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やる気なし英雄記  作者: 津田彷徨


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1/1

田舎娘の上京

 古都エルトブール。

 旧クラリス王国の首都として数多くの歴史を積み重ねてきた一大都市。


 陽春の心地よい気候の中、エルトブールのメインゲートとも言うべき重厚な南門の脇から、明らかにお上りさんといった印象の一人の少女が、周囲をキョロキョロの見回しながら足を踏み入れる。


「ここがエルトブールですか。あの人はうちの街とあんまり変わりないと言っていましたが、ぜんぜん違うじゃないですか……」


 少女はそう口にすると、深い溜め息を吐き出す。

 いや、あの人の適当な発言は決して今に始まったことではない。むしろこの程度の違いで済んで良かったと言えようと彼女は考え直した。


「ともかく、まずは宿代を稼がなくてはなりませんね。えっと、確かあの人の説明が正しいなら……」


 言葉とともに、彼女は周囲を見回しながらゆっくりと再びその場から歩みだす。

 彼女の足取りはややたどたどしく、普段は接したことのない人混みと活気にやや困惑が見て取れた。だが周囲の喧騒が次第に静まり、明らかに人通りが少ない裏路地へ足を踏み入れると、彼女はようやく落ち着いたように歩を早めていく。


「まったく、あんなに多くの人が行き交うにしては道の幅が狭すぎです。都市設計のミスですね。そういうのを私たちの世代に押し付けるの、間違っていると思います」


 明らかに人気の少ない危ない匂いのする細い道を歩きながら、彼女は自分の不慣れを棚に上げそんなことを口走る。だがそれは僅かな間のことであり、彼女はいつの間にか自分の背丈の倍はあろうかというチンピラに取り囲まれていた。


「どこへ行くつもりかな、田舎臭いお嬢ちゃん」

「田舎臭い? ああ、なるほど。私のことですか」


 光り物を手にするチンピラをのんびりと眺めやりながら、少女は軽く小首をかしげつつそんなことを口にした。

 途端、舐められていると感じたスキンヘッドの男が、明らかにドスの利いた声で少女に向かい恫喝する。


「おい、クソガキ。ここはお前のような子供が来るところじゃね。迷い込んだのか、用があったかは知らねえが、ただで帰れると思うなよ」

「はぁ……まあ確かにただで帰るつもりはもともと無いですけど」

「あん? どういう意味だてめ……グフッ……」

 男の言葉が言い終えられるより早く、少女の肘が返事代わりとばかりに彼の鳩尾に突き刺さる。

 そしてそのまま、軽くバックステップで離れると、スキンヘッドの男はその場に崩れ落ちた。


「て、てめえ、何をしやがった!?」


 地面に崩れ落ちた男の後方に立っていたチンピラには、急に少女が近寄りそして次の瞬間、スキンヘッドの男が崩れ落ちたようにしか見えなかった。だからこそ、この状況の変化が理解できず、恫喝の言葉には戸惑いの声色が入り交じる。

 一方、問いかけられた少女はなぜか困惑を強めた面持ちで意味のわからぬことを口走った。


「ちょっと挨拶代わりのつもりだったのですが……あの人の言うことだから話半分に聞いていましたけど、人ってしゃべるのに夢中になっていると、本当に眼の前のことが疎かになるんですね」

 少し賢くなりましたとばかりに、少女は何故か納得したように二度うなずく。そしてそのまま視線を周囲のチンピラたちに向け直すと、ニコリと微笑みながら彼女はちょっとしたお願いを口にした。


「このあたりの裏組織の元締めの……えっと、タナトリンさんのところまで案内してくださいませんか。あ、嫌なら申し訳ないのですが、ちょっとだけ痛い目にあって頂きますね」





