皇族の葛藤 2
「皇族としてふさわしくないと思うのです。ですから、皇位継承権を放棄し、皇族から外していただきたいです」
は?
……は?
さんざん私に話があるって言っていたのは、もしやこの話?
こっちの皇子も落ち込んで悩んでいたのか。
いるよね。そりゃね。
「まさか……ここで言うなんて」
パティは顔を両手で覆って撃沈。
背凭れと私の背中の間に頭を押し込んで呻いてる。
それ、お兄様達から見たら変な体勢になっているからやめようよ。
「おまえが私を恨むのはしかたないが……」
髪の色も瞳の色も同じふたりは、誰が見ても兄弟だと思うくらいによく似ている。
帝国で一番注目されていて、憧れている娘もたくさんいる兄弟だ。
でもうちの兄妹に比べてふたりの距離はあまりに遠くて、その距離でずっと過ごして来てしまったから、どうやって近付けばいいかわからなくなっている。
「恨んでなんていません。兄上が命を狙われているとも知らずに、両親や祖父に甘やかされて育ってきた私の方が、恨まれていても仕方ないと思います」
「恨んでなどいないぞ。おまえはまだ幼かったんだ」
「パウエル公爵が兄上を次期皇帝にと思った時、兄上は六歳だったんですよね? あの事件のあった時、兄上は今の私と同じ年でした。それで子供だから仕方ないと言われても頷けません。私は兄上のようにはなれない」
いやいや、きみは普通だ。むしろ普通より良くやっている。
十一歳だよ。日本だったら小学生だよ。
十五で成人のこの世界では、扱いとしては中学生くらいかもしれない。
そうだとしたって、あんな形で両親と引き離され、兄は仕事が忙しく、傍にいるのは新しく任命された者達ばかりの中で、きっとずっとひとりで孤独に耐えて来たんだ。
うちのふたりのお兄様や皇太子と比較しちゃ駄目だよ。異世界転生した私よりチートだから。学園にいる同級生と比較しよう。
同級生にいるでしょ。ダグラスとかモニカとか。
あかん。このふたりも年より大人びている。
アラフォーの私が年の差をあまり感じずに彼らと会話してるっていうのは、私がディアドラとしての年齢に馴染んだ結果か、退化しているのか、もともと精神年齢幼かったのか。
あ、悲しくなってきた。悩まなくちゃいけないのは私かもしれない。
「私と話したいと言っていたのは、この話ですか」
「……ああ、おまえなら身分に関係なくはっきりと意見を言ってくれるだろうと思ったんだ」
そうっすか。
はっきりとした意見をお求めですか。
「皇位継承権を放棄し皇族から離れる。これは具体的にどのような立場になりたいというお話ですかね?」
「……兄上にまかせる」
「他人まかせは楽でいいですよね」
「なっ……」
「ディア、お手柔らかに頼む」
あら? 私とのやり取りで弟が落ち込むんじゃないかって、皇太子ってばはらはらしてる? 皇太子って実はエルドレッド皇子の事、けっこう好き?
皇族同士って周囲に人が多すぎて兄弟でも関係が希薄だって聞いていたし、今までの経緯で嫌っていたって不思議ではないと思うんだけど、マイナス感情ではないんだ。
皇子の方も複雑な思いはあっても、皇太子を嫌っているわけじゃないみたいなんだよな。
「たとえばですね、皇族から離れて両親の元に……」
「違う!!」
「そうですか。じゃあ公爵になるのが無難ですかね。それね、無駄ですよ」
「は?」
「ディア」
ようやく背中から顔を出したパティに、不安そうな顔で見られてしまった。
「継承権を放棄しようが皇族の血は流れているんです。その気になればいつでも担ぎ出せます。周囲から見れば、ここで潔く継承権を放棄した皇子の心証はむしろよくなるでしょう」
「継承権なんて誰も気にしないだろう。どう見ても兄上の方が皇帝に相応しい」
「操るなら?」
「うぐっ」
怒りに顔を赤らめて腰を浮かせたエルドレッド皇子の手を、琥珀がそっと掴んで座らせた。
『ディア、ちょっと意地悪よ』
「もうちょっと言い方が」
琥珀とパティのふたりに怒られた。
もしかしてエルドレッド皇子って保護欲かきたてるタイプなの?
でも、そうやってみんなが甘やかして厳しい現実を教えないから、彼だけ置いてけぼり食らった状態になるんじゃないの?
ちょっとくらいはっきり言われたぐらいで、めげるメンタルして皇族なんてやっていられるのか?
