皇帝の椅子 前編
なんでこんな真面目な話を書いてしまったんでしょう。
産みの苦しみがひどいです。お笑いパートが書きたい。
茶会の場はひどいことになっていた。
サスペンス劇場じゃなくて、これはテロだ。
どんな理由があっても、こんな殺人が許されていいわけがない。
といっても全貌はわからない。多くの人が亡くなっている現場を一瞬見てしまっただけでも衝撃が大きすぎて、見ていられなかった。
それでも私がしっかりと立っていられるのは、蘇芳が背後に立ち、肩に手を置いてくれているからだ。守られていると感じられる。自分の心配は後回しにしても平気だと思える。だから落ち着いてパティに声をかけられたし、アランお兄様が目立たない場所に移動したのも気付けた。
あとは意地だ。
謁見の間で散々偉そうなことを言っておいて、こういう時だけ弱い女の子ですって態度をするのは嫌だ。みんなが私を化け物だと思っているのなら、化け物は化け物らしく最後まで動じずにこの場を乗り切ってやろうじゃないか。
そのあと家に帰ってから、寝込めばいいんだ。
「エルディ!!」
転移してきた途端に息子に駆け寄った陛下の手を、皇子はさっと避けて身を引いた。
「え?」
「陛下、私は無事ですのでお役目を」
正直驚いた。これがついこの間、女の子達を前に失言をかましていた子供か?
この何日かで自分を取り巻く世界が崩壊して、子供ではいられなくなってしまったのかな。
皇太子だけではなく第二皇子にまで距離を置かれ、陛下は一瞬言葉を失い、周囲の状況に気付いて将軍の傍に戻った。
彼女は本当に、ただの苦労しらずのお姫様だったんだ。
それが好きになった人と結ばれたくて、安易な気持ちで皇帝の椅子に座ってしまった。
今のこの集団殺人事件だって、その安易な決断の結果だとも言えるんじゃないか。
意外と言っては失礼だけど、若いからお飾りだと思っていたビジュアル系公爵は、実は何気に切れ者だったようで、近衛を動かして辺境伯達と一緒に被害の確認と無事だった人達の保護にあたっている。
皇族の護衛は、みんな貴族の子息だ。前回の戦争は国境戦で中央にいる人達は実戦を知らない。それにバントック派の者も多いのだろう。身内が亡くなった者や殺人の現場を初めて見る者の中には、まるで役に立たなくなっている者もいる。そういうやつらを外に追い出し、使える者達に指示を出し、私達が領地から連れて来た精鋭部隊と協力させるのだから大変だ。
一緒に転移してきた大臣たちは証人だ。何が起こったのかその目で確認してもらわないといけない。まさかとは思うけど、私達が計画してやったと思われては困る。
皇太子とクリスお兄様とその他の貴族のおじ様方は、今後どうするか話しているみたいだ。謁見の間の話もまだ終わっていなかったからね。
「犯人の目星はついているのかな」
『面倒だから、裏方もみんな捕まえておいたわよ』
空中に翡翠が姿を現した。
不意に綺麗なお姉さんが空中に出現したので、兵士の皆さんの動きがいっせいに止まる。室内が一瞬で静かになったので、何事かときょろきょろしてさらに固まる人もいる。慣れている方々は跪こうとして翡翠に止められていた。
「翡翠様、お目にかかれて光栄です」
コルケット辺境伯だけではなく、控えていた側近や兵士まで足を止めて挨拶するあたり、コルケットは体育会系っぽいし、翡翠が大好きだ。
『誰も外に出られないようにしたうえで、動けないようにもしてある。毒はまだ持ったままだから捕まえに行くといい』
頭の上に大きな手が置かれたので見上げたら、いつのまにか瑠璃が隣に立っていた。
『まったく。おまえまでここに来ることはなかっただろう。必要な奴は全員送ってやるから別の部屋に行こう』
精霊王の中でも一番会う機会の多い瑠璃の登場で、一瞬泣きそうになってしまった。甘えたくなる弱さをぐっと堪えて、頷いてから歩き出す。
「ここは警備兵に任せた方がよさそうね。クリスお兄様」
「え?」
私が近づくと精霊王達ももれなくついてくる。今だけお得なパック状態だ。
翡翠は前回のお宅訪問以来クリスお兄様が気に入ったようで、いつの間にか隣に並んで腕を組んでいた。
「裏方の人間もみんな捕えているそうです」
「ああ、毒薬を持っている奴が見つかっているみたいだ。精霊王のおかげだったのか」
逃げていないし、みんな動きがおかしいので何事かと話題になっていたそうだ。
「ここにこれ以上いると、あちらの警備兵の方の邪魔になるでしょう。私達は犯人も連れて近くの部屋に移動しませんか」
「ちょっと待ってくれ」
急いで皇太子達の方に行こうとして、腕を組んでいる翡翠がびくともしないのでクリスお兄様はつんのめっていた。説明をして腕を放してもらっていたけど、さすが精霊王、腕力も強いのか。
『アランくん、ここで何しているの』
琥珀が見当たらないと思ったら、今度はアランお兄様が捕まっていた。
『移動するみたいよ』
「そうですか」
『ほら向こうに行きましょう。ディアちゃんに何かあったらどうするの』
「僕は……行きます」
弱い。アランお兄様、弱すぎるぞ。
「お兄様は、お茶は飲まなかったのですか?」
