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転生令嬢は精霊に愛されて最強です……だけど普通に恋したい!  作者: 風間レイ
ラスボス少女

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大事な友達

 サロンは二階層吹き抜けの、高級ホテルのロビーのような場所だった。

 床は大理石の模様張りで、高い天井には高価そうな照明がついていて、窓際には贅沢にスペースを使ってソファーセットがいくつか置かれていた。

 ぱっと見、豪華な家具展示場のようでもある。なにしろ広いから。

 私の通っていた中学の体育館くらいの広さはありそうだわ。


 休んでいるカーラ以外はみんな集合するのかと思っていたのに、案内された部屋にいたのは、モニカとスザンナのふたりだけだった。

 

「勝手をしてごめんなさい。でも皇族も関係する辺境伯家と侯爵家の諍いに、伯爵家の子を巻き込んでは気の毒かと思って」


 緊張した面持ちで背筋を伸ばして椅子に浅く座ったモニカは、申し訳なさそうに眉尻を下げている。笑顔もぎこちない。


「エセルも家が侯爵になる前の大事な時期だから、この件には関わらないようにしたら? って私達がお話したの。それに……イレーネとエルダはベリサリオ辺境伯関係者ですし…」


 スザンナも珍しく歯切れの悪い口調になっている。

 昨日のカーラドタキャン問題を話すんだよね?

 お昼に怒ってないよーって伝えたつもりだったのに、なんでこんな深刻な雰囲気になっているの?


「私とスザンナは皇太子妃候補でしょう。カーラも。だから出来るだけこの場のやり取りは内密にしたかったの。この場にいた場合、御家族に何か聞かれた時に答えられなくて、立場が悪くなっては申し訳ないわ」

「そうね、知らなければ答えられないもんね」


実際、私も皇太子も一度も明言していないっつーのに、すっかり皇太子妃候補の話が高位貴族の間では公然の秘密になってしまったしね。

 ノーランドとコルケットが、ここまで自分の関係者から未来の皇妃を出したがるとは意外だったわ。

 それとも興味が薄い我が家がおかしいのかな。


「じゃあ私も遠慮した方がいいわね」


 一度腰を降ろしたパティが立ち上がった。


「あら、パティはエルドレッド皇子殿下の婚約者になる人なんですもの。かまわないでしょう?」

「昨日の御兄弟のお話もお聞きしたいですわ」

「……うっ」


 額を押さえながら、パティがふらりとソファーに撃沈した。

 このふたりも誤解していたか。


「あのね、パティと皇子殿下はそういう間柄じゃないんですって」


 四人しかいないのに口元に手を添えて小声で話したら、モニカとスザンナは目を丸くして驚いた。

 口にはしないけど、お茶の用意をしてくれているそれぞれの側近の子達も驚いているようで、手が止まってしまっている。

 パティの側近の子も驚いてない? 大丈夫?


「え?」

「うそ?!」

「ただの幼馴染なんですって」


 パティはどんよりと座面に手をついて俯き、大きなため息をついた。

 まさか、これほどみんなが誤解しているとは思っていなかったんだろう。


「本当に?」

「そうなの。誤解をされているなんて気付いてなくて、ディアに言われてびっくりしたの」

「あの第二皇子がまた何かやらかして、パティを裏切ったわけではないのね?」


 スザンナのエルドレッド皇子の印象、かなり悪いな。

 六歳の頃からやらかしているからね。


「違うの。本当に誤解なの」

「パティは実は」

「ディア!」


 うっ。睨まれてしまった。

 他に好きな人がいるんだよって言えば、簡単に誤解が解けるのにな。

 それにどさくさに紛れて、誰を好きなのか聞きたかったのに。


「あら」

「あらら」


 でも私が言わなくても察したようだ。ふたりの目が輝いている。


「でもまずはカーラの話ね。パティは聞いても平気じゃないかな。グッドフォロー公爵は我関せずの姿勢だと思うわ」


 スザンナの意見に全員が頷く。

 お茶の用意が終わったので、四人以外は会話が聞こえないように精霊獣に魔法を使ってもらった。


「そうね。昨日も精霊王のお話ばかりだったから、たぶん何も聞かれないわ」

「それにパティは、皇太子殿下がカーラを候補から外すと話したのも聞いていたしね」


 スザンナはやっぱりと小声で呟き、モニカは口元を両手で押さえて目を閉じた。

 候補がふたりだけってつらいよね。友達同士だしね。

 モニカとカーラは従姉妹なのにライバルでもあったわけだから、それもまた微妙な気分だったかもしれない。


「カーラは本当に体調が悪いの?」


 私の問いにモニカはしばらく黙ったままだった。

 答えた方がいいのか、黙っていた方がいいのか迷ったかな。


「……いいえ。彼女は当日の朝まで出かける気でいたみたいなのよ。でも侯爵がそれを知って、朝から寮にきて行くのをやめさせたらしいの」


 つまり、あの初見の秘書がうちの寮に来た時、ヨハネス侯爵寮では侯爵とカーラが現在進行形でバトってたの?

