと聞いた次の日に、昼食に誘いに来たので、あれって思ったんですよね」
「他人のことは鋭いね」
「……パティが好きなんですか」
「……勘違いはしてないみたいだね」
うわっはーーーーい!
いつもどちらかというとクールで、感情の起伏を表にあらわさないアランお兄様が、パティに片思い?! しかも行動が素早い。
「でも、あれじゃ彼女は気が付きませんよね」
「まだ知らせるつもりはないよ。相手は公爵令嬢だよ」
「そう思うのに、パティ狙いなんですね。どうしてまた」
「どうしてって、可愛いから」
そうっすか。
さっき照れていたのが嘘のように平然とした顔で、パンの上に白身魚のムニエルを乗せて食べているお兄様を眺める。
私はサーモンとほうれん草のキッシュと、トマトクリームのクラムチャウダーとサラダという食事なのに、お兄様にはそれにムニエルとソーセージとパンまで追加されている。
恋愛して悩んで食欲なくなるとか……。
そんな乙女チックな思考をアランお兄様がするはずがないな。
「赤毛の子を選ぶって、前に言ってましたね」
「兄上が選ぶわけにいかないからね。でも中央との関係上、僕は赤毛の子を選んだ方がいいだろう?」
「そうですね。いずれは近衛騎士として皇宮勤めなさるわけですし」
……にしても、次男が公爵令嬢狙いはなかなかにむずかしいはず。いやどうなんだ。今なら公爵家にとっても悪い話じゃないのか?
「でも問題がある」
「問題山積みですわよ」
「パティは好きな人がいるんだろ?」
あ、そうだ。
琥珀のところでそんな感じの雰囲気だった。
「相手は誰か知っている?」
「知りませんし、知っていても言いませんよ」
「だよね。僕のこともパティに言わないでね」
「言いませんよ。でも十二で相手を決めていいんですか? まだパティが成人するまで五年もある。女の子は男の子ほどではないけど、五年あればだいぶ変わりますよ」
クリスお兄様だって、女の子と間違われるくらいの美少年だったのが、今ではハスキーボイスで長身のイケメンよ。
他にいいと思う子が出てくるかもしれないじゃない。
「ディアは、好きな相手の背が伸びたり、歳をとったら嫌いになるの? 結婚してからのほうが一緒にいる時間が長いんだから、相手の見た目も変わるよ」
「そんなのは気にしない……そうか、そうですね」
「性格だって、結婚してから変わることだってあるんじゃないかな。それにそんなことを言っていたら、成人した年に婚約は無理だよ」
この世界は、付き合って三か月で別れたとか、結婚する前に何人かと付き合うのは別に珍しくもないという前世とは違うから、ついつい慎重になっちゃって、目の前にいる子をそういう対象として見ていなかった。
年が近い子は、みんな子供だっていうのもあるしね。
このままだと五年先、十年先に結婚相手として考えられるようになったときには、もう全員相手が決まっていたという事になりかねない。
かといって、十代後半の子と付き合うのは嫌なんだよな。もっと年上はもっと嫌だ。
だって年齢が上の人は、私よりそれだけ早く死んじゃうんだよ。
一緒に歳を重ねて、うちの祖父母のようにふたりで旅行したりして老後を楽しみたいよ。
「つまりパティは、見た目が変わっても好きでいられる相手なんですね」
「彼女の場合どう考えたって、うちの母上くらいの年齢になっても魅力的な女性になっているでしょ」
「色っぽくなってそうですね」
「ね」
嬉しそうな顔をして、私のキッシュまで食っているんじゃない。
片思いだからね。
「そうなると問題は……そういえばお兄様の特技について、皇太子やパオロは何も言って来ないままですか?」
「ふたりは直接見ているわけじゃないからね」
「だとしても、私が初めて皇宮に行った時のことは多くの人が見ているでしょう。宰相もいましたよね」
「すぐに引っ込んだから、護衛と同じように剣が光ったと思っているんじゃないかな」
