取り引きのゆくえ
あまりに唐突な発言にぼけっとしている私とは対照的に、ルーウェン様は饒舌になる。
「ペンドラゴン家といえば、この国で初めてドラゴンと心を通わせたと言われる伝説の一族。その功績を讃えてドラゴンという名の入った姓を授かったとか。知らなかったとはいえ無礼を働いてしまいました。申し訳ありません!」
え、そうなの? 我が家にそんな歴史が?
ていうか私より私の家系に詳しいとか、ちょっと怖い。
土下座したままルーウェン様は続ける。
「これでも私は侯爵家の三男として、もしもの時のための教育を受けてきました。その知識を活かして、必ずやお家復興のお役に立ってみせましょう。そのためにどうか私を婿養子に!」
なんだかおかしな展開になってきた。偽装婚約のつもりが、いつのまにか本気の結婚の話になっている。
たしかにルーウェン様は顔は滅茶苦茶いいし、竜騎士としても一流。おまけに侯爵家の三男で、それなりの教育を受けているらしい。そこを考えれば完璧だ。
ただ、先ほど見せた横柄な態度。あれがどうにも引っかかる。あれが彼の素の姿ならば、万が一結婚しても、本性が出た途端に苦労するのは私ではないか。もしも結婚するにしてもそこを見極めてからだ。
ここはなんとかルーウェン様を落ち着かせなければ。
「その申し出は大変光栄なのですが……」
ルーウェン様はがばっと顔を上げる。
「それでは盛大に式を挙げましょう。日取りはいつがよろしいですか!? 私はいつでも構いませんよ。来週でも、来月でも、なんなら明日でも!」
まずいな。余計興奮させてしまった。
ここは話題を変えよう。
「一つ伺ってもよろしいですか?」
「なんなりと」
「ルーウェン様は私のどこがお気に召したのでしょうか?」
「姓……性格です」
うわあ、今「姓」とか言おうとして誤魔化した。やっぱりペンドラゴン家の名前が目当てだったか。正直なのはいいけど、少しは濁してほしい。
いや、ペンドラゴンの名で釣ろうとしたのは私だけど、まさかこんなに食いつくとは思いもしなかった。ドラゴン狂恐るべし。
ここはなんとか、なんとか結婚の危機を回避せねば。
「ええと、性格と言われましても、私たちほとんど初対面ですわよね。その、万が一結婚するにしても、政略結婚でもないのにそんなに結婚を急ぐ必要もないのでは?」
「私は一向に構いませんが」
むむむ、なかなかしぶといな。
ここで断るのは簡単だ。しかしこんな条件のいい男性はなかなかいないだろう。婚約者として連れて歩くにも、もってこいだ。
なんだったらいっそのこと結婚してもいい。お家復興の力にもなるだろうし。
ただしドラゴン狂でさえなければ。
煩悶している私が渋っているように見えたのか、ルーウェン様が恐る恐るといった様子で口を開く。
「もしや……ペンドラゴン嬢は私と結婚するのはお嫌なので?」
「そ、そういう事ではなくて……ただ、その、急なお話についていけないだけで……私、不安なのです」
「不安とは!?」
「先ほど、私のことを『女』と呼ばれましたよね? そのような乱暴な態度を取られる方と結婚だなんて、なんだか怖くて……それに、私の姓が目当てだなんて言うような方とどうして結婚すると即決できましょう」
ルーウェン様はぐっと言葉を詰まらせる。
「それについては誠に申し訳ありませんでした! あなたに恐怖心や不信感を与えてしまうとは、傲慢の極み。これより善処いたしますので、どうかお考えを改めてはいけませんでしょうか!?」
そう言って、床に口づけでもするんじゃないかという勢いで、絨毯に頭を擦り付ける。
さて、これで少しは優位に立てたかな?
私は咳払いをひとつすると、あらためて話しだす。
「それでは婚約からというのはいかがでしょう? あ、婚約といっても実情は偽装ですが。早い話がお友達からという事です。婚約もしていない若い男女が噂になるのは困りますからね。人の目を気にしないためにも、形だけでも婚約という事で。ええ、形だけでも」
ルーウェン様はばっと顔を上げる。
「婚約!? あのような仕打ちをした私と、偽装とはいえ婚約してくださるというのですか!? なんと慈悲深きお方なのでしょう! もちろん、喜んで――」
「ただし条件があります」
私はルーウェン様の言葉を手で制す。
「その後のことはルーウェン様の態度次第です。もしも裏切ったりなんかしたらすぐに婚約を解消という事にさせて頂きます。それと、例の日記も公開させて頂きます」
こんな常軌を逸したドラゴン狂、いくら見た目が良くても中身は相当がっかり系だ。ここは利用するだけ利用して、もしもなにか不都合があったら適当な理由をつけてポイよ……くくく。
「承知いたしました。それではこちらも同じ条件で。もしも貴女が私に対しての裏切り行為をした場合、ペンドラゴン家は窮困しているという噂が社交界で広まるかもしれませんね」
な……この男、私を脅し返してきた……!? ただのドラゴン狂じゃないのか!?
ルーウェン様の表情を伺うも、その顔は満面の笑みで覆われ、先ほどの発言の真意は図りかねない。
まさか、意図的に? それとも天然?
ルーウェン様は今度は私の前に跪くと、手をとり、甲に口付ける。
「それでは、これからよろしくお願いいたしますね。私の女神」
め、女神……なんと恥ずかしい呼び名。
それでも満面の笑みのを崩さないままのルーウェン様。あいかわらず優美でかっこいい。しかし、その作り物のような笑顔の裏側に何かを隠しているような気がして、背中にぞくりとしたものが走ったのだった。
もしかして、私、厄介な人と婚約してしまった……?




