カカオ担当
皇太子がエルトンと皇宮に帰ったので、私は散歩の続きでもしようかと思っていたら、瑠璃が呼んでいると精霊獣達が教えてくれた。
空間魔法は本当に便利だ。一度行った場所ならすぐに移動できる。
私は具体的に空間と空間を繋げるイメージで、某有名ネコ型ロボットのように自分の目の前に、遠いところに繋がる扉を思い浮かべて、空間を一部切り開いて移動する。
それを見たアランお兄様は、とうとうこいつ空間まで破壊していると言っていたっけ。
「瑠璃、呼んだ?」
湖は今日も澄んでいて、午後の日差しを反射してきらきらしている。精霊獣達が楽しそうに水で遊んでいるのを見ていたら、いつものように湖面に光が集まって瑠璃が現れた。
『モアナがまたうるさくてな』
なんとなく疲れた顔をしていない?
『カミルに会ってくれと言っている』
「フェアリー商会に来れば会うけど?」
『近々商会にも顔を出すらしいが、その前におまえと話がしたいそうだ』
「ここに転移してくるの?」
『人間でここに転移を許しているのはおまえだけだ。モアナが連れてくる』
「ふーん、瑠璃がここに来てもいいって言うなら今回はいいけど」
『モアナ、いいぞ』
水の精霊王は水上に姿を現すのが好きなのかな。
モアナも瑠璃と同じような登場の仕方をする。今回はカミルの肩に手を乗せて、一緒に登場だ。
「ディアドラ」
カミルはこの間よりずいぶんと表情が明るくて、もう何度も会って私に慣れたのか最初から笑顔だ。
平民が着るような飾り気のないシャツに、ダボダボのズボンをはいて裾を捲り上げている。サイズが合っていないのかな。それでも格好良く見えるんだからスタイルがいいってお得だよね。
「こんにちは。突然どうしたの?」
「用事って言うのは?」
「「……」」
おいこら。話が違うぞ。
「モアナ!」
『今回だけよ。もうやらないわよ。仲間が顔を出すようになったんだもの。兄に甘えてばかりもいられないしね』
両手を広げてひらひら振りながら、モアナは慌てて言い訳をした。
『ディアドラ。本当にありがとう。あなたのおかげでやっとまた仲間に会えたわ。みんなで王宮に行って、王太子とカミルと話も出来たの。みんな、翡翠と蘇芳にだいぶ叱られたらしいわ』
「私からも礼を言わせてくれ。力を貸してくれてありがとう」
「私は何もしていないわよ」
「叫んでたじゃないか」
きょとんとした顔で当然のように言うな。そんな事で感謝されたくなーーい。
「でもそれで精霊王達が動いてくれた。まさか、きみに会う事でこんな大きな変化が起こるとは思っていなかった」
『だから帝国に行こうって言ったのに、なかなか動いてくれないんだもん』
「ここに転移するのは不法侵入なんだよ。ここは城でもあり砦でもあるんだから、他国の公爵が勝手に来ていい場所じゃないんだ」
『わかっているわよ。普段ならしないわよ。でもたくさんの子供と精霊が死んでいたんですもの』
「それで、西島はどうなったの?」
私に聞かれて、カミルは一瞬言い淀んで、それでもすぐに口を開いた。
「御令嬢にこういう話を聞かせていいのか迷うんだけど」
「私、普通の令嬢じゃないから」
「きみはいくつ?」
「十歳!」
どうしようって顔で瑠璃を見るのはやめなさい。
もう私が、普通の子供じゃないってわかっているでしょう。カミルも普通の王子とはだいぶ違う経験をしていそうだけどね。
「改めてベリサリオ辺境伯にお礼を言いに行こうと思っていたから、その時に話す気だったんだけどな。それか、帝国に公式に……」
「あー、それはやめて。ちょっと帝国にもいろいろとあるのよ。うちに連絡を取ってくれれば、皇太子にも話は届くから」
「わかった。ではそうしよう」
「それで?」
ずいっと一歩近づいたら、カミルはすっと横にずれて逃げていく。
もしかして私、こわがられてない?
いや、それはないか。たいして話していないし、見た目は普通の令嬢のはず。
それか、もしかして臭い?
