閑話 精霊王とカカオ 5 カミル視点
こちらの話にあわせて、「異世界転生お約束」「取引は嘘とはったりで」を修正しました。
二章に入り10歳になったディアドラとカミルの性格が定まらなかったために、ブレブレだったなと反省しています。
さすが王家の次に高位となった辺境伯家、建物も内装も金がかかっているし、警備もすごい。俺達を案内した若い男ふたりがそのまま部屋の奥に進み、ソファーを勧めてからその場に待機した。ふたりとも、ただの商人じゃないな。洗練された動きなのに隙が無い。
勧められても椅子には座らず、傍らに立って待ち、部屋の扉が開くと同時に床に跪いて頭を下げた。
「待たせたかな。かまわないから椅子に座ってくれ」
まず声で若いなと思い、顔をあげて、彼がベリサリオ辺境伯嫡男クリスだとすぐにわかった。ディアドラによく似ている。彼女を男にするとこうなるのか。ただ瞳の色は深い緑だ。そのせいではないだろうが、彼の方が冷たい雰囲気に見える。
彼の隣に年配の執事風の男が立った。扉の外にも人の気配がする。
誰が商会の人間で誰が護衛かわからない。万が一何かあっても、コニングを連れて転移するくらいの隙はあるだろうか。
商談は任せろと言われているんだし、ひとまずコニングに任せよう。
身分的には公爵でも、貴族としてまともに生活するようになったのは王宮に住むようになってからだ。夜会はもちろん茶会すら出たことがなく、戦闘訓練はしても貴族の駆け引きなど学んでこなかった。商談なんてもっとわからない。ここに俺がいること自体、本当は大間違いだと思う。
新しい食べ物の話だと聞いた途端、ディアドラを呼ぶという話になった。彼女が商会の仕事に関わっているのは噂に聞いてはいた。食べ物担当なのかもしれない。
しずしずと室内に入ってきたディアドラは、どこからどう見てもおしとやかで綺麗な貴族令嬢だ。四年も経っているんだから当たり前だけど、すっかり別人だな。
「四年ぶりかしら。お久しぶりですわね」
覚えていたのか。
女の子に間違えた印象が強かったか?
目の前に座るディアドラは迫力があった。綺麗な子って存在感がすごいんだな。
兄弟揃って全属性精霊獣持ちで、特にディアドラの精霊の強さは半端ない。
しかし、ディアドラに視線を向けると隣のクリスの視線が痛くて、どこに目を向ければいいか困ってしまう。なんでこんなに睨まれているんだろう。
ディアドラはチョコを準備するコニングの様子を、瞳をキラキラさせてそれは嬉しそうに見つめていた。
なのにカップを手に取り、スプーンでチョコをかきまぜた途端、眉間に皺が寄って困ったような顔になってしまった。
「色が黒くて気になると思いますが、甘くておいしいと思いますよ」
南島はチョコを売り込むために、カカオ栽培に力を入れている。それに俺も全面的に協力しているから、出来ればこの取引は成功させたい。
兄上の婚礼だって、北島と南島が協力して広めたチョコの売り上げが多ければ、盛り上がること間違いなしなんだ。
でも彼女は、一口飲んだだけでカップを置いてしまった。
水を飲みたくなる気持ちはよくわかる。
俺は子供の頃から菓子を食べる機会がほとんどなかったので、この甘さはくどすぎる。
でも、今まで味見してもらった女性達は、みんな喜んでいたんだけどな。
「あの……お気に召しませんでしたか?」
俺の言葉に顔をあげたディアドラは、視線が合うと、微かに目を細めて微笑んだ。
「これは、もう他で売りに出しているんですか?」
「ルフタネンではここ何年かで広まっている飲み物です。帝国ではまだ、どこにも出していません」
「では、クリスお兄様にお任せしますわ」
「ふーん。乗り気ではないみたいだね。でも、他所で売られるというのも問題だ」
コニング、商談は任せろと言っていただろ。なんとか言えよ。
こういう時に売り込むのが商人なんじゃないのか?
「私にはこのチョコではなく、原料をそのまま売ってください」
「はい?」
「ですから、カカオ豆を買います」
彼女が何を言ったか理解した途端、鳥肌が立った。
なんで知っている? どこまで知っている?
