決断
「ドレスなど何でもいいじゃないか!」
世の中の貴婦人を、たった一言で敵に回した馬鹿がいるぞ。
今のは男性が女性に言ってはいけない台詞の筆頭だよ。殿下、地雷原でスキップ踏んでこけている感じよ。
日本でだって、男性は仕事の時にスーツとネクタイが戦闘服でしょ。女性もきっちりとスーツを着て化粧して前髪決めて、よし今日も頑張るぞって気合い入れるでしょ。それに服装や化粧って戦闘服であると共に、社会人として求められている姿であって、ジャージ着て会社に行かないし、すっぴんで会社に行ったら生活が乱れてるって評価をされかねない。
この世界だってそうだ。
高位貴族のご令嬢は、センスのいい高価なドレスを着て髪を結いあげ装飾品をつける。それがみすぼらしかったりセンスが悪いと、家族が笑われて侮られる。実は領地経営が上手くいっていないんじゃないか、お金がないんじゃないかと思われて、取引に支障が出る事さえあり得る世界だ。
しかも私達、育ち盛りよ。どんどん身長が伸びているのよ。半年前のドレスだって手を入れないと丈が足りないのよ? つんつるてんのドレスを着て茶会に出ろってか。
「あら、びっくり。殿下ってまだお子様ですのね」
スザンナ様の笑顔が怖い。煙管もって横座りしている姉さんのイメージになってきた。
「周りに教えてくれる方がいらっしゃらないんじゃないかしら」
やさしいカーラ様も、さすがにさっきの言葉は許せないらしい。
「それに比べると、ダグラス様とアラン様はさすがですわね」
「しっかりなさってて年下とは思えませんわ」
モニカ様とイレーネ様は扇で口元を隠して身を寄せながら、しっかり皇子に聞こえるように話してる。
パトリシア様は皇子と幼馴染だから、彼の評価が急降下したのに焦って青くなっていた。だってここには、皇子に釣り合う年齢で侯爵以上のご令嬢のほとんどが揃っているんだもん。
たぶん伯爵以上なら皇子妃候補になれるだろうから、まだまだご令嬢は選び放題だろうけど、この六人とお食事会に誘っている伯爵令嬢ふたりは、皇家としては今一番親しくなっておきたい、辺境伯に近しい御令嬢と地方で力のある貴族のご令嬢なんだよな。
「おまえ達、殿下に失礼だろう」
「茶会に誘っていただけたのに文句を言うな」
うわ、このタイミングで今まで背後に控えていた側近の少年が、火に油を注いでくれた。
「今もしかして、おまえって言いませんでした?」
「まあ、彼らって身分は何でしたっけ?」
「そもそも誰? あんな子、知りませんわ」
「お兄様、そこのおふたり、今、私の事をおまえって言いました」
一歩前に出てアランお兄様に言いつける。
お兄様とダグラス様は、おまえらアホだろうって顔で側近の男の子達を見てため息をついた。
「ベリサリオから正式に苦情を入れよう」
「ええっ?!」
「待て、アラン。彼らは僕の側近だぞ」
「だから、殿下の教育が悪いと思われるでしょうね」
「名前を自己申告してくださいな。調べるのは面倒ですもの。ミーア、メモをしておいて」
「おい、ディアドラ嬢」
慌てて止めに来たダグラス様の言葉は聞かずにそっぽを向く。
「私、お友達を馬鹿にされるのは許せませんの」
それにこのふたりがどこの派閥の子なのか知りたいのよ。
皇子の侍女長は? 執事長や補佐官は? どの派閥が私達に招待状が届かないようにしたの? なんのために?
