閑話 精霊王とカカオ 1 カミル視点
もうちょっとカミルにお付き合いください。
ディアが島で暴れるために、こちらの事情も知っていただきたいんです。
ベリサリオ辺境伯のご令嬢と出会った翌日、突然コニングが北島に帰ると言い出し、二日後の船を予約してきた。いったい何を考えているのか知らないが、振り回されるのは迷惑だ。
体調が悪いと言ったらホテルに置いて行ってくれたので、ボブ達と拠点にした建物で過ごすことにした。
一階がパン屋で二階がパン屋を営む家族の住居。三階四階が俺達の拠点だ。パン屋夫婦にはボブが大家だと話してある。ベリサリオに住むルフタネン人は増えているので、特に怪しまれてはいないようだ。
「船に何時間も閉じ込められるのが不便だな」
「海は不安がありますしね」
「王宮には転送陣があるんだろ? 他の島に一瞬で飛べるって聞いたぞ」
「ああ、噂では聞いたことがある。本当だったら便利だな」
『飛べるぞ』
『覚えた』
『雷も』
『あの生意気な精霊獣共には負けない』
ディアドラと会ってから、精霊獣同士でわちゃわちゃしていたと思ったら、対抗意識を感じたのか新しい魔法を覚えたらしい。
「まさか、空間魔法ってやつか? モアナが話していたことがある」
『それだ。行ったことがある場所なら飛ぶぞ』
『びゅーん』
行ったことのある場所ならどこでも? あの屋敷にも?
北島にも一瞬で戻れる?
「それは俺達も出来るようになるの?」
ルーヌが期待を込めて聞いたが、全属性の精霊獣を育てないと駄目だと言われてがっかりしていた。
「この建物内に、いつでも飛んでこられる部屋を作っておこう」
「キースは憶えられるのか。いいなあ」
「今から精霊を育てればいいだろう」
「この話はまだ仲間以外に知られたくない。気を付けてくれ」
雑談していたルーヌとエドガーが表情を引き締めて頷いた。彼らにしてみても、まだ信じられるのは一緒に逃げ延びた仲間だけだ。サロモンはまだ信用しきれてはいないが、今後の事を考えたら大人の仲間は必要だ。
「コニングは信用出来そうですか? 真面目な男だと思うんですが」
「駄目だ。でかいのに小心者だし、子爵に褒められることしか考えてない」
どうにか認められて仕事を任せてほしいんだろう。
そのためには、命令されていなくても俺達の事を秘かに探って子爵に報告するような男だ。
今回も彼は俺とディアドラがどんな話をしたか知らないくせに、俺達が友人になったと報告したらしい。
北島に帰ってから、俺に対する皆の接し方が確実に変化していた。
襲撃者から逃れ、精霊王の後ろ盾を持つ妖精姫と巡り会った勇敢な王子。
誰だよ、それ。
女の子と間違われただけだぞ。顔さえ覚えられているか怪しいのに。
「王宮に堂々と帰るべきですよ。妖精姫と親しいという事は、ルフタネンにどれだけの恩恵をもたらすか。姿を現さない精霊王との橋渡しだってしてくれるかもしれないじゃないですか!」
「落ち着きたまえ、子爵」
ひとりで盛り上がっている爺さんは、興奮しすぎてぽっくりいきそうなんだけど大丈夫かな。
なんで妖精姫と知り合いになっただけで、こんな大騒ぎになるんだろう。うちの国と関係ない子なのに。
「正規の兵士を護衛につけましょう。精霊獣がいるんです。襲われても返り討ちにすればいい。ハルレ伯爵、王太子殿下に連絡してください」
「たしかにこれは北島の発言力をあげるチャンスかもしれんな。帝国との貿易は、我が国の外貨収入の多くを占めているんだ。ベリサリオ辺境伯との繋がりは大きい」
「そうですよ。これで妖精姫と婚約なんてことになったら」
「子爵、いくらなんでもないよ」
我慢出来ずに口を挟んだ。夢を見すぎだ。
伯父であるリントネン侯爵まで乗り気になってしまっているじゃないか。
