父親
朝食の後、再び掃除を少しだけ済ませた後で、私はお父様の部屋に向かう。今の時間なら起床しているはずだ。
ドアをノックすると、その向こうから「誰だ」という声がする。
「お父様。私です。ヒルダです。ドアを開けてもらえませんか?」
「ならん」
「どうしてですか?」
「どうしてもだ。用事があるならそこで言いなさい」
いつもこうだ。父はグレイ以外の人物は部屋に入れようとせず、常に鍵を掛けて籠っている。
それも私が持つ母の面影のせいだろうか。
「お父様。私、婚約しました」
「なに?」
「お相手は竜騎士のルーウェン・シェルバー様という方です」
「ならん」
「ご報告が事後になってしまったのは謝ります。ごめんなさい。でも、あの方がいれば、もしかすると前みたいな生活に戻れるかも……」
「だめだ」
「どうして……?」
少しの沈黙の後、お父様の声がドア越しに聞こえる。
「我が家はもうだめだ。諦めなさい。わしは近いうちに爵位を返還しようと考えておる」
「そんな……」
「その代わりにグレイにお前を託すことにする」
「え? それってどういう……」
「グレイと結婚しなさい。そして庶民として暮らすのだ」
「何を言い出すんですかお父様! グレイにこれ以上迷惑は掛けられません! もうお父様が何と言おうと私は諦めません! 私一人でも以前の生活を取り戻してみせます!」
「待ちなさい……!」
引き留める声が聞こえたが、私は振り切って自室へと戻った。
ベッドに腰掛けながら考える。
グレイと結婚しろだなんて、お父様は一体何を考えているんだろう。それに、爵位を返還するだなんて……。
お父様の考えが理解できない。あんな事を言われた手前、つい啖呵を切ってしまったが、本当に以前の生活を取り戻せるんだろうか……?
ついついいつものため息を漏らしてしまった。