「確かに今のは言いすぎでしたね。ごめんなさい。でも後ろ向きな行動はいい結果にならないんじゃないかしら。殿下は皇族じゃなくなったら、その後はどうするんですか?」
「……勉強をして……領地を」
「考えてなかったんですね」
「くっ」
拳を握り締めて睨むくらいなら、私に相談なんてしなければいいのに。
遠慮ない意見を聞きたくて相談したいって言ったくせに、嘘つきだなあ。
「殿下は今、皇太子の立場がどれだけ大変か知っていますか?」
「ディア、ここでそんな話をしなくてもいいだろう」
「ではいつどこで誰がするんでしょう。皇太子殿下、黙っている理由はなんですか? それがエルドレッド皇子を苦しめていると思いませんか?」
今回のはエルドレッド皇子だけじゃなくて皇太子も悪いよ。
兄に相談どころか、話す機会さえ与えられない。
説明もしてもらえず、もしかして情報さえ制限されていたら、自分は邪魔者だと思ってしまうのも仕方ない。
「私は……今は学ぶのを優先して、成人してから国政に携わればいいかと」
「アンディ。自分がエルドレッド皇子の立場で、何も知らされなかったらどう思う? きみの態度は間接的に、エルドレッド皇子はこの状況では何の役にも立たない。いなくてもいいと言っているのと同じだったんじゃないのか」
ほら、クリスお兄様だって同じ意見じゃない。
「そんなつもりじゃ……いや、そうなのか」
皇太子はどさりと背もたれに寄り掛かり、掌を額に乗せて空を見上げた。
たぶん今、彼の頭の中ではいろんな考えや感情がせめぎ合っているんだろう。
でも私は、普通の脳みそしか持ち合わせていないので、全く理解出来そうにないからそっちはクリスお兄様に任せる。
「殿下、今学校では赤い髪を馬鹿にしたり、中央の方が田舎だと言う生徒がいるのを知っていますか?」
「いや……」
「皇太子の婚約者候補に娘がなるのを平気で断る貴族がいたり、皇太子側近を軽く見る貴族がいる事は?」
「……」
知らないよね。
まさか皇族相手にそういうことを直接言う馬鹿はいないもんね。
「中央の方がひどいらしいよ。中央貴族はバントック派が何をしてきたか、それに対して将軍や皇帝が何をしたかを知っている。その結果、帝国の勢力図は一変して、皇族は辺境伯の後ろ盾がなくては権威を保てなくなった。中央だけ不作が続いたのも、地方に後れを取るようになったのも全部女帝のせいだという思いが強い。その息子に対する風当たりが強くなるのは当然だ」
クリスお兄様が話すうちに、ようやくエルドレッド皇子は皇太子の置かれた状況を理解したらしい。
どんなに優れていても子供は子供だ。実経験の足りなさはどうしようもないのに、毎日狡猾な大人の相手をするんだよ。自分だったらと考えただけでぞっとする。
お父様が、自分ではなくクリスお兄様を皇太子の傍に置こうとした理由の一つは、これかもしれない。
「その中で、皇太子にひとりで皇族をやらせるんですか? 自分は何も出来なかったと後悔しているのなら、これから何をするんですか?」
「私は……」
俯いて考え込んだエルドレッド皇子の表情に、もう怒りはない。
真剣に考えている彼の横顔だって、年よりずっと大人びてしまっている。
この世界は、子供でいられる時間が短いな。
「兄弟ふたりしかいないのに、守ろうとして何も知らせないで誤解されては意味がないよ」
「そうですよ。うちの兄上も誤解を招きやすくて、最初はディアに信用されなくて」
「アランも最初は僕に近付かなかったよね」
「憶えてません」
「ディアが生まれた頃だったかな。二歳や三歳じゃ憶えてないか」
「みんなに信用されないって、外面悪すぎなんじゃ……」
「アラン、何か言ったかな?」
がしっとクリスお兄様がアランお兄様の首に腕を回して、ふたりでじゃれ合っているのを、皇族兄弟はちょっとうらやましそうな顔で見ていた。
『ふたりはもっと話をするべきよ。互いの意見をとことん話し合う機会があってもいいんじゃないかしら? そうしないと周囲の者達の意見が正しいかどうかの判断もつかないでしょう? 第三者から聞いた兄弟の顔と、家族が見る兄弟の顔は違うわよ。ふたりで話す場所がないのなら、ここを使いなさいな。連絡をくれれば迎えに行くわ』
「そんな先の話にしないで、今話せばいいんじゃないの? ここは広いんだし」
「え? 今?」
「いや、それは、準備が」
兄弟で話すのに何の準備がいるのさ。
先延ばしにしていたら、もっと話しにくくなるって。
『そうね。じゃあ向こうに席を用意しましょう。ほら、行くわよ』
「わかった。行ってくる」
皇太子は割とあっさりと立ち上がったのに、エルドレッド皇子の方は琥珀に引っ張られてようやく立ち上がった。