ちらりとコニングを見たら、青い顔で俯いていた。こんな大事になったら、本当のことは言えないよな。
俺だって、王宮に行けるのに言うわけがない。
護衛付きで堂々と帰れるなんて、妖精姫の影響力はすげえな。
「カミル様、本当に王宮に行かれるのですか? 王宮に赴けば第三王子がおとなしくしているわけがありません」
「ハルレ伯爵。そのために兵士を連れて行くんだろう。西島にこれ以上勝手はさせられない」
「しかし……」
「行くよ」
それに関しては迷いはない。
転移が出来るようになったんだ。一度行っておけば、何かあった時に兄上を助けに行ける。
今なら、少しは役に立てるはずだ。
「さすがカミル様。商会からコニングを同行させましょう」
「断る。精霊獣のいない者、自分で自分の身を守れない者は連れて行かない。邪魔になる」
「それは……しかたないですな」
「うちからはキースだけでは不安なので、ファースを護衛につけましょう」
ファースは精霊獣を二属性連れた細面に切れ長の目の地味な男だ。紹介されるまで、彼が伯爵の斜め後ろに立っていたことを意識してなかった。
「彼は強いです」
キースに言われて頷く。
「マンテスターは私が行きますよ。ヨヘムを連れていきます。カミル様を守ってね」
「かしこまりました」
サロモンとヨヘムが一緒にいると、胡散臭さ倍増する。
ヨヘムは女性にモテる色男なんだそうだ。顔がエロイんだって。
確かに彼が一緒にいると、お姉さんやおばさんが優しくしてくれる。
……仲間が増えるのは嬉しいんだけど、濃い大人ばかりが増えていく気がする。
「ふむ。第四王子が後ろ盾を失い、第三王子はカミル様襲撃の犯人として失脚させられそうだとなると、カミル様の地位はかなり高くなりますな」
「第四王子がどうしたんだ?」
「彼は好き勝手しすぎて、東島の侯爵令嬢を無理矢理自分の物にしようとして、謹慎処分になったんですよ。それで南島の貴族達が、もう彼を南島の代表にする気はないと正式に発表したんです」
「今まで第四王子についていた側近や護衛が、ほとんど南島に帰ってしまったらしいですよ」
「彼ら相手にも、わがまま放題していたらしいからね」
サロモンとヨヘムが質問に答えてくれた。
皆の態度が変わった原因のひとつがそれか。
もう第三王子も第四王子も王位継承者としては、立場が弱くなっているんだ。
今までは、北島の血を引く王子だし子供だから保護しようとしていただけの大人達が、今では俺に利用価値を見つけたのか。
妖精姫にその気はなくても、彼女がきっかけをくれたんだから、ここで何かしないと。
俺はまだ何も出来てない。
屋敷で働いていた人達も守れなくて、兄上の力にもなれなかった。
あの子は俺より小さいのに、いろんなことをしているのに。
「カミル様?」
「いつ王宮に行ける?」
「あちらの情勢を探り、秘かに王太子に連絡を取りますので、少しお待ちください」
「ハルレ伯爵、よろしくたのむ。キースを側近に寄こしてくれたことも、改めて礼を言わせてくれ。彼にはいつも助けられている」
味方を増やすためには、人との接し方も考えないといけない。
彼らが俺を利用するなら、俺も彼らを利用しないと。
流されるままに言う事を聞いていちゃ駄目だ。
それにこのおっさん達、ルフタネンの置かれている状況がわかっていない。
もう精霊の国だなんて恥ずかしくて言えないくらい、帝国の方が精霊が多くて、精霊王を見たって人も多いのを知らないんだ。
四つの島をひとつの国にしたのって、そうしないと他所の国と戦えないからだろ。
なのにこんなにバラバラになってちゃ、攻められたらどの島も乗っ取られちゃうよ。
でも帝国の精霊王は、人間の前に顔を出しすぎじゃないのか? 貴族なら見たことある人の方が多いってベリサリオだけなんだろうか。帝国全土?
