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パーティのあとで

 いやあ、スッキリした。エルローネとカミルのあの表情。

 これも全部ルーウェン様のおかげだ。他の令嬢達はちょっとかわいそうだったけど……。


「いやあ、スッキリしました」


 唐突にルーウェン様が私の心中と同じような事を言い出したので、心の中を読まれたのかと驚いて顔を見上げてしまう。


「いつもはあの令嬢たちの輪から抜け出せずに参っていたのですが……ヒルダ様、あなたのおかげでそれも解消できました。今後は彼女たちも迂闊に近づいてこなければいいのですが」


 それってまるで私が虫除けみたいじゃないか。

 まあ、こちらもカミルにけん制できたし、エルローネには泡を食わせてやることができたけれど。


「『いつも』って、毎回あんな目にあっているんですか?」

「今日は一段と強烈でしたね。なにしろグラード家の主催するパーティですから。規模が違いました」


 いつもあんな目に遭ってるのか……美形は大変だなあ。

 改めてルーウェン様をよく見ると、室内から漏れる灯りに照らされた金髪がほのかに輝いて見える。

 そう、例えるなら天の使い!

 ちょっと見惚れそうになってしまう。なんとなくあの令嬢たちの気持ちが分かった気がした。


「そんなに令嬢たちに群がられるのがお嫌なら、さっさと結婚すればよろしかったのに」


 私の問いにルーウェン様はうんざりしたように首を振る。


「断りきれずに何度か見合いをした事はありましたが、相手が、その、なんというか、距離が近いのです。やたらべたべたしてきたり。若い女性がみっともない。もっと慎ましく節度を守るべきです!」

「はあ、そういうものですか」

「その点ヒルダ様、あなたは他の令嬢たちとは違いました」


 はい?


「節度を守って慎ましやか。私が他の令嬢達に囲まれていても発狂したりしない。きっと淑女とは、あなたのような女性のことを言うのでしょう」


 空腹感を満たす行動が、ルーウェン様にとって良い方向に転がるとは。


「あなたに謝りたい。初対面で『女』と呼んだことを。あの時は、てっきりあなたも他の令嬢と同じだと思い込んでいてしまったもので……無礼を働いて申し訳ありませんでした」


 そう言うと、ルーウェン様は胸に手を当て深々とお辞儀をした。


 なるほど、初対面と我が家に最初に来た時のあの態度。今まで散々女性に振り回されていたため、軽く女性不審になってしまった故の態度だったのかもしれない。


「謝らないでください。元はと言えば私がルーウェン様を脅迫したようなものですから」


 そうなんだよね。元々は私の悪巧みにルーウェン様を付き合わせている格好なのだ。むしろ謝るのは私の方では?


 ところがルーウェン様は首を横に振る。


「今はあの出来事に感謝すらしていますよ。なにしろあなたと言う、素晴らしい女性と知り合うことができたのですからね」


 え、なにそれ。真顔でそんなこと言われたら照れる。

 本気で口説いてる? それともいまだにペンドラゴンの名が目当て?

 ルーウェン様の目を覗き込むように見つめても、どちらかわからない。

 

「ああ、広間が少し落ち着いたようですよ。折角だから一曲踊りませんか?」

「え? ええ、そうですね」


 確かに、パーティに来て鴨のロースト一皿というのも寂しい。

 私はルーウェン様の誘いを受けることにした。


 広間に戻ると、その場の人々の視線が、一斉にこちらに向いたような気がした。

 ある者は好奇心、ある者は敵意。ある者は嫉妬。

 なんだか緊張してきた。上手く踊れるかな……


 差し出された手を取ると、私はルーウェン様の肩に手を置く。

 ほどなくしてワルツが流れ出したので腹をくくる。

 この日のためにグレイ相手にワルツの練習をしてきた私に死角はない。さあ、どこからでもかかってこい!

 なんてことは杞憂だった。

 ルーウェン様のリードがとても上手く、こちらも踊りやすい。

 楽しいなあ。この感覚。家で踊るのとはまた違う高揚感。この感覚にしばらく浸っていたい。

 と、その時、ドレスを後ろから強い力で引っ張られたような気がした。

 びりと嫌な音がして私は転倒してしまう。

 後ろを振り返ると、そこにいたのはエルローネ。


「あらあ、ごめんあそばせ。下手なダンスだったから、距離が近すぎて裾を踏んでしまったみたい」


 いや、これは絶対にわざとだ。あの女の性悪具合には果てがないのだ。


 ドレスを確認すると腰のあたりが盛大に破けていた。

 ど、どうしよう。こんな無残な姿を衆目に晒すわけにはいかない……!

 と、その時、黒いものがふわりと腰にかけられた。

 ルーウェン様が上着を脱いで、破れ目に掛けてくれたのだ。


「申し訳ないヒルダ様。私のリードが下手なばかりに。大丈夫ですか?」

「いえ、これは……その、避けられない事故のようなもので……」


 本当はエルローネが仕組んだことなんだろうけど、そんなことも言えず……。

 その時、ふわりと身体が浮いたかと思うと、ルーウェン様に抱き上げられていた。


「今日はもう帰りましょう」

「え? あ、はい」


 ルーウェン様はエルローネに向けて


「大変失礼しました。お互いリードが未熟だと苦労しますね」


 皮肉とも取れる言葉を残して背を向けた。


 


 帰りの馬車の中。


「ルーウェン様、先ほどのダンス、エルローネがわざとあんなことをしたって気付いてたんですか?」

「確証はありませんでしたが、何度も不自然に近づいてきていましたからね。その度になんとかかわしていましたが、結局はあんな事に……申し訳ありませんでした」

「いいえ、ルーウェン様が悪いわけじゃありませんわ。悪いのはあの女……失礼、エルローネなんですから」

「しかし、気づいた時点でダンスを辞めるべきでした。ですが、あなたとのダンスが楽しくてつい……」


「え」


 どういう意味だろう。単に踊るのが楽しかっただけなのかな。

 でも、それだと「あなたとの」とか、わざわざ付けないだろうしなあ……


 悶々としているうちに、馬車は自宅に着いた。

 馬車を降りた私は、ルーウェン様に向き直る。

 

「ルーウェン様、今日はありがとうございました。この上着、洗濯してお返ししますわね」


 いまだに腰に巻きっぱなしの上着を指す。だってこれが無いとお尻丸出しなんだもん……。


「いえ、お気になさらず。なんでしたら返却は不要です」

「そういうわけにはいきません」


 ルーウェン様は少しの間思案していたようだったが、急に顔を近づけてくると


「それではこれが上着の代わりと言うことで」


 なんと、私の頬にキスしてきた。

 反射的に私はルーウェン様の頬を張る。


「キスしたわね! お父様にもされた事ないのに!」


 そのままあっけにとられているルーウェン様を置いて踵を返すと自宅へと駆け込んだ。



 







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