 うええ。他の子供達びっくりしただろうな。


「この間の茶会で、侯爵が反対しているのなら、ディアが茶会の招待状を出した時に断ればよかったじゃないかって話が出たでしょう?」


 うん。言った記憶があるわ。

 カーラとヨハネス侯爵夫人は乗り気だったから受けちゃったのよね。


「それがね、侯爵はお友達同士の普通のお茶会だと思っていたらしいの。皇太子殿下もお招きしてお話するっていうのは、ディアから別にお手紙をもらったでしょ? カーラはそれを侯爵に見せなかったの」

「なんでまた」

「侯爵は政治に興味がないし、皇族になったら娘に会いたくてもそう簡単に会えなくなってしまうから、たぶん断るだろうってカーラはわかっていたのね。でも彼女は皇太子殿下に会ってお話してみたかったの。憧れていたのね。私達、よくふたりで殿下は素敵ねってお話していたのよ」


 うわあ、そうだったんだ。

 ノーランドの特徴である体格の大きさを気にしているモニカが、ノーランドの男達に負けない体格で、男らしい皇太子に憧れているのは気付いてたんだけど、カーラはわからなかった。興味なくて、モニカのために候補を降りたいと言うかもしれないと思ってた。


「でもこの間のお茶会で私、今回は顔合わせだけだし、エルダやミーアに同席してもらう事も出来るから出てほしいって話したよね。このタイミングで断るのはまずいよって」

「それが、カーラは皇太子妃候補を降りたくなくって、侯爵と言い合いになってしまったみたいでね。自分の部屋に閉じこもってカギをかけちゃって、侯爵とちゃんとお話していないそうなの」


 あーーーー。なるほど。

 もうお父様なんて知らない! って部屋に籠城したのか。

 普段なら子供に甘い侯爵は、そこで折れてくれていたのかもしれない。

 でも今回は駄目だったわけだ。


 しっかりしてても十歳の女の子だ。

 彼女にとってはそれが、自分の気持ちを主張する精いっぱいだったんだろうな。


「あの……」


 パティが遠慮がちに手を挙げた。


「夫人は賛成だったのよね。カーラの味方になってはくれなかったの?」

「叔母さまは……その……おっとりしていらして。優しい方なんだけど、子育てはあまり。それに長男がまだ三歳だから、そちらにかかりきりで」


 子育てをあまりしないのに、長男にはかかりきりって矛盾してるやん。

 甘やかされて育った箱入り娘だとは聞いているから、面倒なことになった時点で、一歩引いて関わり合いを避けたかな。


「ともかく、何があったのかは理解したわ。うちはノーランドには何も思う所はないし、夕べお母様がノーランド辺境伯夫人のお誘いを断ったのも、ヨハネス侯爵からの手紙を読んだお母様が、何が起こったのかを私に直接確認したくて、寮で私やお兄様達と一緒にいたためだったの。まだお父様は私達が精霊王に会っていたことを知らなかったみたいで、怒ってはいたかもしれないけど、たぶん今頃はもうノーランド辺境伯とお話して誤解は解けているんじゃないかしら」

「それなら、嬉しいんだけど」

「精霊王様方が引っ越しされることがあると聞いて、コルケットでも大騒ぎなの」


 やっぱりそれもあったかー。


「転送陣があるんだから、引っ越ししたって問題ないでしょ? 転送陣の場所を変えろなんて私は言わないし、辺境伯と精霊王との交流も、もう何年もしているんだから、彼らがそんな簡単に辺境伯達を見捨てていなくなるわけないじゃない」

「そうかしら……」

「モニカ、蘇芳ってそんな冷たいやつに見える? スザンナは? 翡翠って子供が好きな優しい女性で、あなた達の様子を見にふらふら出歩いたりもしているんでしょ?」

「そうね。蘇芳様は素晴らしいお方だわ」

「翡翠様もよ。うちの領地にまでいらしてくれたことがあるの」


 翡翠、身軽だな。

 牧場で働いていて、上空にふよふよと翡翠が漂っているのを見つけたりしたら、驚きでぶっ倒れる人が出る危険があるんじゃないか?