何をのんびりと言っているんですか。
武器を持っていなくても、火の剣精や風の剣精が剣の形に変わってくれるんですよ。
ベリサリオだけ内密に、剣精の新たな使い方をマスターしていたって中央に知られたらまずいでしょう。
「教えても、やれる人がいないんじゃないかな。ベリサリオでもまだいないんだよ」
「そこ、売り込みポイントでしょう。名を広めて将来性ありと思わせれば、グッドフォロー公爵だって許してくれるかもしれませんよ。精霊獣じゃないと出来ないんですか」
「そう。それに精霊は防御優先だから、二属性以上の剣精がいないと出来ないし、魔力が足りないと短時間しか維持出来ない」
精霊の森を破壊してから約十年。精霊を育てられなかった中央の若い世代は、まだまだ精霊獣を持っている人が少ない。
近衛騎士団はどんな感じなんだろう。
うちの騎士団に比べたら、だいぶ遅れているんだろうな。
「ともかくパオロに話すべきです。出来れば学園期間が終わった後、近衛騎士団を見学してみたいですね。教えれば出来る人がいるか確認しないと」
「うーん。僕が教えるのか。皇太子殿下の警護の仕事は少数精鋭だと聞いていたから安心していたのに。部隊を任されるとめんどうだな」
もともとベリサリオのために、中央の情報を集めてくるのが近衛騎士団に入る目的だったもんね。
「だったら、パティは諦めましょう」
「いや、諦めないけど」
ふふふふふ。
なんだ。すっごい好きなんじゃん。
「しょうがないなあ。パオロと話すか。ミーアと結婚するから、半分身内みたいなものだし」
「あれ? ベリサリオやばすぎません? ランプリング公爵家に続いてグッドフォロー公爵家と縁組? さらにクリスお兄様が辺境伯家関係と縁組するわけでしょう?」
「いまさら何を言ってるんだよ。そもそもうちは公爵家より身分が上の扱いだって忘れてない?」
「でしたね。それに、まずはパティを口説かないとダメですもんね」
「口説くって……どうやるんだろう」
「さあ?」
うちの三兄妹の一番の弱点は、恋愛関係だな。
食事が終わって自分の部屋で着替える。
ネリーは片時もじっとしていないのよ。止まると死ぬ魚の仲間なのかな。
外は早い時間から暗くなって、そろそろ雪の季節だ。
運動不足になりそうなので、ストレッチをしていたらエルダがやってきた。
「顔合わせはうまくいったの?」
「途中で部屋を出たから、それ以降のことはわからないわ」
エルダは、床に手をぺたりと付けたり、片足を横に伸ばしてしゃがむ私を椅子に座って眺めている。
ネリーが差し出したカップに感謝の会釈をしてから、慌てて立ち上がった。
「自分でやるわ」
「いいからいいから座っていて」
「そっちはどうだった? カーラの様子はどう?」
「普段と変わらないとは思うけど、昼食は別々に食べるようにしようって言っていたわ。クラスの子とも親しくなりたいし、男子生徒とも付き合いを広げないといい相手に巡り合えないからって」
八人一緒にいると話しかけにくいって、ダグラス達に言われたっけ。
毎日同じメンバーでべったりしているのもよくないし、それはいいんじゃないかしら。
「それにまだモニカやスザンナの顔を見るのがつらいみたいなの」
「……そっか」
私に出来る事って、今は何もないんだろうな。
愚痴を聞く事と、素敵な出会いを祈ることくらい?
自分の出会いも祈らないといけないんだけどね。
「お嬢、私はいったん城に戻ります」
ストレッチを終える頃、レックスが部屋に顔を出した。
「あー、年末に帰った時のスケジュールってもう出来ていたよね。私、パウエル公爵と打ち合わせしたい」
「ルフタネンに行く時の話ですか?」
「そう。結婚式には私は出ないでいいかなって。その時間にフェアリー商会の店を出す準備をしたい」
「出なくていいんですか?」
いいでしょう?