「お頭、大変です。わけの分からねえ小娘がカチコミ来てやがって、このままじゃあ俺たち壊滅しちまいそうで……って、お頭?」


 次から次へと組織の構成員がなぎ倒され、慌ててタナトリンのもとへとかけこんできた男は、明らかな違和感を覚える。

 いつもなら葉巻をくゆらせ、オー・ド・ヴィーを胃へと流し込んでいる彼らの頭はそこにはいない。


 いや、正確には、タナトリンがいつも腰掛けているはずの革張りの椅子の上には、赤髪の一人の少年の姿があった。


「すいません。タナトリンさんにはちょっと眠ってもらっています。いちおう生きたまま連れてこいとのことだったので、息はまだしていますから安心してください」

「な、何だお前は……というか、お頭!」


 キツネ目をした少年の直ぐ側に、彼らの畏怖の対象たるお頭の姿を認め、男は悲鳴に近い言葉を発する。

 そして困惑と混乱と不安が入り交じる中、彼は不吉な予感を覚え思わず二歩ほど後ずさる。


 つい先程の彼ならばわからなかったかもしれない。だが、あの少女を見た今ならばわかる。


 明らかに……そう、明らかに目の前の少年は対峙してよい存在ではない。

 だからこそ、彼は全ての感情を捨て去り、その場から逃げ出そうと扉に向かって駆け出す。

 だがそこには、もうひとりの対峙してはならぬ存在がそこに立っていた。


「ここまで案内してくださってありがとうございます。では、少しお休みください」


 言葉とともに、少女は軽く飛び上がるとそのまま男のこめかみに右の蹴撃を加える。

 途端、男はその場に崩れ落ち、その空間の意識ある存在はたった二人だけとなった。


「……誰? あの人達の仲間ではないみたいですけど」


 椅子に腰掛けていた赤髪の少年は、初めて見る自分より少し年上の少女を見つめながら、キツネ目を更に細めつつそう問いかける。

 一方、黒髪の少女は少年の足元に目的としていた人物を見つけ、小さな溜め息を吐き出した。


「それは私のセリフです。キミが誰か知りませんし興味もありません。ですが、そこのおじさんには用があります。すいませんが、譲って頂けませんか」

「ごめんね。この人を連れて帰らないと、僕が困ったことに成るんです。お祖父様は言い訳が効かない人なので……ですから、諦めてください」

「はいと言いたいところなのですが、私のお祖父様も面倒な人でして……」


 ある意味、子供以上に面倒な老人を脳裏に浮かべながら、少女は深い溜め息を吐き出す。

 すると、赤髪の少年はわずかに苦笑を浮かべながら、一つの提案を彼女へと向けた。


「そうですか、お互い苦労しますね。ではこうしませんか、ここで最後に立っていたほうが、この人を連れて帰るということで」

「……いいのですか?」

「もちろんです。女性には優しくしろと言われていますから。では、失礼しますね」


 言葉と同時に、少年は手にした剣を少女目掛けて振るう。

 その速度、その剣筋、いずれもがとても幼い少年が放ったものとは思えなかった。


 だからこそ、少女は体勢を崩しながら、地面を転がる形でようやく回避する。


「優しくの意味に修正を求めたいところですが……それより貴方は何者ですか?」

「その問いかけは僕がしたいところですね。正直、躱されるとは思いませんでした。レイ君でも二回に一回はこれで終わるのですけど」

 いつも遊んでいる同じ年の銀髪の少年。彼のことを思い浮かべながら、少年は目の前の少女に対しはっきりとした違和感を覚える。

 一方、少女は小さく溜め息を吐き出すと、それまで背負っていた一振りの刀をゆっくりと抜き放った。


「お祖父様には使わなくても大丈夫と言われていたのですが、やっぱりあの人の言うことは当てになりませんね。本当に」

 言葉とともに、彼女は一歩前へと足を踏み出す。


 わずかに消失する少年と少女の距離。

 そして空間を包む静寂。


 互いの動きを見つめ合い、膠着した状況下で最初に動いたのは少年だった。


「二度目は……ありません!」


 一瞬で少女と少年の間の距離は失われ、少年は迷うことなく剣を振るう。

 途端、絶対の確信が少年に生まれる。

 先ほどと異なり少女が回避の動きを見せなかったが故に。


 ……だが


「疾い……でも疾すぎはしない」


 言葉は二人が接触したタイミングで放たれた。

 剣を抜き放とうとした少年に対し、わずかに年齢と体格が勝る少女が体当たりを仕掛けたその瞬間に。


 そして少年は跳ね飛ばされる。

 一回、二回と地面にぶつかり、そして慌てて体勢を整えた瞬間、彼の首元には鋼の刃が当てられていた。


「これでおしまい」

「……まだです。僕は負けては――」


 少年が目を細め、当てられた刀へと手を伸ばそうと仕掛けた瞬間、彼の言葉を遮る形で部屋の中に一人の老人の声が響き渡る。


「はい、そこまで。忍び込んでタナトリンさんの身柄を押さえたところまでは良かったですが、その後がダメダメです。特に女性の扱いは反省すべきですね」