「招待状に書かれていた時間が、ベリサリオのだけ一時間遅かった」
「は?」
「それに僕達の席は隔離されていて、もっと弱い毒だった」
私の敵になるのはまずいと思って、招待状の時間を遅らせるなんて真似までしておいて、どうして毒を私のお友達やその家族に飲ませようとしたんだろう。家族じゃなければ問題ないと思った? それとも中央の人達は、私と精霊王が一緒にいる場を見たことがないから、半信半疑だったのかな。
どちらにしても犯人は許せない。
どんなにあくどい事をしていた人間だとしても、日本で生きてきた私としては殺していいとは思えない。
たぶん、捕まれば処刑される人もいただろう。それでも裁判をして罰せられて処刑されるのと、殺してしまうのとでは違うよ。
用意されたのは、事件のあった広間の隣の部屋だった。
丸いテーブルが並べられた部屋も広間と同じくらいに広くて豪華だ。そこに謁見の間から移動した人達と、茶会に参加していた人達と、犯人と思われる給仕達と第二皇子を襲っていた男達が移動した。
一瞬で。
精霊王、すげえぜ。
本当はお友達には安全な場所で待っていて欲しかったんだけど、精霊王と保護者がいるこの部屋より安全な場所ってないんだよね。
精霊王が跪かなくていいから椅子に座れと言ってくれたので、辺境伯三人とそれぞれの子息が同じテーブルに座り、公爵ふたりと皇太子と皇子が一緒の席で、陛下と将軍はふたりだけで座っている。大臣達やお友達とその保護者達もそれぞれ席について、じゃあ話を進めようかという段になったら全員が私に注目した。
さっきまで私が仕切っていたのは、私なら不敬罪にされる危険がなかったからだ。
もうここまで話が進んだら、大人の方達に任せた方がいいと思うのよ。
ただね、私の左右に助さん格さんみたいに蘇芳と瑠璃が立っているんだわ。翡翠と琥珀は私と同じテーブルに座っている。この状態であとはよろしくっていうのは、申し訳ない気がする。
「では、もうしばらく私が話を進めてしまっていいですか?」
ぐるりと場を見回したが誰も異論はないようだ。そりゃな。
捕まった者達だけが、このガキはなんなんだって顔で私を見ている。
「あの皇子を守っていた給仕さんは、皇子の側近ですか?」
「いやあれはランプリング公爵の手の者だ」
お父様に言われて、私はまじまじとビジュアル系公爵を眺めてしまった。
現場の指揮は部隊長に任せてここに来てもらってよかった。隣の部屋の慌ただしい様子は、この部屋にも届いている。
「不穏な動きがあると報告を受けていたので、近衛の者を潜入させていたんだ」
この人もすげえな。まだ十九歳で公爵で近衛騎士団長で切れ者かよ。なんで独身なの? 婚約者は? この世界の女達は何をやっているの。
「パオロ、ありがとう。おかげで弟は無事だった」
「いえいえ。エルトンやアランの精霊獣が間に合ってくれなければ、どうなっていたかわからないと彼らは言っていましたよ」
しかも爽やかだ。
きっと今、高等教育課程に通っているくらいの年齢のお姉さま方の一番人気は彼だな。
「ではこちらの捕まっている方々は、どういう方達ですか?」
「ダリモア伯爵の紹介で働いている者達だ。弟の周りは側近がほぼバントック派、メイドや補佐官がバントック派とダリモア派が半々だった」
「殿下に襲い掛かったあなた達も毒を盛ったあなたも、元はダリモア伯爵の手の者だったって事でいいのかな?」
私に聞かれて、後ろ手に手を縛られて跪かされている男達は、一瞬だけ迷ってすぐに頷いた。
「ダリモア伯爵は恩人だったんだ」
「俺もだ。男爵の三男なんて、腕が立って騎士団に行く以外にほとんど仕事なんてない。下手したら平民落ちだ。あの方は屋敷で働かせてくれて、仕事を覚えたらもっと給金のいい城での仕事を紹介してくれたんだ」
上手い手ではある。恩を売れば情報を流してもらえるからね。
でも仕事が欲しかった彼らからすれば、第二皇子の傍仕えだよ。エリートだ。家族にだって自信もって言える仕事だ。WinWinの関係だよ。
「じゃあどうしてあんなに多くの人達を毒殺したんですか」
「そんなのここで聞く必要があるのかな。それよりさっきの話の続きをしたいんだけど?」
椅子に座らずに、ビジュアル系公爵と並んで壁に寄り掛かっていたジーン様が不満そうに言った。
「さっきの話に関係しているから聞いてます。答えてください」
もうさすがに疲れていて笑みを浮かべる気力がなくて、事務的に答えて視線を戻した。
「バントック派は、我々の仲間を何人も殺したんですよ。その復讐です」
「なるほど。バントック派に辺境伯には招待状は出すなと言われましたか?」
「ああ、だからちょうどいい機会だと思った。ベリサリオとあんたの関係者には手を出すなと言われていたからな」
「誰に?」
「……」
ここまで淀みなく答えていたのに、それは答えられないんだ。
「でも手を出しましたよね。アランお兄様やお友達やその御家族にも、種類は違うけど毒を入れてあった」
「それは知らない! 俺が使った毒は一種類だけだ!」
え? じゃあ他にも犯人がいるってこと?