 帝国の精霊王がフリーダムすぎる件について。


「そしてベリサリオは、帝国が今後も平和に繁栄していくことを望んでいるの。全く問題ないのよ。心配しないで」

「そうよね。やだ、ディアに会うのに緊張しちゃった」

「よかった。私達まで気まずくなったらどうしようかと思っていたのよ」


 ようやくモニカとスザンナが普段の明るい笑顔を見せてくれた。

 話を聞いていたパティも、胸を押さえてそっと息を吐きだしている。

 全く最近、大人達のせいで迷惑をこうむってばかりよ。

 私たちの友情が壊れたらどうしてくれるつもりなの?


「モニカ。カーラに授業に出るように言ってくれる? 仮病だったのはもう知っているわけだし、欠席が続くともっと顔を出しにくくなってしまうわ。悪いと思っているなら、謝ってくれればそれでもういいのよ。教室で私と会うのが気まずいなら、朝、うちの寮に来てくれないかしら。そこで話をしてから一緒に教室に行きましょう。でも私からヨハネス侯爵寮に行くわけにはいかないの」

「ええ、わかっているわ。ベリサリオの立場があるもの。メンツを潰されたって怒ってもいいはずなのに、カーラのことを心配してくれてありがとう。従姉としてお礼を言わせて」

「でもカーラには悪いけど、もう皇太子妃候補からは外れてしまったの。皇太子殿下は学園を卒業したらすぐに即位するでしょ? 皇太子妃になる間もなく皇妃になるかもしれないのに、今回のようなことを皇妃の実家がしては困るもの」

「そうよね。……きっともう皇太子殿下から侯爵にお話が行っているんでしょうね」


 高位貴族の世界は狭い。

 だから初恋の相手が幼馴染で、そのまま二人一緒に成長して結婚したという夫婦も多い。

 それはとても素敵だけど、その反面、恋が実らなかった場合、片思いの相手の幸せそうな姿を何度も見なくてはいけない事になる。


 十歳の女の子の淡い憧れは、親の反対のせいで実らない。

 賛成してくれたからといって選ばれるとは限らないけど、話くらいはしたかっただろうな。

 ごめんね、カーラ。

 私はあなたのために何も出来ない。

 もっと早く相談してくれれば……と思うけど、私には話しにくかったのかな。

 

「で、話は変わるんだけど、ここから先は誰にも言わないで。絶対よ」


 三人の顔を順番に見て、頷くのを確認してから言葉を続けた。


「モニカとスザンナの意見を聞きたいの。ふたりにとってクリスお兄様って結婚相手としてはどうなのかしら?」

「「「…………」」」


 おーい。だれか何か反応してくれー。

 いろんな考えが今、頭の中を行きかっているんでしょ? それを私に話して!


「ディア、それって……」

「あ! もしかしてパティの好きな人って、クリ……」

「違います!」


 そんな前のめりに否定しなくてもいいじゃない。

 話がややこしくなるから、違っていてよかったんだけどもね。


「今はともかく、クリスお兄様がそういう対象になるのか聞きたいだけってことで。どう?」

「それは……もちろんなるに決まっているでしょう?」


 モニカとちらちらと顔を見合わせて、迷いながらスザンナが答えた。


「私も。クリスなら誰もが納得してくれる相手だと思うわ」


 ベリサリオの男性陣は細身のタイプが多いけど背は高いから、クリスお兄様もモニカより背が高いしね。

 ただ、コルケットや東側の地方は小柄な人もいるけど、帝国の男性は全体的にでかいと思うのよ。モニカは自分で思っているほどには大きくないのよ。

 それでも気になるのが乙女心だね。


「ふたりともクリスお兄様なんて嫌だってわけではないのね。よし。スザンナ、二日後のお茶会にあなたも出席してもらっていい?」

「二日後って殿下とモニカの顔合わせのお茶会じゃないの?」

「そうね。でもそこで提案したいことがあるのよ」

「それって……もしかして……」

「今はまだ内緒。他言無用よ」


 この世界にはこの世界のやり方がある。それを私が気に入らないからって、力業で変えようとは思わない。

 でも、ふたりは大事な友達なのよ。

 どこに出しても恥ずかしくない、最高の御令嬢なの。

 それを、どっちでもいいとか、お前が先に決めてもいいとか、好き勝手言わないでよね。


読んでくださってありがとうございます。

誤字報告、助かってます。


少しでも面白いと思っていただけたら↓から評価していただけると嬉しいです。

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本作の書籍版1巻~6巻絶賛発売中。

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