十歳の子供より、公爵が顔を出した方がいい。
それに向こうの精霊王に挨拶するのは結婚式より前に済ませるんだから、問題ないはずよ。
せっかくの結婚式に妖精姫なんていない方がいいって。
「向こうも来ないでくれた方が安心でしょ。私、一度行ったところには転移出来るんだから。王都まで私が顔を出したら、王宮に招待しないわけにはいかないものね」
「それはカミル様にも言えるんじゃないですか? 皇宮での食事会に招待してますよね」
突然妖精姫が王宮に現れるのと、カミルが皇宮に現れるのとインパクトが違う気がする。
やれることも違えば、損害の大きさも違う。
「たしかにカミル様はお嬢よりは常識人ですし」
「レックスとネリーもスケジュール調整しておいてよ。特にネリーは実家の方とちゃんと話をしておいてね。お父様から連絡したら知らなかったじゃまずいわよ」
「了解」
「うわー。連れて行っていただけるんですね。頑張ります!」
「ふたりとも、ディアと一緒にルフタネンに行くの?!」
エルダはぐっと拳を握り締めて、驚いた顔でレックスやネリーを見た。
「はい。侍女兼側近として同行します」
「私はもともと行く予定でしたよ」
「ええ?!」
縋るような顔でこちらを見てくるけど、こればかりは無理。
観光旅行じゃないのだ。
「うーん、今回は仕方ないか。でもフェアリー商会で働きたいという気持ちは変わっていないの。ディアは成人するまで考えが変わらなければ話し合おうって言っていたでしょ? まだ成人はしていないけど、私の気持ちは変わっていないって知っておいてほしいの」
「それは本気で言っているの?」
「もちろん」
「フェアリー商会で何をしたいの?」
「何って……今も手伝っているし」
「確かに子供の頃は、エルダがベリサリオに来ていても、精霊関係の仕事で忙しくて私達兄妹は城にいないことも多かったから、商会の仕事が楽しいのなら手伝ってもらおうという話になったけど、それを本職にしてベリサリオに住み込むとなると話は全く違ってくるのよ。伯爵令嬢をただの事務員としては雇えないのはわかるわよね」
フェアリー商会の仕事をしたいという領地の貴族はたくさんいる。下位貴族にとっては仕事につけるかつけないかは死活問題だ。
働く必要のない伯爵令嬢に、その仕事を回すのならそれ相当の理由がいるよ。
「だってディアは……」
「具体的に、何か開発したり売りたい商品はあるの? 自分にはこれが出来る、これがやりたいって何かがないと、平民とも接点のある商会の仕事をすることを、ブリス伯爵は許さないと思うわ。それに事務仕事しかしない場合、もらえる給料はあなたが思っているよりずっと低くなるわよ。高位貴族に直接仕えている執事や侍女のほうが、条件が厳しい分給料も高いわ。あなた、自分に仕えている侍女より給料が低くなっても平気?」
そこまでは考えていなかったのか、エルダは口を固く結んで目を伏せた。
「じゃあ……私も、側近に……」
「エルダ、あなたは何がしたいの? 商会の仕事がしたいのではなくて、ベリサリオに住みたいだけなの?」
ネリー以外の側近は、学園生活の間だけの行儀見習いであり、花嫁修業だ。
でも城に戻れば、ブラッドもジェマも、シンシアもダナもいる。レックスだって専属だ。
女の子にこんなに専属の従業員がいるのは珍しいんじゃないかしら。
「あなたは毎年、冬の社交シーズンを城で過ごしていたから従姉みたいな感覚なの。侍女や側近、ましてやフェアリー商会の従業員とは考えられないわ。それに商会の仕事では、いい結婚相手に出会えないでしょ」
「私は平民になるんでもいいの」
今までもたまーに、そう言ってたよね。
ブリス伯爵家にいたくない事情があるの?
でもそれなら、エルトンが何か言ってくると思うんだよ。
「エルダ様、学園を卒業した後のことは慎重に考えた方がよろしいですよ」
「……え?」
レックスに声をかけられたのが意外だったのか、顔を上げたエルダは驚いた顔をしていた。
「お嬢が結婚したら、私もネリーも嫁ぎ先についていきます」
「え?!」
「成人したらアラン様は皇都住まいです。エルダ様の知っている方はだいぶ減ってしまいます。それでも商会での仕事を続けられますか?」
「ディアに……ついていく?」
ネリーがそこまで考えているとは思わなかったのかな。
顔色が悪くなるほど衝撃を受けた様子で、エルダはひとりで考えると言って部屋を出て行った。
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