ただの嫌がらせならいい。でも、なんだろう。いやな予感がする。
「エルドレッド殿下」
すすっと滑るように皇子に近付いたら、怖かったのか仰け反って避けられた。失礼だなおい。
「私達、三日後は予定がありますの」
「なに? 僕の茶会より重要な予定だというのか」
「私が主催した女の子だけのお食事会ですわ」
「……しかし」
さすがにそんなのやめちまえとは言わなかったか。それを言ったらお父様も怒るだろうからね。
「実はそれで、気になる事がございますの」
囁き声で言ったら、皇子も興味を持ったのか身を寄せて来た。
なぜか隣にいたパトリシア様とアランお兄様、ダグラス様まで身を寄せて来たから五人で丸くなって団子状態よ。
「三日後、参加する方のリストを見せていただけませんか?」
「それは駄目だ。警備上の問題がある」
「では、リストは見せていただかなくてもいいので、ある四人が出席するかどうか確認していただきたいのです」
「なぜだ」
「ここでは目立ちますから、あとで別の場所でお時間をいただけませんか? ご相談させてください」
守りたい系の顔をここで生かすんだ。
困ったように眉を下げて上目遣いに見上げて、ちょっとだけ首を傾げる。
「そうですわね、殿下にご相談するのがよろしいわ」
「でしょう。私達、ちょっとショックで……」
「なんだ。そんな大変なことがあったのか? まあいいだろう。僕に任せておけば間違いない」
皇子は得意げに胸を張った。七歳の男の子なんて、ちょろいぜ。
「では連絡いたしますわ」
「うむ。あまり目立ってはいけないんだな。わかった」
足取りも軽く去っていく後姿を見送り、くるっと後ろを向いて女の子達に向き直った。
「同じ日って、偶然じゃないですわよね」
「でもあの四人の家は同じ派閥ではありませんわよ」
「なんの話だよ」
「やめとけ、ダグラス。女同士の戦いに、派閥の権力争いまで関わってそうな話だ」
アランお兄様に言われて、ダグラス様は眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「おまえは関わるのか」
「ディアが当事者だからな」
「うわ……関わっても関わらなくてもめんどくさそうだな」
アランお兄様と仲がいいから、話をしていた流れでここに顔を出したんだろう。でもそういう何気ない判断が、後々大きな分岐点だったりするんだよね。
「ちょっと目立ちすぎだぞ」
足早にクリスお兄様が近づいてきた。
女性陣のテンションが秘かにアップしているあたり、さすがは美形。
「この組み合わせじゃ仕方ないと思うが、エルドレッド殿下までいるとは。で、どうなった?」
「別室で後で話すことになってる。場所の確保と連絡をしないといけなくなった」
アランお兄様とふたり並んで、情報の確認をする様子を見る女性陣のまなざしが輝いてるぜ。
ん? クリスお兄様の背後に側近のライがいるのは当たり前だけど、なんで一緒にエルトン
がいるんだろう。皇太子の傍にいなくていいの?
「ああ。殿下の茶会と食事会がバッティングしていることを知らせようと思ったんだ。だがもう話したんだね」
エルダ様に食事会の日時を聞いたのか。てことは、すでに皇太子の耳にも今回の件は届いているんだな。
「クリスお兄様、茶会の招待状を扱うのは補佐官ですか」
「今回は公式ではないらしいが、補佐官だろうな」
「公式じゃない?!」
驚いた声をあげたのはパトリシア様だ。
「やっぱり。精霊王の怒りが解けるまでは皇族の祝い事は自粛していたはずなんです。中央で不作が続いたのも砂漠化した地域があったのも、皇族のせいだからと。それなのになんで茶会なのかと思っていたんです」
「でももう琥珀は許してくれましたよ。茶会は三日後ですし」
「準備は何か月も前から行われますでしょ。招待状は半年前には出したはずですわ」
「その通り。内密に計画していたようで、陛下も皇太子様も最近知った話なんだ」
「エルトン、殿下の補佐官達、出来れば侍女長や執事長がどの派閥の出身かわかる?」
「いや、皇太子側の私が調べるのはまずい」
そうか。陣営が違うんだもんな。
「アラン、ヘイワード子爵に連絡を」
「わかった」
「ヘイワード子爵ってベリサリオ出身の……あ」
そうか、宰相の副官やっているはず。
「因みにサッカレー宰相はパウエル公爵の派閥だよ。精霊をしっかり育てている」
「それで精霊の森の件には関わってなかったんですね」
「派閥が分裂した後、雑用に回されたらしい。まだ祝賀会の途中なのにすみませんが」
クリスお兄様が話の途中でくるっと振り返り、女性陣に話しかけた。
「皆さん、目立たないように保護者の元に戻って、今までの経緯を説明してこれを渡してくれませんか」
「招待状のお話ですか? それならもう……」
「それに伴って、ベリサリオ辺境伯より内密にお話したいことがあります」
げ! 御令嬢方のおうちの当主を集めちゃうの? お父様の名前で?
このメンバーの家が集まると知ったら、コルケット辺境伯も来るよね。ダグラス様も巻き込まれているよね。え? どういう集会?