俺達が転移魔法で何度も帝国を訪れて、いろんな情報を集めているのと同じように、そりゃ帝国だって諜報活動くらいはしているだろう。
でもいろんな国の人間が出入りするベリサリオと、ほとんど異国の者を見かけないルフタネンでは情報量が違う。島国であり、ルフタネン人だけが黒髪黒目のせいで、外国の人間はとても目立つのだ。
そりゃルフタネン人でも帝国のために動いているやつもいるだろう。でも南島は農業が主産業の田舎の島だ。そこで諜報活動なんてするか?
チョコを知っているのはいい。
でもチョコがカカオから作られるとは、ルフタネンの人間でも知らないやつがほとんどだろう。それを、俺よりも年下の女の子が知っているというのは、どういう事なんだ。
ベリサリオの長男が神童だという話は聞いていた。
次男は近衛騎士団入りがほぼ決まっているくらいの剣の使い手で、剣精持ちらしい。
そして妖精姫のディアドラ。
化け物一家か。
隣で商談しているコニングの顔色もどんどん悪くなっていく。
冷や汗までかいていないか?
そりゃ、目の前に人外みたいなやつがふたりもいるから、ビビるのはわかるけど……。
あのジジイ、こいつに何か余計なことを命じたんじゃないだろうな。
商談だけ済ませて、ここでモアナの話をさせてくれればいいんだよ。
いや待て。うちの精霊王が不法侵入しようとしているんですって、このメンツの前で話して平気か? どいつまでが精霊王の正しい情報を持っている?
出来れば目の前の兄妹とだけ話がしたい。
妖精姫とふたりだけで話したいなんて言ったら、アニキの方に殺されそうだし。
「こちらのカミルはコーレイン商会長ブラントン子爵の孫でして、彼からディアドラお嬢様へ、精霊獣のことで是非ともご相談したいことがありまして」
「私?」
「……」
なんで精霊獣の話?
なんでディアドラを名指し?!
兄貴の顔を見てみろよ。敵認定されているぞ。
「ああ、ブラントン子爵の孫か。彼の息子にはまだ子供がいないとは聞いていたが、まだ若いのに養子をもらったのか。全属性精霊獣持ちとは、さすが精霊の国と言われるだけはあるね」
「……っ」
やばい。明らかな敵意を向けられると、つい目つきが悪くなる。精霊達も反応しそうだ。
でもここで騒ぎを起こしたら、国際問題になってしまう。
「ありがとうございます」
やめろ。嫌味に礼を言うな。
「彼は全属性精霊獣を持っているので、北島で精霊の育て方を広めているんです。それでお嬢様が精霊について他領に講義にお出かけになる事もあるとお聞きして、少しの時間でかまいませんので、ふたりでお話をさせていただきたいと」
あ、こいつ、一番言ってはいけないことを言いきりやがった。
「ほお、他国の、子爵の孫が、妖精姫と呼ばれる我が妹とふたりで会話させてくれと」
さすがベリサリオの長男。俺とそう年齢的には変わらないのに、このすごみ。
コニングはもう駄目だ。パニックになっている。
サロモンかキースを連れてくればよかった。ヨヘムでもいいよ。こいつじゃなけりゃ。
でもここまで来たら、どうにか話をつけるしかない。
四年前に俺は商会長の孫だと紹介されてしまっているんだし、多少は覚悟していたけど、このタイミングで会長が子爵だと言う事にどんな意味があるのか全くわからない。それとも意味なんてないのか? コニングって使えるやつなんだよな? 子爵がやたら重用しているもんな。
やられた。のこのこついてきた俺が悪いけど、精霊王の話をささっと確認するだけだったのに。
「いえ、コニングは何か勘違いをしているようです。辺境伯の御令嬢とふたりでお話をなどと考えてもいませんでした。お忙しいでしょうがもしお時間がいただける時がありましたら、どなたかに精霊王に関するご相談をさせてください」
「そうですわよね。あなたは今更、精霊について質問なんてないですわよね?」
一難去ってまた一難。今度は妖精姫が相手か。
「商人としては便利ですよね? 空間魔法を使えるんでしょ?」
「え?」
見ただけで精霊獣がどんな魔法を使えるかわかるのか?
