樹海 2
歩いた、ひたすら歩きましたよ。
えぇそりゃあもう嫌になる程に。
もう数時間くらいは歩いている気がするが、空の色が変わらないせいであんまり時間の感覚がないが。
スマホで時間を確認すれば、10分そこらしか経っていなかったり、気づいたら一時間くらい経っていたりとマチマチだ。
山道らしきものをひたすらに歩いて、大して変わる事のない景色。
やけに背の高い木々にごつごつした岩肌。
いい加減変化の一つでも欲しい所だ、皆も疲れているのが伝わってくる。
「そろそろ休憩にしましょうか」
もはや無言で山を登り続けていた全員が、巡の言葉に頷いて腰を下ろした。
つるやんと椿先生の顔色が特に酷い。
このままでは後数分としない内に限界が来るだろう。
そんな二人も水分補給をしてなんとか落ち着いたのか、幾分か顔色が良くなった気がするが、この先も大丈夫という保証はないだろう。
どうしたものか……なんて悩んで居た所で、草加先生と俊君が立ち上がった。
「どう思う?」
「おかしいですよね、生き物の気配が全くしません。 それどころか、森だというのに静かすぎます」
「だよな……ここまで来るとちっとばかし不気味だな」
ちょっと付いて行けない会話だが、どうやら草加先生も警戒しているらしい。
眉を顰めながら、周りを見回してため息を吐いた。
「戻ろうにも、何だか帰り道が不自然です。 どう見ても僕たちが歩いて来た形跡が無さすぎる。 振り返ったら、まるで進行方向がこっちだったように錯覚してきます」
「そこも気づいたか、成長したもんだな。 ただやっぱ異常なんだよなココ、道なりに行く方が不味いかもな……足跡だって消えちまうおかしな土のせいで方向感覚が狂う。 形状記憶の成分でもあんのかこりゃ?」
「コンパスも駄目ですね、アナログもデジタルも両方です。 指で弾いた羅針盤の針みたいにくるくる回ってます」
「はっ、まさに噂に違わぬ樹海って訳だ」
何やら不穏の空気の漂う二人に、全員が視線を送っている。
気づいているのかいないのか、二人は気にした風もなく会話を続けていく。
「黒家弟、ちょっと手伝え。 あのデカい岩の上まで行く、もしかしたら木に登る必要があるかもしれんが、とりあえずあそこに行って周りを見てくる」
そう言って指さした先にあるのは、道の脇にそびえ立っている岩。
とてもじゃないが登る事なんか出来そうにない岩の壁があった。
4~5メートルくらいあるんじゃないか? よじ登るにしても足場が少なすぎる。
私が”狐憑き”になれば当然行けない事はないが、先生達の前でその姿になる訳にもいかないし……
なんて思っている内に、俊君は両手を組んだ姿勢で岩の壁の前で姿勢落とし、草加先生はやけに離れた距離まで下がると、グッと足に力を入れた。
「どうぞ!」
「おうよ!」
マジか、行くのか、流石に無理だろ。
そう最初から否定してしまった私は、自分の考えが甘い事に気づかされる事になった。
当然だ、だって目の前にいる二人は色々とアレなのだから。
「ふんっ!」
「しゃぁ!」
組んだ手を足場に、草加先生が舞い上がった。
俊君は渾身の力を籠めながら彼を上へと放り投げ、草加先生は情け容赦なく俊君の掌を足場に自身の体を宙に投げた。
その結果、8割位壁を登り切る所まで到達した。
傍から見たら現実味の無い大ジャンプだが、それでも届かない! そう思った時だった。
草加先生が、垂直に近い壁を真上に向かって走り始めたのだ。
「「 は? 」」
巡と一緒に、間抜けな声を漏らしてしまった。
「ありえねぇ……壁走ってるよ草加ッち」
「重力が仕事してませんね……なんですかアレ」
「疲れてるのかな、草加君がおかしな事してるように見える……」
各々がボヤいている内に草加先生は頂上まで到達し、ふぅ……なんて声を漏らしている。
相変わらずとんでもない人だ、びっくり人間だ。
「先生、何か見えますか?」
コレと言って驚いた表情も浮かべていない俊君だけが、普通に会話を進めていく。
やっぱりこの二人だけは異次元に生きてるよ、誰だよ戦力外みたいな言い方したヤツ。
これを見てもう一回同じ事言って見ろよ。
「なぁ黒家弟、水の音って聞こえたか?」
「え? いえ、聞こえませんけど、それが何か?」
距離が離れている為、若干大きな声で会話をする二人。
思わず二人に注目しながら、黙って会話を聞いている私たちは、この状況ではどう見てもお荷物にしかなっていない気がする。
「なんか吊り橋があるぞ、ここからなら水の音がする。 道が繋がってない所からすると、順路通りに行ったら川から離れる形になるな」
「川、川って言いました今!? 前回川沿いに歩いた記憶があります!」
今まで黙っていた巡が突然大声を上げる。
多分話に聞いた遭難数日後のアレだろう。
その川沿いで、巡は”八咫烏”と出会い、そして”烏天狗”の元へ辿り着いた。
草加先生が食べたという”八咫烏”と関係があるかは分からないと言っていたが……まぁ今考えても仕方ない事か。
「んじゃどうする? こっちを調べるか? なら杭とロープ寄越せ、確か持ってたろ黒家弟」
「当然です、登山に来たんですから」
俊君はどんな山を登るつもりでココへ来たんだろう?