「密会するのにいい場所を確保してあります。こちらに詳しく書いてあるので、読み終わったら焼却してください」
全員に握った掌で隠せそうな小さなカードを配ったのはエルトンだ。スパイ映画みたいなことを言い出したよ。
「ディア、控室にメイド服を用意してあるので、それで来てくれないか」
「変装? 素敵。エルトンがここに来たということは、皇太子もいらっしゃるのね」
「あなた方がパウエル公爵と対話したことで、皇太子も決断したようだ」
なにを?!
偶然か待ち伏せしていたかは知らないけど、パウエル公爵と話したことが、こんなに早く影響を及ぼすの?
「私も参加したいですわ」
「それは保護者の方とよく御相談して決めてほしい」
用事の終わったエルトンは、会釈してから人がたくさんいる方向に歩いて行った。
「お兄様、なんの話ですの?」
「ここでは言えない。あとからわかることだから、出来ればきみ達は来ないで保護者に任せてほしい。危険が伴うかもしれないので、精霊に防御結界を張らせたままにしておくことをお勧めする」
防音の結界は張ってあるけど、どんどんやばい内容になっていく。襲撃されるってこと? 誰に?
皇太子は何を話そうとしているんだろう。皇子も来るのよね、私が呼んじゃったし。
「僕達はもう行くから、きみ達はちょっと話をしてからばらけて。ダグラス、おまえも侯爵に連絡だ」
「うい。えらい話になってきたな」
「さっき、さっさと離れないからだ」
ダグラス様とお兄様達が立ち去って女の子だけになっても、楽しくおしゃべりする空気じゃなくて、何を話せばいいのかわからない。でも不審に思われないためにも普通にしていないと。……もう充分に不審か。
「私、クリス様にこんな近くでお会いするの初めてです」
突然、頬に手を当ててイレーネ様が言い出した。
「やっぱり素敵ですね。綺麗すぎてこわいくらいです」
「そうねえ、隣に並ぶのに気後れしそうだわ。エルトン様ってまだおひとり?」
なるほど。こういう時はやっぱりイケメンの話で場を盛り上げるのね。
「領地がベリサリオのお隣なのよね。それで皇太子側近。今までノーマークでしたわ」
「うちともお隣です」
「まあ、カーラ様とも? とても魅力的な立地ですわね」
「では、私はそろそろ両親の元に戻りますわ」
「私も」
スザンナ様とイレーネ様が去って、少ししてモニカ様とカーラ様も両親に連絡するために足早に立ち去った。残っているのはパトリシア様だけだ。
「ディアドラ様は会合に参加しますのね」
「はい。殿下も来ますし」
「私も行きます。話を聞くしか出来ないですけど、皇太子様と殿下の事が心配です」
「それは、公爵様のお気持ち次第なので、説得していただかないと」
「そうですわね。話してみますわ」
皇太子は何を話したいんだろう。
なんで皇子は内密にしてまで茶会を開こうとしたんだろう。いや、皇子は乗せられただけの可能性高いな。
その人達は私達を茶会に参加させたくなかった。誰で、なぜなんだろう。
「ミーア、控室に戻ります」
「ご家族にお話しなくてよろしいのですか」
「ええ。どうせお兄様達もすぐに戻ってきますわ」
何も知らないというのは不安だ。
私の知らないところで物事がどんどん進んで、巻き込まれるのはこわい。
知ってしまう怖さと知らない怖さ。
だったら知っていた方がいいんじゃないかな。情報は武器になる。
でも国の権力者達の動向や思惑を知る事になるんだよ。知ったから狙われることだってあるんじゃない。
……ああ、私、狙われたって平気だわ。この世界で今、私ほど狙われても生き残れる確率の高い人間はいなかったわ。
ベリサリオの控室の一番奥の部屋に閉じこもって鍵をかけ、精霊に念入りに結界を張ってもらった。
まだちょっと迷ってる。私はベリサリオでのんびりと暮らしたいだけだ。ウィキくんは精霊に関して活躍してもらったから、それでもういいじゃないかと思ってた。
でも家族が巻き込まれていく。
お友達の家族も巻き込まれていく。
知っていれば防げたことを、知らなくて何も出来なくて取り返しのつかないことになったら、私は弱い自分が許せないだろう。
みんなを守る力は持っている。あとは、その力を使う勇気と覚悟を持たないと。
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