なりゆきで……
でも、今の私は地味な恰好をしているし、髪型だって違うし、分厚いメガネだってしている。どうしてバレたんだろう……?
いやいや、そんな事を考えている場合じゃない! ここはなんとか誤魔化さなければ!
「ぺ、ペンドラゴン? 失礼ですが、どなたかとお間違いじゃありませんか?」
内心動揺しながら、顔を背けながらも答えると、よりによってダグラス様は顔を覗き込んできた。
「嘘だね。俺は一度見た女の子の顔は忘れないんだ」
何その特殊能力。ていうか、ダグラス様って外では随分とくだけた態度なんだな。
なんて思っている場合じゃない。早く立ち去らねば……!
「どなたとお間違えかわかりませんが、急いでおりますので失礼いたしますね」
そそくさと脇を駆け抜けようとした時、ダグラス様に眼鏡をさっと奪われてしまった。
「その髪、その瞳の色。なによりその可愛い顔。やっぱりヒルデガルド様じゃないか」
バ、バレた……! ど、ど、どどうしよう!
「よ、よくおわかりになりましたね」
私はあえて冷静を装う。
「貴族のご令嬢が、そんな使用人みたいな格好でこんなところで何をしてるのかな?」
「い、一般人の真似事です。こうやって街を歩きながら買い物するのが趣味なのです。けれど、仮にも伯爵家の娘がそんな事をしているところを見られてはおおごとです。だから私だとばれないよう、庶民の変装をしているのです」
「へえ。それは変わったご趣味で」
ダグラス様はにやりとしたが、それ以上追及してこなかった。
よ、よし、なんとか誤魔化せた……?
「それより、ダグラス様こそ謹慎の身ではありませんの? こんなところで油を売っていてよろしいのですか?」
そうだ。ルーウェン様が私を自宅まで送ることができないと言っていた。と、いうことは騎士団の敷地から出ることさえ禁じられているという事のはず。それがなぜダグラス様はこんなところにいるのか。
「謹慎なんてバレなけりゃ問題ない。丁度いい抜け道があってね。そこを通ってくれば簡単に外に出れるってわけだ」
大胆な事をする人だなあ。騎士団って、もっと厳格な組織かと思っていたのに、こんな事をして大丈夫なんだろうか。
などと考えていると
「ここで会ったも何かの縁。折角だから近くのカフェで一休みしませんか? 美味い紅茶を出す店があるんだけど」
こ、紅茶……!?
以前はグレイのアップルパイを楽しみに生きてきた私だが、最近はルーウェン様もお土産に美味しいお菓子を持ってきてくださっている。けれども、我が家の家計的に質のいい紅茶を用意するのは難しい。
つまり、美味しいお菓子に合う美味しい紅茶に飢えていたのだ。
一瞬悩んだが、美味しい紅茶という言葉に逆らえず
「そ、そうですわね。折角ですからご一緒させて頂いてもよろしいですけれども」
などと答えてしまった。
「よし、決まりだ。早速参りましょうか。ヒルデガルド様」
そのお店は、外壁が白い漆喰でできていて、赤い屋根の可愛らしいお店だった。
はー、こんなお店があるなんて知らなかった。なにしろ王都に来てからそんなに経っていないし、無駄遣いをする余裕も無かったからだ。
店内で席について辺りを見回す。ちなみに眼鏡は先ほど返してもらった。
「素敵なお店ですね」
「そうだろう? 菓子もうまいと評判なんだ。なんでも好きなものを頼んでいいよ」
な、なんという大盤振る舞い。これで割り勘だったら大変な事になってしまうけれど、それはないはずだ。だって、ダグラス様は私と結婚したがっているはずだから。自らその相手の信頼を損ねるような事はしないはず。
というわけで、フルーツのケーキと、このお店で一番高い紅茶を頼むことにした。
「ダグラス様は、よくこのお店にいらっしゃるんですか?」
「まあね。この店は雰囲気が良いから」
「女性が喜びそうなお店ですものね」
「何を考えてるのかわからないけど、この店に女性を連れてきたのはヒルデガルド様が初めてだよ」
口ではそう言ってるけど本当かな? だって、こんな外観のお店に男性一人で入ろうと思うだろうか?
それに先ほどのドラゴンの厩舎での出来事。女性の取り巻きが沢山いた。
つまりモテる! 今だって、謹慎中なのにわざわざ抜け出して女性をお茶に誘うくらいだし。
つまり女好き! 女性に対するこの態度だってそうだ。随分と手慣れている。
こんな事を思うのは傲慢だとは思うけれど、これでも侯爵家の三男二人から求婚された身。
今はルーウェン様と婚約(仮)しているけれど、できる事ならより誠実なほうと結婚したい。
けれど、二人とも初対面の印象は最悪。今だって私の家柄が目当てだ。そんな男性達のどこを信用できようと言えよう。まあ、打算的なのは私も同じだが。
とにかくここはじっくり見極めなければならない。贅沢な悩みだけれど。
などと考えているうちに、紅茶とケーキが運ばれてきた。
カップに口をつけると、紅茶の良い香りが広がる。ああ、昔、まだ我が家が裕福だったころに飲んでいた紅茶の味によく似ている。
「おいしい……」
「気に入ってくれたって事かな?」
「はい、とても」
「それじゃあ、これからも時々一緒に来ようよ。またご馳走するからさ」
「え……」
むむ……それは少し悩む。逢う回数が増えれば、ダグラス様の人柄も把握しやすいだろうし……。
しかし仮にも私はルーウェン様と婚約している身。他の男性と過度に親しくするわけには……うーむ……。
「ダグラス様! その女は一体誰ですの!?」
その時、店内にヒステリックな女性の声が響き渡った。
驚いて顔を向けると、そこにいたのは金髪を丹念にカールさせて、猫のようなやや吊り上がり気味の瞳を持つ美しい乙女。
「エ、エルローネ!? どうして君がここに!?」
ダグラス様が慌てたように立ち上がる。
やはり。やはりか。ていうか、この二人知り合いだったのか。
「この店に女性を連れてきたのはヒルデガルド様が初めてだよ」とかなんとか言ってたけれど、きっとダグラス様が女性を口説き落とす時の常套文句なのだろう。
「紅茶を頂きに参りましたの。そうしたら見覚えのあるお姿があるではありませんか。しかも女性と一緒だなんて。そこのあなた、いったいダグラス様とはどういったご関係ですの!?」
エルローネは私をきっと睨みつけると、顔を近づけてきて問い詰めてくる。どうやら私の正体には気づいていないようだ。
しかし、なんで女の人って元凶の男性じゃなくて女性のほうを責めるんだろう。そんなのダグラス様に聞けばいいのに。
と思ったけれど、ダグラス様は誤魔化すのが上手そうだしなあ。それで私に矛先が向いたのかもしれない。
「つい先ほど初めてお会いした仲です。道を歩いていたらこのお店にお誘い頂きまして」
嘘は言ってない。出会ったのだって今日が初めてだし。
私は席を立つとダグラス様にお辞儀する。
「本日はお誘い頂きありがとうございました。紅茶、とても美味しかったです」
本当はまだ二口くらいしか飲んでないけど……それにケーキにも手を付けていない。
けれどもこういう時はさっさと逃げるに限る。
「それでは私はこれで失礼いたします」
「そ、そんな……」
ダグラス様の制止するような声を振り切ると、そそくさと席の間を通りお店のドアを開ける。ドアが閉まる瞬間、エルローネの金切り声と、焦ったようなダグラス様の声が聞こえたような気がした。
後はお二人で話し合ってください。
さて、お買い物の続きをしないとね。