詳しく知ってる訳じゃないが、普通に観光の登山って言ったら結構軽装で来るイメージがあるんだけど。
それとも登山家の皆さまはそういうモノを常に持ち歩いているんだろうか?
こちらの感想を完全無視しながら、俊君は荷物を漁ると杭とロープを握って、力強く草加先生に向かって投げつけた。
いつか見た、草加先生が大蛇に対して投げ放った勢いと似たものがあるが、それはいいんだろうか?
その恐ろしく速い杭を平然とつかみ取り、遅れて届いたロープもキャッチすると、彼は足元にドスッと杭を刺した。
「結構固いな……まぁ何とかなるだろ」
ボソッと呟いたかと思うと、おもむろに杭に向かって踵落としをかます草加先生。
その衝撃を受けた杭は、殆ど根本まで埋まってしまったのではないかという程地面に突き刺さった。
というか下から見てる分には、完全に埋まってしまった。
「んじゃロープ下ろすぞー」
早くも先端にロープを結んだらしい草加先生が、ペイッと太いロープを投げ下ろしてくる。
詳しくはないが、何となく凄く古風なやり方な気がする。
ネットで見た限りは、もう少し見た目のいいベルト? みたいなので皆登ってたし。
これアレだよ、荒縄だよ荒縄。
やべぇぜ、なんて感想を抱いている間に俊君が縄を引っ張り強度を確かめる。
十分だと判断したのか、よしっと頷くと私たちに向かって口を開いた。
「では皆さん上がってください、僕は下でもしもの時に対処しますので」
着々と二人だけで進んでいく登山を見つめながら、私たちは遠い目を向けた。
おかしいな、登山ってこんなにサバイバルしてたっけ。
そんな思いも胸に、私たちは一人ずつ荒縄を掴んだ。
————
先生と俊主体の元、私たちは全員岩の上まで辿り着いた。
絶対コイツらおかしい、何たってロープを掴んだ瞬間勝手に頂上に向けてロープが引っ張り上げられるのだ。
当然上に居る先生が縄を引いている訳だが、エレベーターみたいな速度で引き上げられた。
人にも体重があるって知ってる? くらいな感じにガンガン引上げていた先生。
そして最後の俊に至っては、縄を掴んだ瞬間思いっきり引上げ、空中浮遊した弟の手を掴み。
「ファ〇トー!」
「い〇ぱーつ!」
みたいな遊びを繰り広げていた。
余裕だなこいつら。
その後栄養ドリンクを差し出すと親指一つで蓋を開けて商品名を叫んでいたので、聞かなかった事にした。
とりあえず皆無事な上に、二人はすこぶる元気だ。
ここまでは順調だろう……
「さって、問題の吊り橋だが、どうする? 結構古いし、俺か黒家弟が先に行って命綱作ってから渡るか?」
杭とロープを回収し終わった先生が、楽しいです! って雰囲気を全力で出しながら近寄ってきた。
おかしいな、私俊を連れてくる事に反対してた筈だよな。
だというのに、さっきから役に立ってるの先生と俊だけなんだけど。
これ弟連れてこなかったらどうなってたの?
