パーティでの出来事
そして翌日、パーティへ行く準備を整えた私は、犬のように部屋の中をうろうろしていた。
「ねえグレイ、この恰好おかしくない? みんなに笑われたりしないかしら?」
「何度同じことをおっしゃるのですか。とてもお似合いですと先ほどから申し上げているではないですか」
傍で控えているグレイがなかば呆れた顔で答える。
とはいえ、2年ほど社交界から離れていたのだ。緊張しないといえば嘘になる。それが恰好を気にするまでに発展してもおかしくはなかろう。
その時、玄関のドアをノックする音が響いた。
「は! きっとルーウェン様だわ! どうしましょう!」
「どうもこうもないでしょう。私が対応して参りますので、お嬢様はおとなしくなさっていてください」
予想通り来客はルーウェン様だった。
グレイに呼ばれて玄関に赴くと、ルーウェン様が満面の笑みで立っていた。
「ごきげんよう。ペンドラ……ヒルダ様。そのドレスの刺繍、とてもあなたに似合っていますよ。イヤリングも」
ドラゴン関係のものをピンポイントで褒めてくるとか、こまかすぎる。しかもまた姓で呼びかけそうになってるし。
しかし、それを聞いて少しだけ緊張がほぐれたような気がする。
制服姿のルーウェン様もかっこよかったけれど、今日のタキシード姿の彼も滅茶苦茶かっこいい。これは他の令嬢たちが黙っていないだろうなあ。「見合いの話がある」とか言っていたけれど、それも納得だ。
「行ってらっしゃいませ、ヒルダお嬢様」
グレイの挨拶を受けながら、ルーウェン様に手を取られ立派な馬車に乗り込む。
「この馬車は、ルーウェン様のものなのですか?」
「いえ、恥ずかしながら実家から借りてきました。さすがに騎士団の馬車を私用に使うわけにはいきませんからね」
ルーウェン様は照れくさそうに頭をかいた。
ふうん。ルーウェン様ってこういう顔もするんだ。こうして見るとものすごくかっこいい事を覗けば普通の人みたいなんだけどな。
でも過去に私の事を「女」とか呼んだからな。まだ安心できない。警戒心最大で行くのよヒルダ!
などと思っていたのだが……
「まあ! 立派なお屋敷……!」
到着したのは我が家とは大違い。いかにも貴族邸いった趣のレンガ造りの大きなお屋敷。
「グラード家の屋敷です。この家の主人は竜騎士レースが大好きだとかで、騎士団に色々と援助して下さっているので、パーティの誘いも断りづらいのですよ。でも、今日はあなたがいるから安心でしょう」
はて、どういう意味だろう? 私がいるから安心? 私はあなたに不安感を覚えているんですが。
使用人に案内され、ルーウェン様の腕に手を掛けながら、パーティ会場である大広間へと足を踏み入れる。
「すごい……」
天井からは豪奢なシャンデリアがぶら下がり、部屋の中を明るく照らしている。
中央では何組かの男女がダンスを楽しんでいる。壁沿いにはテーブルが置かれ、飲み物や食べ物などが並べられている。
お、お肉! お肉はどこ!?
顔をめぐらせて、部屋の中の情報をより得ようとしたその時、
「きゃあ、ルーウェン様よ!」
「今日も素敵でいらっしゃるわあ」
などと言う声が聞こえてきたかと思うと、大勢の令嬢がわらわらと集まってきた。その勢いは想像以上に凄まじく、私はルーウェン様と引き離され、後方へと押しやられる。
「ごきげんようルーウェン様。そこのメイド、お飲み物をお持ちして」
「そんな事よりルーウェン様、わたくしと一曲踊って頂けませんかしら?」
「いえ、ルーウェン様、ここはわたくしと一緒にバルコニーで二人きりでお話しましょう」
おおう、なんだかみんな積極的だ。私が社交界から離れていたこの2年で、随分と発展したものだ。
とりあえず落ち着くまで、そのあたりを物色しようっと。
は! こんなところに鴨のローストが! お肉!