やばい汗臭い? 体臭は今まで言われたことないから平気なはずだけど。
「瑠璃様、この子は何をしているんですか? 突然腕の匂いを嗅ぎだしたんだけど」
『さあ。面白い子だろう? 想像外の事を毎回してくれて見ていて楽しいんだ』
『大丈夫? ディアドラ』
三人に呆れた顔で眺められた。
「だってカミルが、私が近づくと逃げるから臭いのかなって」
「え?! あ……いや……逃げてないよ?」
嘘をつけ。今だって警戒しているだろうが。
「あー、実は理由がふたつあって」
「うん」
「きみは魔力が強いから威圧感があるというか。精霊獣があまり近付くなと威嚇しているし」
はっとして周囲を見回したら、体勢を低くしていた精霊獣達がピタッと止まって、自分達は何もしていないよと言いたげにそっぽを向いた。それでカミルの精霊獣達も、さっきからうねうねしていたのか。
「もう一つの理由は?」
「年の近い女の子と話したことも近づいたこともない」
「はあ?!」
「俺の周囲は自分で自分の身を守れる者だけしかいないんだ」
「俺?」
ふーーーん。いつもは俺って言っているんだ。
いい子ぶりっこしているな。
だよねー。自分で自分の身を守れるくらいの戦闘訓練を受けているんだもんね。
平民との付き合いが多いというのも知っているもーん。
「だったらよく見ていけば? 慣れておかないと将来的に困るわよ。ほらほら」
「きみの兄貴達に殺されそうだから近付くなって」
「ああ、たしかに。それで? 西島はどうなったの? 誤魔化されないわよ」
ため息をつかない。幸せが逃げるって言うでしょ。
瑠璃とモアナも、子供を微笑ましく見る親のような顔をしているなら、ちゃんと教えてよ。一番重要な話でしょう。
「翡翠様と蘇芳様のおかげで精霊王達が住居から出て来てくれて、西島の現状を見てたいそう怒って、ニコデムス教徒を全て砂に変えてしまったんだよ」
…………はい?
「つまり侵略してきた者達は全員砂になったの?」
「彼らだけじゃなくて、祖国を裏切ってニコデムス教と協力していた者達も砂になった」
「それ大丈夫? 間違えて関係ない人まで砂にしていない?!」
「ニコデムス教徒になると腕輪を持つんだよ。それを持っている者だけ砂になったんだ」
カミルにとっては憎い裏切り者がいなくなって、ルフタネン滅亡のフラグが木っ端みじんに吹き飛んだから平然としていられるのかな。
でも人間が、西島の貴族の半分が砂になるって、ホラー映画だろ。
精霊王の力だと服も残らないからね。建物すら砂にするから。
西島がでっかい砂場みたいに砂だらけになっていて、それがもとは人間ってこわいでしょう!
でも処刑で首を落とすよりは、見た目的には平和?
流血沙汰じゃないし。
「それで更地になったところには、すぐに草木が生えて、もう草原になっているらしい」
人間を養分にして、草原が……。
や、やめよう。違うから、精霊王の力で草原にしたんだから。
ホラーから頭を切り替えないと。
ああそれで、私に話すのをためらっていたのか。
「精霊王を人間の都合のいいように動かせるなんて思ってないよ。むしろ今度の事で恐怖を感じてくれて、二度と精霊を殺そうなんて思わないでくれたほうがいいんだ」
うちの皇太子も同じ立場だったら同じことを言うんだろうな。
クリスお兄様も言うだろう。
「それに西島全土が戦場になっていたんじゃないからね。ベジャイアに近い港町周辺と第三王子の実家の領地が戦場になっていたんだ」
なんだ。西島全部がでっかい砂場になったんじゃないんだ。
よかったー。無事な場所の方が多いのね。
「他はなんの被害もないの?」
「直接はね。ただ兵力を集めるために男達は徴兵されていたらしいから、放置された畑がたくさんあるらしい」
「第三王子は、ほんっとに馬鹿じゃないの!」
「一度傷ついてしまった自然を元に戻すのは大変だけど、精霊王が戻ってくれたことだし、みんなで復興するんじゃないかな?」
「他人事みたいね」
「西島に関して私は手を出せないんだ。精霊獣のおかげで目立つから。あまり功績を上げすぎてもまずいんだよ」
そうか。もう帝国の精霊王に島の精霊王を目覚めさせるっていう、とんでもない功績が出来ちゃったからな。
それを私の功績だと言ったとしても、その私と知り合いだもんな。
他にパウエル公爵でしょ? パオロでしょ? ベリサリオ辺境伯一家でしょ?
あれ? 結局私達、カミルの地位を確固たるものにしてあげてない?
「貸し一個?」
「え?」
「カカオはどうなるのかなって」
「必要な量を用意するよ。もちろん他には売らない。フェアリー商会との取引は一括してうちの商会でやらせてもらいたいんだけど、問題はあるかな?」
「今回みたいに変な貴族がベリサリオと親しいぞ、なんて言い出したら困るものね」
「そういう事だね。帝国側の港の周囲は私の領地になったんだ。入出国をしばらく厳しくする予定だけど、ベリサリオは信用出来るから貿易に問題はないはずだ」
ん? 土地が余っているのは西島だよね?