なんて事を考えながら、私はため息を吐いた。
「最初は俊にお願いしましょう、先生と二人でロープの一本でも掴みながら渡れば命の危険はないでしょう?」
その言葉に頷いた弟はロープの先端を掴み、軽々と吊り橋を渡り切った。
「見た目は古いですけど、大丈夫そうですね。 今杭を打つんで、皆さん渡ってきてください」
余りにも警戒心の無い言葉に、何処か毒気を抜かれてしまうが、まぁ大丈夫そうなら何よりだ。
先程先生がやった様に弟が杭を打ち込むと、皆が次々と吊り橋を渡っていく。
いざ自分の番になると足が震える思いだが、いざとなれば命綱がある。
大丈夫、大丈夫な筈だ……
ガクガク震える膝を無視して、なんとか渡り切った。
あと残るは先生一人。
何かあった時の為にと最後まで後ろに残った彼が、慎重に吊り橋を渡り始めた。
その時だった。
『なかなかどうして、頑張るではないか。 どれ、ここらで一つ』
背筋が冷えた。
それが聞こえている人間は、同じ様に思った様で顔を青くする。
そしてこの状況、この環境。
彼が何をしようとしているのかは分からないが、誰が狙われているのかは当然の様に分かった。
「先生! 早く——」
「——へ? あ、はぁ?」
目の前で、間抜けな声を上げながら先生は谷底に落ちた。
真ん中くらいで吊り橋は真っ二つに別れ、先程張った筈の命綱も同じ場所で切断され、先生は呆気なく落ちていく。
……なんだ、これは?
ドシャッっと下の方から鈍い音が聞こえた。
さっき吊り橋を渡る際に下を覗き込んだ時、橋の下には川と大きな岩が並んでいるのが見えた。
もしも川に落ちたとしても、結構な衝撃だろう。
普通なら生きている可能性の方が低い、でもあの先生だ。
生きていない筈が……
「草加先生!!」
夏美が叫び声を上げながら、谷底を覗き込んだ。
彼女の目に何が移ったのか。
夏美はそのまま動かなくなってしまった。
え、いや、何してるんですか。
貴女の”狐憑き”なら、彼を救い出す事だって出来るんじゃ……
そんな事を思いながら彼女の隣に並んで下を除けば、吊り橋の真下辺りに位置する大岩に、大きな血痕が広がっていた。
だが彼の姿はない。
岩にぶつかった後、川に流されたんだろうか?
なんて、普通に考えられる自分に嫌気が差す。
今まで考えもしなかった、まさか先生が最初に居なくなる事態が起きるなんて。
更に言えばこの高さから落ちればどうなるか、誰にだって予想できる。
なんだ、なんだこの状況……?
『やっと戻ってきたと思えば、男まで連れてきおって。 儂は男の肉は好かん』
そんな声が、背後から聞こえて来た。
聞き覚えのある老人の声。
私が叩き潰したかったその声が、今まさに真後ろから聞こえた。
「お前かあぁぁ!」
突然大声を上げた夏美が”狐憑き”の状態になったかと思うと、血走った眼で背後を睨むと同時に走り出した。
まさに一瞬、そうとしか言えない。
認識を超えた速度で走り出し、足を叩きつける様に”ソレ”に向かって振り下ろした。
その筈だった。
『悪くない、悪くないが、まだまだ青い』
楽しそうに笑う”ソイツ”の首に、夏美の靴がめり込んでいる。
普通の人間ならコレで決まっていただろう。
見るからに曲がった首、外れてしまった首の骨。
だというのに、目の前の”ソイツ”はゴキッ! っと首を鳴らすだけで、自分の首を元の位置に戻した。
不味いと本能が感じ取ったのか、夏美は私の隣まで後退すると舌打ちを溢している。
『さぁ、”げぇむ”の続きといこうじゃないか』
天狗の仮面を被ったその人物は、楽しそうに両手を広げた。
先生がログアウトしました。
そしてついに100話到達です。
三桁です、はやいです。
更に言えば今日で投稿し始めてから3か月が経過しました。
あれ? これって1日1話以上のペースで上げてたって事かな?
深く考えるのは止めよう、そうしよう。
今後共お付き合いの程宜しくお願いします。