「しゃきっとしなさいよ。いつまでもパティに迷惑かけていたら嫌われちゃうわよ」
「え?」
「ディア?」
私の指摘にパティも皇子もぽかんとした顔をしている。
「こんないい子が傍にいてくれるんだから、ここは恋人としていいところを」
「ち」
「違う。そんな関係じゃない」
「そう。違うわ」
あ、少し上向いていたエルドレッド皇子の印象がまた下降した。
パティは、言いかけた言葉を飲み込んで皇子の反応を待ってから自分の意見を言ったのに、皇子の方はさっさと違うと言い切りやがった。
もしパティが惚れていたら、その言い方は傷ついたわよ。
「違うの?」
「てっきり公表していないだけで、ふたりは成人したら婚約すると思っていたよ」
ほらー。皇太子までそう思っていたんじゃん。
たぶん本人達以外の全員がそう思っていたと思う。
「僕もそう思っていた。弟にはもう相手がいるのにってアンディをからかってたのに」
クリスお兄様、そんなんだから性格が悪いと言われるんですよ。
「なんでそんな話になっているんだ?」
「はあ? そこからわからないのこのお子様は?!」
「ディア、落ち着いて」
パティに止められたけど、ここは言わせていただきましょう。
立ち上がり腰に片手を当て仁王立ち。
「学園の廊下でふたりだけであの距離感で話していたり、自分の茶会への誘いをパティにやらせたり、今日だってパティの側近や護衛はどうしたのよ。あそこにいたの皇子の側近ばかりだったわよね。パティを皇子の側近や護衛が守っていたら、それってどう思われるかわかるわよね?」
「ディア、敬語」
「あらやだ、アランお兄様。私ったらつい」
『敬語にした方が迫力が増す気がするんだが』
この、妙にお兄様達と馴染んでいる精霊王はなんですかね。
親戚のお兄ちゃんみたいな顔して座っている精霊王がいるんですけど。
「それは……考えてなかった」
「誤解の解き方に気をつけないと、パティが振られたという噂がたちます。さすがに今の歳ではまだ大丈夫でしょうが、成人近くだったら婚約相手を捜すのに支障が出かねない状況です」
クリスお兄様の説明を聞いて、やっと私が何を怒っているか理解出来たらしい。
「小さな時から傍にいたから、ついその時のままの感覚で声をかけていた。以後気を付ける」
「私も同じです。そうですよね。もう学園に通うようになったんですもの」
本気でふたりとも驚いているようで、真顔で頷き合っている。
幼馴染から恋人へっていう王道パターンだと思っていたんだけどなあ。
「ともかく向こうで話をしようか。琥珀様、お願いします」
『まったく困った子ね。女の子の扱いは注意しなくちゃ駄目なのよ』
「はい」
琥珀に連れられて、肩を落としたエルドレッド皇子を皇太子が慰めながら歩いていく。
会話のとっかかりは出来たようだ。不本意だけど。
「パティの御家族も誤解していない? 大丈夫?」
「え? いえ……」
なぜかパティの頬がうっすらと赤くなって、みんなに背を向けて顔を隠してしまったので、私もみんなに背中を向けて隣に並んだ。
「え? もしかしてもう決まった方がいたり?」
「いません」
「好きな方がいたり?」
「……い、いません」
嘘が下手だなあ。
「御家族もそれを知っているの?」
「そんな質問に引っかからないわよ」
「ばれたか」
しかたなく振り返ってソファーに腰を降ろして顔をあげたら、うちのお兄様ふたりと精霊王が平和そうな顔をしてこっちを見ていた。
『同じ年頃の友人と話すディアを初めて見たな。年相応の女の子も出来るのだな』
「どういう意味なの?」
「あの、ディア。そういえばカーラはどうしたの?」
「……あーー」
先程とは打って変わって、真面目な表情になったパティは答えがわかっているようだ。
「来なかったのね」
「そうなの。体調不良ですって」
「それさ、カーラが気の毒だよね」
アランお兄様が果物の入った皿ごと抱えながら言った。
「皇太子と妖精姫の茶会を断るほどの体調不良って、何日休んだら元気になるのかな。少なくともしばらく授業を受けられなくならないか?」
「それもあるし、ヨハネス侯爵の手紙も気になる。父上に渡してしまったけど、ディア宛だっただろ? 内容によっては今頃どうなっている事やら」
アランお兄様もクリスお兄様も、そういう事はもっと早く言ってくれないかな。
シャバに帰るのがこわいわ!
『おまえの周りはいつも何か起こっているな』
本当にね!
こんなに平穏な生活を願っているのにね!
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