「いやー、さすがカミル様。あなたは何かやらかしてくれると思っていましたよ。期待以上だった」
住居として与えられた屋敷に帰り、いちおう身内だけになったら、サロモンが両手を大きく水平に開いて、芝居がかった仕草で話しかけてきた。
「なにもしてないよ」
「帝国に初めて行って、偶然妖精姫に遭遇して知り合いになるって、どれだけすごい偶然だと思っているんですか。使える物はなんでも使いましょう。王宮に戻りたいんでしょう?」
戻りたい。
王太子が無事な姿を確認したい。
まだ覚えていないなら転移魔法を教えて、危険な時には転移で逃げられるようにしてほしい。
「僕とヨヘム。キースとファースは行くとして……。ファース、あなたは誰の護衛だい?」
「どういう意味だ」
「カミル様を守るつもりなのか、キースを守るつもりなのか。どっち?」
「……」
「キースか。まあいいよ。カミル様、他には誰を連れていきますか?」
「ボブを連れていく。エドガーとルーヌは留守番だ」
「ええ!?」
「なんで?」
「連れていく人間は少なくしたい」
ふたりともむっとした顔で俯いた。
あとでふたりとは、ゆっくりと話さないと駄目かもしれない。
平民で子供のふたりは、王宮の中では嫌がらせをされるだろうし、狙われる危険が高い。
特にふたりは平民なのに二属性の精霊獣を持っている。これは、王族や貴族が精霊についての知識を独占しているルフタネンでは滅多にないことだ。
「そうそう。これをカミル様に渡したかったんですよ」
「それは?」
「マジックバッグです! ふたつ手に入れたので、ひとつはカミル様にと思いまして」
うわ。気まずい。
空間魔法憶えたから作れるけど、今はまだ言いたくないんだよな。
「ありがとう」
「あまり嬉しそうじゃないですね。マジックバッグ知ってます?」
「サロモンに借りを作るのはこわい」
「ぶふっ」
「笑うなヨヘム。えーーこんなにお役に立とうとしているのにーーー」
そういえばおっさん達、執事や料理人は用意してくれたのに、侍女がひとりもいないのはなんでなんだろう。
ヨヘムやサロモンて女の人を傍に置いておけない人?
「なんですか、そのゴミでも見るような目は」
おまえのせいかとは聞けなかったけど、あとでボブに聞いたら、襲撃された時に戦えるメンバーを集めたら女性がいなかっただけだった。
疑ってごめん。
見た目が怪しすぎた。
王太子に内密に連絡を取るのも、護衛の人員を配置するにも、それなりに時間は必要なので、その間にキースに空間魔法を覚えさせ、エドガーとルーヌを残していくのは後方支援のためだと説明した。
一度王宮に入ったら、出るのも大変なはずだ。
必要な物が出来た時に、自由に動ける仲間が欲しい。
帝国から帰ってひと月後、ようやく王太子と連絡がついて、返事が返ってきた。
ハルレ伯爵の妹が王宮で侍女をしていて、彼女から王太子の執事に連絡をつける算段になっているらしい。
兄上の字を見られただけでも嬉しかった。
会えるのは嬉しいけど、危険なことはしないでくれと書いてあった。
自分は平気だから。どうにかやっていけているから。カミルは自由に生きていいんだよと書いてあった。
自由に生きていいのなら、王宮に行くよ。
王宮に行くにはさらにひと月の準備期間が必要だった。
王子が正式に護衛や側近を連れて旅をするんだ。手配しなくてはいけないことがたくさんあるんだろう。半分は無駄にしてしまうけど、迷惑をかけないようにフォロー出来るようにしないとな。
王宮から逃げ出した時とほぼ同じルートで、東島への船が出る港に向かう。
そこはマンテスター侯爵領なので、屋敷に泊めてもらって翌日船に乗った。
今回は一番いい船室を押さえてもらっている。
船に乗ってすぐ、俺は全員を自分の船室に集めた。
「全員いるね。これからの計画を話すから、よく聞いて」
「計画? 船を降りてからの話ですか?」
俺の計画を知っているのは、キースとボブだけだ。
不思議そうな顔をするサロモンに心の中で謝りながら、首を横に振る。
「港にはいかない。最初の予定通りに旅をしたら、襲われるに決まっているだろう」
「おおお?! 何か計画があるんですね。どうするんですか?」
ここまで計画を黙っていた事を怒るより、好奇心が勝ったのかサロモンは嬉しそうだ。
「ここから王宮近くの屋敷に転移する」
「は?」
「だから、ここから俺とキースがみんなを王宮近くの屋敷まで転移で連れていく」
「はーーーーーー!?」
がばっと勢いよく両肩を掴まれた。
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