この子はもう絶対、人間じゃないだろ。
「国内の有力貴族の方でも、私に精霊について直接聞きたいとおっしゃる方は多いんです。でもきりがありませんでしょう? まだ私は十歳の子供ですし、お父様と皇太子様が精霊省を通すようにと通達してくださいましたの。その方達を差し置いて、あなたの相談を受けろと?」
「無茶を言っているのはわかっています。ほんの五分でもかまいません。話を聞いていただければ、私がなぜこんなことを言い出したかわかっていただけると思います」
「精霊省を通してくださいな」
これは駄目だな。
確実に話の持っていき方を間違えてしまった。
「たとえ精霊省がいいと言っても。ふたりで話をする事はありえない。最低でも僕とアランは同席する。それに、妖精姫である妹に直接個人的に話をしたいなどと、分不相応なことを言い出したんだ。誠心誠意、嘘偽りのない話をすると誓ってもらう」
「それは……どういう……」
「わからないか?」
「も、申し訳ありませんでした!」
突然、コニングが大きな声で言いながら床に跪いた。
「お嬢様がお優しいからと甘えて、分不相応な態度と申し出をしましたことお許しください」
「……コニング」
どうしたんだ、こいつ。
「カカオ豆は必ず三日後にお持ちします。お納めください」
コニングは土下座状態で謝り続け、チョコもカカオもベリサリオの言い分を全て聞いて帰路についた。
帰りの精霊車の中、ずっと俯いて黙っていたコニングは町中に入ってからようやく口を開いた。
「申し訳ありませんでした」
「カカオを三日後に届けるって?」
「……無理でしょうか」
チョコに関してもカカオに関しても、コーレイン商会に権限はない。というか、権限は持たせない。
「子爵に何を命じられていた?」
「いえ……その……」
「コニング、帰ってこられないようなところに転移で運んで置き去りにされたいか」
「……西島がニコデムスに乗っ取られれば、次は東島と戦争になると」
「そうならないように動いているんだろう」
「そうなれば王太子の責任問題になります。王太子も戦死する可能性も……ひっ……」
多少殺気を漏らしたくらいで、男が悲鳴を上げるな。
「そう……すれば、次期国王はカミル様だと……」
「きさま、わざとベリサリオの長男を怒らせたのか! 精霊王を動かす気がなかったわけだ」
「お許しください。子爵が……」
「下手したら国際問題になる状況だったとわかっているのか!」
「申し訳ありません!」
こいつらは駄目だ。
国の事なんて考えていない。
「これは、反逆罪だぞ」
時間が惜しい。俺はコニングを置き去りにしたまま、精霊車から拠点まで一気に転移した。
そこにキースとヨヘムとボブが待機していたので、彼らを連れて北島の屋敷に転移して、仲間全員を集めて子爵とコニングのやらかしたことを伝えた。
「西島との戦いを考えると、落としどころが難しいですね」
だから私を連れていけばよかったのにーと、さんざんサロモンに言われたけど、この胡散臭さでディアドラに話しかけたら、チョコの話になる前にきっとクリスがブチ切れてたぞ。
「出来れば子爵の息子に跡を継がせ、処罰はジジイだけにしたい。他はどこがつるんでそうだ?」
「言いにくいですが」
「リントネン侯爵家か」
「ハルレは王太子派ですし、うちは父も弟も政治に興味がありません。領地経営大好きですから。他の貴族達は最近でかい顔をしていた子爵を嫌っていましたし、それで無茶したんじゃないですか」
「時間がない。明日全員集めてくれ。ジジイ共は俺が連れ帰る。どうも俺をおとなしい言いなりになる王子様だと思っているやつがいるようだから、訂正しないとな」
「全属性精霊獣を巨大化させて、第三王子をぶっ飛ばした人がおとなしいわけがないでしょうにね」
「事実がだいぶねじ曲がっているぞ」
コーレイン商会との関わりを断つために、俺達は新しい商会を作ることにした。
ヨヘムを中心にエドガーとルーヌに頑張ってもらおう。
サロモンを連れて王宮に転移して、兄上と宰相とで今回の件が片付くまでは、出来るだけ内密に事を進めることで同意した。
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