 それはありえないことであった。

 間違いなく、そう、間違いなくこの部屋の中で意識ある存在は二人しかいなかったはずなのだ。


 にもかかわらず、まるで最初から存在していたかのようにその赤髪の老人は、いつの間にか二人の側に立っていた。


「貴方は……確かお祖父様の」

「ええ、お久しぶりですねミナさん。また少し大きく成られたようで、なにより」


 戸惑いを見せる少女に向かい、赤髪の老人はニコリと微笑む。そしてそのまま彼は、一つの問いかけを彼女へと向けた。


「ところでなぜ貴方がここにいらっしゃるのですか?」

「その人を押さえれば、士官学校の入学金と生活費になるからと、お祖父様から伺ったもので」

「なるほど……なんというか、ある意味実に彼らしい気はしますが……ともかく、その男は私が預かります。ああ、大丈夫です。士官学校の件は僕がなんとかしますので」

 赤髪の老人はわずかに呆れた表情を浮かべながら、軽く額を押さえつつそんな提案を口にする。

 それに対し少女は、わずかに戸惑いながら確認の言葉を向けた。


「よろしいのですか?」

「もちろんですよ。というか、彼が一筆書けば、その人の首なんて不要なのですけどね……ともかく、私の孫を解放してもらっていいですか?」

「……孫? なるほど、そうですか。失礼しました」


 言葉を向けられた少女は、ようやくそこで少年の首に当てていた刃を収める。

 途端、少年は小さく溜め息を吐き出すと、なぜか恐る恐るといった様子で赤髪の老人を見上げた。


「クラン、少しは勉強になりましたね。ですが、女性に対し剣をいきなり振るうのはよろしくない。それにもし本気でやるつもりなら、あんな前置きなどせず、すぐさま相手の胸を貫くべきです。二重に反省ですね」

「はい……お祖父様……」


 言いたいこと、尋ねたいことは複数存在したが、老人の性格を知悉する少年はそれを飲み込むと素直に頭を下げる。

 それを見て取った老人は小さく一つうなずき、そして一つの指示をその口にした。


「ではクラン、キミは彼女をエインスくんの家に案内して上げなさい。ひとまず今晩の宿が必要でしょうから」

「わかりました。では……ついてきてください」


 言葉とともに少年は少女を先導する形でその場から歩みだす。

 少女は未だ僅かに戸惑いがあったものの、赤髪の老人に軽く頭を下げると、そのまま少年の後を追った。


 そして部屋に残った老人は、部屋の隅に向け突然その口を開いた。


「で、どういう風の吹き回しですか? わざわざこんなところに足を運ぶなんて」

「……なんだ気づいていたのか」


 カーテンに隠れる形で、部屋の片隅に潜んでいた人物。

 その男は、軽く頭をかきながら赤髪の老人の前にその姿を現す。


「君も僕が居ることに気づいていたでしょ。お互い様ですよ」

「ふふ、まあちょっと過保護に育てすぎたから、少しは世間を見せてあげたいと思ってね」


 それは老人の回答だった。

 もちろん誰のためにかは言うまでもない。

 そしてそのことを理解した赤髪の老人は、わずかに苦笑を浮かべる。


「おやおや、それは。というか、過保護と言う割には、しっかりと仕込んで居るみたいですが」

「君の孫ほどじゃないさ。年の差がなければ、結果は真逆だったと思うよ、たぶんね」

「たぶん……ですか。なるほど、そうとうお気に入りなのですね」


 親友の言葉から少なからぬ自信を感じ取った赤髪の老人は、小さくうなずきながらそう問い返す。


「孫を可愛がらない理由なんて無いさ。君と同じくね」

「確かに、否定はし辛いところです」


 軽く肩をすくめると、赤髪の老人は同意を示してみせる。そしてそのまま彼は、黒髪の老人に向かい一つの問いかけを向けた。


「で、いつまでこちらに」

「そうだね、内緒で出てきたから本当に少しの間だけかな。たぶんクレイリーの一家が探しに来るだろうから、それまでくらいは羽根を伸ばしながら孫の面倒をみるとするよ」


 ほんの少し、そう、ほんの少しだけ申し訳無さを覚えながら、黒髪の男はそんなことを口走る。

 だが赤髪の親友は、彼の本音を確実に理解してみせた。そしてだからこそ、ちょっとした提案を、黒髪の老人に向かって行う。


「ふふ、なら今晩は時間ありますね。なら彼を……リュートを誘って少しあの店に行くとしましょう。彼らのことはエインスくんがいれば大丈夫でしょうから」


 

 

 

 

 

ご無沙汰致しております。津田彷徨です。


平成の最終日の今日、平成の思い出にともう一度この作品に触れたくなり、少しばかり物語の後を書かせて頂きました。続くかのように終わらせていますが、続きを書くことは……わかりませんがちょっとした短編ということで楽しんで頂けましたら幸いです。


それでは平成の時代もお付き合いいただきありがとうございました。

令和でも何卒よろしくお願い致します。

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