彼らはおそらく全員処刑だ。今更そんな細かい嘘に意味はない。
「ここに仲間は全員いるの? 他に給仕に当たっていた人は?」
慌てて立ち上がり入り口近くにいた近衛に聞くと、よくわからないらしく困った顔をしている。
そうだよね。あなたは護衛が仕事で犯人確保が仕事じゃないもんね。
誰に聞けばいいんだろう。
「ダリモア派以外は別室に集めてあります」
さすがビジュアル系、頼りになる男!
「持ち物の確認と身元の確認を急ぐように伝達してきてくれ」
「はっ!」
近衛のひとりが急いで外に出て行き、代わりの人がちゃんと持ち場についた。
今私の中で、ビジュアル系公爵の好感度がぐんぐん上昇中よ。
「あなた達がダリモア伯爵をはめたんだろう。精霊王との会合の場で、全て彼のせいにして処刑したんだろう!」
ちゃんと話を聞いてもらえると思ったのか、剣で皇子を殺そうとした男が叫んだ。
「私達がはめる? 誰がそんなこと言いました?」
彼らはまた口を閉ざしたが、端に座っていた男のひとりがちらりと視線を動かしたのに気付いた。
彼が視線を向けたのはジーン様だ。
私だけではなく何人もその視線に気づいたようで、注目を浴びたジーン様は片目を眇めて横を向いた。
「あの時あの場にいたのは処刑された人達を除けば、陛下と将軍とジーン様。あとは三人の辺境伯と私達兄妹だけ。それぞれの側近や補佐官、護衛はいたけど、彼らだって口止めされていたはず。だったら自分の好きな話を出来ますよね」
「好きな話? 嘘だったのか?!」
「辺境伯は皇帝とグルだと聞いたぞ!」
「いえむしろ、陛下にしてみれば私達は忌々しい敵でしょう」
「……どういうことだ」
愕然とした様子で彼らは私達の顔を見あげている。
精霊王に囲まれている私は、たぶん彼らにとっては人外と同じだ。しかも子供で過去のしがらみとは無縁に見える。だから徐々に信じる気持ちが芽生えているんだろう。
「おかしいなと思ったんですよ。宰相になるくらいだから、ダリモア伯爵は切れ者だったんでしょう? なのに陛下に嫌がらせのようなことをしているって話だったし、あの場で突然、ジーン様が皇帝に相応しいと言い出した。精霊に興味ないのは本当だったんだろうけど、パウエル公爵の話やあなた方の話を聞くと、真面目だったせいで面倒な仕事を押し付けられて、しかも仲間が次々に暗殺されて切羽詰まっていたんじゃないかと思えて来たんですけど、どうでしょう」
「たぶんそれであっているんじゃないか。ジーン様とはたびたび会っていたようだし、彼を皇帝につけたかったのは間違いない。だがあの時は、ジーン様は陛下と親し気でダリモア伯爵と敵対しているような態度でしたよね?」
お父様が話を引き継いでジーン様に問いかけても、答えは返ってこない。ただ興味なさそうに横を向いたままだ。
「あの時、ダリモア伯爵はジーン様に精霊獣がいることも知らなかったんじゃなかったか?」
「うむ。たしかに」
ノーランド辺境伯とコルケット辺境伯も同意するのを聞いた男のひとりが、腕を縛られたまま立ち上がった。
「だましたのか! あんたが毒を使えばいいと言ったんだぞ! 皇子もバントック派の手先だと!」
「……」
「あんたが皇帝になったらダリモア派を取り立てて、宮廷で文官の仕事を用意すると言っていたじゃないか!」
「うるさい。私は毒は有効だと言っただけだ。誰に使えとも、いつ使えとも言っていない」
「……ジーン」
ジーン様はビジュアル系公爵を見つめ、私達を見つめてから、面倒そうに前髪をかき上げてため息をついた。
「さっきから何を騒いでいるんだ? これは派閥同士の抗争だろう。それに私が助言していたとしてなんなんだ? 貴族社会なんてそんなものだ。私だって何度も毒殺されかかっている」
「きさま! 我々を騙したな!」
飛び掛かろうとする男は、警備兵にふたりがかりで押さえつけられた。
「騙してなどいない。ダリモアは仕事は出来たが馬鹿正直で融通が利かなくて、父親に頭が上がらなかった。それでバントック派と陛下に利用され、散々働かされて捨てられたんだ。ああ、彼と将軍はよく似てるな」
感想は一章が終わったらまとめてお返事させていただきます。
とても楽しみにして読ませていただいていますが、私とろいのでネタバレしちゃいそうなんです。
感想、評価、誤字脱字報告いつもありがとうございます