「それは平気なの? もともとその領地はあなたの母親の実家のリントネン侯爵家の領地だったわよね」
「彼らは西島に移住することになったんだ」
「ええ?! 恨まれないの?!」
「答えないと駄目かな」
「駄目!」
「はあ。侯爵の息子はブラントン子爵と組んでいたんだよ。私を王に担ぎ上げようと計画を立てていたんだ」
あーーー。反逆罪で家を取り潰されるところを、西島の復興をする代わりに罪に問わないって事にしたのか。
一番被害の出た場所が領地か。それもきついな。
「精霊王を後ろ盾にした王が亡くなった後、王族や高位貴族は精霊獣の育て方や精霊と自然の関係などの知識を、自分達の特権として外に出さなかったんだ」
「それで精霊が減って、精霊王達が不貞寝したの?!」
「王が死んだ衝撃と、せっかく出来た人間との繋がりが切れてしまった事の両方が理由だと精霊王達は言っていた。だから今後は帝国をお手本にさせてもらうよ」
「お手本?」
「この前、国の違いなんて関係なく精霊獣達が楽しそうに遊んでいただろ? 帝国の人達だって私のことまで心配してくれた。今まで帝国は多民族の軍事国家で怖いというイメージしかなかったんだ」
「こわいよ?」
「きみはね」
こら待て。こんな可愛い女の子を捕まえて、そんな爽やかな笑顔で何を言っている。
そんなんだから、傍に女の子が来ないんだぞ。
「だからそれぞれの島の人間代表を決めて、精霊王と定期的に面会することにしたんだ。島によって精霊と人間の付き合い方はいろいろだろうけど、少なくとも貴族は全員、精霊を持てるようにしたいと思っているよ」
「もしかして西島の代表ってリントネン侯爵だったり?」
「……その息子のヘルトだ」
あれ? 復興、ぜんぜんきつくない気がしてきたぞ。
むしろそれで罪に問わないって、甘々な気がしてきた。
「精霊関係の仕事をカミルがするの?」
「しないよ。私はそういう重要な仕事にはつかないよ。ただ北島の精霊王はモアナだから、私が代表になる事にはなった」
北島がモアナで、東島が土の精霊王のアイナ、西島が風の精霊王のマカニ、南島が火の精霊王のクニ。見事に全部ハワイ語だ。
「そういえばカミルはアロハシャツ着ないのね」
「アロハシャツ?」
あ、やばい。
こっちではなんて名前なんだろう。
「でも領地持ちになったら商会の仕事なんて出来ないんじゃないの?」
「話が飛ぶね」
く、くるしい。
そこは黙ってスルーしてよ。
「公爵は自分で領地運営はしないよ? もともと侯爵の下で領地を運営していた人達がいるしね。辺境伯は国境警備や移民関係の仕事があるから、領地にいないといけないんだろうね」
あー、そうなのね。
この世界の常識については、まだたまにわかっていないことがあるわ。
そっか。自分の領地の仕事をしていたら、パオロが近衛騎士団長をやっていられるわけないか。
「次回顔を出すときに担当になる人間を連れていく。たぶんヨヘムだな」
「そう。こっちはレックスが担当だからよろしく」
突然呼び出されて何かと思ったけど、話しておくことは意外とあったな。
これで次に商会で会う時にスムーズに話を進められるわ。
「ありがとう、ディアドラ。きみには二度も助けてもらった」
「二度?」
「初めて会った時と今回と」
あの時、何かしたっけ?
ハンカチを貸しただけだよね。
「あの時、二番目の兄が暗殺されたばかりだっただろう? あの頃はあまり強い立場ではなかったし、私も命を狙われていた。でもきみと出会って、妖精姫と仲良く話していたってコニングが報告してくれたから、私の新しい利用価値が出来たと思ってくれたんだ」
「コニングは信用出来るの?」
「出来ないよ。子爵がコーレイン商会で政治的な動きをさせていたのが、コニングだ。リアは何も知らないから、今後も働いてもらうつもりだよ」
まじか。
そんなに周囲に危険がある中で、信用出来ない人がたくさんいる中で生きて来たの?
私はベリサリオに転生出来てよかった。
「じゃあひとまず商会の仕事をするの?」
「いや、北島に精霊を増やすのは私の仕事だよ。それと兄上の手伝いと、南島もカカオの事で世話に……」
「西島の侯爵も行かせたままにしておけないんじゃないの?」
「おかしいな。いつのまにこんなに放っておけない人達が増えたんだろう」
わかる。すっごいわかる。
転生してきて、今回は家族を悲しませないように、一緒にいられるようにしようって思って、精霊の存在を知って、精霊獣になるまで何も言えない彼らを守りたいと思った。
精霊王が後ろ盾になってくれたから、彼らと彼らの住居のある場所を領地にしている人達に仲良くしてもらいたくなって、あちこち行っているうちに知り合いが増えて、友達も出来て、守りたい人が増えていく。
この両手で守れる人なんて、そんな多くはないだろうけど。
友達も家族も、笑顔でいてほしい。
精霊達と人間が仲良く共存できる国にしたい。
「いや、まだルフタネンのことだけ……」
「パウエル公爵好きでしょう」
「やめろって」
「私は帝国の事で手一杯」
「帝国ってルフタネン王国の三倍はでかいぞ」
「やめて」
ひ、ひとまずチョコと学校よ。
美味しい物はみんなを笑顔にするんだ。
カミルにはルフタネンと周囲の島々の、まだ帝国には来ていない作物を捜してもらおう。
感謝してくれているみたいだし。
貸し一だし!
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