お皿片手にルーウェン様周辺を見守るも、騒ぎは収束しそうにない。
よし、今度はローストビーフでも……
「ヒルダ? お前ヒルダか? お前も来てたのかよ」
お皿に手を伸ばしかけたところで、私の名を呼ぶ声が飛んできた。
この声はもしや……
目を向けると、そこに立っていたのは栗色の髪をしたひとりの少年いや、青年に片足を突っ込んでいるくらいの男。
私の苦手とする人物ナンバー3にはランクインするであろう人物。
叔父の次男であるカミルだ。うわあ、どうしよう。
「久しぶりだな。聞けよ、俺、騎士団に入団したんだぜ。まだ見習いだけど、いつか竜騎士になったら結婚してやってもいいぞ」
それだよ。そういう上から目線なとこがナンバー3圏内の理由だよ。事あるごとに私との結婚を匂わせてきて。こっちはその気も無いというのに。
「結構です。それより私、喉が渇いちゃったわ。ねえカミル、こういう時にスマートに飲み物を持ってきてくれる男性って素敵よね」
「なに! そうなのか! 待ってろ、すぐに果実水を持ってきてやる」
よし、今のうちにローストビーフを……
「あら、もしかしてヒルデガルド様じゃありませんこと?」
再び私の名を呼ぶ声が。ああ、お肉食べたいのに……
声の主に目を向けた私は、思わず顔をこわばらせる。
そこにいたのは、見事な金色の巻き毛を揺らしながら、猫を思い起こさせるような少し釣り目の美しい女性。
「……エルローネ……様」
「驚きましたわ。あなたはこの二年間、どこのお茶会にもパーティにもいらっしゃらなかったものだから。まさか今日のパーティに来てらっしゃるだなんて。どこから潜り込んだのかしら。まるでネズミみたい。ほほほ。あら、失礼」
そう言うとエルローネは扇子で口元を隠す。
そう。この女も私の苦手とする人物ナンバー3にはランクインするであろう人物。エルローネ。
我が家が火の車だと知っていながらも、お茶会やパーティの招待状をしつこく送ってきた人物だ。つまりは性悪だ。
大きなパーティだから仕方ないとはいえ、立て続けに苦手な人物に出会ってしまうとは……
「ところでヒルデガルド様、あなた、ダンスはなさった?」
「まだですけれど……」
「あら、そうでしたの。わたくし、先程からダンスに誘われっぱなしで足が痛くて。ここへ休憩しにまいりましたの」
うわあ。出た。モテ自慢。そういう話はもう充分だから。私にお肉を食べさせて。
「あら、またひとり男性がこちらにやってきますわ。ダンスのお誘いかしら……って、あの方は……!」
エルローネの視線の先に目を向けると、こちらに向かってくるルーウェン様の姿が。どうやら令嬢たちの輪から逃れられたようだ。
「どうやら魅力的な女性は魅力的な男性に選ばれる運命のようですわね」
エルローネが、ダンスに誘われるのが当然といったように自身満々で一歩前へと出る。
が、ルーウェン様はその横を素通りし、私の目の前へ。
「ぺ……ヒルダ様、このようなところに一人にしてしまい申し訳ありません……! お疲れではありませんか? そこのメイド、果実水をこの方に」
手慣れた動作でメイドから果実水を受け取ると、私に差し出す。
「あ……ありがとうございます」
私はグラスを受け取ると、果実水に口を付ける。
その斜め前方で、信じられないといった様子で目を見開いて、こちらを凝視するエルローネ。
「おいヒルダ、果実水を持ってきてやったぞ……って誰だよその男は……!」
「うん……? お前は騎士見習いのカミルじゃないか」
「ル、ルーウェン様!? どうしてルーウェン様がヒルダと……!?」
「お前こそヒルダ様のなんなのだ?」
慌てて私は二人の間に入る。
「ルーウェン様、カミルは私のいとこですの。どうか無礼をお許しください」
「も、申し訳ありません……!」
カミルもこうべを垂れる。
「まあいい。俺もこのような場で騒ぎは起こしたくないからな」
「待ってください、ルーウェン様」
今度はショックから立ち直ったエルローネが口を出してきた。
「ルーウェン様とヒルデガルド様は、一体どういったご関係ですの?」
一瞬であたりが静かになったような気がした。みんなが私達に注目している。なんという緊張感。
しかしルーウェン様は気にならないといった様子で私の手を取る。
「ご紹介が遅れましたね。この方は私の婚約者。ヒルデガルド・ペンドラゴン様です」
次の瞬間、カミルが果実水のグラスを撮り落としてしまう。
グラスの割れる音が響いた直後、時間が戻ったように、辺りから小さな悲鳴が上がる。ショックのあまり床にへたり込んでいる令嬢も何人か。その様子は阿鼻叫喚といっても過言ではない。使用人や付き人が、具合の悪くなった大勢の令嬢の介護を始める。
「こ、こ、婚約者ですって!?」
ふらつきながらもなんとかその場で踏みとどまるエルローネ。
「ええ、私達、婚約いたしましたの。さあ、ルーウェン様、ここは騒がしいですし、静かなバルコニーにでも参りましょうか」
「そうですね。それはいい考えです」
本当はお肉が食べたいけど、この状況では無理みたいだ。
ルーウェン様と腕を組むと、バルコニーへと向かう。
その途中、ルーウェン様に聞こえないようにエルローネに囁いた。
「どうやら魅力的な女性は魅力的な男性に選ばれる運命のようですわね」




